沖縄  ~戦後70年を訪ねる旅~

8月31日(月)~9月3日(木)

遅めの夏休み。 娘の行事・かみさんの夏休みとズレてしまったので、ひとり沖縄を訪ねることにしました。

前に沖縄を訪ねたのは11年前。 下の娘が生まれる前で上の娘がまだ小学校に上がる前。
家族旅行では、あまりずっしり重い歴史の跡を訪ねることはできす、かみさんと娘がガラス工芸村に行っている間に車で「ひめゆりの塔」「平和創造の森」「喜屋武岬」あたりをさっと回った程度。
エイサー祭(沖縄市)や新原(みいばる)の美しい海を堪能してきました。

今年は戦後70年という節目の年、あらためて沖縄を訪ねたい…
そんな衝動に駆られて、3泊4日+レンタカーの旅を企画しました。

平和について考えさせられる昨今、やはり資料で知るのと、現場を生で感じるのとは違うと思います。
★以下、画像はすべてクリックすると大きな画面でご覧になれます。


<1日目> 
8月31日(月)

10:45羽田発 ANA469便
1_201509041321405db.jpg 2_20150904132141def.jpg 

離陸してすぐ雲の中に入り、本州上空はすっぽり雲に覆われていましたが、沖縄に近づくにつれ青い海と夏の雲が眼下に
3_20150904132141764.jpg 4_20150904132142c12.jpg

13時半すぎ、少し遅れて那覇空港着。
ターミナルに向かうまで、まるで自衛隊機のギャラリー!
5_2015090413214377e.jpg 6_201509041321448f2.jpg 7_20150904132425e10.jpg 8_201509041324262cd.jpg 9_20150904132427e63.jpg

空港から送迎バスにてレンタカーの営業所へ。安全運転のために東京から持参したマグネットをペタン!
マリンブルーのホンダの車によく似合います!

10_20150904132428746.jpg

まず向かった先は…

南風原(はえばる)文化センター
11_201509041324284b1.jpg 11b_20150904132429be7.jpg

旧陸軍病院壕 20号壕(要予約見学)
12_20150904133131fe4.jpg 13_20150904133132ae1.jpg
 14_20150904133132fd5.jpg 15a_20150904133133635.jpg 
壕内の天井は低く、照明もないので、ヘルメットとライトが必需品

米軍の火炎放射によって焼かれた岩肌と、焼け焦げた支柱
15b_20150904133134671.jpg 15c.jpg

南風原 旧陸軍病院壕 南風原 旧陸軍病院壕2
★クリックした画像をもう一度クリックするとさらに大きな画像でご覧になれます

15d.jpg 15e.jpg

いまは「つるはし」という道具の名前を知らない若者もいるとか(案内係の方から)

もともと沖縄はサンゴ礁の海、石灰岩質の地層が多く、鍾乳洞のような小さな洞窟がいたるところにあります。そこをさらに掘り進めて「壕(がま)」とし、避難場所、生活の場、外科の病棟として使われました。

岩盤から漏れ出す水の排出を考えて入口に向かって傾斜を設けたり、手榴弾を投げ込まれたり火炎放射を受けることを考えて入口から直線ではなく曲がりくねらせたり、反対側に抜ける穴を貫通させたり、ろうそくの火を酸素の残量を知る目安に使うなど、知恵と技術がうかがえます。

17a.jpg 17b_20150904133910c3d.jpg 

この現場であらためて感じる 憲法9条の重さ
17c.jpg


<2日目> 9月1日(火)

18a.jpg

朝ホテルを出て、那覇インターから宜野座まで高速を利用。

辺野古

18b.jpg 18c_201509041349402cb.jpg 18d_201509041349414b2.jpg

海洋博の会場ともなった美しい海の近く
19a.jpg 19b.jpg

誘導されるままにキャンプ・シュアブの敷地内まで入ってしまったが、ゲートで免許証を確認され、Uターン…
19d.jpg

私の目的地はこちら…
19e1.jpg 19e2.jpg
宜野湾市議会の桃原(とばる)功議員
そのほか何人かとお話しさせていただきました。

19c.jpg 19g.jpg 19f.jpg 19h.jpg 19i.jpg

さまざまな人が「沖縄問題」でつながっていることを感じます。

ふたたび高速で那覇方面へ
途中、SAで昼休憩…
20a.jpg 20b.jpg 20c.jpg 20d.jpg


そして、那覇市内のもうひとつの目的地は小録(おろく)地区にある

旧海軍司令部壕

21a.jpg 21b_201509041405481db.jpg 

きのう訪ねた南風原の旧陸軍病院壕に比べて大きく、作戦室・発電室などと部屋が分れている。
21c.jpg 21d.jpg 21d2.jpg  21e.jpg 21f.jpg 21f2.jpg  21i.jpg

傷病兵らが折り重なるように収容されていた部屋
21h.jpg  21g.jpg 
負傷した傷口が高音多湿な中で化膿し、麻酔もなくのこぎりで手足を切断され…

もっともショッキングな部屋がここ幕僚室。手榴弾で自爆した痕がそのまま残る!
21j.jpg 21k.jpg

海も近くに望む 美しいこの地で、なぜこんな 無益な戦い が…
(沖縄戦については、この記事の最後にリンク琉球・沖縄の悲劇の歴史

22a.jpg 22b.jpg 22c.jpg
 
しばらく車を発進させることができず、水分を補給しつつ…
22d.jpg



<3日目> 9月2日(水)

覚悟を決めて来たとはいえ、やはり重い場所ばかりを続けて訪ね、霊感のない私でもなんとなく肩や首がずっしり重く…

今日は気分を変えて新原(みいばる)ビーチへ!
9時過ぎに起き出し、念のため持ってきた水着とタオルをバッグにつめ、途中コンビニで日焼け止めクリームを買い…やっぱり来ちゃいました!

23a.jpg 23b.jpg
23c.jpg 23d.jpg

11年前に家族で訪れたとき、ホテルで案内されたのはフェンスで囲まれた海水プールのような海。
「さんざんビーチ」と命名して(笑)早々にそこを後にし、車で城南の海岸を走りながら見つけたのがこちらのビーチ。
のんびり静かで、岩場の近くでは水深わずか1メートルほどの足元にもカラフルな魚がいます!

船底がガラス張りになったグラスボート
23e.jpg 23f.jpg 23g.jpg 23h.jpg
こういう場には、やっぱり娘たちを連れて来てやりたかった…

遅めのお昼を取りつつ、西へ移動

♪「ざわわ、ざわわ~」 車のFMおきなわでちょうど流れてきました。

24a.jpg 24b.jpg

平和祈念公園
24c.jpg 24d.jpg 24e.jpg
24f.jpg 24f2.jpg 24g.jpg

朝鮮半島から連れて来られ、日本のために戦わされて亡くなった方が1万人以上…
24h.jpg 24k_2015090415071643a.jpg 24l.jpg 


ひめゆりの塔
25a.jpg 25b_201509041510058ee.jpg 25c.jpg 25d.jpg 25e.jpg
25f.jpg 25g.jpg

沖縄最南端へ…
26a.jpg 26b_20150904151425f4c.jpg 26c.jpg

喜屋武(きゃん)岬
26d.jpg 26e.jpg
26f.jpg 26g.jpg

北から迫る米兵、海からの激しい艦砲射撃、空からは戦闘機による機銃掃射…捕虜になることも認められず、追い詰められた住民たちがここから身を投じたのです。合掌!


夜は気分を変えて…

ずっと重い話題が続いてすみません。
夜は、事前にFB関係の知人から聞いた情報を頼りに気分転換!

初日に訪ねたのは、東京から沖縄に戻って4年目というマスターM.K氏のお店。ライブというより、スタッフさんと一緒に「音で遊ぶ」空間。

夜1 夜2
きょうのコード進行はこちら。即興でピアノ・ギター・キイボード・ドラム・ヴォーカルでセッション


沖縄在住の友人M.Oさんに予約を入れて頂いて、三線のライブにもご一緒していただきました。

夜3 夜4 夜5 

このライブでは、お客さんの多数が沖縄以外から来ていた方たち。
リクエストされた曲のひとつ「デイゴの花」にまつわるお話しが…

6_20150904185106b9e.jpg

デイゴ(梯梧)はマメ科の植物で、その美しい花は沖縄の花とされていますが、
美しく花を咲かせる年は台風の当たり年といわれているそうです。
昭和20年にもデイゴの花は美しく咲いたそうです。
やってきたのは台風よりもっと恐ろしいものでした…


泡盛をベースとしたカクテルも美味しかった!
夜6

よき思い出づくりにご協力いただいた皆さん、ありがとうございました!


<最終日> 9月3日(木)

首里1 首里16

首里城

首里2 首里3 首里4

屋根の上には、3つの龍頭棟飾(りゅうとうむなかざり)。
殿の前に突き出したカーブのある屋根は唐破風(カラファーフ)。
日本の寺院にも唐破風(からはふう)は多様されています。

首里5 
首里7 首里6 
殿の左右の柱には、口を開いた「あ」の龍と、口を閉じた「うん」の龍。日本の仁王像と同じく「あ・うんの呼吸」。

首里8 首里9 

書を読んだり執務をするための部屋「書院」。
首里10 首里11 

中国人のグループ客が多い中で、若い日本人の「ふつうの家じゃん」という声が聞こえましたが…
たしかに室町時代の書院造りと非常に似ています。
秀吉が朝鮮出兵する際に兵站にあたった琉球王国、その後の江戸時代の薩摩藩との関係、そして明治維新後の廃藩置県…琉球王国と日本との関係が背景にあるようです(→ 琉球・沖縄の悲劇の歴史

中国との交易もあり、琉球独自の文化が創造されました。
首里12 首里13

歴代の王の死後に描かれた御後絵(おごえ)。
首里14 首里15
首里城内の大覚寺に保管されていたが、70年前の戦争ですべて焼失。ガラス盤に焼き付けられた写真をベースに復元されたが、もとの鮮やかな色彩は謎のまま。

識名園
琉球時代の城(ぐすく)と庭園をしのべる世界遺産
首里城からさほど遠くなく、レンタカーを返すまでの時間に…
識名園1 識名園2 識名園3 識名園4 識名園5 識名園6


沖縄発 18:35 JAL918便

27a.jpg 27b_20150904151612e14.jpg
ただ、羽田での滑走路トラブルのため、出発時刻調整。離陸したのは19時過ぎでした。
南風に向かって離陸し、左旋回して沖縄の灯に別れを告げました。

今回の旅で、いかなる理由があろうと、再び戦争への道を開いてはならない、とあらためて確信しました。
文中にも入れましたが、今回の旅を機会に沖縄の悲劇の歴史を私なりにまとめてみました。

「琉球・沖縄の悲劇の歴史」


     ↓ FBへのシェアも歓迎ですが、こちらにもぜひワンクリックを!
       
アメブロのような登録も不要、人も特定されません。「見ました」のサインを!

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 沖縄への想い

鍵コメ様

タクシーでの会話から、早速のブログへのご訪問ありがとうございます。沖縄ご出身の方の生の声、ご家族の戦争体験などもっとお聞きしたいです。できればオープンなコメントもぜひよろしくお願いできたらうれしいです。
この記事の終わりにもリンクさせてますが、琉球・沖縄の悲劇の歴史についても、旅からもどって私なりに調べてまとめてみました。翁長知事が「日本と沖縄の歴史はなかなか理解されるのは難しい」とおっしゃったのが印象に残っています。今の安倍政権の進めようとしていることは、本当に沖縄の方たちの気持ちを踏みにじるものと言わざるを得ません。

ところで、先日はライウ゛からの帰りでした。私もアマチュアながら音楽活動を続けてきて、この年齢にして勤め帰りに「学生」となって3年目、音楽療法を学んでいます。
音楽寄りの話題、社会的な話題…いろいろ綴ってますので、今後ともよろしくお願いいたします。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
このすぐ下の「カテゴリ」から興味のあるテーマごとにクリックして覗いてみてください。
一部パスワードをご存じのメンバーの方のみ閲覧できるページを含みます。

カテゴリ
カウント開始 2011.1.14~
リンク
最新記事
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR