ぶらっと…タモリさん!

6月7日(水)

ぶらっと寄った書店で、つい買ってしまいました!

「ブラタモリ」…けっこう長い番組で、パートナーとなる女性アナウンサーもだいぶ入れ替わってますね。

ブラタモリ表紙20170607

私、けっこう好きなんです!

この番組も好きですが、タモリさんの物知りなところ(鉄道・音楽・音・ことば・人文・歴史・地理…etc.)、気取らないキャラが大好きで、ギャグのツボというか波長が私にはとても合うんですね(笑)。その話は後ほど。


◆最近放送の「ブラタモリ in倉敷」より

先週の土曜日(6月3日)放送の「ブラタモリ」は岡山県の倉敷市からでした。

まず、美しい倉(蔵)の街並が昔のまま残っている…なぜ?

「戦争で空襲を免れたから?」…はい正解!

では、なぜ「倉敷」という地名に…?

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これも案内人泣かせの大正解!

倉がたくさんあったから「倉敷」という地名が付けられたんじゃなく、「各地からの年貢米などの物資を一時的に保管しておく倉がおかれた場所=倉敷」と言う呼び名があったんですね!

冒頭から冴えているタモリさん!



話題は、倉を建てた豪商の話から米の話へ。
小高い丘から眺め、かつてこの辺り一面は海だったこと、そこを干拓して「新田」としたこともタモリさんは言い当てました。さすが!

さらに、商人たちがなぜ自由に新田を広げていくことができたのか?
ここは「天領」(幕府の直轄地)だったため、大名の支配がなく商人たちがわりと自由にできたそうですね。

そして埋め立てたばかりの田んぼでは、どうしても塩分が強いので稲作には向かない。そこで塩に強い綿が植えられ、その綿を加工する倉敷紡績(クラボー)ができるきっかけとなったんですね。

紡績工場の建物はイギリスに倣って作られています。壁のレンガの積み方が「イギリス積み=レンガを横向きに2列・奥向きに、と交互に差し込んでいくため壁が厚くなる)」であることもタモリさんは一瞬で見分けました!

イギリス積み


さらに工場のギザギザの屋根。垂直な面は北に向いていて明かり採りの天窓になってますが、じつは困ったことが…

「え?…雪はそんなに降らないですよね…」と少し考えるタモリさん。
でもすぐに「直射日光は入ってほしくないんですよね?」「イギリスと同じ角度でいいんですか?」と。

まさに鋭い切り口に案内人もびっくり!

そう、イギリスと同じ角度では、日本では夏至の時に真上から太陽が差し込んでしまうんですね。イギリスと日本では緯度が違うため、陽の角度が異なるからですね。
(パートナーの女性アナさん、ついて行けてますか~?)

そこで、その対策としてアイビー(ツタ)を植えたんだそうです。建物の壁面を這うように伸びて、夏は緑の葉で覆ってくれる…それが今日では観光名所のシンボルともなってる(アイビースクエア)ということだったんです。

う~ん、なるほど!

いや~ CMなしの限られた時間でポンポンと話題が進んで「なんだと思いますか?」から「へ~、なるほど」に妙に引っ張られずに早く到達できる小気味よさ! これが好きなんです!

最近の旅・バラエティ番組の多くは、なんにも知らないことが当たり前の代表選手のようなタレント・レポーターが、問いかけにとんでもなくハズしたボケで返して必要以上に「間」を持たせ、正解をやたら思わせぶりに劇的に出したり、なんでもないところで「え~!」などとSE(効果音)が入る…そんな番組にはいい加減うんざりしている私にとって、この「ブラタモリ」のスピード感は好きです。これで良いのです!


◆尊敬すべき雑学王

私が好きな芸能人の話題をこのブログに書くことは珍しいですよね。というか、おそらく初めてじゃないかな?

タモリさんがデビューされたころって、もう30年以上前。
サングラスをかけ、わけのわからない言語(=ハナモゲラ語)を話す人…「あの人なに?」というのが正直な第一印象でした。

NHKのバラエティ「てれびふぁそらしど」という番組でレギュラー出演され、何人かの女性アナウンサーが共演していましたが、まだあの当時は私は番組裏方の仕事はしてませんでした。その後昼時の「いいとも~」が定着し…

でも私がタモリさんに惹かれたのは、ある時、ある番組から急に熱烈なファンになったというより、じわじわと…

タモリさんは、人文・歴史・地理、そして地形などの地学にも造詣が深い(というか雑学王のようになんでも色々よくご存知)。
音楽にも造詣が深く、トランペットを上手に吹き、歌も歌う。
鉄道好き(テツ)で、とくに「音」にこだわる「音テツ」

以前、広島からの「ブラタモリ」で、しじみ汁を舟の上でいただきながら鉄道のガードを眺め「汁テツ」…かなりツボでした!

単なるオヤジギャグとは異次元の、元祖「ハナモゲラ語」「空耳アワー」に象徴されるように、とにかく「言葉」に敏感、しかも意味がちゃんと生きている!

私自身、何かの専門家というより「雑学」が大好きで、しかも閉鎖的な「オタク」ではなく、オープンで分かりやすい。ここが私の尊敬する雑学王たるゆえんです。
僭越ながらなんとなく波長の合う親しみを感じ、そのキャラにじわじわと惹かれていったような気がします。

そんなタモリさんと、実際にお話しできる幸運なチャンスが過去にあったんです!


浅草の打楽器専門店にて…

もうかなり前(2010年ごろ)だと思いますが、浅草に行きつけの打楽器専門店(JPC…ジャパン・パーカッションン・センター)があるんですが、たまたま私が素材を調達に行ったとき、他局の「タモリ倶楽部」の取材でひょっこり店内に現れたんです!

ラテン系の打楽器からクラシック用の楽器まで、打楽器のデパートともいえるその店には、いろいろと変わった楽器が並んでいます。

<最近のJPC>
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★ここに映っているスリットドラム(商品名:スチール・タン・ドラム)の紹介も含めてblogに掲載する旨はお店の許可をいただいてます。


その時はまだ収録前の下見で、番組スタッフといっしょにいろんな楽器を手に取られていて私のすぐ近くにいらしたんで、「こんにちは、どんな楽器をお探しなんですか?」と声をかけさせていただいたんです。

タモリさんも番組スタッフさんも気さくな方で、私に「打楽器奏者の方ですか?」と聞かれたので「アマチュアですが…」などとお話しさせていただき、ちょっと変わったものをいくつかご紹介したんです。

ジャズやラテンの楽器はいろいろとご存知だろうと思ったので、主にクラシックのフロアで。
たとえば、金属の筒に大きなコルクが詰まっていて、ピストンを押すと「ポン!」と音を出す「楽器」、「これはヨハン・シュトラウスの『シャンパン・ポルカ』という曲で使うものです」などとお伝えしたら、タモリさんも興味を持たれて実際に手に取って「どうやったらもっといい音がするの?」…と。

番組スタッフさんも「面白いですね~、これなんという名前の楽器ですか?」などと乗ってこられて…
けっきょく私がご紹介した3つほどの楽器が、番組で紹介されてました(やった~!)

なにより、タモリさんはとても気さくで、穏やかな「ごくふつうの方」、でも好奇心旺盛で「音」にこだわる方なんだな、とますます好きになりました。


タモリさんとならいっしょに飲みたい!

私は仕事関係で知り合った人とは、どうも個人的にまで深くなれないというか、とくにこういう個人的な話題は出しづらいので、今日blogやFBで今つながっている人も仕事関係は皆無と言ってよいでしょう。

☆あ、一人だけいらっしゃいました!クラシック系の音楽番組で司会をされていた、ダジャレが湯水のごとく出てくる作曲家の大先生が…(笑)


私は飲みに行っても個人的な方とのつながり・会話が大好き。自己紹介でもここ10年以上仕事の名刺は一切出してません。

渋谷あたりで飲む機会も最近減りましたが、もしカウンターで飲んでいるところへ有名な芸能人が入ってきても、これ見よがしに傲慢なお笑い芸人さん、やたらテンション高くてうるさい人だったら、おそらく私は席を離れるか店を出てしまうと思います。

でも、タモリさんだったらぜひ一緒に飲みたいですね。
じわじわとギャグを交わしながら、もしカラオケでご一緒できるチャンスがあったら「納豆売り」でも歌っちゃいます(笑) 
タモリさん、これご存知かな~?

→ 「納豆売り」の歌

テロ等準備罪 ~もし本当にテロ対策が目的なら?~

5月25日(木)

「テロ等準備罪」と名前は改められたが、実質は「共謀罪」 の手直し。
すでに過去3回も国会に提出されたが、いずれも否決されて廃案に追い込まれている。

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それはなぜか?
すでに多くのメディアでもネット上でも情報はたくさん出ているので、私からここであらためて書くまでもないが、大きくまとめると…

★未だ「犯罪行為」が成立していない段階で、個人が「思う」「口に出す」「話し合う」という段階で取り締まるということが現在の法体系とは大きく矛盾する
★何をもってなにを「共謀」したら罪に問われるのかが不明
★個人の思想の自由・言論の自由を大きく制限するもので憲法で保障された基本的人権に反する
★過去の「治安維持法」への回帰であり政府による個人への監視・統制への道を開く危険がある

…などが大きな反対理由である。

気に食わない上司を懲らしめてやりたいなどと居酒屋で話しただけで、あるいはネット上に政権批判を書き込んだだけで逮捕されるんじゃないか、という心配・不安の声も聞かれる。
「これは一般人を対象とするものではない」という総理のことば通り信じられるかどうかはともかく、そこまで一般人の行動を監視して取り締まることは事実上不可能であり、私はそんなレベルの心配はまったくしていない。

問題は、なぜこのような法案を、いまこの時期に通そうとしているのか…?

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◆もし本当にテロ対策が目的なら?

テロなどの凶悪犯罪を未然に防ぐことは大切であり、国際的にもごく一般的・常識的なものだ、日本も国際社会の中で足並みをそろえる必要がある、というのが賛成派の声であろう。

たしかに、国際的な行事や人が多く集まる劇場や交通機関を狙ったテロは世界各地で起きており、日本でも決して無縁とは言えない。それに対する何らかの対策を考えることは当然であり、国際的な基準に合わせる必要がある…と。

しかし…

今の政権から出されている法案の中味・議論の進め方・決め方が、どうも「テロを防ぐためにはどうしたら良いか?」という本質とはずれたところで議論されているような気がしてならない(自民党閣僚の口から「テロを対象にはしていない」などという信じがたい発言も飛び出した。だったら何のための法案なのか!?)。

そもそも何を「共謀」とみなすのか、その定義も、捜査の対象も明らかにされず、人権侵害を心配し反対する野党側の声に対してきちんとした説明をしないまま、「数の力」で決められようとしていることに大いに問題があると思う。

そこで、「たしかにテロを防ぐための対策は大切ですね」という原点は共有したうえで(いわば「対岸」に渡って考えてみて)、現在出されている法案(=共謀罪の手直し版)が、果たしてその「答え」と言えるのか?…以下、逆からの検証を試みてみたい。


◆まずは現行法でできる「テロ対策」の検討

政府はすぐに2020年の東京五輪を挙げるが、国際的な公式行事、多くの人が集まる社会的な行事はオリンピック以外にも多数ある。また劇場やショッピングセンターといった多くの人が集まる公共の場も多い。いま世界の各地で、そうした場所を狙ったテロが多発しているのも事実だ。
もしそうしたテロ対策を考えるなら、まず現状において、テロを未然に防ぐための監視・予防対策がどう取られているかを把握し、防犯カメラや警備体制、さらに建物内に死角をつくらない設計などトータルに検討すべきだろう。

<現行法をめぐる議論のポイント>

現行の刑法で定める「殺人」「強盗」「放火」といった重大犯罪には、その「予備罪」「未遂罪」も重く罰する規定がある。それら現行法との関係・バランスはどうなのか?

一般に殺人事件は、個人的な恨みを持つ相手(個人)に対して行われるものだが、1980年代から頻発している通り魔殺人など、不特定多数を狙った犯罪、さらにテロといった従来予測し得なかったような犯罪が進化している。
現行法で適用できること、現行法では不十分な点があるとしたらどういったことが考えられるか?
それを洗い出して十分に議論したうえで、「テロ等準備罪」も含めた新しい法律の立案が論じられるべきだろう。

しかし、国会ではそういった議論は一切なされていない。



そもそも「テロ」の定義は?

テロの正確な定義は知らないが、私なりの見解で書かせていただくと…

「不特定多数の人を殺傷したり、交通・通信手段など公共性の高いものを破壊または機能停止させる行為」

…といったところでいかがだろうか?

イベント会場に爆弾を仕掛けるとか、交通機関およびそれを制御するシステムを破壊する、さらに最近のサイバーテロといったものまでを含めると、このような文面で定義されるのではないだろうか?

<議論すべきポイント>

ニュース報道では、イスラム系過激派組織ISが犯行声明を出すものは「テロ」とされるが、単に社会に恨みをもつ個人が歩行者天国で車を暴走させて多数を殺傷しても「テロ」とは呼ばない。思想的な背景や計画性があるものが「テロ」と呼ばれるようである。

では、今回対象とするのはどこまでか?思想的な動機・計画性をもって行うものだけを対象としてよいのか、衝動的な無差別殺人なども含めて凶悪な犯罪すべてを未然に防ぐことを目的とするのか?

私は個人的には後者、すなわち、社会の安全を考えるなら思想的背景や計画性の有無にかかわらずすべての凶悪犯罪を対象としなければ意味がないと考える。



◆「共謀罪」となんら変わらない「テロ等準備罪」は不要!

「テロへの対策については、今ある現行法で十分である」という見方を、もっとも分かりやすく書かれている次の文書をここでご紹介しておきたい。
鳥取県弁護士会会長の大田原俊輔氏の「会長声明」と称するこの文面がとても分かりやすい。

法律の専門家らによるこの見解によれば、憲法で定める基本的人権に反するこの法案を通す必要はない、ということである。


◆それでもなお「テロ対策」のための新法が必要だというのなら…

ここまで書いてきたことを十分に議論したうえで、それでも現行の刑法等では対応できない部分があって、「テロ対策」のために新しい法律を立案する必要があり、「事前の準備」にも焦点を当てる必要があるとすれば…(あくまで、「もし仮に~~なら」という話として)

いまだ犯罪としての構成要件を満たしていない(=犯罪として成立していない)ことも捜査の対象とすることになるわけである。これは人権侵害と背中合わせである。

いくら「一般人を取締りの対象とするものではない」とくりかえし答弁されても、一般人なのか犯罪予備の実行犯なのかの判断はどこで誰がするのか?

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捜査してみなければ分からないではないか? 一方的に疑いをかけられた人が不当に人権侵害されるのではないか?…総理大臣も法務大臣も、その基本的な疑問にきちんと答えていない。

ここでもまた「もし」の話として、私なりに代弁するなら…


◆社会の安全=公共の福祉

社会にとって大きな危険を避けるために、個人の自由や権利が一部制限を受ける場合もある。
例えば、現在でも行われている警察官による職務質問

夜遅くに自転車に乗っているだけでも警察官に呼び止められ、この自転車は誰のものか、なぜこんな時間にここにいて何をしているのか…色々と聞かれる。人相・服装などによって呼び止められる人と呼び止められない人がいるようだが(笑)。
運悪く呼び止められて質問攻めにされても、逃げたり反抗して手を払いのけたりしたら、それこそ公務執行妨害で逮捕されてしまう。とんでもない人権侵害だともいえるだろう。

しかし自転車が盗難車ではないか、ひったくり・空き巣・下着泥棒などの犯罪と関係しているのではないか…挙動不審な者を呼び止めて「調べる」ことは、「防犯」の上でも大切で、警察官の職務権限として認められているのである。

つまり、社会の安全を守ること=「公共の福祉」とのバランスにおいて、個人の自由や権利もときに一部制限される、ということである。

「テロ等準備罪」もまさにその延長線上にあるといえる。いまだ重大犯罪は犯していないが、その疑いのあるものを事前に発見し、未然に防ぐことが必要であるならば、多少なりとも人権侵害の問題とは常に背中合わせあることは事実なのだ。


<検討されるべきポイント>

何をもって「テロ等準備」とみなすのか?
今の法案では、277もの行為(すでにある法律で定められている行為)を総くくりにして併記しているが、これでははっきり言ってなんの意味もない。

もし私が法の立案をする立場だったら、まず冒頭にあげたテロの定義から…

「不特定多数の人を殺傷したり、交通・通信手段など公共性の高いものを機能停止させる行為(=テロ行為)、およびその準備とみなされる行為」と定義づけるだろう。

それ以上の文言を条文にはあえて書かない。

前半の「テロ」の定義によって、一般人の一般的な行為はもともと対象とするものではないことが明白になる。
そして「およびその準備とみなされる行為」。こちらが重要なわけだが、具体的に何をどのようにやったら「準備」なのか、それをぐだぐだと条文に列挙して示すことには無理がある。
そこは条文に列挙すべきことではなく、司法の判断にゆだねられるべきことではないか。

「キノコやタケノコを採ってそれを不法に売ってテロの資金源に…」とか「花見に双眼鏡や地図を持っていったら『下見』だ」などと、なにをくだらない議論を国会でやっているのか?

さらに問題は、すでに刑法で定められている殺人・強盗・窃盗・放火…といった個々の行為を、何をもって「テロ行為」とみなすのか?

それらはすべて個々のケースごとに司法の判断にゆだねるしかないだろう。
それが立法と司法との分権・独立の意味である。法律にグダグダと事例を列挙するのではなく、法の趣旨に照らして善か悪かを個々に判断するのは司法の役割。


個人の人権侵害とのバランスについて

この法律ができることによって、個人の自由や権利が侵されることになるのではないか、という点はしっかり議論されなくてはいけない最も重要なポイントである。

しかし、総理大臣も法務大臣もそこにきちんと答えているとは思えない。


<もし私だったら、こう答弁する>


「たとえば警察官の職務質問の例を見てもわかるとおり、重大な犯罪を未然に防ぐことと、ある程度の個人の人権侵害になりうることとは、常に背中合わせの関係にある。
テロ等準備罪の適用が、重大犯罪を未然に防ぐためには有効であるとはいえ、個人の自由・権利を不当に侵害することはあってはならない。
そこには細心の注意を払い、捜査機関など関係機関とよく連携して、捜査対象や捜査方法の適正化を図っていく」

…法務大臣ならこれぐらいの答弁をなさってはいかがだろうか?



目的と方法論のちぐはぐ

はじめに書いたように、いま通されようとしている「テロ等準備罪(=共謀罪)」に関する議論が、本当にテロを未然に防ぐための議論になっていないのではないか、という疑問。
また仮にこの法律が成立して施行されたとして、本当にテロを未然に防ぐことに有効なのか?
つまり、目的にかなった法律の立案になっているのだろうか…?

一昨年の「集団的自衛権」を含む安保法制をちょっと思い出してみていただきたい。

アジア近隣の「脅威」など新たな国際関係の中で、「日本という国を、国民を守る責任がある」と言い、防衛力の強化を訴えるのであれば、まず今の自衛隊でできうる最大限の防衛(=個別的自衛権)について十分な議論がなされるべきだった。

しかし、自衛隊法の見直しや、今の憲法下でできうる自衛隊の活動範囲、緊急時の自衛隊や防衛相の対応マニュアル作りなど、当面緊急に検討すべきことの議論はほとんどなされていない。

「アメリカの艦船に乗った母子」や「となりの火事」に喩えた稚拙な紙芝居で、「国民を守るため」と表向きはいいながら、実際は自衛隊が海外に行ってアメリカ(同盟国)の後方支援をできるようにすること、すなわち集団的自衛権の話にすり替えられた。

野党は当然ながら反発して質問を重ねたが、後方支援とは何か、戦闘地域とはなにか、戦闘が行われていない地域とはどういう地域か、支援のために武器は供給できないが弾薬はよいのか、ミサイルは武器なのか弾薬なのか…といった、言葉の定義のやりとりで珍問・珍答が飛び交い、議論は平行線のまま。

政府は「日本を国民を守るために」と言っておきながら、肝心の日本の「防衛」についての議論はいっさいなされないまま、海外で他国のために戦える国へと変えてしまう法案を、一方的に「審議は尽くした」と打ち切って「数の力」で強引に通した。
多くの憲法学者が「憲法違反である」とした法案に、多くの若者も政治に関心を向け、何万人ものデモが毎週金曜日に国会・首相官邸を囲んだにもかかわらず。

国会での採決も、議長の任命をめぐってごたごたするどさくさに紛れ、暴力も飛び出す醜い状況の中で…
まともな議論ではとうてい理解は得られず、あのようなスキを突いただまし討ちのような採決で「数の力」で通さなければ成立しないような法案だった、との見方も多いだろう。



今回の「テロ等準備罪」も、そもそも「テロとは何か?」「テロを防ぐために何をなすべきか?」という議論は一切なされないまま、277もの行為を対象として列挙。
適用のいかんによっては個人の人権を著しく侵害する、かつての治安維持法にも通じる危険のある法案を「数の力」で通そうとしている。

いったい日本をどういう国にしたくて、誰のため・何のための法案を通しているのだろうか…?


<付記>

~近年の新しい法律(条文)にみる事例の列挙~

条文に具体例を列挙しすぎ!

「危険運転致死傷罪」しかり、「ストーカー防止法」しかり、あまりに具体的なことを列挙しすぎて、けっきょく使い物にならない法律ばかりが作られている。

具体的な事案を列挙すれば「定義」が固まるものではない。むしろ変な限定解釈によって適用不能な法律ができあがり、立法の意味をなさない。
その例を「危険運転致死傷罪」と「ストーカー防止法」に見るが、過去にもblogに書いていることと重複するので軽く蒸し返すにとどめる。


*「危険運転致死傷罪」

飲酒運転やスピード違反・信号無視など悪質で危険きわまりない運転による哀しい犠牲が後を絶たず、通常の自動車運転致死傷罪(業務上過失)では刑の上限も決まっていて、あまりにも実態に合わないという議論はかなり前からあった。
そこで、悪質で危険な運転には通常の交通事故以上に重罰を科せるようにというのが狙い。

当初は、飲酒運転・スピード違反の常習者には、運転行為そのものを重く罰しようという趣旨だったが、国会で法案が成立してみたら終わりに「致死傷罪」がくっついていた。
飲酒運転やスピード違反を繰り返しているだけでは取り締まりの対象とはならず、人を死傷させる事故が起きて初めて適用できる。

しかも、その条文たるや…

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「アルコールや薬物の使用で正常な運転ができない状態で…」などと、かなり具体的に書いてある。
実際、この法律ができた後も悪質な「危険な運転」による事故は後を絶たないが、なかなかこの法律が適用されることはない。

記憶にあるのは福岡で起きた重大事故。20代の市役所職員が飲酒運転を常習していて、酒を飲んで一般道を100キロ近い速度で運転させ、ついに橋の上でワゴン車に激突、二人の子どもの命を奪った事故(事件)。当然ながら「危険運転致死傷罪」で起訴された。

しかし、一審の福岡地裁は「被告は飲酒はしていたが、事故を起こすまでの間100キロ近いスピードで運転をしてきており、『正常な運転ができない状態』だったとは言えない」として、危険運転致死傷罪を認めなかったのだ!…なんという愚かな限定解釈!? 
飲酒運転=正常な運転はできない、という意味で条文を解釈すべきだろう。
それに、一般道を100キロ近い速度で走行すること自体が十分「危険な運転」だろう!
これを危険運転と呼ばずして何と呼ぶのだ!?

その後の控訴審で危険運転が認められ、さらに上告審でも争われて危険運転と確定したが、当たり前のことが認められるまでに費やされた年月は…?

「(安全意識を著しく欠く)危険な運転をした者は」
…危険運転致死傷罪の定義はこれでよいのでは?

さらに、「こういう運転をしたら死傷者を出すかもしれない」ということを十分に予見でき、それでも「まあいいか」と実行した(常習としていた)ならば、「未必の故意(=いまだ必然とはいえない故意)」があったとみなし、殺人罪での起訴も視野に入れてもよいと、私は以前から思っている。



*ストーカー防止法


もう一つの例を見てみよう。

埼玉県桶川で起きた女性殺害事件をきっかけにできた法律。被害者の女性が男性から度重なる嫌がらせ・脅迫を受けつづけ、警察にも何度も相談したにもかかわらず…というあの悲惨な事件をきっかけに、重大犯罪が起きる前でも対応できる(=ストーカー行為そのものを処罰できる)ように新設された法律である。

しかし、何をもって「ストーカー行為」とみなすのかが問題で、「手紙・FAX・電話」は条文に書かれているが「メール」は書かれてない(→対象外)。
また、ストーカー行為そのものを処罰する刑は軽く、むしろ法律沙汰にされて軽微ながら刑を受けた加害者が被害者への恨みを一層増幅させる危険もあるだろう。


問題は「この行為はストーカー行為に当たるかどうか」の定義ではなく、被害者が恐怖に感じるような内容の行為が、その後の重大事件につながる危険があるかどうか、であり、それを未然に防ぐことに役立たなければ意味がない。

この法律ができた後も悪質なストーカー事件は多発したが、被害者が本当に身の危険を感じ、事前に警察に助けを求めていたにも関わらず、けっきょく最悪の殺人事件にまで発展してしまったケースが何件あっただろう。


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その後もたびたび「改正」が加えられている。2013年6月には「メール」を加えたが、blog・ツイッター・ラインといった日々進歩するSNSには触れていなかった! その後もあれこれ「追加」しているようであるが…

具体的な通信手段が問題ではなく、被害者が迷惑と感じ、もしくは身の危険を感じるような執拗な通信・つきまとい…といった行為そのものを問題にすべきだろう。
(刑法199条「殺人:人を殺したるものは」だけである。拳銃で、ナイフで、レンガブロックで…などといった凶器や手段は一切かかれていない。それで良いのだ。)

さらに驚くべきは、ストーカー行為を取り締まれる地域(=管轄)の限定。
当初は、被害者の住所を所管する警察署しか動けなかったため、加害者の住所、およびストーカー行為の行われた場所を所管する警察署も動けるようにする、というのが2013年の改定内容。

当初は被害者の住所を所管する警察署しか対応できないように明記されていたとはあまりにも範囲が狭すぎて驚きだったが、改正法で「加害者の住所」「ストーカー行為の行われた場所」を加えただけで十分と言えるのだろうか?

被害者の実家は?、勤め先は?、講演や旅行で行く先は?…「カルメン」は最後に闘牛場でホセに刺されるが、加害者が執拗に追いかけて凶悪犯罪に及ぶ場所は、どこでもありうる。

これだけ交通も発達した現代において、犯罪がひとつの警察署管内だけで完結してくれる方が珍しいのではないだろうか?
警察は全国組織なわけだし、国内法なので海外までは無理としても、せめて日本全国どこでも適用できるようにすべきだろう。



これらの例からも明らかなように、法律の条文にあまりにも具体的なことを書きすぎることで、かえって司法の場で使えないような本末転倒なことが起きているのである。

まずは現行法の範囲内でできることを十分検討し、その上でどうしても新しく法律を作る必要があるというのであれば、起こりうる犯罪を広く想定して分析し、ただ思い付き的にいろんな事例を列挙するのではなく、包括的に定義した条文にしなければ意味がない。

このことからも、今回の「テロ等準備罪=共謀罪」において、すでにある277もの行為を対象とするような法案が、いかに法律的に見て論理性を欠くものであるかが分かるだろう。


新しい法律の表現力

時代に変化に応じて、あらたに起こりうる犯罪を想定して、法律も新たに作る必要がある場面もある。

私の記憶にあるところでも、1964年(昭和39年)の東海道新幹線の開業に合わせて「新幹線特例法」ができた。高速で専用軌道を走る新幹線の安全を確保すべく、それまでの「列車往来危険罪」とは別に法律を作り、法的な面からも新幹線の安全を守ったのだ。

また、すでに起きた凶悪犯罪をもとに新法が作られるケースとして、1970年(昭和45年)の「よど号乗っ取り事件」(4月)や「プリンス乗っ取り事件」(5月…犯人は射殺された)
を受けて「航空機等の強取等に関する法律」(いわゆるハイジャック防止法)ができた。
それらの法律は、実際に起こりうるさまざまな事案・危険を想定し、それらを包括的に表現する条文がうまく作られていたと思う。

最近できる法案は、いまは技術的にどんなことが可能で、どんな行為が起こり得て、それを防ぐにはどうしたらよいか?…といった現実に即した想定の詰めがあまりにも甘く、思いつく限りのことを稚拙にもただ箇条書きに並べるだけで、実際には適用すら難しいような使い物にならない法律も多い。

立法府である国会、とくに立案する政府関係者の法律的なセンス・文章表現力にも大いに問題があるように思えてならない。




小澤一雄さん イラスト展

5月20日(土)

きょう、デイホームでの演奏にご一緒したケーナ奏者の八木倫明さんのお誘いで、イラスト作家・小澤一雄さんの個展にお邪魔してきました。

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千駄木 STOODIO にて

小澤さんは、主に音楽家の似顔絵・イラストを描き続けてこられた方。
日フィルの月間スケジュールの表紙でご覧になられている方もいらっしゃると思います。

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演奏家・作曲家など、じつに見事に特徴をとらえてユニークに描かれています。

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来場者に頼まれればその場でイラストも…

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個展は明日(21・日)までとのことで、夕方お邪魔して19時から皆さんとご一緒に千駄木のちょっといいお店で談義…

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きょうの八木さんとのデイホームでの演奏の様子は、こちらの記事に…
→ デイホーム日誌(7)

デイホーム日誌(7) 脳が喜ぶ歌の会 第5回

5月20日(土)

ケーナ奏者・八木倫明さんをお迎えして


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♪荒城の月
(1901年 作曲:滝廉太郎、編曲:山田耕作、作詞:土井晩翠)

メロディを一緒に奏でてくださったのは、ケーナ奏者八木倫明さんです。
中南米の楽器・ケーナが、日本の歌にもじつによく合うんですね!

メロディがあると、伴奏で色々と遊べます。
この「荒城の月」のコード進行にぴったり合う曲もいろいろありまして、ちょっとした脳トレも兼ねて…(笑)

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◆素朴な管楽器の紹介


ケーナと言う楽器、中南米のフォルクローレ♪「コンドルは飛んでいく」を聴けば「ああ、あの音色ね」と皆さんお分かりになります。

素朴な音色で、尺八や笛ともよく似ています。きょうの「脳が喜ぶ歌の会」では、すべての歌でメロディ・ハーモニーをご一緒いただきました。

違う長さの管を並べたパンフルートの音色で…

♪夏の思い出

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パンフルート(=ギリシャ神話に登場する森の神様・パンは笛の名手で、川岸の葦で笛を作った)の形状をした楽器は世界にいろいろあります。1つの管で1つの音しか出ない素朴な管楽器です。
やがて、1本の管に指孔を開けることで、管の長さ(=空気が振動する長さ)が変わることで1本の管で違う音を出せる「笛」になりました。

また、小さな醤油瓶に違う量の水(=赤ワイン)を入れるだけで、いくつかの音がつくれます。

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5つの音を使って…

♪聖者が街にやってくる

1回目、2回目、3回目…だんだん速く!(笑)

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ケーナにもいろんな長さがあります。「ある」というか、曲のキイ・音域によっていろんな種類の管を作って使い分けている、と言った方が良いでしょうね。
短いのを「みじケーナ」、大きいのを「でっケーナ」と呼ぶそうです!


この中南米のケーナを使って、きょうはアイルランド民謡とスコットランド民謡から…

♪ダニー・ボーイ

もとは、アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」で、歌詞はありませんでした。
アイルランドの古い旋律として19世紀の盲目のヴァイオリニスト、ジミー・マッカリー(1830-1910)がストリートで弾いていたものを、ジェーン・ロス(1810-1879)という女性の民謡収集家が聴き取って楽譜にしたそうです。二人ともアイルランド人です。

のちに英国の弁護士(法律家)でもあるフレデリック・エドワード・ウェザリー(1848-1929)という人が、この旋律に、遠く離れた息子の無事を祈り、帰りを待ちわびる母の思いを歌詞にして付けたのが「ダニー・ボーイ」です。

戦争に行ってしまった息子が元気に過ごしているか、無事に帰ってきてくれることを待ちわびながら、季節はめぐり、「もしお前が帰ってきてくれた時、私がお墓に入ってしまっていたら、老いた母はずっとお前の帰りを待っていたと、お墓を踏みしめて思い出しておくれ」…と。

歌詞および曲に関しては、こちらの記事をご参照ください。
Danny Boy(ダニー・ボーイ)


まず原曲の歌詞を八木さんが訳されたものを、ピアノ演奏バックに朗読していただきました。
その後、なかにし礼さんの書かれた歌詞で、みなさんとご一緒に歌いました。


♪広い河の岸辺

つぎはスコットランド民謡。八木さんをお呼びしたからには、この曲は外せません!

NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」で、のちに「赤毛のアン」を翻訳する主人公が子供の頃この歌を聞いたことがきっかけで英語を学び…という、とても重要な曲という設定でした。
そして翌年の朝ドラ「マッサン」でも挿入歌となりました。

スコットランド民謡がたまたま2つの朝ドラに登場するのは珍しいですね。

原曲は英語ですが、それを日本語に訳されたのが八木倫明さん。シャンソン歌手のクミコさんともご一緒にコンサートをされています。皆さんもぜひ覚えてくださいね。

広い河の岸辺(コード名入り)20170512

→ NHK「歌謡コンサート」(2014年7月29日放送)

八木さんも演奏で参加されています! 「歌謡コンサート」ではこの後もう一度、「マッサン」放送中にもこの曲を紹介しています。

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そしてふたたび日本の歌をご一緒に…

♪夏の思い出

♪見上げてごらん夜の星を



きょうは、電子音ではない「生の音色」、人の感覚にストレートに入ってくる素朴な管楽器の音色をたっぷりお聴きいただきました。
また、外国の民謡に日本語の歌詞をのせて…初めての歌に2曲もチャレンジしていただきました。きっと脳も大いに喜んでくれたことでしょう。




次回は6月17日(毎月・第三土曜日)です。次は60~70年代の懐かしい昭和歌謡を考えています。

★ボランティアながら、クラシック~映画音楽・歌謡曲などをご一緒いただけるメロディ楽器(ヴァイオリンなど)の方、いらっしゃったらぜひ私までご連絡ください。

<予告>デイホームにケーナ奏者をお迎えします!

5月16日(火)

今週の土曜日(20日)、デイホーム野沢での「脳が喜ぶ歌の会」に、ケーナ奏者の「やぎりん」こと八木倫明さんをお招きします!

先週末、八木さんを私の小部屋にお招きし、軽く音合わせを行いました。

音の小部屋にて

ケーナという楽器は中南米の民族楽器で、♪「コンドルは飛んでいく」を演奏すると皆さん「あ~」と納得されますね。

発音の原理は尺八とよく似ていて、標準的な長さのケーナだとリコーダーのようなやさしい音色。
音域によってさまざまな長さがあり、短いのを「みじケーナ」、大きいのを「でっケーナ」と呼ぶそうです(八木さんによる)。

地球の裏側の楽器ですが、とっても素朴な音色で、♪「荒城の月」、♪「夏の思い出」など日本の歌にもよく合うんですよ!


今回は、八木さんが日本語に訳された♪「ダニーボーイ」(アイルランド民謡)や♪「広い河の岸辺」(スコットランド民謡)を、デイホームの皆さんにも覚えていただいて、一緒に歌おうと企画しています。

♪「広い河の岸辺」は、NHKの朝の連続テレビ小説「花子とアン」で、主人公が幼少のころこの歌を聴いて英語を学ぶきっかけとなった…という設定で紹介されたほか、その後の「マッサン」でも挿入歌として紹介されました。

八木さんは、シャンソン歌手のクミコさんとご一緒にこの曲をケーナで共演され、「歌謡コンサート」などにも登場されています。皆さんもぜひ覚えてください。

→ 「広い河の岸辺」 NHK「歌謡コンサート」(2014年8月放送)


テレビではとっても真面目ですが、じつはとっても気さくな方で、私とふたりの「おやじ」コンビでどんなトークが飛び出すか…(笑)


◆今回の「脳が喜ぶ」ポイント

まず、いつもの電子ピアノの電子音ではなく生の笛の音は、脳に素晴らしい刺激をくれます。

また、みなさんがよく知っている昭和の歌謡だけでなく、外国の民謡の旋律(シンプルです)を覚えていただいて、そこに日本語の歌詞をつけて歌う…脳をフルに使っていただきます。

さらに…
いつもは私がひとりで伴奏するので右手でメロディを弾いてますが、今回はメロディ楽器が入ってくださるので、右手が暇になります。
じつは「荒城の月」と同じコード進行で、「くちなしの花」(渡哲也)、「無錫旅情」(尾形大作)、「ラブユー東京」(ロスプリモス)、「面影」(しまざき由理…Gmen75のエンディングテーマ)…etc. 
けっこう色々あるんですね!

「荒城の月」は1~4番までありますから、後半で「隠れうた」をさりげなく入れてみようかな…?


20日の様子もあらためてご報告させていただきますが、予告まで…


★見学はどなたもご自由ですので、ご興味のある方はぜひ!
  毎月第三土曜日の14時~15時までやっております。
 
★「デイホーム野沢」で検索していただくとHPがあります(三軒茶屋から徒歩10分ほど)。

★今後ボランティアでメロディ楽器・歌をご一緒くださってもよいという方がいらしたら、私にメールもしくはメッセージを下さい。


お昼時の独り言

5月8日(月)

連休になると、どうしても夜型の生活になってしまう私。今日からまた6時前に起きて出勤する日々の始まりでした。
心配していた寝過ごしもなく、午前中に久々の職場で「リハビリ」も無事に終了!

そして昼休み、お気に入りのカレー屋さん
スペシャル欧風ビーフカレー
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しかし、すぐ隣には「食べスマホ」君が…
お分かりですよね、「歩きスマホ」ならぬ「食べスマホ」!

食事中も片時も左手をスマホから放すことなく、右の片手で犬食い。しかも満席で店内に待ってる人もいるというのに、スマホときどき食事でたらたらと…。

せめて食べてる時ぐらい、食事に集中したら?
冷めないうちに美味しくいただけば?
食べ物に対して、提供しているお店に対して失礼でしょう。そんな食べ方をして家族から何も言われないんでしょうか? いったいどういう育ち方をしたんでしょうか?

でもまあ、「食べスマホ」は1席離れたところでやってる分には迷惑にはなりません。
それ以上に気になるのは、会社員たちの「会話」です。


食事中の会話

きょうも1席おいた両隣には、いかにも連休明けの会社員が、職場の人のうわさ話。
「〇〇事業部長は…、あの人は前〇〇本部にいて、それからどこに行って…、仕事ができる・できない…」そんな話を延々と。

それって「仕事の話」…?

男性サラリーマンでも女性のOLさんでも、会話のほとんどは「仕事の話」じゃなくて、会社内の狭~い世界の人のうわさ・愚痴…etc.

社員食堂で、あるいはコンビニのお弁当をデスクでいただくことが多い私ですが、たまに外食する時は、1000円札が飛んでいくちょっとした贅沢のつもりなんです。せめておいしく味わいながらいただきたのです。

お寿司屋さんのランチご膳(これで850円!)
寿司やの日替わり

そのすぐ脇で、職場内の狭~い世界のうわさ・愚痴レベルの会話を延々と展開されると…

もう何年も前のことですが、牛タン&麦とろご飯が食べたくて楽しみに出かけた馴染みの店で、すぐ隣には4人のOLさん。そこそこスタイルもよい素敵な女性かと思いきや、男性社員のうわさ話ばかり。〇〇さんは不倫してるらしいとか、この前合コンに行ったらどんな男性が来てて…といった話。ついには下ネタまで。

私は思い余って「あの~、私はあなたの会社の『給湯室』に潜り込んで食べてるわけじゃないんですが…」と一言発しました。
幸い話の分かる人たちで、「あ、すみません」と話題を変えて静かになって下さいましたが…(言われなくても少しは常識で考えろよ!)

平日の昼時に限らず、外食ではすぐ隣には食事を楽しんでいる人がいることを忘れないでいただきたいですね。入退院を繰り返す年老いたご両親と久々の食事をされていて、もしかしたらこれが最後の家族そろっての外食になるかもしれない可能性だってあるんですよ。


◆「仕事の話」って?

♪「あ~ 今日の仕事はつらかった あとは焼酎をあおるだけ…」
岡林信康さんの「山谷ブルース」(1968年)の冒頭の歌詞です。

1968年といえば大阪万博の2年前。高度成長を陰で支えた労働者の心情を歌った歌で、メロディも歌詞もなんとも刹那的ですが、私けっこうこの歌好きなんです(笑)。これこそまさに「仕事=生活の糧」の原点じゃないかと思います。

たとえば街路樹を剪定する植木職人さん、あるいは建築現場で働く作業員たちがラーメン・炒飯を食べながら、午前中にやった作業の話や午後からの作業の段取りについて話しているのは、まさしく「仕事の話」ですね。そういう話なら脇で聞こえてもまったく不愉快にはなりません。

でも、いわゆる「会社人間」たちのせんなき愚痴は、私に言わせれば「仕事の話」なんかじゃありません! 
本人たちはごく当たり前の日常的な「はけ口」のつもりかもしれないけど、脇で聞いてて不愉快になってきます。



そりゃ私だって、会社・組織に長年いれば嫌なことだって当然ありますよ。どうしても好きになれない「おかしな人」だっていますから(笑)。でも職場は「お友達」を作りに来る場所ではありませんよね。

最近は「就活」という表現が主流ですが、そもそも「就職=どこかの会社・組織に所属すること」なんでしょうか?
あなたにとって「仕事=職業」って、どこかの会社・組織に所属しておしまいですか?

何かをしたくて、ある生き方をしたくて、それを実現させるために、なんらかの会社・組織に所属しているわけですよね。私自身を振り返っても、「仕事=職場」は、私という人間の生き方のひとつの形=仮の姿なんじゃないでしょうか?

その会社・組織が未来永劫続くとは限りませんが、たとえ時代の流れの中で消えてしまうような会社・組織であったとしても、そこで過ごした時間、取り組んだ仕事は、その人の人生において決して無駄ではないと思います。

また、会社・組織は、個人でいくら頑張っても実現できない仕事を、そこで経験させていただける場所ですよね。そして生活の糧を得ている。
会社・組織がどうであれ、周りの人がどうであれ、自分がその「職業」を選び、ご縁あっていまの「職場」を与えられ、そこで生活の糧を得てるわけですよね?



中途半端な組織論、中途半端な個人主義はやめませんか?

とくに個人の生き方を本当に大切にするなら…

子どものころから描いてきた「大人になったらこんな仕事をしたい」という夢と現実の仕事とが完全に一致している人は幸せですが、そういう人はめったにいないでしょう。
でも、高校・専門学校・大学…前職…いろいろご縁があっていま与えられている「仕事」。
いまのあなたの職業・立場からは、世の中がどんな風に見えてますか?
どんな問題意識をもって毎日仕事してるんですか?
その仕事を通じて、ご自身はこれからどうしたいですか? 
将来的にはどんな生き方をしたいのですか?
…etc.

そういう「仕事の話」なら、朝まででも付き合えますが。

連休明けの、ちょっと踏み込んだ独り言でした。


アリエッティ風ドールハウス(3) 大型連休中

5月7日(日) 

大型連休もあっという間に過ぎました。
連休の谷間、日帰りで母方の祖母のお墓のある愛知県の犬山を何年ぶりかで訪ね、親戚の家3か所とお墓参りをしてきましたが、それ以外はとくに遠出はせず、電子書籍出版(→ 「音の小部屋」が電子書籍に…)に向けての原稿整理、合間にちょこちょこと工作…

5月7日現在のドールハウスの進捗状況です。

2017.5.7現在


◆屋根(破風)

前面(=蓋になる)の窓とドアを抜いたあと、まずは屋根(破風)の部分から着手。
飾り(段差)のついた梁は、1ミリ・3ミリ・7ミリの角材を組み合わせて表現。

屋根1 屋根2 屋根3
★クリックすると大きな画像になります(以下同じ)


レンガの壁

工作ことはじめでもご紹介した、シーナリ用の石積みシートを茶色く着色したものを貼り込みます。

レンガa レンガb
「工作ことはじめ」より再掲


木工用のボンドは水溶性なので、少し薄めた状態で合板にはけ塗りし、水平に気を付けて貼ります。

レンガ1

裏から、窓やドア部分の縁にボンド液で補強。窓・ドアには枠が付きますが、ベースのレンガシートがこういう部分から剥がれてくると厄介なので…

レンガ2 レンガ3

湿気を含んだ合板は反りやすいので、濡れたふきんを裏面にあて、平らなところに重しをしてゆっくり乾燥させます。


窓枠

窓1 窓2

抜いた窓はすべてW40ミリ・H50ミリで同一の大きさですが、それぞれの窓ごとに型紙(=梱包用のボール紙)を2枚ずつトレースして抜きます。一枚は表、もう一枚は内側用です。

窓3

石積みをボールペンで筋をつけて表現しておいて白く塗装。
内側はクリーム色(→窓ガラスを貼った後の内側の化粧用)。

窓4

表側の石積みを貼り、切り口面にパテを塗り、乾燥したら面を整えます。
ただし、実物は「石ブロック」ですから、あまり機械的につるつるにはせず、多少の凸凹も味のうち。切り口面にも石積みの切れ目らしきものを入れておきます。 

整形後…
窓5


◆ドア

娘から「ぜひ開閉式に!」との要望で、今回の重要なポイントとなる両開きのドアが1階と2階の2か所!

ドア1

鉄道模型の車体製作用の方眼紙(0.5ミリ厚)に、ドア面を3枚切り出します。中心の1枚、表・裏それぞれは飾り溝を抜いたものがサンドイッチになります。その間(外側寄り)に蝶番を埋め込みます。

ドア2

まだこの段階では両開きのドアを一体の状態のまま、ドアノブの付く位置に1ミリのドリル穴を開けたあとで、ドアのセンターで切断。

ドアノブ&座金は、久々の真鍮加工・ハンダ付け。

ドア3 ドア4

2ミリ帯に1ミリの穴を開け、まずはアバウトな長さに切断。真鍮線に通した状態でまとめてヤスリで整形すれば、同じサイズの座金が簡単につくれます。両開きのドア2か所なので、座金は裏表合計8枚。

最初の試作品だけ小判型に…これは正面入り口の表側に使いましょう。

ドア5 ドア6

まず、L字に曲げた1ミリ真鍮線を座金に通してハンダ付け。
それをドアの穴に通して瞬間接着剤で固定し、裏側にも座金を通して瞬間接着剤&ハンダで固定し、L字に曲げます。
1ミリ真鍮線は貫通して1本、それを裏表2枚の座金でドアを挟み込む形で固定、という構造。

本物のようにドアノブを回すことはできませんが、裏表ともに見かけは同じドアノブが出来上がり!
ドアを塗装して、さっそく壁面に取り付けます。

ドア7 ドア7b

ゴムのマグネット板をドア内側の上端に付け、ドアが壁と同一面でペタンと閉まるように。

ドア9

ドアの縁回りを厚紙や角材などで化粧し、蝶番を隠します。

ドア10 ドア8

裏のマグネットも、追って欄間(らんま)風のものを貼って隠すつもりです。


◆内装&構造柱

内装用の壁紙は、キッチン用のビニール製。オイルステン仕上げの柱や床ともマッチ。

内壁1 内壁2

前面を開閉するため、両端には1センチ角材をしっかり固定(接着&木ネジ)し、大型の蝶番を取り付けます。

外壁両端の石積みの柱は、梱包用の段ボールの厚さが最適。ボールペンで筋を入れ、直角に曲げてから切り出し、白く塗装。

角柱1 角柱2

建物両端は、合板+1センチ角材の厚み。それにぴったり合う寸法です。

角柱3 外観1

1階・2階のバルコニーの来る位置は、ドアの開閉の邪魔にならないよう正確さが要求されるので、厚手の型紙で位置決めしておきます。


◆丸柱(半割れレリーフ)

壁面の中央2か所に、半割れの丸柱が来ます。
素材を見つけて加工(試作)した段階は前にもご紹介しましたが…

丸柱1 丸柱2

柔らかいバルサ材の6ミリ径の丸棒を、2.5ミリ厚の合板の切れ端にカッターナイフをブリッジ状に渡した間をスライドさせて、半割れの丸柱の素材を作り、紙やすりで整形して小口をまっすぐに切断。

丸柱3 丸柱4

柱の頭部は、バルサと似た桐の木片(=1袋180円)を 6×12ミリに裁断し、上下に段差を付けて表現します。
柔らかいので棒ヤスリで簡単に削り出せます。

丸柱5 丸柱6

白く塗装し、1階・2階同じ位置にボンドで貼り付けます。

外観3

バルコニーはまだ仮置きながら、こんなイメージに。
1階と2階バルコニー手すりは、4本の丸柱でつながります。


「音の小部屋」が電子書籍になりました!

5月6日(土)


このたび、電子書籍を出版しました!

「音の小部屋」と題して、音の不思議・音の面白さ・音と人の心理・12音誕生の歴史…etc.
難しい楽典(音楽理論)を誰にでも身近に感じていただけたら…

ある先生に奨められて、ブログ記事の再編集にて、まずは第一弾。
8つの章立てで、500円です!

音の小部屋表紙
●アマゾンのKindle → 書籍案内 

「書籍案内」画面の、書籍名「音の小部屋 :音の不思議を面白く」またはその下にある「Kindle版」というところをクリックしていただくと、記事の紹介文・もくじがご覧いただけます。

これまでにもブログにつづってきた内容と重複しますが、あらためて8つの章立てになっていて順にお読みになると分かりやすいかと思います。

ご興味のある方にぜひ拡散していただけたら幸いです。今後に向けて、ご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。

アップを記念して 三浦さんと

電子書籍についてレクチャーいただいた三浦陽一さんです。
記念すべきスタートとなりました。感謝!

憲法70年 ~平和を心から願う日本人の知恵で生まれた九条~ 

5月3日(水)

日本国憲法が施行されてから70年。
主権在民、基本的人権、そして世界に類を見ない「平和」への希求を柱とするこの憲法。

この平和憲法を「戦後GHQに押し付けられたもの」とおっしゃる方がいます。

政府関係者の中にもそう認識し、施行されてから70年も経つこの古い憲法を時代に合わせて改めることが、真の戦後日本の確立であり、真の独立になると。

しかし、2日深夜放送のNHKスペシャル「憲法70年 平和国家はこうして生まれた」を観れば、新たな資料から分かった事実も含めて、その認識は間違っていることは明らかです。

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たしかに「マッカーサーノート」と呼ばれる草案はありましたが、その前に、時の総理大臣幣原喜重郎および昭和天皇の「平和」に対する強い希求があったことをマッカーサーもよく理解されていたといいます。

GHQを管理する「極東会議」に向けて、マッカーサーから憲法草案が示されましたが、その後も、日本政府が「恒久平和」を心から希求して、「戦争の放棄」を明言した九条のほか、義務教育など新たな項目も加えて、文面も練りに練っていまの日本国憲法が出来上がった経緯が細かく紹介されました。

防げなかった二つの世界大戦、その甚大なる犠牲を礎に、日本人がマッカーサーとともに心から平和を願い、「二度と戦争をしない国」を世界に向けて宣言すべく9条を含め、世界の憲法史上類を見ない画期的な平和憲法が出来上がったのです。

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画像:番組公式サイトより


時代が変わったから、古い時代の憲法だから…?

何度も書いてきたように、「時代が変わったのだからそれに合わせて見直すべき」なのは一般の法律・規則・条令などの話です。

憲法は「国としての在り方」を定め、あらゆる法規の上位に位置し、一政権がたとえ誤った方向に進もうとしても日本という国が誤った方向に進まないための規範なのです(=立憲主義)。

憲法を変えるということは、国としての在り方そのものを変えてしまうこと なのです。

70年前の日本政府の関係者らが、過去の過ちによる多大な犠牲を礎に知恵をしぼり、考えに考え抜いて草稿を重ねた今の憲法は、世界の憲法史上でも類を見ない画期的なものです。

今の自民党がしたためているような改正草案がそれに勝っているとは思えません。
むしろ、今の憲法の基軸となっている「主権在民」「基本的人権」そして「戦争の放棄」といった平和憲法の重要な柱をあいまいにし、解釈によっては日本の進むべき道を変えてしまう極めて危険なものだと思います。

それを、「時代が変わったのだから、古いものは改めるべきだ」、「(北朝鮮をはじめとする)国際関係における危機的状況も現実にある」…などといったことをもっともらしくちらつかせながら、一政権の祈願としての憲法改正にすり替えて誘導してしまうとすれば、過去の戦争の多大な犠牲と引き換えに「二度と戦争しない国」になることを誓って手にした平和を根幹から揺るがせてしまうでしょう。



国民投票には正しい認識で

憲法改正に関しては国民投票があります。

ただ、その機会を活かして、日本が過った道に進まないようにするには、国民有権者が「憲法とは何か?」、「一般の法律・規則・条令などと憲法の違いは?」、および70年前の史実をひも解いて見えてくる戦後日本の重大な決断と英知の結集でできた今の平和憲法について、正しく知っておく必要があるでしょう。

昨年2月の記事も参考まで…
→ 
「憲法改正は必要…?」


政府自民党がこれまで挙げてきた、緊急事態・選挙権を得られる年齢・天皇の退位…などに関することは、現行の法律や規則、運用規定・解釈の変更、あるいは特別法の制定で済むことです。

政府自民党が昨年出した「憲法改正ってなあに?」というマンガ冊子。
これは、一般の法律・規則・条令などの話です。



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こういう安易なマンガで、いかにも「改憲は必要だ」と世論を誘導する…

集団的自衛権の説明で用いた「となりの火事」や「アメリカの艦船で輸送される母子」を描いた稚拙な紙芝居と同様、きわめて意図的な悪意を感じざるを得ません。


<追記>

◆NHK世論調査の傾向

同3日夜9時のNHK「ニュースウォッチ9」で、憲法改正に関する意識調査の結果を報じていました。

過去にくらべて、改憲派が減って「変える必要はない」と思う人が増加してきてその差が少なくなってきていて、とくに若い世代で改憲派が大幅に減っていることを報じていました。

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個々の質問では、「憲法9条による戦争放棄」について、これを「変える必要があるか?」という問いに対して57%が「必要ない」と答えています。

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一方、戦争や侵略の危険性については、「非常に」と「ある程度」を合わせると圧倒的多数が「危険がある」としています。
つまり、国際情勢に危険については認識しつつ、憲法九条を変える必要はないと思っている人が多い、と言う結果が読み取れます。

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戦後ずっと平和を守って来た九条については82%が」「誇りに思う」とし、憲法九条については「変える必要はない」という見方が圧倒的多数ですが、九条以外の部分では「憲法改正も柔軟に応じるべき」だと思っている人も73%いるようですね。

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ただ、冒頭の折れ線グラフが示すように、小泉政権のころに改憲派が多かったのに比べ、改憲派の数は減ってきて、反対に護憲派(変えなくても良い)が増加。43%対37%と、その差が縮まってきている傾向。

その理由として考えられるのは、一昨年の安保法制などによってすでに憲法は解釈変更がされているからもう必要ない、という理論的な意見。かつての小泉政権のころのように「改革」が叫ばれていた時代から、いまは「不安」の時代へ。憲法を変えることがなんとなく「怖い」から…、「改革」よりも「安定」志向。

憲法論議は「遠い存在」で「よくわからない」、改革よりも現状維持を望む…見方によっては、「よく分からないし、今のままでとくに問題なさそうだから、このままでいいんじゃない」という風にも受け取れなくもないですが、国民世論も決して「憲法改革」に駆り立てられているわけではなさそうで少し安心します。

いずれにしても憲法改正には国民投票が伴います。
国民・有権者がきちんと考え、騙され流されることなく自らの意思をしっかりもつことが大前提ですね。


安倍総理の声明

そんな中、安倍総理は「これまでの70年、そしてこれからの70年を見据えて、時代に合った新しい憲法に向けた議論をしていこうではありませんか。できれば2020年には新しい憲法をスタートさせたい」と明言しました!

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勝手に「機は熟した」などと判断しないでいただきたい!
閣議決定したのかどうか知りませんが、「例示」のように出してきたのが次の2点。


*高等教育の無償化?

これ、憲法とはまったく関係ない話ですよね!
憲法には「基本的人権」の一貫として「誰でも等しく教育を受ける権利」は書かれていますが、小・中学校をそれぞれ何年にするとか、高校をどうする…といった具体的なことは教育基本法ですよ。まして高校の授業料を無料化するなんて憲法に書くべき内容じゃないでしょ!

(上にも書きましたが、一昨年の集団的自衛権の説明で出してきた「となりの火事」や「米艦船に乗った母子」の稚拙な紙芝居を思い出します。見る人が見れば「おかしい」と思うような稚拙な例を出してきて国民を誘導するテクニックが汚い!)

緊急事態法、選挙権の改定、皇位継承の問題…
いずれも現行法の改定や追加、特別法の制定でカバーできることばかりで、憲法そのものを変える必要はありません。

いかにも国民が「ごもっとも」「大切なことですね」と思いそうなことを「例」のように挙げてきて憲法改正の必要性にもっていこうとする… きわめて意図的な悪意を感じます。
いつも口にしているように、「丁寧に説明」し、「しっかり議論」していくのなら、正しい知識を伝えるべきです!


*自衛隊について憲法九条に明記?

あと、先ほどの世論調査で、圧倒的多数が今の九条を大切に思っている中で、「自衛隊のことについて9条に書き加える」とも明言しました。「自衛隊が憲法に違反しているのではないか、という議論が今後起こらないために」とおっしゃいましたが…

戦後のGHQも、草案の中にもともとあった「すべての戦力」、すなわち自国を防衛するための最低限の武力さえも禁止する項目をGHQの担当者の方から削除してるんですね。つまり、どの国であっても、自国を防衛することさえ否定されてしまうのは現実的ではない、と。

その後、日本の政府関係者も知恵を絞りに絞って、外交手段としての戦争、侵略戦争を全面的に否定し、「恒久平和」を第一に掲げる文面を練り上げたのです。

つまり、その時点で「自衛隊そのものが憲法に違反するんじゃないか」という不毛の議論には結論が出ているのです。自衛隊そのものは違憲ではないのです。その自衛隊の活動範囲・権限を勝手に拡げない限り…


「海行かば」の歌詞

5月2日(火) 憲法記念日を前に


「海行かば」

昨今話題のある幼稚園で、園児たちにこの歌を歌わせていることが話題になっていますが、この歌の歌詞の意味をご存知でしょうか?

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<意味>

海に行けば兵士の死屍が浮き、山に行けば草生す死屍がある。天皇の為なら死んでも良い 、振り返ったりはしない


この歌、作詞者は大伴家持です。

「葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らし召しける 皇祖の 神の命の 御代重ね~」で始まる、陸奥国に金を出す詔書を賀す歌一首、并せて短歌の中に、この歌詞が出てきます。


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★クリックすると大きな画面でご覧になれます


「瑞穂の国」もここから来ているんですね。

大伴家持といえば「万葉集」の時代、養老2年(718年)頃~ 延暦4年(785年)にかけての人です。今から何年前?

いえ、何年前でも何百年前でも、良いものは良いという考え方はあるでしょう。

しかし、先ごろの「教育勅語」をめぐる問題と同様、国民の命を「天皇のため、国のために」という発想そのものが、戦後の憲法で保障されている基本的人権に反する のです!

→ 教育勅語と基本的人権


かつて、この歌を歌って見送られ、若い命を太平洋に散らせていった特攻隊員たち…

中学・高校生あたりに、「こんな歌を歌って命をささげた人が大勢いたんだよね」と、過去の過ちを象徴するものとしてしっかり教える(=教材とする)のなら良いと思います。

しかし、まだそこまでの意味も分からない幼稚園児にこの歌を歌わせ、教育勅語を暗唱させ、それを「すばらしい教育理念」と絶賛する閣僚らが何人もいるという現実…どう受け止めたら良いのでしょう?



◆追記…想像してみてください

お食事中にこの記事をご覧の方はスルーしてください。
ただ、戦争とはどういうものか、私も実体験はありませんが、ちょっと想像してみることはできるはず。

ゲームでは、敵を吹っ飛ばしてもすぐに画面から消え去り、陣地を色分けして勝ったか負けたかでおしまいですが、実際の戦争では…?

いまもし、道路に犬や猫の死骸があったら、みなさんどうしますか?

嫌なものを見た、気分が悪い、と目を背けて道路の反対側を通るのではないでしょうか?
親切な人が通報してくれれば、公道ならば区(市)役所の土木課が、私有地の敷地内なら保健所が来て撤去してくれます。

しかし、戦時下にあっては、人の遺体がいたるところに転がっていても、収容が間に合わず、何日も、いや何か月も放置されるのです。異臭も半端ないと思います。

大型連休に多くの観光客が訪れていると思われるガダルカナルやグアムなど南方の美しい海辺にも、かつて猛攻撃を受けて玉砕したおびただしい数の日本兵の遺体が折り重なっていたはずです。

空襲の翌朝、黒焦げになった遺体が街のいたるところに転がっていたといいます。広島や長崎の原爆投下直後の様子は…?

戦争体験者の手記もいろいろ読みましたが、みなさんそれが「日常」になってしまうと、なんとも感じなくなってしまうんだそうですね。それが戦争というものなんですね。

いま机上で「国防」を考え、軍事バランスと称して軍備拡大を当然のこととし、憲法を変え、武器を輸出したり武力行使できる国へと進めようとしている人たち、莫大な経済効果を期待して内心ほくそ笑んでいる人たちも、こういうことが現実となった過去の過ちの歴史にあらためて目を向けるべきでしょう。


 

ニュース記事を串刺しにしてみると…

4月30日(日)

加古隆さんの♪「パリは燃えているか」を聴きながら、過去の愚かな過ちの歴史をl繰り返さないことを祈りつつ…

いま報じられているニュースを、単品ではなく、いくつかを串刺しにしてみると、何が真実なのかが見えてくるような気がします。

たとえば…


◆海自艦、初の米艦防護へ 四国沖まで、安保法制に基づき

2015年に成立した安全保障関連法に基づいて、平時から自衛隊が米軍の艦船などを守る「武器等防護」を実施するよう、稲田朋美防衛相が初めて自衛隊に命じたことが分かった。米海軍の補給艦が防護対象という。複数の政府関係者が明らかにした。


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【写真】長崎・壱岐の北西約20キロを航行する米海軍の原子力空母カールビンソン=29日午前10時2分、朝日新聞社機から、迫和義撮影

 米軍からのニーズが高かった任務で、自衛隊法に基づき、防護のために自衛官は必要最小限の範囲で武器を使える。昨年11月から12月にかけて南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の部隊に「駆けつけ警護」の任務が加えられたのに続き、安保法制に基づく自衛隊の任務が本格化する。

 政府関係者によると、海上自衛隊の護衛艦「いずも」が5月1日午前に横須賀基地(神奈川県)を出港。房総半島沖周辺で米海軍の補給艦と合流し、四国沖までこの補給艦を守りながら一緒に航行する計画とされる。

 この補給艦は、北朝鮮による弾道ミサイル発射への警戒をはじめ、日本近海で情報収集などをしている米太平洋艦隊の艦船に補給する見通し。29日に対馬海峡から日本海に入った米海軍原子力空母カールビンソンの艦隊に補給する可能性もあるという。カールビンソンは北朝鮮のさらなる挑発を抑えるため、同日から日本海で韓国海軍と合同訓練を始めた。訓練には韓国海軍のイージス駆逐艦「世宗大王」や哨戒機などが参加している。

(朝日新聞デジタルより) 



一方…

マレーシアでキム・ジョンナム氏を暗殺、国連決議に反して弾道ミサイル発射を繰り返すなど、常識では考えられない人道に反することを繰り返す北朝鮮ですが…

◆「金正恩の時代、確実に終わる」 北朝鮮元公使が会見

 昨年夏に韓国に亡命したテ・ヨンホ元駐英北朝鮮公使は25日、民衆蜂起による金正恩(キムジョンウン)政権の崩壊もありうるとの見方を示した。ソウル外信記者クラブでの記者会見で語った。日本人拉致問題を巡って、「北内部の指導層は日本にだまされたと考えている」と語った。

 テ氏は「北内部で政権に対する反感が高まっている」と説明。「住民は政権の宣伝運動に耳を貸さない。確実に金正恩の時代は終わる」と語った。

 背景の一つとして、外部情報の流入や不正の横行を指摘。「韓国ドラマを見て捕まっても、2千ドル(約23万円)払えば釈放される」と語った。「私が子供のころ、北の経済規模が南より大きいと学んだが、今は映画やドラマで南の生活水準が高いことを知っている」とも説明。北朝鮮も住民に対して「経済水準は南が上だが、米国の植民地に過ぎない」と説明しているという。

(朝日新聞デジタルニュースより)




どちらも朝日新聞(デジタル)。とくに政権寄りでも反政権寄りでもない記事だと思います。
しかし、同じ日に出されているたったこの2つのニュースを串刺しにしてみるだけで、

「北朝鮮は驚異だ」「きのうはミサイル発射の情報を受けて東京メトロも一時運転を見合わせたんだって」「本当にミサイルが飛んでくるかもしれないぞ」…という脅威論を前提に、

「日本はアメリカに全面的に協力していくんだ」と集団的自衛権の行使を当然のように扱い、日本も武力行使できる方向にもっていこうという政府の意図が浮き彫りになりませんか?

「ミサイルが発射されたら、頑丈なコンクリートの建物に避難せよ」とか「化学兵器が使われたら、窓を絞めよ、来ていた衣服は切り裂いて脱ぎビニール袋にいれよ…」などなど、じつにきめ細やかな注意書きが学校でも配布されてるようですが…

もし本当に北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射してくる危機が現実のものとしてあるのなら…
なぜ、ミサイル攻撃に対応するすべをなにも持たないまま原発を再稼働させ、ミサイル対策も皆無のまま放置するのか?

国会で山本太郎議員からの質問になにひとつ具体的に答えられなかった答弁は、まさに映画「シン・ゴジラ」の政府の危機管理能力そのものではありませんか。

そして、そんな危機的状況にありながら、大臣・副大臣など閣僚らがこの大型連休に海外遊説に出かけるんでしょうか?


状況をどう見るか?

これから書くことはあくまで私見ですが…

北朝鮮がかたくなになるのは、孤立への恐れの反動・強さの誇示と見ます。
朝鮮半島を二分する戦争(=70年前の朝鮮戦争。停戦状態のまま)によって民族は分断され、南を支援したアメリカや日本は大きな経済最長を遂げたのに対し、北はどうなのか?

南(=韓国)とアメリカとが共同軍事演習を強化することに反発し、自分たち(北)こそが正義であると…

しかし、中国やロシアからも見放されて世界で孤立すること、および核兵器の発射ボタンを押すことで全面核戦争になったら地球規模でどういうことになるか…それが分からないほど馬鹿ではないのではないか?

成功したミサイル発射は劇的に報じ、失敗したミサイル発射は国民に知らせない…
つまり国民に向けては「強いぞ」と誇示しつつ、国際的には孤立することが本当は怖くてしょうがない。
拉致問題も含めて、むしろ本音では対話のきっかけを探っているのでは…?

だから、ここでトランプ大統領の言う「あらゆる選択肢がテーブルにある」などと、シリアに対して行ったような武力行使も視野に入れてることを絶賛したり、まちがっても日本が先制攻撃に手を貸すようなことがあったら、それこそ歴史の過ちを繰り返す愚です。

日本が北朝鮮に向けていきなり武力行使することは今のところ考えにくいですが、トランプ率いるアメリカ軍が北朝鮮に早まった行動をとった場合、日本は当然ながらアメリカのやったことを批判することなく容認・絶賛するでしょう。そうなれば、日本も北朝鮮から真の標的にされるでしょう。

常識の通じる相手かどうか…と言う前に、国際社会が連携してあくまで平和的な解決を目指すべきです。
ひとたび挑発に乗って武力衝突となれば、もはや第二次世界大戦の比ではなく、地球滅亡への道へと進みます。

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…以上、私なりの見方に過ぎません。私は評論家でも預言者でもありません。
しかし、報じられていること・皆が騒いでいることを一方的に鵜呑みにして動揺することなく、自分なりに「なぜ?」を求めていきたいと考えています。

新聞・テレビ各社の報じ方・切り口もさまざまですが、国民ひとりひとりがさまざまな情報の中から「何が真実か?」「ことの本質は何か?」を考えて読み取る力が、今後ますます大切になってくるような気がします。

先日書いたこちらの記事もご参照いただけたら…
→ 「マスコミの影響力は大きいが」



加古隆「パリは燃えているか」

4月29日(土)


大型連休の初日

●早朝の北朝鮮のミサイル発射情報に東京メトロが運転見合わせをしたとか…?

●ミサイルが発射されたときの注意事項なるものがもっともらしく広報され、小中学校では配布されてるとか?

…それ自体意味のないことだとは申しませんが、空襲を受けたらバケツリレーで消せ、敵が上陸してきたら竹やりで戦え、と同レベル。国として、国際社会としてやるべきことは?


●米国内の憲法違反でたびたび停止されるような大統領令を出し続けるトランプ大統領が、シリアに対して爆撃をしかけたことを全面的に「賛同」する日本の政権

…かつてのトンキン湾襲撃事件は、北ベトナム爆撃を開始するための「ねつ造」だったことが判明しても、中東に大量破壊兵器など存在しなかったことが判明しても、過去の米国の武力行使について正当性がはたしてあったのかどうかの検証は一切していない。国会で野党から質問されても一切答えません。


●「憲法を改正した方がよい(改正してもよい)」と思っている人が43%…などという某放送局の世論調査結果が報じられたり…


「愚かな過ちの歴史」に逆戻りさせるような力・扇動がいたるところに働いているように思えてなりません。


加古隆 ♪「パリは燃えているか」


https://youtu.be/urlIxLTx300

ちなみに「パリは燃えているか」という同じタイトルで、1966年にアメリカとフランス合同で作られた戦争映画(フランス・レジスタンス(共産主義者とドゴール派)と自由フランス軍によるパリの解放を描いたノンフィクションの原作)があるようです。


かつて「映像の世紀」のテーマ音楽ともなったこの曲を聴きながら、あらためて世界の平和を祈ります。

日本の、世界の指導者たちが、正しい民意によってを正しい方向に導かれますように!


アリエッティ風ドールハウス(2) すべり出し

4月下旬 その後…

前回ご紹介したアリエッティ風のドールハウス。
→ アリエッティ風ドールハウス 工作ことはじめ

まずは建物前面が開閉式の蓋となるため、文字通りそこから「すべり出し」。
ここで床面の高さなど建物の基準となる寸法をしっかり決めておきます。


1階・2階 バルコニー

前回ご紹介した手すりの試作イメージをもとに、幅4センチ(=実物では72センチ相当)のバルコニー(1階・2階)を作成。

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1階と2階は最終的には柱でつながるので、手すりの位置を正確に合わせておきます。

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手すりの上端に1ミリ角材を貼ることで、細密感が増します。2階は腰の部分も仕上げておきます。

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試作した幅の狭いものも、側面窓の手すりとして活用する予定。


窓・ドア抜き

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ただ、中央部分には糸鋸のフレームが届かないことが判明! 
厚さ2.5ミリの合板を、カッターで根気よく抜きました。

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丸柱

壁面にレンガシートを貼った後で、中央2か所に取り付ける半割れの丸柱をどうするか…?
やわらかいバルサの6ミリ径の素材を調達。

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窓を抜いた合板の端切れにカッターナイフをブリッジ状に固定して…

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ちょっとした手作業工場ですね!(笑)

建物の四隅には四角い石のブロック、建物中央部には丸柱(半割れ)、デッキの1・2階は丸柱で接続…いずれもその柱頭部の受け皿(=斗)が必要。
その細工には、バルサより少し硬めの桐の木片がよさそうです。

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この辺りはまだ素材加工の段階なので、追ってご紹介します。


基礎工事

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やはりはじめの「基礎」は大切です。1階の床面までの高さを3センチに設定。
建物前面が開閉式になるため、階段や手すりを破損しないよう、地面と一体にしておいた方がベターでしょう。

地面+階段(8ミリ×3段)+バルコニー床、でちょうど30ミリになります。

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なんとなく見えてきました。建物側面・屋根・内装(照明含む)など、先が気になりますが、焦って進むと後になって「あっ、しまった!」が必ず起こります。

焦らず、こつこつと… あれこれ考え悩む時間も楽しみのうち。




マスコミの影響力は大きいが…

こんな世の中になったのは「マスコミのせい」…?

わがままで短絡的な犯罪が多くなった。自分のことだけでいっぱいいっぱいで政治や社会に目を向けない人も多い。芸能人のスキャンダルや娯楽にばかり目を奪われている。国の先行きを左右する一大事についてあまりにも無知・危機感がない…etc.

そういう話題になると必ずと言ってよいほど出るのが「マスコミの影響は大きい」という声です。

「視聴率」という前近代的な商業主義的な数字に振り回されて、ウケを狙って売れてる芸能人を連れてきて、旅・グルメ・クイズ・バラエティ…レベルの低いボケとツッコミ、「え~!」というわざとらしい効果音を入れ、どの局も似たような安易で低俗な番組が多すぎる…と憤りを感じる面はたしかにあります。
なので、家に帰ったらテレビのスイッチを入れ、だらだら惰性で見る習慣を断ち切って久しいです。

たしかに、放送番組も「需要と供給」のバランスで成り立っています。
マスコミがそういう番組を流すから国民の思考回路がこうなる、とも言えるし、国民が求める番組をつくるとこうなる…ニワトリとタマゴのような話になるのです(笑)。

「マスコミと社会」について…
私が学生時代のころに、ちょっとタイムスリップしてみたいと思います。



◆「全員集合」は諸悪の根源だった…?

いまからもう40年近く前の学生時代、社会学で「マスコミ論」に触れたことがあります。
そこでよく耳にしたのが「テレビで暴力や性的な表現が多いから犯罪が増える」という仮説。
テレビの影響で、そういう欲望をあおるから模倣して犯罪が増えるのだ、というのです。

かつてドリフの「8時だよ全員集合」の影響で、子どもが下品な悪ふざけをしたり先生の言うことを聞かなくなる、と目くじらを立てる教育関係者の声があったことを思い出します。

しかし、あの「全員集合」という番組が本当にいけなかったのでしょうか?

最近のお笑いのようにツッコミの勢いで笑いを取るのではなく、毎回の設定の中で5人のキャラクターそれぞれの奇想天外な展開、計算しつくされた絶妙なタイミングで「え、まさか本当にそこまでやるの?」という本気の「ボケ」の連続で、腹筋が痛くなるほど笑わせていただきました。

毎週全国各地を回りながらの生放送で、あれだけの台本を書き、それを具体化する大道具の本気度も半端ではなかった。いま思い出しても素晴らしい文化だったと思います。

たしかに学校のクラスの男子の中には、私と同様、あの番組で見たネタを学校で真似して怒られた経験のある人もいらっしゃるでしょう。
でも、本気で差別や偏見をもったり陰湿ないじめの原因になることではなく、多くは「実際にはありえない状況=仮想」を楽しんでいたのではないでしょうか?


◆「模倣」か「代償」か?

凶悪犯罪を扱う刑事ドラマでも、性的な表現の多い大人向けの深夜番組でも、見る人がちゃんとした常識と理性をもって見れば、実際にやってよいことと悪いことの区別は当然つくはず。現実にはできないことをテレビの仮想現実の中で疑似体験して楽しむ(=代償)…それが娯楽ですね。

そういう理性を持った人が多い社会なら、そのような娯楽によって潜在的な欲求が満たされること(=代償)で、むしろ現実の犯罪を抑止している、という面もあるはずです。

刺激・模倣によって犯罪が増えるのか、代償によって犯罪が抑えられるのか?
そこは、その社会を構成している人たち次第なのです。

暴力的な映画や番組を流すことで、ある町では犯罪が増え、ある町では犯罪が減った…ということが「実証」できたらよいのですが…


社会学では、科学のような「実験」はできない

化学・科学の世界では、ある因果関係を調べるために、一定の条件である要因を加えたケースと加えないケースを「実験」して「検証」することができますね。
しかし、社会学をはじめ人間の行動科学の分野では、そうした純粋な条件下での「実験」は不可能です。

とくに社会学は、社会の中のさまざまな事象が、あることに影響を与えたり影響を受けているきわめて流動的な状態。
いわば、お風呂の栓を抜いて排水しつつ、水とお湯を足し続けているような状態に近いでしょう。
ある事象とある事象の因果関係について「仮説」を立て、流動的な「社会」という巨大な装置の中で「観察」するしかありません。せいぜい「統計」をとって比べるぐらいでしょう。

…ここまで、学生時代から思っていたことをちょっとつづってみましたが、要は…


◆なんでもマスコミのせいにしない

冒頭に書いたような最近の番組の傾向には、たしかに問題もあると私も思っています。
公平な立場で伝えるべき報道が、政権の都合のいいように偏っていないか、逆に政権を批判することばかりに偏ってはいないか…?

いつの時代でもどこの国でも、多かれ少なかれテレビ各社・新聞各社によってどっち寄りの視点で報道するか、それぞれの傾向はあるものです。
私自身、なにか社会や国会で大きな動きがあった日には、夜のニュースで複数局を見比べて、どの局がどのニュースをどのような切り口で伝えたかをチェックしているぐらいですから。

そこで「〇〇局ではこのニュースをまったく取り上げなかった」「表面的に伝えただけでまったく突っ込んでいない!」「けしからん!」などと批判だけしてても仕方ないと思うのです(←たしかに、明らかに酷いときは批判もしたくなりますが)。


一人一人が情報を選び、考える力を!

いまは多くの情報源が溢れています。大手の新聞・テレビだけでなく、それこそグラビアアイドルも載せているような雑誌や日刊紙は、政治家のスクープのような記事もなんの圧力も気にすることなく出しやすい立場にあるといえるでしょう。それこそ今はネットによる情報も溢れています。

それらの中には、感情に走って誇張された情報、未確認情報、場合によってはフェイクともいえるような情報もあります。そうした情報の中から、「何が真実なのか?」を各人がしっかりと判断して取り入れる力が求められてきます。

またSNSでもしばしば見受けられることですが、記事の表の見出しだけを見て感情で反応し、投稿の趣旨から外れたコメントが続くことも…
記事に書かれている内容をちゃんと読んで理解し、「この問題のどこがどう問題なのか?」をきちんと理解する力・考える力・議論できる力が大切になってきます。

→ 考えること、表現することの大切さ(2015年9月 58歳を迎えた日につづった記事です)


大切なのはひとりひとりが自分で情報を取捨選択し、自分の頭と常識で考える力ではないでしょうか。

私も、父子二代にわたって公共放送の一角に携わった人間として、マスコミが世間に与える影響・責任はもちろん大きいと思ってきました。報道の在り方について思うことも当然あります。

しかし、国民・有権者も決して無能な受身型ロボットではないはずです。なんでもかんでも「マスコミが~~だから…」と、人のせいにしたような言い方をしてはいけないと思うのです。


週半ば深夜の独り言でした。

答えは風の中…?


音楽や自然など美しいものを求めたり、ひたむきに何かに取り組んだり、美味しいものや可愛らしいものに癒されたり…

しかし、ふと社会・政治に目を向けると…

閣僚の失言・とんでもない法案、横暴な決め方、嘘とごまかし、議論になってない国会審議…etc. 「とんでもない」話題には事欠きません。見たくもないけど、放ってもおけない。

しかし、日本人はなぜこうもおとなしいのでしょう?

昼の食堂でニュースがかかっていて、どんなに重要なことが国会で決められようとしていても全く誰も見ていない! 野球やサッカー、芸能人のニュースの時だけ振り返る…
サラリーマンもOLも会社内の狭~い人間関係の話(それって「仕事の話」?)、あとは男性ならクルマやゴルフの話、女性なら女子会の話、アプローチしてくる男性のうわさ話…etc.

「政治の問題=わたしたち社会の問題」ですよね?

いつまでこんな政権に「数の力」を与えておくのでしょうか?
どこまでやりたい放題やられたら、どこまで国民が踏みにじられたら、どこまで切り捨てられたら、どこまで騙されたら、分かるんですか?、気づくんですか?、目覚めるんですか?

…ボブディランのように「答えは風の中」ですか?

SN上でシェアしたりコメントして拡散することも無意味ではありませんが、職場の人と、サークルの仲間と、個人的な友達と、飲み友・ママ友と…身近な人との間でも、たまにはちょっと社会に目を向けた話題を交わしてもよろしいのではないでしょうか?

そして選挙では各自の意思表示をしっかりしていくこと。
それが堕落した政治に対する正しいリアクションではないでしょうか?

1にも2にも「民意」を高めること。
そのために、これまで私がひっかかってきたいくつかのキイワードごとにまとめておきます。


◆「そういう人を選んだのはわれわれ有権者だから…」?

よく政治家が不正を働いたり、公約を平気で破ったり、悪事が暴露されたようなときに、「まあ、そういう人を選んでしまったのはわれわれ国民有権者だから…」などとおっしゃる方が必ずいます。
政治家だけを責めるんじゃなく、「見る目がなかったんだから…」という諦めや慰めにも似た思いなんでしょうか…?一見穏やかな大人の意見のように聞こえなくもありませんが、私は「あなた、民主主義を分かってますか?」と長年思ってきました。

小学校の学級委員、あるいは地域で長年よく知っている人を信頼して役員に推薦したら、じつはとんでもない人だった…というなら「見る目がなかった」ともいえるかもしれません。

でも、多くの犯罪者もそうですが、前々から明らかな犯罪者なんて少数です。まして立候補した候補者のことをわれわれがどこまで前もって知っていたでしょうか?
ほとんどの場合、公約に掲げたこと・所属政党・経歴などを見て「信用」するしかないんですよね。
その候補者が議員に当選して公約を守らなかったり不正を働いた場合、われわれ有権者への「裏切り」ですよね。そこは厳しく追及されてしかるべきでしょう?
しっかり見届けて、追及すべきは追求するまでが有権者の責任でしょう!

一方、私がよく、こんな政権に「数の力」を与えてしまう民意に歯がゆい思いをし、「こんな政権を良しとしているのも、有権者の民意だ」などと表現することがあります。
決して政権・とんでもない議員の暴挙を許す(?)意味で「まあ、そういう人を選んでしまったのは民意だから」なんて擁護したり諦めの意味ではなく、「これだけやりたい放題やられて、まだ黙ってるのか?民意はどうなってるんだ!?」という意味です。


与党は大多数の国民有権者によって「支持」されてるの?

私も中学生のころまででしょうかね、最大与党である自民党は、国民の大多数によって「支持」されてるんだ、と思ってました。しかし本当にそうでしょうか?

最近の国政選挙でも地方選挙でも、投票率は軒並み50%そこそこ。約半数しか投票に行ってないわけです。
そして、投票に行った人のうち3分の1~せいぜい半数が自民党に投票すれば、揺るぎない最大与党が過半数議席を獲得します。
半数の半数、つまり最大でも全有権者のせいぜい25%に過ぎません。その中にはいわゆる組織票や「ほかよりマシだから」という票を含んでいます。

2014年12月の衆議院の解散総選挙の後の調査によると、自民党に投票したのは全有権者のわずか17%だったというデータがあります(読売新聞調査)。
しかも、その自民党に投票した人のうち65%が「ほかよりマシだから」…これって本当に「支持」って言えるんでしょうか?

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→ 
衆議院解散総選挙結果に思う
(2014年12月)


◆「しかし野党もね~」「他のどこに政権を任せられる?」…じゃない!

選挙になると「でも他の野党もね~」「じゃ、どこに政権を任せられる?」などと言ってなんだかんだ勝ち馬に一票で「ほかよりマシだから」で自民に一票ですか…?

あのね~、選挙は「今のところ政権を任せられるのはどこですか?」のアンケートでもなければ、「どっちが優勢ですか?どっちが勝つと思いますか?」の勝ち馬レースの予想でもない、まして「どこがほかよりマシですか」の消去法の選択でもないんです!

この後いくつかの論点で書きますが、自民党政権「一強」の「数の力」でやりたい放題にさせない、民主主義を取り戻す、そのための一票を投じるべきではないでしょうか?


自分たちの社会のこれからを考えて、おかしな法案、危険な道の選択にははっきり「ノー」と意思表示をする。「誰(どの政党)にわれわれ国民の声を託して国会で議論してほしいか?」を各自よく考えて候補者の中から選ぶ、それが選挙です!

毎朝「経済」と名の付く新聞を無表情に眺め一見インテリに見えなくもない熟年サラリーマンが真顔で「経済=企業の利益、経済界のための政策はやっぱり大切だよな」などとおっしゃいます。経済界・大企業を優遇すれば国民生活も豊かになる…アベノミクスをまだ信じるのですか?

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民進党の悪口にすり替えないで

あとよく聞くのが民進党(かつての民主党)の悪口ですね。
いまの安倍政権のさまざまな問題、一党強のさまざまな弊害を指摘していると、必ずと言ってよいほど「でも民主党はもっとひどかった」と口をはさんで来られる方がいます。それはそれ、これはこれ、全く違う話にすり替えないでいただきたい。
子どもが間違ったことをして叱られてるときに、「あの子はもっと悪いです」なんて言ったら親や先生からなんといわれましたか?

おそらく民進党を悪く言う人は、かつて政権を託した民主党に「裏切られた」感も人一倍強いのかもしれませんが、「自民か民主(いまの民進)か」「どっちがマシか」の2者択一の頭しかないんでしょうか?

私がここで言う「野党」とは、民進党だけを言ってません。また「〇〇か△△か」といった日本人の大好きな二者択一の話でもありません。
さまざまな野党の中にも光る議員はいらっしゃいますし、全国の地域ごとに立候補している野党さまざまな党の議員たちに頑張って議席を獲得していただきたいのです。自民一党強の体制がよくない、ということなんです。次をお読みください。


◆「数の力」を与えない!

先ごろのパククネ大統領の弾劾のニュースを見ていて、韓国では与党が過半数議席に達してないことを知りました。
また同時に、野党がすべて結束しても3分の2に達しないのです。

つまり与党側の主張にせよ、野党側の主張にせよ、党が結束するだけでは結論が出ないわけです。
これは何を意味するか?

安倍総理がいつも口先だけでは言っているように、「丁寧に説明」し、「しっかり議論」をし、「理解を深め」、野党も合意して賛成が得られなければ通らなくなるのです。それこそが本当の民主主義ではないでしょうか?

「ねじれ」大いにけっこう じゃないですか!
戦後の混乱期などには「安定した政権」も大切ですが、いまのように民主主義の根幹が危ぶまれているときに一強体制は危ういのです。


必ずしも政権交代ではなく 野党ゆえに期待できること

一強体制は危ういと申し上げましたが、いまは必ずしも政権打倒・政権交代を叫ぶ気持ちは私には正直あまりありません。「数の力」による一強体制が問題だと申し上げてるのです。

以前のように、それこそ1年おきにトップがころころ変わり、外国から見ていったい誰と交渉すればよいのか分からないような状態が良いとは決して思いません。

また、仮にどこが政権を取っても、与党となって政権の座についたとたんに、財界や官僚からのさまざまな「力」が働いて「国民の目線による、国民のための政治」からはかけ離れた方向に向かい、多かれ少なかれ今の自民党とも似たような政治になる可能性は、過去の経験から見ても十分あり得ます。

ならばなおさら、選挙で「じゃ、どこに政権を与えたらいい?」「ほかよりマシだから」…じゃないのです!

いまの野党には、残念ながら自民党政権にとって代わって日本のかじ取りを任せられる党は残念ながら見当たりません。

ただ、野党には、財界や官僚からのしがらみを受けることのない野党ゆえの役割(=国民の目線で国会で議論する使命)があるのです。その野党に1議席でも多く伸ばしていただくこと。

2014年12月の衆議院解散総選挙では、日本共産党がそれまでの9議席から21議席へと大きく伸ばしました。
議席数が増えることで、国会での質問に与えられる時間が長くなり、政府案に対して鋭く切り込んだ質問ができる時間が多くなるほか、議案提案権というものも獲得できます。より国民の視点での議論をしてもらえるようになるはずです。

日本共産党に限らず、全国の選挙区で皆がそれぞれに「この議員を応援したい」と思う候補者を国会に送り込むというのが、本来の選挙の原点のはずです。

有権者は、勝ち馬レースの予想、強そうなところに「他よりマシだから」で一票ではなく、「国民の代弁者」を応援して育てる という意識があってよいはずです。


◆議員を「見守る」視点

あと、そもそもの疑問ですが、ある党に所属しているからと言って全員が党としての意見と完全に同一である必要がありますか?

本来の議会制民主主義では、何党に所属していようと、法案や政策など個々の決議には議員ひとりひとりの意志で賛否を出すべきなのですが、実際のところ、所属政党で統一して全員が賛成に回らないと「造反」などと呼ばれますよね。

国会法にも議員運営法にもそんな規定はなく、あくまで党の規則にあるだけです。議員たちは長いものにまかれて党に所属できなくなることを恐れるんです。

ならば、われわれ有権者は、地元で当選して国会に送り込まれた議員に対して、「こんな法案に賛成するなら、二度とあなたには投票しませんよ」と言ってもよいのです。

たとえ自分が投票した候補者でなくても、「地域の代表」として国会に送り込まれた議員に、地元有権者の一人として「二度とあなたには投票しませんよ」と言うことは決してウソでも脅しでもありません。

有権者みなでそういう監視の目をもっていけば、党にいられなく以前に議員として当選できなくなるんだぞ、ということを知らしめることができるはずです。


無所属、当選したら自民党…?

最後にひとつ「無所属」というのも要注意です。
立候補の時には「無所属」なのに、当選したら「自民党」となる…これってどうなんでしょう? 
将棋の「歩」が敵陣に入って「金成り」になるような変身ぶり、しかも予測不能ですね!

小選挙区、比例代表など今の選挙制度にも問題はありますが、所属政党で候補者を選ぶ有権者にとってこれは「裏切り」ともいえるとんでもないことです。

有権者は前もって「無所属」の立候補者にその意思をしっかり問い、もし選挙後に変身したらそれは「裏切り」としてリコールの対象にすべきでしょう。

所属政党の鞍替えしかり、不正しかり…

 「センセイに なってしまえば 別の人」なんて下手な川柳が笑いにならないように!

最後に、冒頭に書いたように政治の話(=私たち社会の大切な話)をタブーのように避けるのではなく、もっと日常的に考え・表現していきませんか? 一昨年の誕生日に書いた記事です。

→ 考える・表現することの大切さ (2015年9月)


2017年4月22日 章

アリエッティ風のドールハウス ~工作ことはじめ~

2017年 4月21日(金)


「借りぐらしのアリエッティ」という宮崎アニメをご存知でしょうか?
その中に、小人のためにおじいさんが作ったという精巧なドールハウスが出てきます。

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この4月に小学校6年になり、誕生日を迎えた下の娘は工作が大好き。
いまから5年前、小学校に上がったころ「妖精の家」を発注されて作ったことがありますが、今年の誕生日を前に「時間がかかってもいい、1年がかりでもいいから、アリエッティの家を作って!」と頼まれました。

「こんなに大きくなくていい。中まではいいから、家の形だけでも…」と。
娘からの依頼は断れないけど、う~ん、これを再現するのはかなり大変そう!

考えてみれば、男の子が小さい頃はプラレール、大きくなって本格的な鉄道模型の世界に入っていくように、大人になってもシルバニアハウスの世界へ…スケールが統一された模型は奥の深~い世界。

5年前の「妖精の家」も大切にしてくれてる娘なら、ベースとなる「箱もの」を統一スケールで作っておけば、末永く愛用してくれるんじゃないかと…

そんな思いで、まずはアニメの画面をパシャ!

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画面右側にバルコニーの手すりが飛び出してますが、ここは外階段になっているようです。
ここを固定してしまうと建物の前面を上のように開けることは不可能です。
どうなってるのか…?

どうやら外階段部分は「別置き」で簡単に外せる構造のようです。

ただ、この外階段まで再現するのは大変なので、これに近い建物のイメージでまとめさせてもらうことにしました。階段は建物内の奥の方にある、という想定で…

cアリエッティ風ドールハウス スケッチ20170409


素材集め(4月初旬)

かつては渋谷の東急ハンズにもドールハウスのコーナーがあり、デザインのフロアにも建築模型の素材(レンガや石、屋根のシートなど)が豊富に置かれていましたが、いまは「生素材」が少なくなりました。

クラフトモデルのコーナーを訪ねても、駄菓子屋さんや屋台など既成のキットばかり。
安価な「生素材」を入手して1から手作りする人は少ないのでしょうか、売れないものは消えていく運命なんですね…(泣)

ハンズ内の木工の素材売り場・建築模型などデザインフロア、いきつけの鉄道模型屋さん、品揃えのありそうな文具屋さん、ファンシーショップ…etc.
気になり始めると勤め帰りでも「なにかないかな?」とあちこちに立ち寄るようになります(笑)

「そのうち、いつか」は禁句です。「いつまでに絶対に」はない代わりに、本気にならないと実現しないのが「遊びの世界」。とりあえずできるところから…


スケール=24分の1に決定

ドールハウスは、世界統一規格で6分の1、12分の1、24分の1…とスケールが決まっています。
一部屋だけをしっかり作って食器などを本格的にコレクションしていくには12分の1ですが、建物全体を作るとなると大きすぎます。
東武ワールドスクエアや台湾の「小人国」は25分の1のガリバーの世界。それでも80分の1の鉄道模型(HOゲージ)と比べると建物は結構な大きさになります。

先ほどのスケッチから、娘の机上におけるぐらいの大きさを想定すると、以前つくった「妖精の家」とのバランスも考えて、24分の1ぐらいかな…?


まずは細部から試作

手すりの飾りに使えそうな可愛らしい木のパーツを見つけました!

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先に建物を作って、後からこういう細部の素材でちょうど合うスケールのものを探すのは大変ですから、スケールの確認も兼ねてまずこの「手すり」から試作してみることに。

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ドリルで2.5ミリの穴を開けてパーツを埋め込み…

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手すりの上面部分を2ミリ厚の帯で…

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なかなかいい感じではないでしょうか?

床面から手すり上面までが3センチ
24分の1のスケールだとすると、実際の高さは72センチということになります。
大人の腰の高さ。子どもがよじ登らないためにはちょっと低いですが、いまどきの高層マンションではなく古典的な建物ですから、まあ良しとしましょう。

先のスケッチをもとに建物全体の寸法を割り出し、素材となるプレスボードに「原寸大」で建物前面を描いてみました。
はやり、けっこうな大きさになりますね!

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ふくらむイメージ

建物の隅は石組、途中に丸柱が白でレリーフされますが、壁のベースはレンガです。

建築模型としては50分の1、鉄道模型(Nゲージ)では150分の1、かなり目が細かいものしかないので、シーナリ(風景)に使う石積み(厳密にはレンガの積み方ではないが)を茶色く着色してみます。

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まずは単色で濃淡をつけ、後から「こげ茶」を入れてみると、なかなかいい感じになります。

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シート1枚がA4サイズです。

さて、レンガの建物はどうなっているのか…四隅の石、途中の丸柱のレリーフ、柱上の斗の部分は…?
鉄道模型と同様、いざ作ろうをすると、ふだん見ているはずのものでも改めて疑問だらけになってくるものです。


<レンガづくりの建物イメージ>

横浜開港記念館、山口銀行京都支店ほか(画像検索にて)

z_usia.jpg 横浜市開港記念会館06 旧20山口銀行京都支店05 外観_031


5月の連休~夏にかけて、いやもっと先まで…?
しばらくはこんな模索・資料あつめ・試作が続きそうです(笑)



「妖精の家」を作ったのは5年前のやはり4~5月でした。

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→ 妖精の家 完成 (2012年5月)

デイホーム日誌(6) 脳が喜ぶ歌の会 第4回

4月15日(土) 

東京の桜も満開を過ぎました。
月の第三土曜日「脳が喜ぶ歌の会」4回目。世田谷のデイホーム野沢です。

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先週、雨上がりの月と夜桜、近くの緑道には菜の花…
今回は♪「おぼろ月夜」でスタートしようと決めました。

朧月夜イメージ1 朧月夜イメージ2
 


響きの色変わりを感じる

さて、今日の「脳が喜ぶ」テーマは、ちょっと難しいことにチャレンジしてみました。

ボードに書いた
  ラ→レ→ソ→ド→ファ→シ→ミ→ラ

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すべて5度下へ、5度下へ…と移っていきます。
「ラ」…ラソファミ…「レ」…レドシラ…「ソ」…と、はじめはゆっくり「階段」の音も一緒にピアノで弾きながら何回か歌っていただきます。

少し慣れてきたら階段部分の「ラソファミ」を入れる代わりに、基本の和音の上に「7」や「メジャー7」の隠し味を加えて…
ピアノで、Am・A7→Dm・Dm7→G・G7…とコードを響かせます。

ちょっと難しいかなと思ったんですが、さすがは歌好きな皆さん、いとも簡単にできていました。
これでベースとなる美味しいソースの出来上がり!
この上にメロディをトッピングします!

まずは…♪「枯葉」、フランシスレイの♪「白い恋人たち」、ペトロ&カプリシャスの♪「別れの朝」、竹内まりあの♪「駅」、来生たかおの♪「グッバイデイ」、韓国ドラマ♪「冬のソナタ」のテーマ…etc.

7色に変化して、8回目で元の響きに帰ってくる「7色の散歩道」。
この上に乗っかる曲はけっこう多いんです。

何回も繰り返していると、次の5度下の響きへ、なんとなく引っ張られて誘導されるような感覚がもてるようになります。 「5度の引力」ですね。

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↓ 私の手元ノートをちらっと公開

響きの色変わり20170415 ★クリックすると大きな画像でご覧になれます


◆クラシックから映画音楽、そして昭和の歌謡曲へ

響きの移ろいにからめてもうひとつ。
クラシックの名曲のコード進行(=響きの色変わり)が、じつは映画音楽や歌謡曲にも非常によく似た曲があるというお話し。

今日ご紹介したのは、ショパンのバラード1番

「戦場のピアニスト」という映画でもテーマとして使われました。最近では一昨年のフィギュアスケートで羽生結弦選手がフリーの演技で使った曲ですね。

その冒頭からさわり程度(ピアノ譜で1ページ分)弾いたあと、メインの響きの移ろいを見てみると…

Gm → Adim → D7 → Gm → A7 → D7 → Gm


映画音楽♪「黒いオルフェ」♪「夜霧のしのび逢い」などと非常によく似ています。



◆音楽はジャンルを超えて!

「私は歌・カラオケが大好きだけど、クラシックはちょっと…」とおっしゃる方もいれば、逆に「私はクラシックをやってきたんで、カラオケ・演歌はちょっと…」とおっしゃる方もいます。もったいないですね。

思うに、映画音楽はせいぜい2時間ほどの間に「男女の出会いと別れ」や「人生」が濃縮されて詰まっていますね。そこには色彩豊かなクラシック音楽の影響を受けた音楽が用いられることが多いように思います。

クラシック、映画音楽、ジャズ、歌謡曲…、いい音楽ははジャンルを超えていますね。


~休憩・ティータイム~


ここで、みなさんにクイズを出しました。

ショパンのバラードや映画音楽の響きの移り変わりにとてもよく似た、ある昭和の歌謡曲があるんですが、さてこの曲はなんでしょう?

ちょっと夜のムードで、響きの上でバラード風に右手を自由に遊ばせて…

♪「ウナセラディ東京」というザ・ピーナッツの名曲。

いまから約150年前にショパンが書いた「バラード」と、それからおよそ100年後(=今から50年ほど前)の映画音楽、さらに日本の昭和の歌謡曲がなぜこうも似ているのでしょうか…?


じつは私の生まれた1957年(昭和32年)という年に、テレビの本放送が始まっています。
当時のテレビはすべて「生」放送。今ほどスタジオもありませんし、番組制作が間に合わず、1日のうちで放送をやってない時間帯もありました。

「その時間帯にも何か流そうじゃないか」ということで、外国の映画がTVに変換されて放送されることも多かったように思います。
外国の映画が入ってくるということは、音楽も入ってきますね。それまでの日本の歌にはなかったような響きの変化に富んだ音楽がお茶の間に届くようになったのです。

そこで焦ったのが、日本の作曲家たちだった…はずです(たぶん)。
外国の曲、クラシックやジャズの曲にそのまま日本語の歌詞を付けた曲(例、ジョコンダ「時の踊り」→ザ・ピーナッツ「レモンのキッス」など)もありますが、オリジナルの曲でも映画音楽などの影響を大きく受けたものもあります。
ザ・ピーナッツの曲をたくさん書いた宮川泰さんもその一人だったのではないでしょうか?

戦後、とくに昭和30~40年代の歌謡曲全盛期には、恋心を歌った「大人のムード歌謡」が花開きます。
そこには色彩豊かな響きをもった、クラシックや映画音楽、外国のポップスなどさまざまなジャンルの音楽が融合していったのです。


◆昭和の歌謡曲

ティータイムの後は、いつものように昭和の懐かしい歌謡曲から。
まず、先ほどクイズに出した♪ウナセラディ東京(1964年 ザ・ピーナッツ)

1964(昭和39)年にヒットした名曲ですが、じつはその前年に「東京たそがれ」というタイトルで作られてるんです。あまり人気が出なかったようですが、イタリアのカンツォーネの女王・ミルバが来日したコンサートで、この曲を日本語で歌ってくださったそうで、「あの曲はなに?」「いい曲だな」…となり、宮川さんが少し手を加えて「ウナ・セラディ=ある一夜の物語」という意味の題名にしたところヒットした…とか。

前奏なしでいきなり歌い出すバージョンも多いのですが、昭和48年の「紅白歌合戦」では宮川泰さんご自身がタクトをとり、フルオーケストラにハープ5台を並べたちょっとゴージャスなアレンジのものがありましたので、ちょっとそのイメージを真似してみました。

次に、2月にお邪魔した時に何人かの方に希望の曲をお聞きしましたが、やはり人気の高かった裕次郎の歌から、♪ブランデーグラス(1977年 石原裕次郎)


こちらも私の手元ノートを公開!

ウナセラディ東京 ブランデーグラス
★クリックすると大きな画面になります


毎回新たにやる曲は、このように作曲・作詞・歌手、つくられた年、そして歌詞を横書きで打ったものを印刷してデイホームに事前にお渡しし、みなさんにコピー配布していただきます。
私は専用ノートに縮小したものを貼り込み、高さ(キイ)決め、コードを書き込んでおきます。
基本的に楽譜は書かずに、これでやってます。それでもなるべくオリジナルに近いイントロ・間奏・エンディングを心がけてます。

大人ムードの、短調で色彩豊かな曲が2曲続いたので、終わりは明るい曲で。
海外では「すきやきソング」として親しまれている…

♪上を向いて歩こう(1963年 坂本九)


最後は、私の歌会でのラストテーマとして定着しつつある…

♪見上げてごらん夜の星を(1963年 坂本九)


きょうのプログラム、考えてみれば「おぼろ月夜」に始まって、すべて「夜」に関係する歌ばかりでしたね。



職員の方から、「もう一曲なにかアンコールを」と言われてので…

国民的な映画・「男はつらいよ」の歌詞シートをお渡ししてみなさんにコピー配布していただきました。
寅さんが大好きというその職員の方に最初と最後の台詞ナレーションを入れていただくようお願いして…

いきなり振られたその職員の方も、寅さんがけっこうお気に入りのようなので、また時々やりましょう!

次回、5月20日(土)には、友人のケーナ奏者をお迎えします。
彼のオリジナル曲の中に、東日本大震災のチャリティでもよく歌われている「広い河の岸辺」という素敵な曲があり、デイホームの皆さんにも覚えていただけたらと思っています。

7時ちょうどの…スーパーあずさ

4月5日(水) 


7時ちょうど新宿発の「スーパーあずさ」と大久保まで並走。

こちらは同じ7時ちょうどに新宿を出発する中央総武線、各駅停車。
三鷹まで通勤するようになって3年ほど、朝の通勤タイムのちょっとしたテツな楽しみ。

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西武新宿駅の脇を進行。

正月明け頃、この時刻はまだ暗かった(東京の日の出は6:51)ですが、すっかり朝日も昇って明るくなりました。


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緩やかに加速する特急列車を、一時的にではありますが各停が追い越します。
真ん中の連結部分あたりまで…

でもこのあたりからこちらは大久保駅停車のため減速。特急にぐんぐん抜かれていきます。

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まもなく大久保駅に到着。運がいいと先頭部分がこんな風に障害物なく見られます。

このように、通勤電車は短い距離で加速・原則を繰り返しますから、長距離を高速で走る特急列車よりもモーターやブレーキに負担がかかるんですね。


通勤電車のすぐ脇を走り抜けていく特急列車、その車内はまったくの別世界。
昨年、こんな記事をブログに書いたことがありましたっけ…

→ 旅ごころを大切に (2016年11月)

教育勅語 と 基本的人権

2017年 4月3日(月)

最近「教育勅語」という用語を耳にする機会が急に増えました。ご存知のとおり、明治政府が教育の根本理念として掲げたものです。
なにかと話題の事件のことからちょっと離れて、あらためて「教育勅語」と「基本的人権」について考えてみたいと思います。


そもそも 教育勅語 とは?

教育勅語とはどのようにしてできたのでしょうか?

鎖国を解いて海外からさまざまな情報が入ってくるようになった明治時代、諸外国に負けない強い国づくりをすすめるべく、西欧(とくにドイツ)に視察団を派遣したそうです。
ドイツをはじめとする西欧諸国では、法律やあらゆる社会規範の根底に、キリスト教の思想・理念が強くあることに日本人は驚いたことでしょう。

日本にはキリスト教の理念はもちろん、それに代わるべく日本人全体に共通する理念や心のよりどころとなるものが見当たらなかった。そこで「天皇」を中心に日本国民の規範となり教育理念の中心となるべきものとして、1890年(明治23年)10月に発布されたのが「教育勅語」です。

「教育勅語」の中には、江戸時代に普及した儒教の教えに基づくことも書かれています。すなわち、親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信頼して…といったことです。

しかしもっとも重要なのは「朕(天皇)の臣民」という考え方。つまり「主権」は国民ではなく「天皇」にあり、国民は「臣民」と表現され、国のため天皇のために尽くせということです。

教育勅語
教育勅語(口語訳)

この中でとくに重要なのは…、

「一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ(口語訳=万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ)」というくだりです。

国民は国のため、天皇のために命をも投げ出せ、というのです(←キリスト教の教えにも、西欧のどの国にも、このような「国のために命を差し出せ」などというものはありません)。


いわば「教育勅語」は、日本が諸外国と戦っても勝てるよう、科学技術はもちろん、日本人全体の精神力・士気を高めるためにつくられたのです。

教育勅語は全国の学校に配布され、天皇の肖像と並んで大切に掲げられ、火災などの際には校長は是が非でもそれを守らなくてはなりませんでした。実際、燃え盛る火の中に飛び込んで命をなくされた方もいたそうですね。

この「天皇のため・国のため…」という理念が、国家総動員法治安維持法ともつながり、戦争への道をまっしぐらに進ませ、「一億玉砕」を唱える原動力ともなっていったのです。
靖国の資料館に残る、若くして命を散らせていった特攻隊員の親にあてた手紙を見ると、まさしくこの教育勅語の教えそのままだな…と。

そして敗戦後の1948年(昭和23年)、衆・参両議院の合意のもとに、この教育勅語は廃止されました。

新憲法下においては、主権は天皇ではなく「国民」であり、国のために命を差し出せなどという理念は「基本的人権」に反している(→後述)からです。



この話、私も昨今あらためて検索して調べたこととも重なりますが、じつはきのう(4月2日)、私の通う教会の礼拝で、牧師先生のお話しの中で出た話題を引用させていただきました。

もちろん礼拝は、現政権を批判する場ではありません。具体的な名指しでの批判はありませんでした。

しかし、今日なおこのような「教育勅語」を暗唱させる幼稚園があり、それを推奨するかのごとく発言をする政治家が現に少なからず存在することを覚え、日本が戦前の過ちの道を再びくりかえすことのないように、世界の平和について心から祈れるように…と。

4月のイースター(キリストの復活)の前のこの時期は「受難節」、わたしたち人間の罪・過ちについてさまざまな角度から考えさせられます。
はるか昔のイスラエルやエジプトで起こった話だけを例にするのでなく、今まさに私たちの生きる社会で起きているさまざまな問題にも目を向け、人間が愚かな過ちを繰り返さないように…

一歩踏み込んだ内容だな、と思いつつ大きくうなづいて聞いていたのは私だけではありませんでした。


◆なぜいま、教育勅語が…?

先述のとおり「教育勅語」の中には、儒教の教えに基づく「親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信頼し」といった人としての生き方についての記述もあります。そこだけを見ればたしかに間違っていません。

今日、家族間で殺人事件が起きたり、「自分さえよければ人のことなんて関係ない」といった動機で、信じられないような悲惨な事件が多発しています。

競争社会に疲れ、人の心が渇いて、人の痛みを理解する想像力や思いやりの心が枯れ、自分の目先の悩みや欲望のためなら手段を選ばない、短絡的でわがままな犯罪に…

そうした心の渇いた時代だからこそ、なにか「世のため人のため」「献身的な精神」「国のため」…といったことを「美徳」として掲げたくなるのかもしれません。

私もこのブログの中でしばしば、「経済=カネ儲け至上主義」、「自分のことだけでいっぱいいっぱい」、「社会にも目を向けよう」、「思いやり・想像力の大切さを」…といったことも色々と書いてきました。

しかしそれが、なぜよりによって「教育勅語」なのでしょうか?


宗教はタブーだから?

仏教でも儒教でもキリスト教でもイスラム教でも、「人としての道」の教えには大きな違い・誤まりはないと私は考えています。人を犯し、人から奪い取り、人と争うことをすすめるような教えはありません。

どんな神を信じようが、健全な宗教であればおよそ世界中の宗教は「人としての正しい道」を求めてきたはずで、人として敬うべきものを敬い、隣人と仲良く…ということは共通しているはずです。

アメリカで9.11のテロが起きたあと、イスラム教徒全体が「悪の根源」ように誤解されて差別・偏見が生まれました。アメリカ国内で、なんとキリスト教の牧者がイスラム教の経典であるコーランを燃やす…といった愚かな行動もありました。イスラムの経典のどこにも、自爆テロの薦めなど書かれていません。

人類が宗教の違いを理由に偏見をもち、争い憎み合うことは、本当に愚かなことです。


一方、今日の日本では、憲法のもとで「宗教の自由」が保障されています。宗教は人それぞれの心の内にあるもので、決して強制すべきものではありません。

そのことが、日本においてはある特定の宗教について口にすることそのものをタブーとするような風潮にもなっているように思います。
何を信じ、何を敬ってもよいのですが、なんの信仰心も敬う心もない状態で、心が枯渇してしまって、自分の目先の快楽追求だけに…それが今日の日本ではないでしょうか?


その点「教育勅語」なら「宗教」ではないし「いいことも書いてあるから」…?

…もしそのレベルで、政権の中心にいる人たちが「教育勅語には親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信頼し、など良いことも書かれており、それ自体否定されるものではない」として、たとえどんな形であれふたたび教育の現場に復活させようとするならば、あまりにも歴史認識に欠ける、無知ゆえの危険極まりない考えだと言わざるを得ません。

それは、次の「基本的人権」と根本的に矛盾するからです。


◆(基本的)人権とは?

冒頭の、明治に西欧に派遣された視察団たちが見たこと、およびその報告を受けて「日本の国づくり」をすすめた人たちが、なぜ「基本的人権」について考えを深めなかったのだろう、というのが私の大きな疑問です。

私は仮にも法学部出身ですが、学生時代から漠然とながら「権利って何だろう?」ということを考えさせられてきました。逆に言うと、それまであらためて「権利」について考える機会がなかったのです。

「選挙権」に代表されるように、一定の年齢に達し、一定期間その土地に居住し、住民税を払い…一定の条件を満たし、伴う義務を果たしている者に対して与えられる「権利」。
法律や条例で定められた条件を満たせば、国や自治体から「認められ」「与えられる」権利。その種の権利はたくさんあります。法律で定められた「〇〇権」と呼ばれるものはほとんどこの類です。

一方、わたしたち日常においてしばしば口にする「権利」は…?

*「私には~~する権利がある(=当然でしょ!)」
*「あなたにそんな権利はない(=誰の許しを得て~?、あんたいったい何様?)」

自分がもつことは当然で、人(相手)がもつことはけしからん…まるで核兵器みたいなものですか?(笑)



江戸時代まで、日本人にはあまり「権利」という概念そのものがなかったのではないかと思います。それが明治時代になって、明治憲法ができて選挙権が与えられ、長年の苦労を経て勝ち取ったものではなく、気づいたら「民主主義」や「権利」を手にすることとなった…
ですから私と同様、「権利」についてあらためて深く考える機会がなかったのかもしれません。

さて、あらためて「(基本的)人権」とは何でしょうか?

一定条件を満たして、人から認められ、国から「与えられる」権利でしょうか?
違いますよね。

「人権=人として生きる権利」とは、命を授かったときからみな平等に与えられているもので、国から認められて与えられるものではありません。

命はなにものにも代えがたい重いもので、授かったものを大切に活かして天寿を全うすべきもの。それが人の尊厳にもつながるわけですね。

それを国のために差し出せなどとは決して言えないはずです。
そこがまさに、教育勅語が基本的人権と大きく反するところなのです。



さらに言えば、「生きる権利」はヒトだけでなく、生きとし生けるものすべてに授かったものです。

と言うと、「じゃ、あなたは動物・魚などの肉を一切食べるな」と言われそうですね。たしかに戒律の厳しい宗教の中には、一切の殺生を禁じ、肉類は一切食べてはいけない、というものもあります。

しかし、そこを突き詰めていくと、地球上の肉食動物はすべて「悪」で否定されてしまいます。
また、菜食主義なら問題ないのか?、植物だって、痛いと叫びはしないが生き物じゃないか…etc.
そうした不毛の極論をここでするつもりはありません。

要は、生きるためにいただいている命に感謝する、必要以上の無駄な殺生はしない(=肉食動物と同じく)、食べ物に限らず私利私欲はほどほどに、与えられていることに感謝を…それで良いと私は思っています。

ナマケモノ

むしろ、1日にわずか8gの葉っぱを食べれば生きていける平和な生き物さえ絶滅の危機に追い込んでいる…そのことを深刻に受け止めるべきではないでしょうか?

なお人権については、ここに書いたこととも重複しますが、以前詳しく書いた記事があります。
→ 権利=授かったものへの感謝から(2015年7月)


★ 追 記

政府は、「教育勅語を教材として用いてもよい」との閣議決定をしました!

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松野文部科学大臣によれば「歴史の理解を深める観点から、社会科の教材として使う分には…」、つまり私がここまで書いてきたような、過去の誤ちの道を伝える一環として取り上げるならば…という意味に解釈できます。

しかし、菅官房長官の会見によると…

「親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信じる、といった内容が含まれており、そこは否定されるものではない」→「道徳の観点からも学ぶべき点がある」…つまり稲田防衛大臣とまったく同じ考えです!

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そもそも教育勅語のどこが問題なのか?
なぜ戦後の衆参両院で教育勅語が廃止されたのか?基本的人権との関係は…?
その本質をまったくわかっていない輩たちが自民党内(しかも政権の中心)に少なからずいるということです。

そんな教育勅語を、たとえどんな形であれ、なぜ今ふたたび教育の現場に登場させようとするのか?
しかも、たった1度の閣議決定で決めて良いのか…?
3日(月)のテレ朝「報道ステーション」ではそのあたりに一歩踏み込んだコメントをしていました。


◆関連…「海行かば」の歌詞

こちらもご参照ください。

音の小道具 ひょうたんマラカス

2017年 4月1日(土)

世田谷の馬事公苑近くの農園に毎年春先になるとお目見えするのが、小さなひょうたん。先週、3月25日(土)にもご紹介しました。

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センナリヒョウタン(千成瓢箪)という小さな品種で、片手で握れて、七味唐辛子を入れて卓上に置くのにもちょうどよい大きさです。5年前にもこの季節に2~3個いただいたことがありました。

今回は6個ほど、音の小道具・ひょうたんマラカスにしてみます。

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素材づくり

茎の部分を切り落とし、頭に穴をあけます。よき位置にキリで穴をあけ、プラスのドライバーで広げます。

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箸でつついて逆さにして根気よく振ってると、タネや内部の皮がぽろぽろ出てきます。

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紙やすりで表面の汚れた部分、ザラザラした部分を取り除きます。
ただ、あまり綺麗に取り過ぎず、ほどよく自然な感じが残るように…

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◆「音」を求めて

さて、肝心なシャカシャカの中味…
最初に思いついたのは、乾燥剤として使うシリカゲルです。湿気対策にも良いかな、と。

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薬局で400円ほどで売っていたのが、ちょうど小さな6袋入り。
袋に入った状態のまま振ってみるとシャカシャカと良い音がするので「これだ!」と喜んで買ってきたのですが…

いざひょうたんの中に入れてみると音があまりにも小さく、重量感もなくてスカスカ…

楽器屋さんで売っているたまご型のミニ・マラカスには鉄(スチール)の小さな玉が入っていて、重量感もあって音もしっかり出ますが、鉄とプラスチックによる割と高めの硬い音。

たまごマラカス


今回せっかくの天然素材ですから、もっと自然な、やさしい音色にしたい…

そこで、二子玉川の鉄道模型屋さん(=「いさみや」さん)に久々に行って、模型のシーナリ(風景)を作るための小粒の石を一袋いただきました。
大きさも選別してあって、これだけ入って200円、申し訳ないほど安価です!

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石粒はだいたい2~3ミリ径。さっそく中に入れて振ってみると…

おぉぉ、そうそう、この音! 
重すぎず、軽すぎず、振った感じもなかなか良さそうです。

石粒をどれ位入れたらよいか、量をいろいろ変えて試しました。少なすぎず多すぎず、ちょうどよい量があるみたいです。しかも6個それぞれ個性的な姿をしていて、それぞれ個体ごとにちょうど良い量が。

大きく膨らんだ個体の方が、壁が薄くていい音がするようです。

さんざん試して振って石粒を出してみると、中からまだ残っていたタネやうす皮が一緒に出てきます!
出した石粒ごと水に入れると不純物がこんなに浮きます。

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これら不純物は音を消して悪くするだけなので、石粒を入れてよく振ったことで中の壁掃除もできて良かったです。


いよいよ「形」に

あらためて乾いた石粒をそれぞれの個体に適量入れ、持ち手の棒をつけます。
本体を手で握って振るより、棒を付けた方がいい響きになります。

しかし、丸箸では細すぎ、鉛筆ぐらいの太さの木か竹の棒、何かないかな…?

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身近なところに落ちていた小枝が目に留まりました。
生垣を剪定(せんてい)したものが道端に放置され、よく乾燥していました。
色具合もなかなか良さそうです。

ほどよい太さの部分を10センチほどにカット。

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ひょうたんの穴を、それぞれ棒の太さに合わせてヤスリで広げます。

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木工用のボンドでしっかり隙間なく接着し、中の石粒がくっつかないように棒を上に向けてよく乾かします。

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持ち手・接着剤のはみだし部分をヤスリできれいに仕上げ、表面の保護・割れの防止も兼ねて透明ニスで仕上げます。

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風・日差しのないところで陰干し。

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本体が乾いたら、柄の部分も…

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完成!

12d 完成

ひとつひとつ微妙に音の異なる子たちが誕生!
デイホームでの歌会に持参したり、音の小道具として活用していきます。


<参照>

千成ひょうたん

*2012年のひょうたん→ 「鳥小屋&ひょうたん」

*鉄道模型「いさみや」さん→ 「遊びから学ぶ 人生の恩人」



プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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