ハロウィーン

10月21日(金)

ハロウィーンですね!

街のいたるところで仮装大会が勃発してます!
今週末~来週末がピークでしょう。

カボチャの中身をくりぬいた「顔」のオブジェを飾ったり、子どもが魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったり…、日本でもすっかり定着しましたね。

ジャック・オー・ランタン

でも、もともとキリスト教の聖書にも、イスラム教や仏教の経典にも、そのような記述は出てきません。
あれはいったいどこから来た行事なのかご存知ですか?



ハロウィーン(Halloween, Hallowe'en)は、古代ケルト人の「収穫祭」が起源と考えられています。秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す宗教的な意味合いのある行事でした。

ケルト(Celt, Kelt)人は、中央アジアの草原から馬と車輪付きの乗り物(馬戦車?)を持ってヨーロッパに渡来したインド・ヨーロッパ語族ケルト語派の民族。

ハロウィーンは、イギリスやアイルランドなどアングロサクソン系の国々で行われてきました。

それがキリスト教(カトリック)の「諸聖徒の日」(=亡くなった信徒のために祈る日)と融合したようです。

「諸聖徒の日」は11月2日。その前夜祭がハロウィーン。

昔は日没で日付が変わっていたため、現在では10月31日から11月1日に変わる晩がハロウィーンとなったんですね。

アイルランドなどではカボチャではなくカブをくり抜いて「ジャック・オー・ランタン」を作り火を灯していましたが、アメリカでカボチャに化けたようです。

ハロウィーンを過ぎると今年も残すこと2か月。
仮装して飲み明かしたいところですが、飲みすぎにはお気をつけて…

飲みすぎ注意1  飲みすぎ注意2


渋谷駅前のポムポムトレインも

渋谷駅ハチ公前広場に置かれている「青がえる」こと、東急5000系の電車もいまこんな姿に変身しています。

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10月18日(火)から11月1日(火)までの期間、このように「ラッピング」されているとニュースで知り、「ハロウィーン仕様かな?」とすぐに思ったのですが、記事を読むとどうやら「落書き対策」とか!?

つい最近(2016年8月)も、この電車に落書きされる事件が起きるなど、渋谷では落書き被害が深刻化しています。
子どもの頃から渋谷に親しみ、学生~青春時代も渋谷で育ったような私としては、なんとも情けない話、と思ったのですが…


きょう、仕事帰りにハチ公前を通って実物を間近で見たら、なんともかわいらしい!

「ポムポムトレイン」って言うそうですね。
誕生20周年を迎えたポムポムプリンがハロウィンに「青ガエル」とコラボレーションしたものだそうです。

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アジアからの旅行客らもここで記念撮影。ひっきりなしに記念撮影する人たちがいて、写真を撮るタイミングも難しいほど。

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ラッピングと言っても、温かみのある布がきれいに貼られていて、手触りもとっても柔らか。
車内もこんな感じ。

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「となりのトトロ」に出てくる猫バスを思い起こしました。


時間を有効に使おう!

10月15日(土)

きのう(金)、午後早く仕事が終わったので、原宿~表参道を少し歩き、行きつけの楽器屋さん(KAWAI)へ寄り、問い合わせてあった楽譜を入手。

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この原宿駅の駅舎も、東京オリンピックの波で駅の改装が言われていますが、なんとか残してほしいものです。

ケヤキ並木はまだ色づいてませんでしたが、この風景を見ると私はなぜかほっとします。学生時代からの古巣です。

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同潤会のアパートも、何年か前の再開発で姿を消し、ガラス張りの近代的な建物に生まれ変わりましたが、原宿駅から一番遠いこの一か所だけ、昔ながらのアパートが姿をとどめています。

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帰宅後すぐに楽譜をコピー、貼り付け、夏物のジャケットをクリーニング店に出し…

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夜は、久しぶりに去年までお世話になった国立音楽院に顔を出し、講師としていらしてる指揮者が手掛けておられる「ボレロ」にピアノ伴奏で参加させていただき、そのあと焼き鳥屋で歓談…

平日の午後がとっても長く有効に使えました。


ちょっとした時間にできる、小さなユニット

1日は24時間。仕事もある、寝る時間も大切。でも、やらなければいけないこと、やりたいことはたくさんあるものです。
寝る時間以外に、せめてあと〇時間欲しい…そう思ったことはありませんか?

私も学生時代からどれほどそう思ったことか。
それを防ぐには、無駄な時間をなくすしかありません。

ひとつは不確定なことを待つ時間。相手あっての予定で、相手の都合や流れによってどうなるか分からないと、それまでの時間が「待ち」になってしまいます。かといって、人との接触を断つわけにはいかない…

不確定な時間(待ち時間)にできることを日ごろから見つけておくのです。
何かを作る、何かを書く、何かを調べる…なにかやろうと思ったら、そのことを1~10まで完成させることのできるまとまった時間がないとできないと思いがちですが、そうではないのです。そう思うから何事も取り掛かれないのです。

1時間でも、30分でも、ふとした時間にできることはある、いやできるようにしておくのです。
事前に調べておくこと、作業のための準備、「今日(いま)はここだけやろう」…といった「小さなユニット」に分けておくのです。



たとえば、次の演奏会に向けて交響曲を1曲覚えるとします。学生の頃は、もらったパート譜、ポケットスコア(総譜)、筆記用具、打楽器の練習台…すべてを手元にそろえ、1日何時間も部屋にこもって向き合うことができましたが、社会人になるとそれは無理ですね。じゃ、やること自体が不可能なのでしょうか?…そんなことはありません。

やる曲のCDを入手して、何かをしながらでもいいから、まずは聴く。
パート譜をもらったら、のりづけ製本。めくりの箇所を確認、スコアと見比べて練習番号や繰り返し等をチェック。
ポケットスコアに、練習番号ごとにタテに赤線を入れ、入ってくる楽器に印をつけるなど、見やすくしておく。

…そうした準備作業をちょっとした時間にやっておけば、学習の準備が整います。

「よし、きょうは1楽章」と決めたら、パート譜を見ながらじっくり聴く。2回目はスコアを見ながら聴く。
1楽章だけなら10分程度。それを2~3回繰り返して聴いても30分。集中力も十分もつ時間です。
通勤電車の中でポケットスコアを眺めただけで、どんな音楽かが鮮明に浮かぶようになってるはずです。

同じように2楽章、3楽章…と、1週間もあればだいたいの骨格はつかめるはずです。
あとは、難しい箇所を練習台に向かって練習。手首を柔らかく、曲・音に対するイメージを…

ちょっとした時間にもできることはあるのです。
それをやるかやらないかは、精神論だけではありません。すべてまとめてやろうとせず、ちょこちょことできる小さなユニットに分解してやっていくのです。


「ながらラジオ」はできでも「ながらテレビ」は難しい!

かかっているテレビをついつい観てしまって気づいたら…ということ、多くないですか?

放送関係の職場では居室でも1日じゅうテレビがかかっています。それは当然なことですね。でもやるべき仕事はある。テレビがかかっていてもそっちに気を取られることなく仕事をする。きょうの出来事や緊急のニュースはすぐに飛び込んでくる、まさに「ながらテレビ」です。

自宅で、子どもたちがDVDを見ています。これも当然のこと。一緒に観たいなと思えば一緒に観ればいいし、自分のやることがあるならテレビの前を離れて自室に行けばいいだけのことです。
でも、自室でテレビをつけてしまうと、私の場合「ながらテレビ」は難しいのです。

FMやCDを流しながらなにかをやることはできます。もっとも、なにかを集中して考えたい、楽譜を書きたい時にはあらゆる音が邪魔ですが、わりと単純な作業の場合、あまり煮つまったり気分が滅入らない程度の適度はBGMがあった方が良いことはあります。深夜にシーンとした中で勉強するより、ラジオを聴きながら勉強した方が気分も乗ってはかどる…「ながらラジオ」の効果ですね。

でもテレビをつけてしまうと、そうはいかなくなります。視覚と聴覚の両方を持っていかれますから。

いったんテレビの電源を入れると、よほど何かお目当ての番組をやってない限りいろいろとチャンネルを変えてみます。とくに何かを観たいというわけではなく、その時の気分でなんとなく観たいものを探しているんですね。

ドラマ、グルメレポート、ワイドニュース、クイズ形式のバラエティ…etc
次から次へと流しそうめんのように流れてくる番組たち。もちろんその番組を作っている人たちの苦労もあるわけですが…

かかってるとついつい観てしまうのがTV。
その先を知りたいところでCMが長く入り、手の込んだCMもつい見入ってしまい、番組に戻ったと思ったらまた違う話題から始まったり…、くだらないな~と思ったりイライラしながらも、時間はどんどん過ぎていきます。

国会中継で、質問の答えにならない答弁を聴いているとイライラしてきてチェンネルを変えます(笑)
テレビの電源を切る(=テレビを見るのをやめる)のではなく、チャンネルを変えるという行為は「他にもっとましな番組はないか」と探す、いわばテレビへの依存は続いているわけです。


テレビの「だら見」をやめる!

ある曲について調べたい、耳コピしたい、ちょっと練習もしたい…勤め帰りの電車で思っていたこと、考えたいことが、テレビをつけたとたんに吹っ飛び、気づけば何時間も無駄にしている…なんともったいないことでしょう。

私は部屋に戻って、天気予報をやってないかな、なにか事件か事故のニュースでもあったら…となんとなくテレビのスイッチを入れる習慣を断ち切りました。

このなんとなくスイッチオンによるテレビの「だら見」を断ち切ることで、人生限りある時間がかなり有効に使えるようになるはずです。

ある時間帯のニュース番組だけ観る、ドキュメントなど「これは見たい」と思った番組だけをチェックして観る…そうした自己管理をして観ることです。
そして観るときは、ちゃんと集中して中身までしっかり考えながら観るのです。

だら見はしないで、自分の意志でテレビと積極的に付き合う、ということです。

袋菓子を開けて、そのまま手を突っ込んでポリポリ食べ続け、気づいたら空っぽ…という食べ方ではなく、いま食べようと思う分だけをお皿か紙に出して、袋は閉じる…それに似てるかもしれませんね。

西荻窪のピンクのゾウ

9月15日(木)

ちょっと気になるものを求めて、途中下車の旅…

今回は、西荻窪の「ピンクのゾウ」を訪ねました。

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三鷹まで通勤するようになって3年ほど。いつも新宿から中央総武線を利用しているのですが、荻窪と吉祥寺の間にあって、なかなか途中下車する機会がないのが西荻窪。

中央線駅名

駅前の商店街にピンクのゾウがぶら下がっていて、年に一度お祭りの時には降りてくる、という話を最近聞いてちょっと気になっていました。

きょう思いのほか仕事が早く終わり、夕方予約を入れていた歯医者さんの時間まで、ぽっかり空いた時間を使って途中下車!



改札で駅員さんに「ピンクのゾウのある商店街は?」と尋ねると、意外にも若い駅員さんから「こちら南口です」と即答が返ってきました。え、そんなに有名なの…?

南口の正面に、昭和の香り漂ういい感じのアーケード街(=仲道街)があり、一歩足を踏み入れるとすぐにピンクのゾウが目に飛び込んできました!

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そうそう、これこれ!

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ピンクのゾウのルーツは?

でも、そもそも西荻窪でなぜ「ピンクのゾウ」なのか?
先ごろ亡くなった有名なゾウの「はな子」と何か関係があるのかな…?

★はな子…戦後初めて(1947年)日本にやってきて、今年(2016年)の5月26日、天寿を全うしたメスのアジアンゾウ。武蔵野市の「井の頭自然文化園」で飼育されていて、日本でもっとも飼育年数の長かったゾウです。

井の頭自然文化園といえば最寄り駅は吉祥寺、ここ西荻窪のすぐ隣です。
「はな子」が日本にやってきたことと何か由来でもあるのかな?、と思ったのがここを訪ねてみようと思ったきっかけです。



いかにも地元の主婦とおぼしき買い物客の何人かに「なぜここにピンクのゾウがいるんですか?」と尋ねたのですが、どなたもご存じなく、50m足らずのアーケード街を駅前まで行き来すること10分ほど。

スタート地点の駅南口を出てすぐ脇の花壇にもゾウを発見!

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こちらは、薮内左斗司さんという人が製作した「西荻窪の六童子」のひとつ。
ここ駅前の童子は「花の童子」とあります。

やはり西荻駅前といえば「ゾウ」、そして「はな子」の「花」なんでしょうか…?

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不動産屋さんのゆるキャラに

そして振り返ると、先ほどのアーケード街の入口にある不動産屋さんに、ピンクのゾウをあしらった団扇が何本も差してあり、ここ西荻窪のゆるキャラにもなっている様子。

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扉を開けて入ってみると…
女性のスタッフがひとり、お部屋探しの接客中にもかかわらずこちらに気づかれて「なんでしょうか?」と聞かれたので、
「すみません、ピンクの象のルーツについて、個人的にちょっと調べてまして…」。

★「個人的にちょっと調べてる」…便利な言い方でしょ?(笑)

カメラをもってメモを取りながら…でも公式の「取材」ではなく、あくまで「個人的」に。
決して怪しいものではなく、東京の歴史や文化について「ちょっと調べてる」…ウソではありません。

この言い方、じつは若いころから飛び込みで人になにか尋ねる時にちょくちょく使わせてもらってます。
たいてい皆さん怪しむことなく親切に教えてくださいます。


その不動産屋さん、このピンクの象をゆるキャラとして用いていて、広報用のホームページでも紹介されてるんですね。
天気のよい土日などにはこのピンクのゾウが中央線沿線に出没し、子どもたちに人気だそうです。


ピンクのゾウの誕生秘話

そこで、ピンクの象のルーツについて尋ねると…

この商店街の中にあった餃子屋さんのご主人が、子どもにも喜ばれるお神輿みたいなものとしてゾウがいいんじゃないかと考案し、たまたまあった赤いペンキと白いペンキ、どちらか一色では足りないので2色を混ぜたらピンクになったとか…

え!?…予想に反してなんともシンプルなエピソード。
でも、ほのぼのするいいお話しですね!



そこで再びアーケード街を奥に進むと、反対側の出口付近に餃子屋さんの看板が!
でもシャッターは閉まったままで、最近は営業してない様子。

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そこであきらめて引き返す足をちょっと止め、角のクリーニング屋さんをのぞいてみました。
こちらもけっこう昔から営業していそうな雰囲気で、年配のご主人の姿が見えたので、「すみません、ピンクのゾウについて個人的にちょっと調べてるんですが…」と、例の決まり文句で飛び込みました。

するとご主人はにこやかにいろいろとお話ししてくださいました。
受付カウンターのすぐ脇から、封筒に入った写真を取り出して見せてくださいました。

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いまからもう20年以上前に餃子屋さんのご主人が、お神輿のように練り歩けるものがあったらいいのに、でも本物のお神輿は高額だし、もっと子どもたちにも親しまれるもの、そうだ「ゾウ」を作ろう!、と思いたったそうです。

もしかすると、ご主人の頭のどこか片隅に、井之頭自然公園の人気者「はな子」のことがちらっと浮かんでいたのかもしれません。

そして世田谷に竹で骨組みを作って紙を張る職人さんがいると聞いて訪ね、「ねぶた」のような構造物を真似て作ったとか。

今ぶら下がっているのは当時の初代のものではなく二代目だそうです。

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封筒には、まだまだピンクのゾウに関連する写真がたくさん入ってました。
おそらく誰かに尋ねられたらいつでも見せられるように、仕事場のすぐわきに置かれているのでしょう。

やはり、恥ずかしがらず、臆することなく「ちょっと調べてるんですが…」で飛び込んでお話しを聴くのが正解ですね! 


遊び心、まちづくりの原点

餃子屋さんのご主人にしてみれば、自分の商売(=仕事)には直接関係ないこと。
でも地元の子どもたちが喜んでくれたら、街がにぎやかに楽しくなってくれたら…そんな思いを強く持たれたのでしょう。

これだけの大きさのものを作るには、それなりの技術も時間も相当かかったはずです。

いま風に言えば「地域の活性化」
でもはじめから、コスト・集客効果・採算…といった経済効果を考えるのではなく、とにかく子どもたちに喜んでもらいたい、お祭りを盛り上げたいという「本気の遊びの精神」こそまちづくりの原点であり、「豊かさ」、「幸せ」につながるような気がしてなりません。

餃子屋さんのご主人はもうご高齢になり、昨年からお店は閉めてしまったとか…
きっと餃子もおいしかったに違いありません…残念!

どうかいつまでもお元気で…



なるほど、こうしてピンクのゾウは西荻窪のシンボルとなり、駅前の不動産屋さんのゆるキャラとしてしっかり引き継がれていたんですね!

なんだか久しぶりにほのぼのとしたいいお話しに巡り逢えました。

★駅前の不動産屋さん、およびクリーニング屋さんには、写真とともにブログへの掲載をご了解いただいております。

★少し前に「アフガニスタンの音楽」に関するブログ記事を書きましたが、あの会場となっていたライブハウス「音や金時」さんも、ここ西荻窪駅(←反対側の北口)から徒歩5分ほどの場所です。


中秋の名月

ところで、日付変わってしまいましたが、中秋の名月が見られました。
東京はこのところ曇りで雨が降ったりやんだり…
夕方~夜にかけては雲の中でどんよりしか見えていなかったのですが、深夜0時を回って南の空を見上げたら…

中秋の名月・深夜0時過ぎ

ふたつの夏の音 

8月2日(火)

関東では、けさ5時前から激しい雷雨!
雷鳴で目が覚めてしまいました。

こちら、朝5時半ごろのYahoo!の雨雲レーダー。世田谷は真っ赤なエリアです。

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ふつう天気は西から変わり、雨雲も画面左から右へと移動していくんですが、けさは南東から北へ抜けていったようですね。

様子を見つつ支度をし、出勤する6時半ごろにはだいぶ雨も小降りになり、空も明るくなってところどころ青空も見えましたが、鳥の声に混じってまだ遠くでは雷鳴が…
ベートーヴェンの交響曲6番「田園」4楽章の終わりあたり…といえばお判りでしょうか?



おかげで朝はだいぶ涼しかったんですが、午後にかけてまた気温も上がって蒸し暑く、あちこちで巨大な積乱雲を見ました。

こちら、午後3時過ぎの世田谷から西方面の空。

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近所の楽器屋さんで、澄んだ高い金属音を探していた私に、店長さんが奥からひとつだけあったのを出してきてくれました。

これ、じつは前から欲しかった音なんです!
夏の間、しばし木の枝にひっかけて、名前のとおり「ウインドチャイム」として楽しみます。

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風鈴はひとつのベルなので音程はひとつ、打撃音ももう少し大きいですが、
こちらは高さの違う4つの音が混じってやさしい音色を奏でてくれます。

ちなみに、本格的な楽器としてのウインドチャイムはこちら

ウインドチャイム

人生における 「時間の相対性理論」

7月27日(水)

若手の演奏家グループのコンサートの終わり近く、ステージから「みなさん、2時間あまりお付き合いいただき、ありがとうございました」と挨拶がありました。そして演奏家はこうおっしゃいました。

「この2時間を、あっという間に感じましたか?それとも長く感じましたか?」「もし、この2時間をまだ30分ぐらいしか経っていないように感じた方がいらしたら、その方は30分しか歳を取ってないんですよ」と。

なるほど!

私もよく「楽しい時間は地球の回転が速くなりますね」などと言うことがありますが、それは単に時間の感じ方の違い。その感じ方によって、心身のエネルギーの消耗の仕方も違ってくるということです。

光の速さで移動していると身体機能の動きがすべて相対的に遅くなって歳を取らない(=地上での1年がわずか数時間に感じる)という話があります。浦島太郎が竜宮城で過ごした時間のように。

たしかに、思いっきり楽しく遊んで疲れるのと、重苦しい問題と直面して疲れるのとでは、ぜんぜん疲れ方が違いますね。
ならば、同じ時間をどう過ごすかによって、心身の消耗、ひいては歳の取り方にも違いが出てくる…まさに人生における時間の相対性理論ですね。

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楽しい時間は速い

お気に入りの仲間と楽しく過ごす時間、短い時間にけっこう密度の濃い話もしてるんですが、まだまだ話したいことがあって、時間がいくらあっても足りないのです。

また、旅に出ても時間はあっという間に過ぎますね。1日目にどこかに泊まり、2日目に移動してなにかイベントに参加し、3日目には違うところを観光し…ふだん仕事をしている時間とはまったく違う時間が過ぎていきます。
旅から戻ってわずか何日かして気づくと、「え!?旅行に出発した日からもう1週間!?」と。出発した日から帰ってくるまでがまるで大きな1日だったように、時間が止まっていたかのように感じたりします。

なるほど、楽しく変化に富んだ毎日を好奇心いっぱいで過ごしている人って、年齢より若くみられるのはそのためなのかもしれませんね。


苦しい時間は重く長い

逆に、つらいこと、悲しいこと、悩み、不安や負担に感じることが多いと、おなじ時間でも重く長く感じるはずです。

1年で10年分ほどの苦労をした人は、本当に一気に老け込んでしまうと言います。苦しく長い時間、本人も意識しないうちに心身を酷使しているのかもしれません。


人生には予期せぬ苦労も降りかかってきます。自分自身や家族の病い、突然の災難…自分の力ではどうにも避けることのできないこともたくさんあります。

そうした苦しみの時間は、重く長く感じることでしょう。
どうか1日も早くその重荷が取り除かれますように…と祈るほかありません。


自分で状況を変えられる重い時間

しかし苦しみの中には、自分の向き合い方次第で負担を軽くすることのできるものもあります。

その一例が、職場やグループでの「人間関係」。いま若い人でも仕事を辞めていく理由のトップがこの「人間関係」だと言います。

相手がどうしようもなく非常識、一緒に仕事がやりづらい、そんな言い方をしなくても…ということは多々あるでしょう。私にも経験があります。
でもそんな時、同僚や友達に「職場の相手がいかにひどい人か」を延々と愚痴っていても直接の解決にはならないことがほとんどです。せいぜい愚痴を聞いてもらえて少しすっきりした、ぐらいのことではないでしょうか? 話すことで頭が整理でき、自分が明日から何をすべきかが見えるところまで行けばしめたものですが。

でもそのために、金曜日の退勤後の貴重なプライベートな時間を延々と費やすのは、あまりにももったいないと思いませんか?

♪ならば…

仕事絡みの人間関係については、あくまで仕事を通じて勤務時間に考えるのです!
自分がやるべきことはちゃんとやり、努力すべきことはして、相手の立場も少し想像してみる。
それでも相手の言動になにか不条理を感じるのであれば、堂々と相手に直接「要望」なり「提案」を伝える。
もしそれができないとしたら、なにか自分自身の側に問題があるということではないでしょうか?


♪また、こんなケースはどうでしょう?

自分はそれなりに一生懸命やっているつもり。でも至らないところがあって、相手に失礼をしてしまった、
相手に怒られてしまった、まだ怒ってるかもしれない、どうしよう、顔を合わせづらい、こちらから何と言って声をかけたら良いのか…?
そんなこんなで、重い時間が過ぎていきます。

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たしかに相手もその時は感情を害して「なんなんだ!」と怒った(叱った)として、いつまでもずっとそのことだけを根に持つほど暇じゃないのではないでしょうか(笑)?

自分が悪かったなと思ったらひと言先手、素直に「申し訳なかった」「ごめんなさい」と伝えればいいのです。相手もその素直な一言を待っていて、案外さらりと流してくれるかもしれません。
それより大切なのは、その教訓をその後に活かせるかどうかでしょう。そこから新たな人間関係も築かれるのではないでしょうか?

なのに、そのたった一言を発する勇気がない、ちょっと怒られる(=叱られる)と相手とどう接したらよいか分からない、きっかけがつかめない、どう言い訳して取り繕おうか(=自分の保身)ばかりを考え、気まずく重い時間だけが過ぎていく…(老け込んじゃいますよ!)。


下手な言い訳や取り繕いはかえって相手の感情を逆なでするだけです。素直に自分の非を認め、相手にきちんと伝えることを怠り、相手と距離を置いて避け、気まずく重い時間をやり過ごしますか?
けっきょく相手には何も伝わらず、信頼回復もできないまま、へたをすれば相手との人間関係も終わり…
一事が万事、そういう人生ってつまらないと思いませんか?


楽しい時間を増やそう!

楽しい時間・苦しい時間、速く流れようが重くゆっくり流れようが、人はいずれ歳をとっていく運命を避けることはできません。時間を逆戻しすることはできません。

私も気づけば50代も後半。若いころには想像もしなかったような体調の変化、不幸にして事故や病に遭ってしまわれた方からの悲しい知らせ…

若いころは、友達や後輩が就職した、結婚した、子どもができた、子どもが入学した…といった嬉しい情報がたくさん入ってきますが、歳をとると悲しい情報やつらい情報がどうしても増えていきます

もちろん長年の友が入院したら見舞いに行く、葬儀に出て弔辞を述べるなど、悲しいことにも向き合わなくてはいけません。

ならばなおさら、若い時以上に積極的に自分なりの楽しい世界を見つけ、好奇心旺盛にあちこちに出かけ、若い人や新しい人との出会いを大切に、楽しい情報を増やすようにしたいものです。

そうした楽しいことを見つける努力をせず、ただじっと受身的に入ってくる情報だけを待っていたら、悲しくつらい情報ばかりでいっぱいになってしまいます。楽しいことを見つけられてない人は、老いるのも早いような気がします。

これは、脳の健康にとってもとても大切なこと。以前、「ナン・スタディ」に関する記事を書きましたが、20歳を過ぎれば減っていくしかない脳細胞をいかに活性化させ、健康で楽しい毎日を過ごせるか、ですね。
→ 認知症は防げる ~ナン・スタディ~


好奇心の賞味期限

思い立ったら「そのうちに」は禁句です。今できることから実行に移すのみ!

私も、50代にして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学んで卒業しました。
何時まで残業があるか分からない職場から一歩退いて、朝は早いけどわりと規則的な時間勤務ができる環境になったことも幸いしましたが、それでも2年間(自主的に追加した1年も加えて合計3年間)、夏・冬・春の休み期間を除く平日の夜ほぼ毎日2コマの授業・実技レッスンを継続するには、家族の理解ももちろん、友達のコンサートに行ったり飲みに行きたい気持ちと闘いながら、それなりの覚悟は必要でした。

夕方仕事帰りに、焼き鳥屋さんの煙に誘われることもありましたが、これから学校へ行くのにまさか酔って行くわけにはいかない…ウーロン茶で焼き鳥2~3本、なんていうこともよくやりました(笑)

でも、それなりに楽しかったし、得られたものは大きかったと思います。
「学びたい」モチベーションは20代の学生時代よりも高かったのでしょう、3年間いちども夜の授業中に眠くなったことはありませんでした。

もともと大好きな音楽の世界、以前から興味をもっていたこと、疑問に思ってきたことが解けるのが楽しくて、仕事で多少疲れていても学校に行くと元気になってしまうのです。

その習慣はいまだ抜け切れておらず、なかなか「学生」から抜け出せません(笑)
お世話になった先生の授業をたまに聴講させていただいたり、アンサンブルの授業にたまにオブザーバー的に顔を出させていただいたり、卒業生の座談会のような会合に参加させていただいたり…


感動の共有はお早めに

さきほど「好奇心の賞味期限」と小タイトルを付けましたが、わりと短期の話でもうひとつ。

それは、学んだこと、せっかくいただいた情報は、感動の素材です。帰ってすぐその日のうちには無理でも、あまり時間をあけて冷めてしまわないうちに「見てみる」「やってみる」が大切。その賞味期限の目安はだいたい1週間だと思います。

授業もレッスンも、翌週の同じ曜日にまた巡ってきます。1週間たって「まだ見てません」では先に進みません。せっかく先生からいいお話しを聞いても、すべて「その場限り」の連続で、何も身につきません。

じつはこれ、学校の授業に限らず、職場の定例会議でも、休日のサークルの集まりでも、だいたい1週間後の同じ曜日には、また同じメンバーで顔を合わせますね。前の記憶が薄れないうちに、気持ちが冷めないうちに…その目安はだいたい1週間ではないかと思います。

次回までに「見ておきます・やっておきます・考えておきます」と決めたことは、いわば参加メンバーとの約束ごと。
いつも「忙しくて…」を口実にしていたら、何もできないまま1週間なんてすぐにめぐってきます。



すべてを「完璧にやらなくては」などと思う必要はありません。むしろ逆に、たった1週間でマスターできることなんて、どの世界にもありません。
とりあえず1週間のうちに「開けてみる」「着手してみる」のです。

社会人であれば仕事も当然あります。1日にまとまって何時間もの時間をそのために確保することはなかなかできません。
でも、30分・1時間、いやもっと短い10分・20分(=たとえば移動の電車の中など)を使って、とりあえず「見ておく」ぐらいのことは、少なくとも1週間以内にはできるはずです。

もっとも、仕事が猛烈に忙しかった、家族が病気になったり、なにか行事があった…
さまざまな理由で、今週はたまたま何もできなかった、ということは当然あるでしょう。

でも2週間たっても3週間たっても1か月たっても、「まだ見てません→見ておきます」が続くようなら、それは本気でやる気がないということです。

それは、自分のこと(=義務のないこと、いつかやればいいこと)だけでなく、せっかく情報を投げかけてくれた相手、あるいは共に感動を分かち合おうとしている仲間たちの好意・期待・気持ちに応えることでもあるのです。

→ 「気持ちに応えるタイミング」(カテゴリー「コミュニケーション」2013年11月)


そこができない人というのは、その場での会話は楽しく交わせても、もう一歩踏み込んだところまで到達できない人だと思います。せっかくの出会いも、チャンスも、熟すことなく逃していくでしょう。


私もまだ20代のころはなかなか気づけず、諸先輩の期待を裏切ったり失礼を重ねたことも数知れないと思いますが、今になってようやく、そうしたちょっとした時間の積み重ねが人生なんだなと大切に思えるようになりました。


七夕 ~洋の東西の神話から~

7月7日(木)

きょうは七夕さま。

東京でこの日に晴れているのは私の記憶する限り珍しい気がします。たいてい七夕の日は曇りか雨、関東はまだ梅雨の真っ最中ですからね。

七夕資料1

もう皆さんよくご存じでしょうが…

銀河(天の川)をはさんで輝く「織姫星」「彦星」は、夏の大三角のうちの2つの星ですね。
プラネタリウムのおさらいです。

夏の大三角は、こと座のベガ・白鳥座のデネブ・わし座のアルタイル
この中のどれが「織姫星」でどれが「彦星」でしょうか?

七夕資料2夏の大三角


★中国・日本の七夕伝説

こと座の1等星ベガは、中国・日本の七夕伝説では織姫星(織女星)。織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘でした。

一方、わし座のアルタイル夏彦星(=彦星、牽牛星)。夏彦もまた働き者でした。

ふたりは愛し合っており、天帝も二人の結婚を認めました。

めでたく夫婦となりましたが、あまりにも夫婦生活が幸せで楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなってしまったため、天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離しました。

そして年に1度、7月7日だけ会うことをゆるし、天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ会うことができました。星の逢引であることから、七夕のことを「星あい(星合い、星合)」と呼ぶこともあるそうです。

ただ7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦も彼女に会うことができません。この日に降る雨は催涙雨とも呼ばれる。催涙雨は織姫と夏彦が流す涙といわれています。

(以上ウィキペディア参照)


星の一生の中では…

銀河系の中の星たちは、われわれが毎日見ている太陽のような、自ら光を発する星(=恒星)の兄弟のような存在。その命は80億年~150億年と言われています。

1年に一度しか会えないのは寂しくてかわいそう、と思うかもしれませんが、仮に星の一生を100億年として、人間の一生=80年に置き換えてみると…

なんと0.3秒に一度会っている計算になるんですね! 
瞬きするほどの感覚で、つまり年中べったり一緒にいるようなものです(笑)

…なんて話をすると星空への夢が冷めますね!



一方、ギリシャ神話では…

「こと座」は、竪琴のような形をした「琴」です。

こと座

この琴にまつわる悲しい物語があるんです。


オルフェウスの竪琴

オルフェウスは音楽の才能にとても優れていて、その才能を気にいった太陽神アポロンから竪琴をプレゼントされます。

オルフェウスの奏でるその竪琴の響きは、すべての生き物に安らぎを与え、悩んでいたことも忘れ、争っていた者同士もすぐに争いをやめるほどだったと言われます。まさに音楽療法の神様みたいですね!

オルフェウス

オルフェウスには最愛の妻・エウディリケがいましたが、ある時彼女は毒蛇に噛まれて死んでしまいます。
悲しみにくれたオルフェウスは冥界に下り、エウディリケを連れ戻しに出かけます。もちろん竪琴をもって。

オルフェウスの奏でる竪琴があらゆるものの心をいやすのは冥界でも同じで、三途の川の番人も、地獄の番犬も、竪琴の響きを聴いて彼を通すことを許します。

そしてついに冥界の王・ハーデスのもとにたどり着きます。しかし、死人をふたたび蘇らせてこの世に送り返すことは、世界の秩序を乱すことだとしてハーデスは認めようとしません。

そこでもまたオルフェウスは悲しみに暮れて竪琴をぽろりんこん、ぽろりんこん…と奏でます。

それを聴いたハーデスの妻・ペルセフォネ(=「おとめ座」となっている収穫の神・デメテルの娘)は心を打たれ、ハーデスを説得し、エウディリケをオルフェウスとのもとに返してもらえることになります。

ただ、その条件として「エウディリケをオルフェウスの後ろにつなぐが、冥界を出るまで決して後ろを振り向いてはならない」と約束させます。

オルフェウスは喜んで約束通り振り向かずに冥界を後にしますが、いよいよ谷を越えて冥界から出るというところで、本当に後ろにエウディリケはいるのだろうか?、もしかしたらハーデスにだまされてるんじゃないか、とつい後ろを振り返ってしまいます!

悲しそうな顔をしてたたずむエウディリケは、ふたたび冥界へと連れ戻され、竪琴をかき鳴らしてももう二度と冥界に入れてもらうことすらできず、オルフェウスは絶望してこの世に帰ってきます。

ここまでだと悲劇ですが、じつはまだその先があります。



オルフェウスはかなりのイケメンだったこと、そして素晴らしい音楽の名手でもあったため、その後も多くの女性が近づいてきますが、エウディリケを想い続けるオルフェウスは他の女性たちを一切相手にしません。

ディオニソスの儀式のとき、お酒を飲んだ女性たちが「オルフェウスは私たち女性を馬鹿にしている」と狂乱してオルフェウスを八つ裂きにして殺し、竪琴を川に投げ捨ててしまいます。女性は恐ろしいですね!

川に投げ捨てられた竪琴を神々の王ゼウスが拾って天に上げ、それが「こと座」になったと言われています。

そして女性たちに八つ裂きにされて冥界へと下ったオルフェウスは、最愛の妻エウディリケと再会し、いまもずっと幸せに暮らしているとか…。結局はハッピーエンドなんですね!


オルフェウスという名称

グルック作曲のオペラに『オルフェオとエウリディーチェ』という作品があり、ほぼこのギリシャ神話のストーリーに沿って4幕で構成されています。

また、ゲーム「ペルソナ」や「べアルファレス」などに登場するキャラクター(←すみません、私はゲームは全く知りません!)としても、また東大が開発した自動作曲システムの名称としても、今日でもオルフェウスの名は語り継がれています。


とてもよく似た日本の神話

じつはこのオルフェウスとエウディリケの物語、日本の神話にもそっくりな話があったと気づきませんか?
そう、「イザナギ(男)とイザナミ(女)」の物語です。

イザナギとイザナミ

東西の神話の意外な一致、面白いですね。



久々の調律でリフレッシュ!

6月11日(土)

わが家のピアノを調律してもらいました。
去年はなんだかんだ調律をさぼってしまっていたので、久々のクリニックです。

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名古屋出身のまだ若い女性の調律師さん、古いピアノのメカにも強く、ずっとわが家のピアノのドクターのような存在です。A=442ピッチでお願いしました。

けっこう年数を経ているので弦は比較的安定していて、弾いている分にはあまり歪み・違和感は感じないのですが、調律を始めてみると全体に音のピッチが低くなっていたのがよくわかります。

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このピアノは、私がまだ大学生だった1980年、実家で近所の子どもたちにピアノを教えていた亡き母と相談して選んだ楽器です。

スタインウェイを理想として明るい音色を追及したYAMAHAに対し、私はどちらかというとクラシカルな落ち着いた響きのKAWAIが好み。
当時、DIAPASON(ディアパーソン)と技術提携して新しく出たKGシリーズNo.5です。

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早いものでこのピアノももう36年。鍵盤やハンマーもそれなりに年月を経てますが、とても柔らかく馴染んでいてタッチも軽くいい響きです。



こちらは、私が4歳のころ母に手ほどきを受け始めた時からお世話になったアップライト。
1960年代前半のDIAPASON(ディアパーソン)製。

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鍵盤の表面は象牙に近い素材が貼られていて、それなりに年代を感じさせる色に変色しています。

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ただ、メカニック的には、調律するためのピンが緩くなってしまっていて、無理に調律してもすぐに緩んでしまうため、いまはもっぱらメモリアルのみ。

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ピン・弦・ハンマーなどのメカニックをリニューアルすれば蘇りますが、そのための費用は30~40万円ほどかかってしまうとのこと。

それでも、古いピアノは箱もフレームもしっかりしていて、木の素材もよく締まってますからいい響きです。
同じ値段で新しいアップライトや電子ピアノを購入するよりも味があって良いと思います。

もしどこか古民家プロジェクトなどで、古いピアノが似合いそうな場所があったらお譲りしますのでご連絡ください。私にとって恩師のようなこのピアノを活かしていただけるのであれば幸いです。



世田谷観音

5月16日(月)

きのうに引きつづいて世田谷散歩、きょうは「世田谷観音」です。
正式には「世田谷山観音寺」、通称「世田谷観音」です。

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★クリックすると大きな画像になります(以下すべて)
 

「せたがや百景」にも選ばれていて区報などでも見かけていたので、以前からいちど訪ねてみたいと思っていた場所です。

建立されたのは戦後の昭和26年。睦賢和尚(ぼっけん おしょう)が独力で建立し、同年5月に金竜山浅草寺に請い、開眼の法を修したそうです。

境内の入口ですぐに目に入るのがこちら…

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「特攻」で亡くなった方たち4615柱が祀られてあり、境内には「特攻観音堂」もあります。
戦後、この近くにお住まいだった軍の関係者からの進言によってこのお寺が建立されたそうです。


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本尊はこちら、聖観世音菩薩

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観世音菩薩(=観音さま)は、あまねく衆生を救うために相手に応じて「仏身」「声聞(しょうもん)身」「梵王身」など、33の姿に変身すると説かれているそうです。
後の世もこの世も、生きるものすべてが安らかで平穏でありますように…
私は仏教徒ではありませんが、その思いは世界に通じると思います。

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「君が代」にも歌われているように、さざれ石が集まって大きな巌となり、苔がむすまで…
未来永劫、平和が続きますように!


境内にはこの聖観世観菩薩を祀るお堂のほか、不動明王、阿弥陀如来、仁王尊、特攻観音を祀る各堂があります。

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こちらが特攻観音が祀られているお堂。

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立派な鐘楼が通りからも見えていました。由緒ある鐘で、世田谷区内でもっとも古いものだそうです。

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多羅の葉は、裏をひっかくと色が黒くなることから、その昔「文」を書いて渡していたそうで、これが「葉書(はがき)」のルーツ。

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毎月第二土曜日の朝には「朝市」が立つとのこと。

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静かな住宅地の中にあり、境内はきれいに整備されていて、また訪れたい場所です。


<交通アクセス>

田園都市線・三軒茶屋駅から「目黒行き」バス(目黒08系統)で5つめ、「世田谷観音」下車すぐ。「目黒行き」バスは、三軒茶屋駅「南A」出口を出て20mほど歩き、ファミリーマート前が始発バス停です。

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左写真、信号機の下に見えているのが三軒茶屋キャロットタワー。

徒歩だと、三軒茶屋から国道246号を西(駒沢方面)に400mほど歩き、世田谷郵便局前(=中里)の交差点を左折。
かつて明治薬科大学があったことから「明薬通り」と呼ばれている通りを歩いて4つ目の信号を右に入ってすぐ。徒歩でも駅から15分ほどです。

近くには、今年(2016年)4月にオープンしたばかりの日大・スポーツ科学部があり、静かな文教地区です。

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帰りは「渋谷ー野沢龍雲寺循環」バスで渋谷に出るのも便利です(渋谷からこの循環バスに乗ると、下馬1丁目~環七・野沢をぐるっと回ってから世田谷観音前)。写真の「目黒駅ー野沢龍雲寺循環」バスもあります。



プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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