安保法案 採決を前に

9月16日(水)

<週半ばの独り言>


明日17日(木)あたりが参議院の最大の山場になるでしょう。

戦後70年目、日本にとって大きな転換点となる局面を迎え、集団的自衛権や安保関連法案について私なりに考察を重ね、法案の矛盾点・曖昧な点・危険な点について見てきました。

いま出されている法案の中身も私なりに見て考え、賛成論の方たちとも議論を重ね、それなりに理解もしたつもりです。
数の原理でどういう結果になるかもある程度見えてますし、覚悟もしていますが、おそらく明日以降しばらくはこのテーマに触れたくなくなると思うので、今宵のうちに。


以下、●印が賛成論の方のご意見、★がそれでも私が反対する理由です。


<安保法案に賛成する方のご意見を要約>


●中国という国(中国共産党および政府のトップ)は、チベット問題でも分かる通り国際社会のルール破りを重ねてきたとんでもない国である。南シナ海で展開している数々の国際ルール違反は明らか。

●そのような中国や北朝鮮の「脅威」に対して、個別的自衛権だけで日本が単独で応戦するには、国防費がこれまでの何十倍もかかる。そればかりか、日本が単独で応戦したら相手を刺激して大問題となる。だから集団的自衛権によって、アメリカなど国際社会の協力によって守ってもらう必要がある。

●日米安保および日米地位協定を前提に、何か有事の際にはアメリカに守ってもらわなくてはいけないという前提で、日本がこれまで通り軍事的な支援をなにもしないで、ただ金銭的な協力だけで守ってもらうことは、もはや限界にきている。

●集団的自衛権をもつことは世界の常識である。日本が集団的自衛権を持つことを、国際社会の大半(中国と韓国を除く)は歓迎している。

●集団的自衛権を持ったからと言って日本が直ちに戦争する国になるわけではない。あくまで「平和のための抑止効果」のためである。


安保法案に賛成する方のご意見は、多少の漏れや表現の違いはあるにせと、ざっと整理するとおよそ以上の点に集約されるのではないでしょうか?

そうした賛成論に立つ方のご意見も完全には否定しませんし、決して戦争をしたくてこの法案を作るわけでも賛同しているのでもなく、「平和を守るために賛成している」ことは理解します。

ですから、「戦争反対!」とか「子どもを戦場に行かせるな!」といったキャッチフレーズだけでは、賛成論の方たちとは平行線になりますので、私はあえてそういう表現は避けてきたつもりです。
日本を守るために、世界の平和に貢献するために、この安保法案を取るべきか取らざるべきか、という視点に立って考えたいと思います。
私の考える世界平和論(←ある意味理想論かもしれませんが)と言ってもいいでしょう。


★中国の脅威に関して

たしかに、中国という国は人口も膨れ上がり、経済も急成長を遂げ、その経済がもし破たんすれば現政権は何をしてくるか分からない、という面はあるかもしれません。
でも、それが日本へ侵略を進め、日本に戦争を仕掛けてくることになる、とはどうしても思えないのです。

私の知る限り、中国の友人(国民レベル)や中国事情に詳しい人のご意見も聞いて私なりに思うのは、中国がいま南シナ海において国際ルールを破って推し進めようとしていることは、防空識別圏の拡大が狙いではないかと思っています。

昔の航空機に比べていまの航空機や大陸間弾道ミサイルのスピードを考えれば、自国の領空・領海以外にも、飛行物体を識別するための範囲は広く持ちたい。そしてスクランブル発進も含めた飛行場も南シナ海に建設しようとしている、と。つまり中国側にしてみれば「他国からの不当な侵略に備えるため」ということ。

もちろんそれを表向きの口実に、アジア諸国や日本(とくに尖閣諸島などの島)を狙っていることも完全には否定できないかもしれません。
でも、今の日中間における経済・文化を通じての国民相互の交流や、国としての日本への依存度などを考えれば、中国が日本に不当な侵略を企てて戦争を挑んでくるとは到底思えません。
(*そうではないというご意見もあるでしょうが、ここでその議論を延々と展開するのはお控えください。あくまで私の見解として申し上げています。)

いずれにしても、国際的なルール違反に対しては、武力で構えるのではなく、あくまでも対話外交に全力を尽くすことが政府の最大の責務であると考えます。


★本当に日本の防衛のための議論なのか?

賛成論の方が言うように、日本が単独で防衛を考えるのには限界があり、日米の同盟関係の中で、つまり集団的自衛権を前提に防衛は考えなくてはいけない、という理論を言うのであれば、まずは真っ先に個別的自衛権でできる最低限の正当防衛の範囲をきちんと整備することが先決のはずです。

自衛隊法の見直し、海上保安庁と自衛隊との連携、他国の不法な侵略や不当な挑発行為に対して、まずは今の憲法の範囲内でも認められる「自国の防衛のための最低限の防衛」としてどこまでできるのか、いざと言う時のマニュアルづくりなど危機管理はできているか?

そのあたりの議論が国会等で尽くされているとは到底言えません。
そこをまず早急に確立したうえで、個別的自衛権だけでは足りない部分をどうするか、という議論に移るべきです。


★順序が逆、目的が明らかに他にある

仮にも賛成論の方が言うように、日本を防衛する観点からグローバルな視点が必要だとしても、いままでの国会で議論されてきたことは、およそ「日本の防衛」とはかけ離れた議論ばかりです。

まず、5月に衆議院での議論がスタートするより前に、安倍総理がアメリカの議会で演説した後で「今後、日本が国際的にも貢献できる法案を夏までに成立させます」と宣言してしまっていること。これは日本の国会を基調とする民主主義および日本の国民をないがしろにする背任行為とも言うべきゆゆしきことです。

集団的自衛権は、日本を守るために必要だというのは表向きの口実であって、本当の狙いはアメリカに追従し、アメリカの軍事予算の削減を日本が肩代わりすることです。

そして、その背後には武器産業への貢献という、安倍政権が第一に掲げる「経済第一主義」があることは明らかです。

これまでもよく用いてきた表現ですが、「人の命よりも、地球よりも、経済(=企業の利益)は重い」のでしょうか? 地球の裏側で幼い命が奪われることに日本が加担してよいのでしょうか?


法案の曖昧さと危険性

自衛隊を海外に派遣する、PKO活動に参加することを巡っては、国会でも野党からさまざまな追求がなされましたが、いま出ている法案の条文ではその定義も範囲もきわめてあいまいです。

法案とは文字通り法律の原案です。法の趣旨、目的、対象などが明確に示されていなくてはなりません。
政府の「総合的な判断」に委ねられる範囲があまりにも広く、時の政権の判断によっては、その適用範囲が無制限に拡大する危険を秘めています。

言葉の定義、示す範囲、それぞれの対応の中味…法案の中身があまりにも未成熟です。もっと時間をかけて内容を吟味し、法の条文として普遍的な形として精査し直すべきです。


★「戦争をするための法案(=戦争法案)ではない」と言うけれど…

少なくとも表向きには「専守防衛には変わりない」「日本が戦争に巻き込まれることは絶対にない」「あくまで抑止効果のためだ」「徴兵制は絶対にありえない」…と言われても、それは法案を通したい側の詭弁にすぎません。
この法案が通ることによって、他国(とくにアメリカ)から日本を守ることと引き換えに、アメリカの戦争への協力(後方支援や武器輸送、弾薬の供給など)を依頼された場合、断るすべがなくなる、ということです。

日本の政府がいくら「戦争するための法案ではない」「日本が戦争に巻き込まれることはない」と繰り返しても、憲法9条で宣言したことを事実上崩して、他国の戦争に協力する道筋を開くことによって、歯止めが利かなくなるということです。

そして何より、日本が直接手を下さないまでも、武器供給等によって世界各地の紛争において繰り広げられる悲劇(民間人の殺戮等)に日本が加害者として加わることになる、ということです。


憲法の解釈変更ではなく、やるなら憲法改正の是非論から国民投票で!

いまの日本国憲法を「戦後のGHQによって押し付けられたものだ」と主張される方もいますが、私は少なくとも日本人が草案(大日本帝国憲法の改正)にかかわる委員会を立ち上げ、日本人が草案したものであると認識しています。その当時生まれてませんし、この目で見たわけでもありませんが、文献やドキュメント番組を観て私なりにそうだと認識しています。

天皇の位置づけなど憲法では日本の政治の根幹を憲法は定めていますが、その中でもとくに「戦争放棄」を掲げた9条は重要です。これは日本がほかの「ふつうの国」ではない特別な意味を持ちます。

賛成論者のいう「集団的自衛権は国際的には常識であり、ほとんどの国から歓迎されている」というのは、この9条の重みと矛盾します。
日本はこの憲法9条によって「ふつうの国」ではなくなったのです。そのためにこの70年間どこの戦争にも巻き込まれることなく平和が維持できたのです。ノーベル平和賞の候補にもなっているこの素晴らしい9条を壊してはなりません。

憲法はあらゆる法規の上位にあり、政権の在り方をも規定づけるものですが、時代とともに見直す必要がある部分はあり得るでしょう。でもそれならば、まず憲法改正の是非を国民投票で問うことが先決です。
それをやらずに、憲法を解釈によって歪めたり、ないがしろにするような法案は撤回すべきです。


★憲法改正(=アメリカからの真の独立)&アメリカ追従の安保法案 という矛盾

いまの憲法はアメリカ(GHQ)から押し付けられたものだと主張し、日本が真の独立国となるためには憲法を変えなくてはいけない!、と主張される。
その一方で、アメリカに日本を守ってもらうことと引き換えに、アメリカに追従するための集団的自衛権・安保寒冷法案に賛成する。
…これって、根本の部分が大きく矛盾してませんか?


★国会での議論があまりにも酷すぎる(=こんな状態で法案を通すなど言語道断!)


「ミサイルは武器ですか?」「いいえそれは弾薬です。ミサイルは武器ではありません」…etc.

まるで初級英語のテキストのような稚拙な会話が、国会でやるべき議論でしょうか?
(あえてこの質問をぶつけた社民党の福島みずほさんは、政府側の答弁の矛盾を露呈するためにあえて質問したわけですが、法案審議でなぜこんな質問をしなくてはならなかったのか…?)

そもそも10本以上束になった法案を、他の重要法案1本と同じ時間で決めようとすること自体が無謀です。

せめて1法案ごとに、その目的、定義、適用範囲、適用するための要件、条文の中身…といった議論をひとつずつ積み重ね、1つの法案を認めるか、修正するか、撤回するか、といった議論をいち度でもやってますか? 衆議院、参議院いずれも、そのような議論は一切やっていません。
たくさんある法案の中から、それこそアットランダムに、悪い言い方をすれば重箱の隅をつつくような言葉の解釈、適用範囲を追求するような質問と、聞かれたことにまともに答えない答弁にしばしば審議がストップし…

答弁を重ねれば重ねるほど、法案の中身が理解不能となり、矛盾が暴露され、本当の狙いは国民を守るためではなくアメリカ追従と武器産業への利益誘導であることが見え隠れする。
日に日に高まる反対の声を無視して、いや、無視できなくなる前にさっさと通してしまおう。通ってしまえば国民の理解も得られる(=反対の声もしずまる)だろう…そんな無責任かつ横暴が許されるでしょうか?


*憲法9条の文言を「記念碑」(過去の遺産)にしてはならない!

17c.jpg 17b_20150904133910c3d.jpg
沖縄、南風原(はえばる)の旧陸軍病院壕にて

→ 「琉球・沖縄の悲劇の歴史」 ~戦後70年の沖縄を訪ねる旅より~


*       *       *       *

以上、私なりにざっとポイントだけを書いたつもりですが、それでも長文になってしまいます。

ともかく、単なる感覚や感情論だけで「戦争反対」に同調しているのではなく、日本のかつての過ち、戦争というものの悲惨さ、世界平和に向けた真摯な想いから、平和の原点を考えてみるべきだと思います。

少なくとも最後の★印に書いたように、もし仮に集団的自衛権を認めざるを得ないという議論に至るにしても、少なくとも今の国会ではそのような議論がちゃんとなされたとは到底いえません!

ものごとの決め方、順序、議論している内容が、本来の「日本の防衛」とはあまりにもかけ離れた議論ばかり!こんな状態で審議が尽くせたとは到底いえず、こんな状態のまま強引に「形」だけ作ってしまおうとする採決はとうてい許されるものではない、というのが今の私の結論です!

以上、週半ばの長い長~い独りごとでした! おやすみなさい。


     ↓ 
FBシェアも歓迎ですが、ここにも是非「見ましたよ!」のワンクリックを!

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
このすぐ下の「カテゴリ」から興味のあるテーマごとにクリックして覗いてみてください。
一部パスワードをご存じのメンバーの方のみ閲覧できるページを含みます。

カテゴリ
カウント開始 2011.1.14~
リンク
最新記事
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR