歌いやすいキイでたどる 昭和の歌

8月5日(金)

カラオケでよく出る昭和の歌謡曲を、原曲のキイにとらわれることなく、誰でも歌いやすいキイで伴奏できたら…! 私の夏の宿題第二弾です。



楽器の曲では、作曲されたオリジナルキイの響き(その高さ)が重要ですね。
たとえばベートーヴェンの「運命」をAm(イ短調)に下げて演奏されたり、「田園」をC(ハ長調)で演奏されたら気持ち悪いですし、ショパンのノクターンを「高いから半音下げて」なんて言われても困ります(笑)!

でも、歌謡歌に関しては私はとっても寛容なんです。
というか、歌に合わせてキイを変えられないと伴奏としては役に立ちませんよね。


歌手によっても声域が高かったり低かったりしますから、自分の好きな曲を歌いたくても、原曲キイでは無理があることも。

たとえば私の場合、谷村新司さんの歌なんか大好きなんですが、谷村さんの声って聴いてると低く感じるんですが、いざ歌おうとするとじつはとってもキイが高いんですね。たいていカラオケでは3♭ぐらい下げないと歌えません。

逆に女性の歌は一般に高いと思われがちですが、男性が歌う場合はちょど1オクターブ下で歌うので案外ちょうど良いのです。むしろ、女性でも低めの音域の方の歌は2つか3つ上げてちょうど良かったり…



このように、自分に合ったキイをうまく見つけられると、たいてい誰でも気持ちよく歌えます!

原曲がどのキイか、どのキイが弾きやすいかではなく、男性でも女性でもほとんどの方が無理なく出せる音域として、「その曲に出てくる最高音=高いドまで」 をひとつの目安にしてキイを探してみました。


<電子ピアノに貼られたレッドゾーン!>

高いド

(京王線に「高井戸」という駅がありましたね…)



ちなみに和声学では、男性のバス、テノール、女性のアルト、ソプラノの音域は決められていて、4声それぞれの音域を超えてはいけないとされています。

ソプラノ~バス音域20160805


しかし、専門的にトレーニングを積まれているオペラ歌手ならこれ以上の音域も出せるでしょうし、一般人には上の「ラ」まで出すなんて冗談じゃない、という世界(笑)。

それより、実際にカラオケでみなさんが歌われているのを聴いてきて、女性でも男性でもだいたい上の「ド」までだったらたいていの人が無理なく歌えるということに気づいたんです。よし、ここを一つの目安にしよう!、と。

以下、昭和の懐かしい歌謡曲を思いつくままに、その曲のオリジナルのキイとは関係なく、その曲の中に出てくる最高音=高い「ド」まで(場合によっては一瞬のD♭かDまで頑張って頂く)に収まるキイを探してみました。

原曲キイで覚えたものを「高いから下げて」と言われてずらすより、もともと誰でも無理なく歌えるキイで覚えておいたほうが便利でしょうから…


●石川さゆり
  津軽海峡冬景色  Am(最高音D) →Gm(最高音C
  天城超え  Am(最高音C
  
●石原裕次郎 
  ブランデーグラス Dm
  恋の街札幌    Dm
  時間(とき)よお前は Dm
  夜霧よ今夜もありがとう  C
  涙は俺が拭く     Cm

●ザ・ピーナッツ
  ウナセラディ東京 Gm
  恋のバカンス      Gm
  恋のフーガ       B♭m

●坂本九
  上を向いて歩こう          C
  見上げてごらん夜の星を  F(最高音D

〇中村八大&永六輔
  おさななじみ(歌:デュークエイセス)B♭(最高音E♭)さらに転調↑
  こんにちは赤ちゃん(歌:梓みちよ)  E
  遠くへ行きたい(歌:ジェリー藤尾)    Cm(最高音D

●布施明
  愛の園       Cm
  霧の摩周湖 Dm
  シクラメンのかほり Dm
  積み木の部屋     Am

●高橋真梨子
  五番街のマリー  E♭ 

*原曲D♭(最低音A♭やや低い!)

●中島みゆき
  時代     D

●谷村新司
  いい日旅立ち   *谷村新司原曲 Dm(最高音E)  
             
→ B♭m(山口百恵バージョン)
  三都物語  Am(最高音=C)  *谷村新司原曲=Dm(最高音F
  群青    Am(最高音=C)   *原曲Dm(最高音F
  陽はまた昇る  Cm(最高音D♭)  *原曲Em(最高音F
  昴(すばる)   C
  

●山口百恵
  秋桜(コスモス) Em(最高音C) 

*オリジナルはFm(最高音D♭)
  いい日旅立ち B♭m(→半音下げてAmでも可)

●岩崎宏美
  聖母(マドンナ)たちのララバイ B♭m(→半音下げて Amでも可)


●都はるみ
  あんこ椿は恋の花 B♭(最高音D
  北の宿から    Em

●いしだあゆみ

  ブルーライト・ヨコハマ Dm

●森山良子

    禁じられた恋     Am

  この広い野原いっぱい G

 

●テレサテン
  愛人    Gm
  空港    Em
  つぐない  Dm
  時の流れに身を任せ F(最高音D

●森進一

  襟裳岬     G または A(最高音D)
  おふくろさん  Em
  港町ブルース  G
  冬のリビエラ  G


●松崎しげる
  愛のメモリー Cm(最高音C

●美空ひばり
  (全体に低めなので、3度あげてちょうど良いかも…)
  愛燦燦  C → E
  悲しい酒 Am → Cm
  川の流れのように C → E
  真っ赤な太陽 Am → Cm
 

●水前寺清子
365
歩のマーチ   C

 

●内山田洋とクールファイブ
長崎は今日も雨だった  G *原曲D♭(最高音A♭)

   東京砂漠       Gm *原曲Bm(最高音F♯)      

 

●トワ・エ・モア

  誰もいない海   A♭(最高音D♭)

 

●五輪真弓
恋人よ      Em(原曲キイ通り)

 

●歐陽菲菲

  Love is over    D *原曲B♭(最低音F~最高音G

 

 

◆外国の歌
 
   愛の讃歌(越路吹雪)  
F
  枯葉(イヴ・モンタン)  Dm
  マイウェイ(Fシナトラ)  B
  Moon River   C
  ムーンライトセレナーデ  C
  This Masquerade (マスカレード カーペンターズ) Fm(オリジナル)
  Close to you(遥かなる影 カーペンターズ) C(オリジナル)
  I need to in love(カーペンターズ) A(オリジナル)
  Yesterday Once More(カーペンターズ) E(オリジナル)
  Yesterday (ビートルズ) D
  べサメムーチョ(トリオ・ロス・パンチョス)  Cm
  キエンセラ(  〃  )     Cm

◆日本の歌曲

  夏の思い出 D または C
  浜辺の歌  F
  あかとんぼ C
  ふるさと    F
  さとの秋    F
  小さい秋みつけた Em または Dm
  もみじ      F
  花は咲く   F (オリジナル)




カラオケで自分がよく歌う曲を「この曲は2つ下げて…」などと覚えている方はいらっしゃると思いますが、このような「曲ごとの歌いやすいキイの一覧」はどこにもありません。

これは生伴奏のための私のオリジナルの「虎の巻」!
よく知っている「昭和の歌謡曲」はたいていコードで伴奏できると思いますが、「この曲はこのキイでやると歌いやすい」という一覧があると、歌詞カードをお持ちのデイホームで伴奏するのにも便利でしょう。

曲目は順次加えていこうと思います。

「音の小部屋」 ブレーンストーミング

7月20日(水)

都内の多くの学校ではきょうが終業式、明日から夏休みでしょう。
私も学生時代を思い出しつつ、自主的な「夏の宿題」を作ってみました。



むかしピアノを習ってた人も、楽譜はまったく読めない人も、「音」を聴いてなにも感じない人はいないでしょう。

人はなぜある音の並びを聴いて「あ、この曲知ってる。どこかで聴いたことがある」と分かるのでしょうか?
懐かしい曲を聴くと、昔の出来事が鮮明によみがえってくるのはなぜでしょうか?
音の組み合わせ(並びや重なり)で、人はなぜ明るく感じたり暗く感じたりするのでしょうか?
そういうことは、和声学や楽理の本には書かれていません。

そんな音の不思議、音の面白さ・奥深さ…を。
私が長年音楽と付き合ってきて不思議に思ってきたこと、当たり前のように使ってるけどあらためて「?」と思うこと、この3年間で学んだこと…それらを私なりにまとめています。



クラシック畑にありがちな「楽譜がないと弾けません」から脱却したい、ドミソ・ファラド・ソシレの3色だけでなくもっとお洒落なコードで伴奏したい、即興ができたら…

大人になってからでもあらためて音楽についてもっと知りたい、それぞれの生活の中で音楽と付き合っていきたい…そんな方にも、なにかお応えできたらと。

これまでにもこのカテゴリーに書いてきたテーマを、簡単な項目だけポストイットに書いて貼りながら、
「音の不思議」→「音階(スケール)と和音(コード)」→「即興などへの応用」…
といった流れを追って整理してみました。


12の音はどうやって生まれたのか?

12音の誕生20160720

クロマニヨン人、ネアンデルタール人…おそらく石器時代の人たちも、石や動物の骨をたたいたり、フレームに弦を張ってはじいたり、竹を切って吹いたり…「音」を「楽しむ」ことはしていたでしょう。

しかし5度の響きに着目して、音の高さは比率であることを発見したのは、紀元前の数学者・ピタゴラスでした。今日の科学で解明されている5度(ド~ソ、ラ~ミなど)の音程は、周波数の比率として2:3(ラ=440Hz、ミ=660Hz、平均律では若干狭い)。

でもピタゴラスの時代にはそんなことは分かっていなかったでしょう。ただ人の耳で聞いて、その比率の2音は素晴らしいハーモニーを感じさせたのでしょう。

その原理で、ド~ソ、ソ~レ、レ~ラ、ラ~ミ…と、完全5度の音程で音を取っていったら12個目で同じ音に戻ってきた。そこで12音が誕生しました。

5音階(ペンタトニック)→ファとシを加えて7音階(7つの白鍵)→5つの黒鍵を加えて12音へ
そう、12の音はすべて倍音率でできていたんです!

音楽史ならぬ「音の歴史」ですね。



音階と和音
  ~人はなぜその音を聴いて「明るい・暗い」と感じるのか?~



音階と和音20160720

5音階から12音階が生まれた当時、まだピアノなどの鍵盤楽器はありませんでした。
だから今日のように「白鍵・黒鍵」とか「半音」といった概念はなかったはずです。

しかし、12音の中から7つの音を選び出して並べたもの(=音階)には、明るいものと暗いものがある。2つの音の間隔には長いところと短いところがあって、どの音から並べるかによって「音階=階段の形」が変わり、明るい・暗いなど色彩が違ってくる、ということには人々は気づいてました。

今日あるのは明るい「長調」と暗い「短調」の2種類ですが、中世には6つの教会旋法がありました。7つの白鍵だけを使って、何の音から始めるかによってどこに半音の位置が来るかが違うので「階段の形」が変わり、明るい・暗いといった表情が変わります。

逆に、12の音のうち何の音からはじめても、その「階段の形(=半音のくる位置)」さえ同じになっていれば、おなじ「調べ」として聞こえます。

「何調はシャープがいくつ」などと「覚える」より、その感覚を分かることが大切です。


♪コードに慣れる近道

和音(コード)も、「覚える」より「原理を分かる」ことが大切です。

A~Gまで♯や♭も含めて12の音があり、それらをベースとする明るい3和音(メジャーコード)と暗い3和音(マイナーコード)、それだけでも24個です。

さらに7thがついたもの、明るい和音の一番上の音を半音上げたオーギュメント(増3和音)、一番下の音を半音上げた(または暗い和音の一番上の音を半音下さげた)ディミニッシュ(減3和音)…

それらをすべて一覧表にして「覚える」のは大変ですし、仮にそうやって全部覚えたとしても実際の場面では使えません(笑)。
ではどんな方法がおすすめか…?

たとえば単純なハ長調の7つの白鍵だけでできている7つの3和音(=7本の「だんご3兄弟」)を、1~7までの度数で、明るい和音、暗い和音、最後のちょっと変わった和音…という組み合わせとしてとらえるのです。

あまり深入りしないと言いつつ、ここだけはちょっと説明しておきましょう。

ハ長調の7色コード

この7つの和音を子どもに聞かせると、ほぼ間違いなく「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」の3つを「明るい」と答えます。
すべて白鍵だけのハ長調、どれも同じ手の形でつかめる3和音なのに、どうして明るい響きと暗い響きができるのか…?

それは、白鍵の隣同士でも、ミ~ファ、シ~ドの間には黒鍵がなく「半音」、他よりちょっと短いんです。

長3度(全音・半音)

3度の音の重なりにも、この半音の箇所を含むかどうかで長いところと短いところができて、その組み合わせで和音の響きが変わるのです。

音符の上に赤で [ マークを付けたところ、ド~ミ、ファ~ラ、ソ~シ、の3か所は、間に半音の箇所を含まない長い3度(=長3度)。それ以外の3度はいずれも半音の箇所を含む短い3度(=短3度)です。


♪和音としての明るい・暗い

ドミソ、レファラ、ミソシ…などの3和音(=3つの音の重なり)が、響きとして明るく聞こえるか暗く聞こえるかは、このことと関係します。

長い3度(赤)の上に短い3度(青)が乗っかると明るい響きになります。ドミソ、ファラド、ソシレの3つは、下の2音(ド~ミ、ファ~ラ、ソ~シ)が長い3度で、その上に短い3度が乗っかっているから明るく聞こえるのです。
逆に短い3度(青)の上に長い3度(赤)が乗っかると暗い響きになります。レファラ、ミソシ、ラドミは、下の2音が短3度で、上の2音が長3度。だから暗い響き(マイナーコード)に聞こえるのです。

つまり決め手は真ん中の音。真ん中の音が半音下がると暗い響き(マイナーコード)になるのです。
合奏や合唱をやる方なら、真ん中の音が下がると響きが暗くなることは感覚としてお分かりのはずです。それを和音でも感覚としてつかむのです。

明るい3和音(=長3和音)の真ん中の音を半音下げてやればマイナーコードになり、逆に暗い3和音(=短3和音)の真ん中の音を半音上げてやれば明るいコード(長3和音)になります。


ほかの何の音を基準にしても、音階の7つの階段の形は同じで、その7音でできる7つの和音の明暗の配置は同じです。
たとえばト長調ではファに♯がつき、ヘ長調ではシに♭が付くことで、ハ長調と同じ「階段の形」になりますから、7つの音で構成される7つの和音の明暗も同じ配置になります。

そのようにしてコードを覚えていく方が実践的で、どの音(=ベース音)でも原理は同じですから、「覚える」要素は少なくて済み、いきなり「使える」ようになります。

たとえ楽譜が読めなくても、コードを使ってピアノを弾ける道も近いのです。


コードの循環 ~響きの色変わり~

ここは実際に音を出しながら理解していくところなので、言葉で表せるのはポストイットに書いて貼ったあたりが限界でしょう。


コード循環~響きの色変わり~20160720


とかくメロディがまずありきで、それに合った伴奏としてのコードを探しがちではないでしょうか?
即興や伴奏を難しいと感じるのは、「このメロディになぜこのコードが合うんだろう?」がなかなか分からないのが原因です。

逆に、右手では「シドレド~」と同じことを弾き続けて、左手でさまざまなコードを合わせてみると、どれもそれぞれいい響きで調和します。

有名なショパンやラフマニノフ、あるいは映画音楽など「あの美しい名曲はどんなコードの流れでできてるんだろう?」と見てみると、じつは同じようなコード循環でできている曲がけっこうあったりします。

これらのことから気づくのは、メロディにコードが付いてるんじゃなく、コード(響き)の移り変わりがベースにあり、そこにメロディが乗っかって音楽はできているんだ、ということ。

おなじ単純なメロディにも、違うコードの響きを合わせることで違った味を出すことができます(=リハーモナイズ)。

コードの循環はまさしく「響きの色変わり」なのです。

そこにはある流れの法則があります。この響きは次にどこに行きたくなるか、5度の引力、この響きから次のこの響きに移る中間にこんな響きを経由する…etc.


音楽で用いられている「音」は、単体で存在しているのではなく、お互いが結びついたり引き合ったりしているのです。
発電機やモーターの音が「ある音程」で鳴り続けていても、それは「音楽」ではありません。
ところが「音楽」としての音は、ひとつの音だけで単独で存在していることはなく、他の音と響き合ったり、結びついて音楽の流れを作り出しています。そこには「重力」・「引力」のような力が働いているような気がします。

コード循環(=響きの色変わり)とは、まさにそういうことなんじゃないか…?

そのコード循環を自由に使えたら、決まった曲(メロディ)の伴奏だけでなく、響きの色変わりだけを味わって遊べますし、詩の朗読・テラピーなどの伴奏を即興でつける といったことにも応用できるでしょう。



以上、ここまで手書きのポストイットを貼り付けたシートが3枚。
大きな画像でご覧になりたい方は、下をクリックしてください。


12音の誕生20160720 音階と和音20160720 コード循環~響きの色変わり~20160720



これは今月から「音の小部屋」を訪ねてくださる40代男性を対象に考えたひとつのモデルです。
その方のニーズに合った内容で、5回~10回のプログラムを個別に考えさせていただきます。

なお、ここに挙げた個々の内容について、これまでこの「★50代ことはじめ~音楽療法の世界へ~」というカテゴリーの中で「音」に関して書いた記事をまとめたページがあります。
実際に音を出してみれば簡単なことでも、文章だけで理解するのは大変でしょうが…

→ 音の不思議をあらためて

「5度時計」を本当の時計にしてみました!

5月20日(金) <改>

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以前このカテゴリーで「12と5 音の不思議な関係」という記事を書く際に「5度時計」というのを作図しました。



紀元前の数学者ピタゴラスが鍛冶屋さんの前を通ったとき、二人が打つハンマーの音が美しくハモっていた(←当時はそんな言葉はなかったはずですが…笑)

そこで好奇心あふれるピタゴラス先生は、二人のハンマーを借りて、重さを比べたんですね。そして「音の高さは比率で決まる」ということを発見したんです。

今日の科学では、「重さ」の比率ではなく、振動する物体の振動数(=周波数)で音の高さは決まるのですが、5度(=ド~ソ、レ~ラ、ラ~ミなど完全5度)は「2:3」という比率なんですね(ラ=440Hzなら、ミ=660Hz)。

日本の正倉院にも、古くシルクロードから伝わった楽器の説明書のようなものが残っていて、竹の筒を2:3の長さに切って…といった図解があります。

人間の耳にもっとも美しく聞こえる完全5度というのは、2:3という倍音率だったんですね!

今のような絶対的な「ラ」とか「ド」という音程がもともと決まっていたわけではなく、「ある音」を基準に、その音ともっとも美しく響く5度の倍音率で音をとっていくと、12回目で元の音に戻ってきた!
そうして12音階が誕生したのです。



話を現代に戻して…

「ド」を基準に5度の関係で音を並べていくと、まさしく時計のように12時の位置で元の「ド」に戻ってきます!

以前作図した原紙が残っていたので、カラーコピーで拡大して木のパネルに貼り、時計のムーブメントと針を取り付けて、本当の「時計」にしてみました(時計のムーブメント…1500円、時計の針…380円)!

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「音の小部屋」にふさわしいオリジナル時計ができました!

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ところが…!!


逆転の発想!

実際に時計になって針が動くのを見ていると、時計回りにド→ファ→シ♭→ミ♭→ラ♭→レ♭…と5度ずつ下がっていってその音を主音とする音階(長音階)の調性としての「♭」の数が一つずつ増えていくよりも、ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ…と上に5度ずつ上がっていって「♯」の数が一つずつ増えていく方が気持ちがいいんじゃないか?

ちょうどこの文字盤の逆回りですね。5度の関係・法則はどっち回りでも変わりませんが、「時計」として見るには逆回りの方がしっくりくるのではないか…?いきなり2時の位置から「黒鍵の世界」に入るのもなんだし…思いはじめると気になるもの。
逆回りの時計を見ているようで気持ち悪く感じられてきます(笑)

原紙も目の前にあって、コピーの拡大率も覚えていて、製作意欲が失せないうちに…反対回りの文字盤を作り直しました!


逆回りに改定a


逆回りに改定b

針とムーブメントを外して比較。やはり右(新)の方がしっくりいきます。


◆あらためて「5度時計とは?」


右回りに5度ずつ高くなっていく新バージョンであらためて。

5度時計(改右回り)

真上の「ド」から時計回りでひとつ進むごとに「ソ→レ→ラ→ミ→シ…」
ここまではすべて白鍵の音で進んでいきます。

それぞれの音ではじまる音階(=長音階)の調性としての「♯」の数がひとつずつ増えていきます(ト長調=♯1つ、ニ長調=♯2つ、イ長調=♯3つ…)。

「シ」(=5時)の次の音は…?
そう、ファではないんですね。シ~ファの間には半音が2か所に入り、完全5度よりも半音短い減5度。中世までは「悪魔の音程」と言われて避けられていたんですね。

シから完全5度上は「ファ♯(=ソ♭)」。♯で表しても6つ、♭で表しても6つの調性。それがちょうど「6時」の位置なんです!

そしてここから黒鍵の世界に入り、「ソ♭→レ♭→ラ♭→ミ♭→シ♭」と5つの黒鍵を進みます(←5つの黒鍵は5度の倍音率でできていたんです!)。
時計の左半分、♭系で見ると、時計回りに進むごとに「♭」の数が一つずつ減っていきます。
そして「シ♭」(=10時)から完全5度上は「ファ」(=11時)。ここでふたたび白鍵の世界に戻ります。
「ファ」から始まるヘ長調では♭は一つ。そして真上の12時では♯も♭も「0」のハ長調に戻ります。

時間を刻む時計と、音の法則、なんか不思議なほど似てると思いませんか?



5度時計から見える音の不思議

ある音から5度上へ5度上へ…と右回りに並べてあるので、当たり前といえば当たり前のことなんですが…

それぞれの音をベースとする3和音で見ると、どこを見ても、ある音を中心に右隣り(=ひとつ先)は5度上のドミナント(=属音をベース)、左隣り(=ひとつ前)は5度下(=4度上)のサブドミナント(=下属音をベース)。そしてドミナントとサブドミナントに挟まれた中心がトニック(=主音をベース)、という関係になっています。

まるで日光菩薩と月光菩薩に挟まれた阿弥陀三尊のような、あるいは父・子・聖霊の三位一体のようですね。そして全体は「音の十二支」とでも言いましょうか、宇宙を描いた曼荼羅のようでもあります。

そしてもうひとつ、この時計の対角線を見ると…

「ド」の対角線は「ソ♭(=ファ♯)」、「レ」の対角線は「ラ♭(=ソ♯)」、「ミ」の対角線は「シ♭(=ラ♯)」…
いずれも、ある音をオクターブで鳴らした時にちょうど真ん中の音(=1オクターブを2等分する音)です。
完全4度と完全5度の中間の「完全4.5度」?…いやいや、そんな呼び方はありません(笑)。増4度、あるいは減5度ですね。

ある音をベースとする3和音を「表のコード」とすると、その対角線にある音をベースとする3和音は「裏コード(代理コード)」と呼ばれる関係ですが、そこはちょっと音に関する専門的な話になるのでまた改めて…



認知症は防げる!

◆ナン・スタディ

一昨年、認知症に関する特別講義を受講する機会があった。
その講義の中で、いくつか興味深い話題が出たが、とくに印象に残ったのが「ナン・スタディ」というものだった。

米ミネソタ大学が、フランスのノートルダム修道院で経年行ってきた調査である。

ノートルダム修道院
ノートルダムの修道院

この調査の中でとくに有名なのが、101歳のシスター・マリーの事例で、興味があったのであらためて調べていたら、こんな文献があった。

100歳の脳
David Snowdon(デヴィッド=スノウドン)著


101歳のシスター・マリーは、ノートルダムの修道院で日々の日課も完璧にこなし、他の修道女たちとのコミュニケーションも活発で、後輩たちの指導にも優れ、知能テストでも高得点だった。

しかし、マリーの死後の病理解剖で、脳は何年も前から萎縮し、老人斑や神経原線維変化が確認され、いわゆるアルツハイマー病であったことは明白であった。

ではなぜ、認知症の症状が出なかったのか…?


認知的予備力=認知症の症状が出にくくなること

脳そのものはアルツハイマーと診断される状態であったにもかかわらず、生前まったく認知症の症状が現れなかった…これは何を意味するのだろうか?

マリーは、人生の早い時期から、さまざまなことに興味をもち、敬虔なる信仰生活と規則正しい健全な生活を続けてきた。

修道院に来てからも、つつましく祈りと奉仕の活動を続け、勉学にいそしみ、毎日讃美歌を歌い、教育活動にも従事し、若い修道女たちからも尊敬され愛されていた。

歳をとっても好奇心を絶やさず、常に新しいことに興味をもち、新しい知識を積極的に吸収し、過去の経験や知識と有機的に結びつけながら思考を重ね、人とのコミュニケーション、とくに若い人たちとのコミュニケーションを活発に行うことで、脳内神経活動を活発に刺激し続けてきた結果ではないか、と。


◆認知症に「なってしまった患者への対処」よりも「予防」

いまアメリカには500万人もの認知症患者がいると言われている。

その認知症患者の多くは、家族とも社会とも隔離された施設に収容され、刺激も変化もない毎日を送っている。施設内を徘徊すれば強制的に部屋に連れ戻され、大きな声を出したり暴れたりしたら安定剤を投与され、夜眠れないと訴えれば睡眠導入剤を投与され…

こんな毎日を送っていると、みな一様にうつむいて無口になり、職員の問いかけにもまったく反応しなくなってしまうという。

日本も、アメリカを追うように認知症の患者は確実に増加する傾向にあり、2020年には400万人を超えるのではないかとも言われている。

安倍政権も施策として「認知症対策」を打ち出したが、その中味は「医療の充実」「施設の充実」「製薬会社との連携強化」…といったものである。

こうした政府の対応は、いわば「なってしまった認知症患者に対してどう対処するか」というもので、施設に収容して、薬漬けにする方向の施策のように思える。
それ以前にもっと大切なことがあるのではないだろうか?


◆パーソナル・ソング

一昨年の暮れに「パーソナル・ソング」というドキュメント映画を見て、このブログでも紹介した。

パーソナルソング

認知症になってしまって過去の記憶を失い、日常の生活にも支障をきたしているお年寄りたちに、その人が若いころに関わったある音楽、その人にとって特別な音楽=「パーソナル・ソング」をヘッドフォンで聴かせると…

突然目を輝かせ、昔のことをはっきりと思い出して突然饒舌に話しはじめたり、リズムに合わせて体を動かしたり、ふだんは身体機能として動かないはずのところが動いたり、ある人は涙を流し、ある人は笑い…さまざまな奇跡が起こるのである!

パーソナルソング2a
パーソナルソング2

1000ドルの薬よりも1曲の音楽を…!
パーソナル・ソング


自分らしいいい毎日を過ごす

高齢になるにつれて(=じつは20歳を過ぎるころから)脳細胞はどんどん死滅していくと言われている。
歳を重ねるごとに神経伝達物質の活動も鈍化する。さらにアルツハイマーによって脳が萎縮してしまうことで、さまざまな障がいが出る。

しかし、音楽を聴くだけで、脳のさまざまな部分を刺激し、脳全体が活性化させられる。
音楽に限らず、脳をいかに活性化した状態に保てるか?
シスター・マリーの事例もしかり、パーソナルソングで報告されている多くの事例もしかり。

脳細胞の数や年齢的に現れてくる障がいだけが問題なのではなく、生きている脳をいかに刺激し、脳細胞同士の結びつきを強め、活性化した状態を保てるかがとても重要なのである。



現代社会では、専門分化した仕事、ルーティン化された仕事が多く、ストレスもたまりやすい。
同じことの繰り返しだけの毎日、言われたこと・決められたことは完璧にこなすが余計なことは一切しない、仕事で疲れ切ってただ「休息」するだけの休日、一人でゲームに没頭…

「人となるべく関わらずにすむこと=便利で安全」と、あらゆるものが自動化され、不特定多数の他人との会話の機会が減っていく。内々の友達同士のお喋りでは異様に盛り上がるが、周りへの配慮に欠ける。友達以外の外の人との会話が下手、説明が分かりづらい。身近な他人の存在に気づき、思いやり、譲り合うといったことが希薄で、ワガママで無表情になっていく…etc.
想像力と表現力の鈍化…それは、脳にとって危ない状況を作り出しているのではないだろうか?



若いうちはある程度「仕事第一」で、責任ある立場もあり、会社のために多くの時間を費やすのもやむを得ないが、ある年齢に達したら「会社だけの人生」から「自分らしい人生」へとチェンジしよう。会社だけでなく「社会」に参加しよう。
できれば、歳をとって仕事も完全に引退して、なにもやることがなくなってから「さて、何をやろうかな…?」ではなく、少しでも若い現役の時からなにか「自分の世界」を持とう!

幼少のころから興味を持っていた世界、家族や友達との時間を大切にし、さまざまなことに興味をもって新しいことにチャレンジし、若い年代の人とも積極的に交流し、語り合い、よく笑い…

「認知症にならないためにいい生き方をしましょう」ではなく、「いい生き方をすることで結果的に認知症も防げる」ということではないだろうか。

コードで見る♪「花のワルツ」

2月8日(月)


クラシックの名曲をコードでとらえる試み。シリーズ第三弾です。

コード・即興の授業&レッスンもまもなく2015年度の締めくくり。
このカテゴリーでは以前「♪ コードで見るショパン」「♪ コードで見るラフマニノフ」をアップしましたが、今回はオーケストラの名曲。

チャイコフスキーのバレエ組曲『くるみ割り人形』の終曲「花のワルツ」です。

全音から、組曲「くるみ割り人形」全曲をピアノ譜にしたものも出版されています。

くるみ割り人形

ただ、これまではピアノ譜をコピーしてコード名を赤鉛筆で書き込むスタイルでしたが、それだと完全に覚えてしまうまでは、コードを書き込んだコピー譜を見ながら弾いている状態。どうしても音符も目に入ってしまうため、完全に「楽譜なし」で弾いているとは言えませんでした。


★そこで今回は、白い紙にコード進行だけ 書いてみました!

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★クリックしてもう一度 ⊕ マークをクリックすると大きな画面になります。


10分少々の曲ですが、くり返しの多い複合3部形式。
オーケストレーションの細かい変化は無視して、曲の大きな流れをブロックでとらえ、リピート記号やD.S.(ダルセーニョ)、コーダ記号を使って強引にA4・2枚に収めてみました!

だいたい1小節ごとにコードが変わっていきますが、同じコードが続く小節は「-」記号で記してあります。
また〔  〕でくくったところは、1小節の中でコードが変わっているところです。

コーダの部分では〔1・3〕〔・2・〕〔1・3〕…とフェミオレのリズムで1拍飛ばしでコードが変わっていく場面もあり、こんな形で表してみました。


<全体の構成>

ハープのソロを含む美しいイントロ部分、ここのコード進行もなかなかお洒落です。

ワルツに入り、第1テーマ「A」×2回、第2テーマ「B」×2回、1枚目下の2番括弧からふたたび「A」に戻ります。
2回目は合いの手にフルートが入ってきます。「A」×2回、「B」×2回やったら、今度は3番括弧から中間部「C」(右ページ)へ。

中間部「C」は、途中に短調の部分を含む3部形式。そして再び「A」に戻り、「A」×2回、「B」×2回やったら、今度は2番括弧からエンディング(コーダ)へと飛び、終結へ向かいます。



お手元に「花のワルツ」の音源があったら、このコード表と照合してお聴きになってみてください。
そして、このコード表だけを見て簡単なメロディラインをつけて弾けたら、「楽譜がないと弾けません」から脱却できた、と言えるのではないでしょうか?


響きで遊ぶ コード循環 ~7色・12色の色変わり~

1月17日(日)


この「★50代ことはじめ」のカテゴリーでは…

●ある曲(メロディ)に合ったコード(伴奏)を探す(耳コピ含む)。
  ↓
●単純な「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」の3つの和音だけでなく、ちょっとお洒落なコードに置き換えてみる(=リハーモナイズ)。
  ↓
●クラシックの名曲、たとえばショパンの有名なピアノ曲をコードの流れとして見る。

そんなことを書いてきました。


ここで、コードの流れ=「循環」そのものにスポットを当てます。

ピアノを一度も習ったことのない人でも、ピアノの鍵盤の配置ぐらいは色んなデザインでよくご存知のはずです。どこが「ド」なのか分かって、白鍵だけをひとつ飛ばしで3つの鍵盤を同時に押さえることができれば、7つのコードが鳴らせます。
その7色の響きを、ある法則で順番に鳴らせば、誰でも簡単に「響きの移り変わり」を味わい楽しむことができるはずです。

まずは、基本の再確認から…


<確認とおさらい>

ハ長調の音階は、すべて白鍵です。「ド~シ」の7つの音でできています。
その7音をベース(=根音)に、ハ長調に出てくる白鍵だけをつかって、ひとつ飛ばしに重ねると7つの「だんご3兄弟」(=ハ長調のダイアトニックコード)ができます。
この図はもう何度もご紹介してきましたね。これを「7色」ととらえます。


7色コード譜


ハ長調の7色の「だんご3兄弟」の中には、明るい1、4、5と、暗い2、3、6がいて、最後の7番目は下も上も短いdim(ディミニッシュ)という、ちょっと変わった響きの和音。この7つで1チームです。
音名だけを赤で示したのが明るい和音、青い文字で右に「」と書いてあるのが暗い和音(=マイナーコード)です。

Q.「同じ白鍵ひとつ飛ばしなのに、なぜそういう違いができるの?」…そんな疑問を持たれた方のために、ちょっとだけ説明しておきましょう。

ピアノの鍵盤で1オクターブ内を見ていただくと、ミ~ファの間、シ~ドの間には黒鍵がありません。この2か所は「半音」、他の2音の間は「全音」です。
なので、ひとつ飛ばしの3度の音程(=音の間隔)にも、この半音の箇所を含まない長い3度(=長3度)のところと、半音の箇所を含む短い3度(=短3度)のところが生じます。この違いと組み合わせで、和音の響きに色々と違った表情が出てくるのです。

上の楽譜で、音と音の間に赤い>マークのところが長い3度(=長3度)、青い>マークのところが短い3度(短3度)。鍵盤の配置と見比べて確認してみてください。

7つの3和音4


赤く示した「ド~ミ」「ファ~ラ」「ソ~シ」の3か所が長い3度。そこを下にもつ「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」の3つの和音は明るい響きに聞こえます。
このように、長い3度の上に短い3度が乗っかると明るい響きに、逆に短い3度の上に長い3度が乗っかると暗い響きに聞こえます。不思議ですね。


★ここまでお読みになって「難しい!」と思ってしまわないで、そういうことは後でだんだんわかってくればいいことなので、とにかく白鍵だけをひとつ飛ばしで重ねれば7つのコードができ、その中には明るい響きと暗い響きのものがある、ということで結構です。

★すでにピアノ経験はおありで、「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」だけでもたいていの曲の伴奏はできるけど、もうちょっとお洒落な音を出してみたい、7色の音についてもう少し詳しく知りたい方は、こちらの記事をご参照ください。
*中学生でも読めばわかるやさしい楽理シリーズ(?)…
→ 
リハーモナイズ(1)Ⅰ・Ⅳ・Ⅴの3色から7色へ


では、そろそろ今回の本題に…


7色の色変わり

楽譜(五線紙、オタマジャクシ)を使わずに、コード名だけを並べた“色変わりのルートマップ”を作ってみました。楽譜にならって大きくは左から右へという流れです。

ピアノ、ギター、ハープなどで「響き(コード)」を鳴らしてみてください。
とくに決まった曲(メロディライン)はありませんが、響きの移ろいの中でなにかメロディが浮かんだらそれも一緒に奏でれば「色変わりの即興」ができます。

まずは3色~7色の世界から…
★7色循環ルート

1「ドミソ」→4「ファラド」→5「ソシレ」→1「ドミソ」は最短ルートで、名付けて「451エクスプレス」、
一方ジャズなどでよく使われるのが2「レファラ」→5「ソシレ」→1「ドミソ」で、こちらは「251エクスプレス」。

でもこれだけだと、新幹線で最短ルートで旅しているようなもので、まだ3色の世界
「そんなに急いでどこへ行く?」

そこで、各駅停車で音の周遊ルートへ。小さな〇で示した7つのコードの色合いを味わってみてください。


<2と4は似たもの同士>

2番目の「Dm(レファラ)」と4番目の「F(ファラド)」は、じつはとても近い関係にあることが分かります。
Dm7」という和音(=レファラド)は、「D(レ)」の上にF(ファラド)が乗っかっているのですから!

4・5・1で伴奏できる曲をそのまま2・5・1に置き換えても、たいてい違和感なく感じられるはずです。
むしろ、明るい純粋な「ファラド」の下に、ちょっと影のあるDmが重なることで、深みを増したようにも感じられます。

図中に「ルート5」と書いたのは、ベースの音が5度下へ5度下へと移り変わっていく「5度進行」です。
(これも、先ほどの「リハーモナイズ(1)」の後半に解説しています。)


<1→3→ 6→2→5→1>

「1→6→2→5→1」という循環コードは、やさしい曲にちょっとお洒落な味付けをしたい時によく使われます。
この流れは、「C」というハ長調の主役の明るい「ドミソ」からまず3度下の「Am」(ラドミ)へ。「♪上を向いて歩こう」や「♪ムーンリバー」の冒頭でも使われているように、光から影へという自然な流れに感じられる色変わりです。
その後の6→2、2→5、5→1はすべて5度下5度下へ、より安定した方向へと流れていく「5度進行」です。

また「C」から3度下の「Am」に降りずに、逆に3度上がったところにも「Em」というマイナーコードがあり、そこへもスムーズに移行できます。尾崎豊「♪ I love you」、長渕剛「♪ Close Your Eyes」、小林明子「♪恋に落ちて」など、「1→3」というコード進行の曲は多数あります。
1から3つ上がったらその先の「3→6→2→5→1」はすべて「5度進行」です。

また「1(ド)→6(ラ)→4(ファ)→2(レ)」と3度ずつ降りてきて、そこから「2(レ)→5(ソ)→1(ド)」というルートも図の中で確認できるはずです。



ここまでは黒鍵をまったく使わず白鍵のみ、ハ長調の音階に出てくる7つの音の組み合わせだけです。
明るい3色だけの世界から抜け出して、光と影の色彩感は出てきましたが、まだまだ周遊ルートとしては限られています。


12色の色変わり

いよいよ5つの黒鍵も加えて12色の世界へ!
でも、ここぞとばかり黒鍵を使いまくればいい訳ではありません。

ハ長調、および平行するイ短調には、いずれも調性としての♯・♭は1つも付きませんが、あるコードからコードへ移り変わる途中に、ちょっと色合いを変えるために“臨時記号”として黒鍵を使っていきます。

★12色循環ルート

ルート内にたくさんの経路ができて複雑になり、一見「わ~、難しい!」と感じるかもしれませんが、実際に音を出してみれば「Oh!」と納得されるはずです。

あるコードからコードへと移り変わる中で、白鍵だけでは暗かった響きを明るく変えたり、逆に明るい響きをちょっと暗く影らせたり…黒鍵を使うことで表情が豊かになります。


<臨時記号の黒鍵の使い方>

基本的な流れは先ほどと同じ「1→6→2→5→1」でも、白鍵だけの世界ではマイナーだった「Am」や「Dm」の真ん中の音を半音上げて明るい響きに変えたり、逆に明るい「G」の真ん中の音を半音下げて「Gm」にして陰影をつけたり…

また、明るい和音の一番下の音(=根音)を半音上げる、または暗い和音の第5音(=一番上の音)を半音下げることで、短3度の上に短3度が重なったのがdim(ディミニッシュ)というコード。

逆に明るい和音の一番上の音を半音上げて、長3度の上に長3度が重なる形にしたのが、aug(オーギュメント)、音名の右に「aug」または「+5」と表記します。

dim aug 新規

右にちょっと書き足したのは、dimの上にもうひとつ7番目の音が乗っかったもの。
第7音が、第5音の上に短3度で重ったのがdim7、長3度で重ったのが「ハーフディミニッシュ」、下は短いのに上が長いので「ハーフ」。

dim aug は、その響きだけを単体で聞くとちょっと変な響きですが、あるコードからあるコードへ移る場面で使うと、とてもお洒落な味つけができます。これを知らないと、人生半分ぐらい損しているような気がします(笑)。

ほかにも7色での和音の一部を♯や♭で変化させる効果は、たとえば…

ハ長調の「2→5→1」で使われる2「Dm」はマイナーコードですが、これを明るい「D7」に変えることで「D7→G7→C」という流れになります。これはショパンなどもよく使う手法で専門用語で「ドッペルドミナント」といいます。

Cから5度上にある「G7」はハ長調の属七(ドミナント7)。そのGからさらに5度上にあるのが「D7」、G(ト長調)の属七(ドミナント7)です。
つまり「D7」は、もとのハ長調から見ると二重のドミナント(=ドッペルドミナント)なのです!
5度下へいったん落ち着いて、ふたたびそこから5度下へ…2段の滝といったところでしょうか。

また図中グリーンで表示した5番目の「G」の世界の中でも、G→E→A→D→Gという循環ができます。「G」を基準に「1」として見ると「1→6→2→5→1」という循環です。
全体から見れば部分、でもその中にも完結した世界がある…まるで大宇宙・小宇宙のようですね。


<平行するフィールドへ>

ハ長調の中だけでも、黒鍵を使うことで明→暗暗→明、ある響きへの誘導…といった色彩感が豊かになりましたが、これらはすべて「ハ長調」という大きな手のひらの上で起こっていること。

もうひとつ、ハ長調と平行するイ短調は、同じ7つの白鍵だけでできた音階ですが、「ド」からスタートすれば明るい長調に、6番目の「ラ」からスタートすれば暗く寂しい感じの短調になります(=並行調)。

★長調・短調だけでなく、7つの音のどこから上に並べるかによってモード(=音階の色彩)が変わります。同じメンバーなのに打順を変えることでチームの「戦法」が変わるように、音の世界では「旋法」が変わります。それは半音のくる位置がどこに来るかが変わるからです(→「6つの教会旋法」参照)。


平行調への移動もいちおう「転調」ですが、同じ調性の明と暗、いわば光と影のような関係で、曲の中で比較的自由に行き来することができます。

ずっと家の前の限られた平場だけで遊んでいた子どもが、違う高さの段々畑のようなステージに行って遊んで帰ってくることができた…そんな行動範囲の広がりを味わうことができます。

そこへの入口と帰路となるコードは…?


イ短調への入口は 「B7→E7→Am」

ハ長調と段々畑のように平行したイ短調の世界への入口は、「B7(シレ♯ファ♯ラ)」という明るい和音(=7番目の「Bdim」の上2つの音をいずれも半音上げた変形)です。

この「B7」から5度下にある「E7(ミソ♯シレ)」という明るい和音へ行き、そこからさらに5度下の「Am」へとつながり、イ短調の世界に入ります。

実際に音を出して、響きに納得すればよいことですが、なぜ「E7」なのか?
「Em」の真ん中の「ソ」は本来はナチュラルですが、イ短調の「ラシドレミファソ」という音階の最後の音(=導音)では♯がついて半音上がります(=和声的短音階)。「E7」はイ短調の中では属七(ドミナント7)です。

明るい「B7(シレ♯ファ♯ラ)」→「E7(ミソ♯シレ)」→「A(ラドミ)」へ、ここも5度下へ5度下へのドッペルドミナント、「2段の滝」ですね。

図の中でうす紫色の楕円のイ短調の世界の中でも、5度下へ5度下へという「ルート5」の循環を環状線のように示しました。その真ん中を上から下へと通るのは、Am△7(メジャーセブン)→Am7→Am6。
「Am(ラドミ)」の上(または下)に加わる音が「ソ♯→ソ→ファ♯」と半音ずつ降りてきて、「F」を経由して「Dm」へ、というルートです。


ハ長調への帰路のサインは 「Dm」

まだイ短調の世界に留まるか、ハ長調の世界に戻るか、 分岐点は「Dm」です。

「Dm」→ひとつ上の「E7」→「Am」(=イ短調での4・5・1)へと循環すれば、まだもう少しイ短調の世界に浸っていられます。
一方、「Dm」→5度下の「G7」へ→さらに5度下の「C」へと向かえば、「ハ長調」の世界に帰ってきます(=ハ長調では2・5・1)。その際、「Dm」を明るい「D7」へ、あるいは「ラ」を半音下げて「Ddim」にしてから「G7」へ移ると、より色彩感が増します。


<循環とエンディング>

左の「C」から右の「G」までの間に、いろんな周遊ルートがあることがお分かり頂けたと思います。その間を、楽譜の繰り返し記号のように示しました。この間をずっと繰り返し、時にゆったり語りかけるように、時にリズミカルに、途中イ短調の世界に行ってふたたびハ長調の世界へ…

コードの移ろいの中で浮かんだメロディがあれば右手で転がして加えてもいいでしょう。まさに「色変わりの即興」。
詩や語りの朗読に合わせて、あるいは身体を使ったパフォーマンスやテラピーに合わせて、「音の色変わりの即興」で何分間か音を奏で続けることは可能でしょう。

さて、エンディングをどうするか?

「G」の上にもう一音加えた「G7(ソシレファ)」は、「ソ」の上に7番目の「シレファ」というdimコードが一緒に鳴っているので、1の「C」に帰結しますが、それだけてはちょっと物足りない感じがします。もっと良い手はないでしょうか…?

★「G♯△7」→「C♯△7」という、ちょっと奇抜な響きを使うことで、お洒落なエンディングになります。

Gより半音上がった「G♯」がベースですが、メジャーセブンですからナチュラルの「G」も上で鳴っています。そして5度下の「C♯」へ。これもメジャーセブンですからナチュラルの「C」も鳴っています。そして「C」に落ち着いて「おやすみなさい」というイメージにまとまります。



<雑 感>

「音」はある周波数の振動であり、「和音」はそれが複数重なったものです。

しかし、人間が音楽の中で感じる「音」や「響き」は、ただ単体としては存在しません。ある和音だけを聴いて宇宙と交信できる人にお目にかかったことはあまりありません。
少なくとも音楽の中で聴く音や響きは、他の音や響きと手を結び、お互い引っ張ったり引っ張られたりしながら「流れ」を創っているんだな、とあらためて思います。

「ソシレ」という音は、いつどこで聴いても世界共通の絶対的な「ソシレ」で、コード名は「G」です。
でもそれが、ト長調の曲の中では主(=トニック)であり、ハ長調・ハ短調では5番目の属(=ドミナント)、ニ長調では4番目のサブドミナント…といった具合に、居場所によって役割が異なり、聴く人の心には違った色彩として映り、次にどんな響きへと行きたくなるかを引き出します。不思議ですね。

こういう音の面白さをすべての人に伝えたいと思うようになりました。

長年アマチュアのオーケストラで活動してきて、音楽(楽器)経験は人それぞれで、演奏会にいらっしゃる方たちの音楽との付き合い方もまちまちですが、同じ空間で音楽の楽しさを共有できます。障がいのある方とも音楽を一緒に楽しむことができる…
音楽は必ずしも子供のころから楽器経験を積んで、専門的に音楽の勉強をしてきた人だけのもの、ではないのです!



ここ最近、私は曲を耳コピするにも、このようなコード循環を考えるにも、絶対音として「Cm」とか「G7」ととらえるのもいいですが、ある調の中での1~7までの度数でとらえることを試みています。

私も年齢とともに、楽器や状況によって、ときどき実音より半音高く感じてしまうことがあり、子供の頃からいつの間にか身についていてずっと信頼してきた絶対音感が揺らぎはじめたかな、という不安もあります。でも、それを絶望的に思わずにすんでいるのは、ちょうど最近このコードの流れの中でとらえることを知ったからです。

たとえば、「G7」=「5セブン」、「C△7」=「1メジャーセブン」、「Dm」=「2m」(←2メートルじゃないですよ…笑)などと、ある調の中での度数(=何番目の音か)で根音を特定し、そこにマイナーか、セブンか、dimか…といった和音のタイプとあわせてとらえるのです。そうすれば、仮にどのキイ(調・高さ)に移しても、循環で次に来るコードがつかめて即興には強いのではないかと(まだ完全に実用化はできてませんが…笑)

でも、コードで音楽をとらえることができたら、もっと多くの人たち(楽器経験がなく、今さらピアノが弾けたらなんて到底思えない、と仰る方など)にも、「音」で「楽」しむことはできるはずだ、と。

私もまだまだ即興の世界は学びはじめて3年ですが、「楽譜がないと弾けません」からの脱却、音・響きをつかった遊び、即興の楽しさは少し分かりかけたように思います。

まだまだ先の道は長いですが…

★次は短調(マイナーコード)の循環へ…(つづく)

リハーモナイズ(1) Ⅰ・Ⅳ・Ⅴの3色から7色へ

<初校2013年12月 →2016年1月改訂>

今から3年前に学び始めたころ、いや本当はもっと以前から、こういう音の不思議なからくりには興味を持っていて、似たようなことをブログにも色々と書いてきました。あらためて、3和音、5度、7つの音、12の音…と再整理したまでです。

いつまでもこういう楽理モドキの解説ばかりを書くつもりはありません。
あとは実際に音を出しながら、それこそ詩の朗読やテラピーなどに合わせて、「音の色変わり」が楽しめたら。
また音楽を専門的に学ぼうということではなく、「音」の「楽しさ」をあらためて感じて下さる方がいたら…そんな思いを込めて




ハ長調の曲では、「Ⅰ.ドミソ」・「Ⅳ.ドファラ(ファラドの転回形)」・「Ⅴ.シレソ(ソシレの転回形)」の3つの和音だけでたいていの曲には伴奏を付けることができます。

この3つの和音はとても明るく、まだ汚れを知らない子どもの心のようです。
でも、大人になると、悲しいことや少し汚れた世界も経験します。いつもお決まりの「Ⅰ.ドミソ」「Ⅳ.ドファラ」「Ⅴ.シレソ」だけでなく、ちょっとお洒落でズージャな響きをつけてみたい…それがリハーモナイズです。3色から7色へ、そして黒鍵も含めた12色へ…

ここではその入口として、和音の基本的なお話 を再整理します。
このブログを読まれる方は必ずしも音楽の専門家ばかりではないので、少し丁寧な解説を加えながら書きましょう。少々長くなりますが、あらためて頭の整理にもなりますので。


そもそもⅠ・Ⅳ・Ⅴとは…?

まずハ長調のドレミファソラシという7音すべてに、その音がベースとなる3和音を重ねてみます。臨時記号の♯や♭をつけることなく、この調の音階で使われている7つの音(=ハ長調の場合はすべて白鍵)だけを使います。

隣の音を一つ飛ばして、五線紙でいうとちょうど音符が隙間なく重なる音(=3度)の関係で「だんご3兄弟」よろしく3つ重ねてできる7つの和音(ダイアトニックコード)は次のとおりです。

7つの3和音(白)

この7つの和音を順番にピアノで弾いてみて、こどもに「明るい感じ?暗い感じ?」と尋ねると、ほぼ間違いなく「1.ドミソ」「4.ファラド」「5.ソシレ」の3つを「明るい」と答えます。 不思議です。

今さらながらですが、それはなぜでしょう? 
ピアノの鍵盤をあらためてまじまじと眺めてみましょう!

7つの3和音4

ご覧のとおり、ミとファの間・シとドの間には黒鍵がありません。ほかの白鍵と白鍵の間には黒鍵が入っているので隣同士の白鍵は「全音」ですが、ミとファ、シとドの間には黒鍵がなく「半音」です。

ある調の音階は、12個の音の中から7つの音を選手のように選び出して並べたものと考えてください。その隣同士は、間に黒鍵をひとつはさんだ関係(全音=半音が2こま)のところと、間に黒鍵のない関係(半音)のところがあります。

ドレミファソラシドという音階は、<全・全・半・全・全・全・半>という形で並んでいます。
ハ長調に限らず、何の音からはじめても、黒鍵を使ってこのような関係にならんだ階段になっていると「明るい長調」に聞こえます。人間の耳って不思議ですね。

先ほどつくった「だんご3兄弟」のような7つの3和音は、いずれも白鍵をひとつ飛ばした3度の関係で音が並んでいます。
その3度の中に、半音の箇所を含んでいないのが赤で示した長い3度(=長3度=半音で5コマ分)で、半音の箇所を含んでいるところが青で示した短い3度(=短3度=半音で4コマ分)です。3度には長3度と短3度の2種類あるのです。
明るい響きに聞こえたドミソ、ファラド、ソシレを見てみると、
明るい3和音 

どれも下が長3度(赤)で、上が短3度(青)です。
上の鍵盤の画像でお分かりのとおり、ド~ミ・ファ~ラ・ソ~シの3か所が長3度で、そこを下に含む和音がこの3つです。
長3度の上に短3度の重なった響き、こういう関係で3つの音が重なると和音として明るい響きに聞こえます。 不思議ですね。

逆に下が短い3度で上が長い3度だと全体の響きとしては暗い響きになります。これまた不思議ですね。
たとえば明るい「ドミソ」の、真ん中のミに♭をつけて半音下げてやると、暗い3和音に変わります。合唱で、ドとソの真ん中の「ミ」の音がちょっと低くなると全体が暗い響きになってしまう…あらためて納得ではないでしょうか。


7組の「だんご3兄弟」 それぞれのカラー

ハ長調の7つの音ごとにできた「だんご3兄弟」を、先ほどの「明るい」「暗い」を確認しながらコード名で示してみます。

赤い<マークが長3度、青い<マークが短3度です。ベース音名の右に「m」と入っているのがマイナー、つまり暗い響きの和音です。

7つの3和音a 



ハ長調では1番目の「ドミソ」、4番目の「ファラド」、5番目の「ソシレ」の3つが明るい長三和音。 

この3つの和音は、いわば和音の中のゴールデン・トリオ、この3つの響きだけでたいていどんな曲の伴奏もできてしまいます。 ド~シまでのすべての音が、この3つの和音の中のどこかにちゃんといますから。

でも、Dm、Em、Amという3つの短三和音を途中に入れてもなかなかいい感じのおしゃれな響きになるんです。これらをうまく使うのがリハーモナイズの楽しみです。

そして最後にひとつ残った「シレファ」という和音に注目!
下のシ~レも短い3度、上のレ~ファも短い3度、つまりシ~ファは完全5度にはなっていない減5度の響き(減三和音)です。

長三和音でも短三和音でもない、なんとも中途半端な響きです。コードとしてはdim(ディミニッシュ)と言い、はやく半音上の「ド」(主音)に戻りたくなる響きに聞こえます。
「シ♭・レ・ファ」という明るい和音のベース音が半音上がったもの、と見ることもできます。

また、ドミソのソを半音上げてド~ソ♯ という増5度の響きにしたのが増三和音(aug=オーギュメント)です。童謡の「ぞうさん」で使う和音ではありませんよ。 

これも減3和音と同様、単独で聞くとなんとも落ち着かない変な響きですが、例えばCのコードからFのコードに移行する途中に「ドミソ♯」を入れてやるととても流れがスムーズに聞こえます。dimやaugを知らないと人生半分ぐらい損している気分になります。

★注)
上に示したコード名はその響きの固有の名前ですが、五線の上に書いた数字は、ハ長調の中で何番目の和音かを示しています。
「レファラ」はちょっと暗いDmの響きで、いつどこで聴いても世界共通のDmですが、ハ長調の中では2番目の和音、という風に捕える習慣をつけていくと、主音が異なる他の何調でも、たとえば1→→5→1、1→3→6→→5→1といったコードの流れでとらえることができるようになってきます。耳コピも楽になりますし、「楽譜がないと弾けません」からの脱却にはとても有効だと私は思いました。

これはまだ実用化できてませんが、Cメジャー7、Dm、Em…といった絶対コード名(?)ではなく、相対的にこの数字で1メジャー7、2m(マイナー)、3m、6m…といった表記にしておけば、調(キイ)を変えてもすぐ弾ける…かな?
歌詞カードに2m(2メートル?)って戸惑う人もいるでしょうが(笑)


「属七」は「Ⅰ」への強い引力

音(響き)は単独で存在しているのではなく、他の音と手を結び、お互い引っ張られたり引っ張ったり、目に見えない力で引かれ合っているんじゃないか、と思うことがあります。
ひとつの音でもそうですが、3和音の響きになるとなおさらそういうつながりが出てきます。

和音と和音との連結に「併達の5度や8度はダメ」といった細かいルールを決めたのが和声学で、私も課題をやりながら数々の地雷を踏んできましたが、ここではそんな難しい話は抜きに、響きから響きへ…という面だけを取り上げます。

ある曲のメロディに合う響き(コード)にも、前後の流れがあってできています。このコードは次にこんな響きを導き出す…そんな法則があるのです。

そのもっとも代表的な例が、ハ長調の中の「G7」(先進国首脳会議じゃないですよ)。

ハ長調の音階では5番目の「ソ」、つまり「G」の和音「ソシレ」の上にもうひとつ、ベースのソから見て7番目の「ファ」を上に乗っけたのが「G7」というコードです。
G7は「ソシレファ」という和音につけられた固有名詞。いつ、どこで鳴らされても世界共通の「ソシレファ」という音、その名は「G7」。

ただ、その音がハ長調の音楽の中で鳴らされた時、どんな風に聞こえるか?
言い換えれば、ハ長調の中でG7はどういう役割の音なのか?

それは、Ⅰの「ドミソ」にとっても帰りたくさせる響き なんです。


ここで「属七(ぞくしち)」という言葉をちょっと説明しておく必要があります。

ハ長調で「ソ」は5番目の音。主音のドから5度上にある音です。主音から5度上にある音を「属音」と言います。に対して、とっても重要な音です。

その属音をベースにした「ソシレ」、その上にもう一つ7番目の「ファ」を加えたのが「属七」。考え方としては「ソシレ+ファ」
はい、属七の説明としては完璧だと思います。でも、それがなぜⅠ「ドミソ」に帰りたくなる響きに聴こえるのかの説明にはなっていませんね(←単なる楽理ではなく、人はなぜその音を聞いてそういう気持ちになるのか、という私がもっとも興味をもつ世界)。

見方を変えましょう! ベース音「ソ」の上に「シレファ」という和音が乗っかっている、つまり「ソ+シレファ」と見たらどうでしょう?

さきほど7本のだんご3兄弟のいちばん最後にあった「シレファ」は、明るい長3和音でもなく、暗い短3和音でもない、下も上も短い3度が重なった減3和音でした。
爪先立ちで背伸びをしてるのに、頭の上から押さえつけられたような、なんとも縮められた響きで、はやく半音上の「ドミソ」に行きたくなる響きです。

ちなみにハ長調の音階で7番目にある「シ」の音のことを「導音」と言います。主音より半音下にあって、主音を導き出す音です。ハ長調の導音「シ」のだんご3兄弟が「シレファ」。
そして、先ほど分離して考えた「ソ=ハ長調の属音)」は、「礼」で頭を下げてる音。そのままだと頭に血が上ってきて早く「なおれ」の号令が欲しくなる音…

「ソ+シレファ=属七」は、Ⅰの「ドミソ」に帰りたくなる響きだということがお分かり頂けたでしょうか。

★注)
属七という呼び名は、ある調の5番目の和音に「7」を加えたもの。「ドミナント7」という言い方をすることもあります。
たとえば「ファ」から始まるヘ長調なら5番目の「C7=ドミソシ♭」が属七、「ソ」から始まるト長調なら「D7=レファ♯ラド」が属七。ある調の中での
役職名のようなもの。G7、C7、D7といった普遍的な和音名とは異なる。

帰りたくなる音


◆属七から主音への連続技 ~「枯葉」の5度進行~
  
何度も言いますが、「ソシレ」という音は、いつどこで鳴らされても世界共通の「ソシレ」という響きです。でも、いま鳴っている音楽(調)の中では、いろんな顔を見せます。

ト長調の中での「ソシレ」は、ゆるぎなく安定した主役です。ところが、ハ長調の中では5番目の兄弟。ハ長調の音楽だと思って聴いている時には、お辞儀で頭を下げた音、「ドミソ」に戻りたくなる響きとして聞こえます。
ニ長調の中では4番目の音。これは「アーメン」の響きで、隣の「ラド♯ミ」に行って「レファ♯ラ」へと収まります。
このようにある和音も、家ではお父さん、でも5人兄弟の末っ子、会社では4課の課長さん、といった具合に、場所によって立場が変わるわけです。

バッハは、ある調の中で「5番目」の音をベースにずっと鳴らし続けることで、主音をより恋しくさせて引っ張っておいて、主音に戻って安定させる、という手法をよく用いています。「アベマリア」の伴奏にもなったピアノの平均律曲集の1番や、無伴奏チェロソナタなどにもよく登場します。

これをベートーヴェンもまねて、ピアノソナタ「月光」の1楽章後半で、嬰ハ(C♯)短調の属音「G♯」の音が低音に17小節間も鳴り続け、ようやく「C♯」に戻って再現…という場面で用いています。

ベートーヴェンは、この「月光ソナタ」(←本人は「幻想的なソナタ」と名付けたが、友人が「湖に映る月の光のような」と評したことから「月光ソナタ」と呼ばれるようになった)に続いて、30歳にして最初の交響曲1番を書きました。その冒頭では、ちょっと変わった5度の使い方をしています。

冒頭いきなり属七の響きから始まり、最初は「ヘ長調かな?」、でも少し進むと「ああ、ト長調だったのか?」と思うのですが、それもどうも違うような気がしてきます。ゆっくり上昇する弦楽器の音階のファに♯ がついていて、まだト長調を装っていますが、アレグロに入るところでソファミレ「ド」、5度下のハ長調が登場!

喩えるなら、幕が上がると舞台の上である男が語りはじめる。彼が主役なのかと思って見ていると、「じつは、俺は5番目の兄弟で…」という顔をちらっと見せる。すると、本当の主役が5度下から登場する…そんなイメージでしょうか。

ベートーヴェンのピアノ曲・交響曲・コンチェルトの多くは、冒頭から「おれは〇調だ!」と強く主張して始まる曲が圧倒的に多いのですが、この最初の交響曲1番と最後の交響曲9番(第九)は違います。

「第九」の1楽章の冒頭は「ラ・ミ」だけの静かな響きで始まります。音合わせの続きかな、と思ったりして(笑)。短調の「ラドミ」なのか、長調の「ラド♯ミ」なのか分からない、いわゆる「中抜けのラ・ミ」。でも少し行くと「ラレ」の響きが聞こえ、ラより5度下の「レ」を主役とするニ短調のテーマが炸裂します。



この「5度下から主役が登場」の原理を使って、これが主役かと思いきや、7番目の音が加わることで今までの主役として聞こえていた音が「5番目の響き=属七」に聞こえて、そこから5度下へ。そこで安定したかと思うと、また7番目の音が聞こえてさらに5度下へ…

「枯葉」に代表されるこのコード進行を5度進行と言います(←キイとなる「7」をとって7度進行と呼ぶこともありますが、このブログでは混乱を避けて「5度進行」に統一します)。

以前「枯葉」の記事を書きましたが、♪「枯葉」、♪「白い恋人たち」、♪「最初から今まで」(『冬のソナタ』のテーマ)、♪竹内マリアの「駅」、♪来生たかおの「グッバイデイ」…この5度進行でできている曲は多いです。
映画音楽や最近の歌だけでなく、クラシックの曲でもこの5度進行が使われる場面はけっこうあります。古くはヘンデルから近代まで。コーヒーのCMにも使われているラフマニノフの交響曲2番の3楽章冒頭もそうですね。

仮にイ短調で考えると、ラ→レ→ソ→ド→ファ→シ→ミ→ラ、8コマ目で元の音に戻ってきます。ずっと5度下へ進み続けると異常低音になってピアノの鍵盤もなくなってしまうので、5度下がったら次は4度上(=5度下の音のオクターブ上)へ、という並びです。

完全5度の関係を守ると12回やらないと元の音に戻ってきませんが、一か所(ハ長調ではファ→下のシ下)は完全5度より半音狭い減5度です。そこをちょっとごまかして、その調の7つの音だけで完結させています。8回というサイクルは、音楽のフレーズとしても使いやすくて便利です。

この5度進行から思うのは、コードというのはあるメロディラインに合う響きを探してつけることもありますが、音楽の流れそのものがコード(響き)の色変わりで出来ている…つまり、コードの循環こそが主役なんじゃないか、ということです。


1→6→2→5→1

ある調の7つの音すべてを並べなくても、5度の関係でコードが移り変わる場面はたくさんあります。

5度進行 


これはハ長調で見たコード循環の一例ですが、はじめのA(ラ)は、ハ長調の中では6番目の音、主音のドより3度下にあって、明るい「ド」に対して暗い「ラ」。長調と短調の平行調で、いわば光と影のような関係です。
「上を向いて歩こう」や「ムーンリバー」でも、光と影を行き来するこの「1」と「6」のコード進行が使われいます。

その6番目の「ラ」から、2番目の「レ」は5度下。そして「レ」の5度下には5番目の「ソ」。そして「ソ」の5度下には主音の「ド」。光から影の「6」に移ったら、その先は5度進行を3回繰り返して「ド」に戻ってくる…リハーモナイズでもこの「1→6→2→5→1」という循環はよく使われます。

また、1から6ではなく3の「ミ」に上がって、そこから6の「ラ」へ(ここも5度)、そこを行き来してると短調の響きに聴こえます。そして2の「レ」から5の「ソ」、そして1の「ド」へ、というコード。悲しみを乗り越えて希望が満ちてくるようなイメージにまとめることができます。
尾崎豊の「I love you」、欧陽菲菲の「Love is over」、長渕剛の「Close your eyes」などがこのコード進行ですね。

このように有名な耳に馴染んだ曲がどういうコード進行でできているのかを見てみるのもひとつですが、一方では、1オクターブの中の7つの色彩をどういう順番で循環させたら美しい色変わりになるか、という見方をすると、「あ、あの曲もこのコード進行でできてたんだ」と気付けて面白いと思います。

特定のメロディが先にありきでなく、コードの循環で色変わりを創り出しながら循環させ、右手はアドリブで転がして…それができれば、詩の朗読やテラピーに合わせて、1分でも2分でも音を出していられます。
長調の中での循環だけでなく、並行する短調の世界にも…


音の十二単衣(じゅうにひとえ)

この記事では、ある調の音階にある7つの音を使って、団子3兄弟よろしく7つの和音を見ましたが、実はもっとほかにもいろんな音の組合せがあります。
たとえば、「ド」の音とよく合うコードは、「ド」を含んだ和音、つまり「ドミソ」と「ファラド」がよくマッチするのは当然です。
でも、必ずしもその2つの和音でなくてもいいんです。
「ド」から今度は半音ずつ下げていくと、ド・シ・シ♭・ラ・ラ♭・ソ・ソ♭・ファ・ミ・ミ♭・レ・レ♭・と12の音があって1オクターブ下のドでもとに戻ります。これら12の音をベースとする明るい長3和音を重ねます。

ハ長調の音階で出てくる白鍵だけでなく、臨時記号の♯や♭も使って、下の2音が長3度・上の2音が短3度の関係になるように和音を作っていきます。

十二単(明)
 

半音階(クロマティックスケール)、1オクターブ内に12の響きができました。
中央線に高井戸という駅がありますが、上に常に高い「ド」の音を鳴らし続けた状態のまま、ドミソ、シレ♯ファ♯、シ♭レファ…と順に鳴らしていってみると、同じ「ド」の音が違った趣きの中でちゃんと調和して聴こえます。

十二単衣を一枚ずつ脱がしていくような、いや失礼、着替えていくような味わいです。

各調ごとの7つの響きと、この12単衣をうまく組み合わせて使えるようになれば、童謡などのシンプルな曲もお洒落に変身させることができるはずです。3色から7色へ、そしていよいよ12色の世界へ。

あとは、これらの色彩豊かな12色の音を、どこでどういう風な流れの中で使うか?
そこはあらためて「循環コード」として考えていきたいと思います。


<関連テーマ>

★2013年の12月にこの記事をアップした時、後半に入れておいた讃美歌を使ったリハーモナイズの例は、長くなりすぎるので分離させました。
→ 
リハーモナイズ(2)簡単な曲を別の色彩で

★お洒落なコード進行の上に乗っかる右手のアドリブのスケール。単純なメロディを同じコードの響きの中でさまざまに変化させて遊ぶ…ショパンなどの名曲に学ぶところは多いと思います。 いずれも2013~1014年の記事です。
→ 
コードで見るショパン 
→ 
コードで見るラフマニノフ ピアノ協奏曲2番

★12音から7つの音を選び出して並べた音階は、今日では長調短調の2つです。同じ7音でも「ド」からスタートすれば明るい長調に、「ラ」から始めると暗い短調に聞こえます。これは半音の箇所がどこに来るかによって決まります。
バロック以前には6つの教会旋法がありました。7音の階段のどこに半音がくるかによって、全体のモードが変わる…というお話し
→ 
6つの教会旋法
        

音楽療法の課題

11月30日(月)

今年度も継続して学んでいるコード付け(リハーモナイズ)の記事は、懐かしい曲など「★私のこの1曲」のカテゴリーに書いてしまっているので、この「★50代ことはじめ」のカテゴリーで記事を書くのは久しぶりです。

きのう29日(日)、昨年度に受講したある先生を囲んで、音楽療法の現場に関わっておられる受講生らとともに研究会に参加してきました。今年度に入ってこの研究会は4回目となります。


音楽療法の「効果」を何で測るか?

音楽は認知症のお年寄りにも、障がいのある人にも、精神的にも身体的にもいい効果があることは間違いない、そう信じたいです。
しかしそれをきちんと科学的に立証できて、効果があったと評価(アセスメント)が得られなくてはなりません。

では、何をもってそれを評価するのか? 「事例発表」が今回のテーマでした。

1年間で10回以上のセッションを、どれぐらいの頻度で、どのようなプログラムで実施したか?
参加者が何人いたか?…そこは報告できるでしょう。

問題は、それによってどんな効果が得られたかです。

「楽しかった」といった本人の自己申告、音楽療法に向かう時にどのぐらい生き生きしているか(観察)、
心拍数、脳波、体温や血圧の変化、さらに唾液の成分によるストレス度…といったデータ…etc.

音楽療法は単なるリクレーションではなく、一定の効果が認められなくてはいけない訳ですが、音楽で楽しんでいるところで心拍数や血圧を測れる環境にあるかどうか、という問題もあります。

また、日常の生活の中で、音楽療法を取り入れたのと取り入れないのとでどのような差があるか、ということを、何で見極めたらよいのでしょうか?


◆「効果」の見極めの難しさ

音楽療法に限らず、さまざまな職場における業務遂行にあたって、日常的に点検・確認・記録していることはいろいろあると思います。でも、何かを新たに導入したことで、日々の状況にどんな変化が現れたか、見えるものと見えないものがあるでしょう。

例えば、パソコンの集計システムを変えたことで、ある作業にかかっていた時間が短縮された(=能率が上がった)、あるいはミスを発見しやすくなった…といった「効果」がすぐに判ることもあるでしょう。

しかし、「人」のモチベーションや精神的な影響は、感覚的には明らかに違うと感じられても、それを数値によるデータでとらえることは非常に難しいはずです。
たとえば職場で朝と午後に「体操」や「瞑想」を取り入れたとして、日々の業務全体にどんな効果が出たか、精神的にどんな変化が現れたかを聞かれても、とても曖昧なものでしかないのではないでしょうか?

音楽療法に課せられる「報告」「評価」の難しさはまさにそこにあると思います。

よく怒っていたクライアントが、最近あまり怒らなくなってニコニコしている!
それは良かった!…と思いきや、単に認知症が進んでいた、なんていうオチにもならない話も…


個人情報の壁…

事例研究には、個別のクライアントの継続的な観察データを報告する必要があります。
でも、最近とくに個人情報の保護が大きなテーマになっています。

音楽療法の効果を観察・立証する上で、いわゆる「検体」となっていただける方を絞り込めるのでしょうか…?

ご本人、家族、施設の方たちに、事前の許可を取らなくてはなりませんし、データや写真などをどこまで公開できるか…という問題もあります。
かといって、「〇〇に在住のおじいちゃんAさん」だけでは、本当に事例として存在するのかどうか信憑性が得られないでしょう。


以上が、きのうの研究会で出た話題に関連する私の雑感です。
みなさんはどうお思いでしょうか?


今後のとらえ方

私なりに…

●食欲、やる気、表情…といった日常的な行動観察で「効果」を見ることももちろん大切ですが、音楽の現場での変化を観察対象にてきないか?

たとえば、最初はまったく関心を示さず伴奏しても口を開けなかった人が歌うようになった、身体を動かすようになった、リズムを正確に打てるようになった、曲によってなんらかの顕著な反応が見られる…etc.

もちろん音楽療法は、音楽的な技術を磨くための音楽教室ではありませんが、まずは「音楽の現場でのなんらかの変化」は第一に捕えられてよいと思うのです。

それによって脳が活性化しているのではないか、身体的な機能が回復しているのではないか…といったことはある程度判定できるのではないでしょうか?
それと日常的な生活上のデータとを照合すれば、何らかの因果関係が見いだせるかもしれません。


●学会に、あるいは社会に「評価」を得るためには事例発表はもちろん大切ですが、「報告」のための個人情報の確認やデータ化などに音楽療法士たちのエネルギーの多くが消耗させられてしまうのでは本末転倒。

たとえば発想として、音楽に理解のある人が管理するある施設では、継続して音楽サロンのような活動を実施していたとします。その活動の概要、プログラム、入所者たちの参加状況、日常生活…といったことを継続的にとらえて、トータルに「事例」として報告することもあってよいのではないでしょうか?

<イメージ>
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国立音楽院のMT(ミュージック・セラピー)オーケストラに私も参加し、2013年と2014年に実施した、鎌倉シルバーホームでの訪問演奏の様子。入所者たちは、生オケの伴奏で、懐かしい昭和の歌謡曲を熱唱してくださいました。


社会の中での課題

音楽療法については世間でも少しずつ知られるようになってきているとは思いますが、介護(福祉)や医療の現場でプラス・アルファ(=予算も含めて余裕があったら…)程度に捕えられているケースが多いように思います。

入所者数に対してボランティアも含めた職員の数は圧倒的に不足していて、多くの施設で「ギリギリで回していくのがやっと」というのが、きのうの研究会に参加されてた多くの方からも出た本音のようです。

にもかかわらず、政府は今年の春から大幅に介護手当をカットしました! 介護保険料は値上げし、本来福祉目的にしか使わないはずの消費税も段階的に引き上げてきたにもかかわらず、福祉の分野を真っ先に削って、軍事費や海外へのばらまきに…etc.

今の政権への批判はここでは控えますが、お年寄りをはじめ弱い立場の人たちをどんどん切り捨てる方向に国は動いているように思えてなりません。

高齢化が着実に進み、今後ますます認知症への対策も急務です。
政府も2020年を見すえて、「認知症への対策」という検討項目は設けているようですが、その中身は「医療の充実」「施設の充実」「医療と製薬会社との連携」…といった内容。

製薬会社にとってはビジネスチャンスかもしれませんが、認知症にとって何が大切なのか、ことの本質は何なのか、方向性が違うように思えてなりません。



ちなみに、日本の政府がよくお手本にする本家アメリカでも、今およそ700万人の認知症患者がいると言われていますが、その多くは施設に収容されています。

毎日同じ時間に起き、同じ時間に食事を与えられ、施設の外に出ることは許されず、自由は奪われ、大きな声を出すと鎮静剤や安定剤を投与され、いわば薬漬けにされ…
認知症が改善されるどころか、人としての尊厳生きる気力がどんどん失われて、みな無表情な生きる屍のような様相を呈しています。これが福祉や医療の目指すところなのでしょうか…?

しかし昨年ご紹介した『パーソナルソング』というドキュメント映画のように、話しかけても何一つ返事もしないお年寄りに、その人が若いころに親しんだ懐かしい曲(その人にとって特別な曲=パーソナルソング)をヘッドフォンで聴かせたとたんに、目を輝かせ、身体を動かし、昔の話を語りはじめる…という奇跡のような事例が数多くあるのです!

残念ながら今のところ、「音楽を聴かせる」という行為は「医療行為」とは見なされていません。
また福祉の一環としても、正式に認定された方法ではありません。

それを認めてもらうためには、音楽療法の効果を科学的に立証する必要があり、多くの事例発表を重ねていくしかない、という話に戻ります。
なかなかお金にならない音楽療法士の本来の仕事(=音楽の現場でのワーキング)以外に、事例集め・データづくりの膨大な手間暇が要求される…という冒頭の話へと循環する、いわば自己矛盾のような話ですね。

しかし…「高い薬を与えるよりも 1曲の音楽を!」 は大きな力であり、莫大な予算をかけなくてもできる有効な方法であると思うのです。
それをどうやって証明し、世の中に広めていけるか…?

医療や福祉の「おまけ」としてではなく、「音楽の力」を独自に、社会(公的機関・民間企業・団体など)に認識してもらえるにはどうしたらよいか…?

その辺りが、いま私にとってもっとも関心の強いテーマといえるでしょう。


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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