70年目の終戦記念日 ~戦争しない、戦争させない国へ~

8月15日(土)

戦後70年の談話が、14日夕方、安倍総理から発表されました。

懸案だったキイワードをうまく散りばめ、一応は「お詫び」という言葉も入り、韓国や中国への配慮をしたという点は評価できるが、総理自身の思いというよりは、これまでの経緯を踏まえた作文と言う感じで、何をどう詫びているのかが見えにくく、一般論としての域を出ない、など評価は分かれるところのようです。

明治以降の日本の国際関係の中で戦争へと向かっていった経緯にまで触れ、全体として非常に長い談話となっている割には、国連から脱退した昭和8年から終戦の昭和20年までのことが飛ばされており、朝鮮半島や中国に対して行った侵略の内容がまったく具体的に示されていない点。国の内外へのさまざまな配慮から、具体的な表現を避けて包括的にうまくまとめた、とも言えますが、総論で逃げたという感もぬぐえません。

また、いつまでも過去の悲しい歴史をひきずることなく「未来志向」の発想で、「次世代にまで謝罪を負わせない」ということ自体は悪くないのですが、ならば過去の歴史をしっかり語り継いでいくことを飛ばしてはいけないと思います。

そして何より、談話は談話として、これからの日本のあり方を考えるうえで、懸案の集団的自衛権や安保法案はどうなのか?
言葉として言っていることと、実際に進めようとしていることとの矛盾はないのか?、という点です。



70年目の終戦記念日、私なりに中学生でも理解できるレベルで、これまでの日本、これからの日本について考えてみたいと思います。今年のテーマは「同盟」「外交」です。



黒船は「脅威」? それとも「外交」への誘い?

少し時代をさかのぼって幕末に想いをはせてみましょう。
黒船がやってきたとき、「外国が日本に攻めてきた」と思い込み、外国とは徹底的に戦い日本を守るべきだという「尊王攘夷派」と、日本も鎖国を解いて、外国と交流して近代化を進めるべきだとする「開国派」とに大きく分かれました。

外国との関係を長らく絶ってきた日本としては、いまの安保法案への賛成・反対以上に、黒船(外国)にどう対処するかは国を二分する大論争だったに違いありません。

しかしこの違いの原点も、外国を「脅威」と見るか、「友好」の対象と見るかの違いに他ならないでしょう。


◆「同盟」関係がもたらすもの

日本が開港に踏み切って早々に、江戸幕府がアメリカと結んだのが日米和親条約。その後、日米修好通称条約…などと中学校で学びました。日本の港を開き、アメリカ船が立ち寄ることを認め、水などの補給を約束し…という中に「最恵国待遇」という言葉があったのをご記憶でしょうか? 分りやすく言えば「あなたは特別な国です」という関係をもつことです。

これがいわゆる「同盟」の発想の原点といってよいでしょう。この「同盟」に基づいて、何かあったら持ちつ持たれつの関係になる、ということです。

同盟としてまず思い浮かぶのは明治時代の日英同盟です。この日英同盟によって、日本はアジアの中である程度の力をつけて中国などを手中におさめ、英米に対してよき協力者として大国ロシアと対峙することを求められました。その典型的な例が日露戦争だと思います。

この絵もすでに何回かご紹介してますが、イギリスやその背後にいるアメリカが日本を後押しして、ロシアが炒っている火中の栗(=中国)を拾わせようとしている、という当時の風刺画です。

風刺画 
★韓国や中国の人にとってこの絵は、日本が戦争への道を突き進んだのも「やむを得なかった」とする言い訳のように映るので、扱いには注意してください。

でも、こういう流れが「同盟」関係によって生まれることは残念ながら事実です。

さらに時代は下って、昭和8年に日本は国連から脱退し、ドイツ・イタリアと同盟を結びます(=日独伊三国同盟)。ナチスがポーランドに侵攻したのをきっかけに第二次世界大戦ははじまり、中国と戦っていた日本もまたアメリカとの闘いへと突入していくことになります。

同盟関係は、その国と持ちつ持たれつの深い関係になることですから、いまのような平和憲法のない時代であれば集団的自衛権の行使へと直結するのです。相手の地位・立場を保障、同盟国とともに行うことは「正義」となっていくのです。
そう言う意味では「同盟」「集団的自衛権」とは表裏一体の関係にあるといっても良いでしょう。


◆同盟を一切もたない国 インド

ところで、何年か前にインドの首相が来日し、麻生外務大臣と会談した様子をテレビで観ました。
そのとき麻生外務大臣が会見で述べた言葉が印象に残っています。

「日本と中国は2000年以上の付き合いがある。でもうまくいかない。でもインドは中国と地続きだ」
(私が記憶するところ、そんな内容だったと思います。)

私は「麻生さん、いったい何を言ってるんだろう?」と思いました。

おそらく「日本と中国の関係はなかなか難しいんですよ。そこで地続きのインドさん、何かあったらよろしくお願いしますよ」…という意味かと私は解釈しました。

ところが、インドという国は、いかなる国とも「同盟関係」を結ばない外交をしてきた国なんです。
インドに限っては、「外交」はあくまでその相手国との1対1の関係でしかないのです。中国とはあくまで中国と、日本とはあくまで日本と、そういう外交姿勢をずっと貫いてきた国なんですね。

だから麻生さんには申し訳ないけど、その思惑はまったく的外れで、日本と中国との間をインドに取り持ってもらおうとか、「なにかあったら日本をよろしく」はあり得ないのです。


◆「同盟」 と 「外交」


これまで見てきたように、「同盟」とは「あなたとは特別な関係です。何かあったら持ちつ持たれつ、よろしくお願いします」という特別な関係を結ぶことです。

個人の友達と同様、ある国と特別な関係で仲良くなることは、それ自体悪いことではありません。
でも、そういう関係は「グループ」をつくり、「特別な関係」を維持するために、ときに「お付き合い」の義務も伴います。

そこで私が「同盟」とは別に大切だと思うのは、「外交」です。

もちろん同盟国との間にも「外交」はありますが、私がここで言いたいのは、同盟関係にある国以外のさまざまな国々とも平等に付き合い、その国との問題は直接話し合いによって解決していく手段としての「外交」です。

とかく「同盟」を重視するあまり、何かあったら同盟国に泣きついて守ってもらおうと「外交」がおろそかになりがちです。今の日本を見てもそれを感じます。中国などの「脅威」に対して、アメリカとの「同盟」関係を強化して臨もう、ということですからね。

「同盟」を裏付けるものとして条約、協定などがあります。これらはすべて「約束事」を定めたものです。
法律と同じく、文言でできていて、その解釈によってできる・できない・期限などがきっちりと定められています。
それに対して「外交」は、人対人の間で交わされるもの。もちろん外交の延長に協定や条約が結ばれたりするわけですが、そのような「形」のない国とも広範囲に柔軟にできるのが広義の「外交」でしょう。



「外交」という面で見るならば、北朝鮮の拉致被害者問題は、ちゃんと対話が進んでいるでしょうか? 

北朝鮮には関しては、正式な国交(=外交ルート)がない、まともに話が通じる相手じゃない、といった特殊な問題はたしかにあります。
よその国民を勝手に拉致したり、4か国協議を進めよう、経済援助など友好の手を差し伸べようとしている時になぜかミサイルを飛ばしたり…とんでもない国です!

でも、相手の異常さはともかく、ちょっと冷静に時代をさかのぼって見てみると…

太平洋戦争当時は、まだ北も南も分断されていませんでした。朝鮮半島全土から日本に連れてこられ、日本人と同じように兵士として闘わされた者もいました。また広島で被爆して亡くなった方も多くいたはずです。そういう方たちへの補償やお詫びはどうなのでしょう…?


朝鮮半島の原爆犠牲者の碑

<外国人被爆者の慰霊碑(広島)>
この外国人慰霊碑も、建てられた当初は平和公園の外側の川向うにあったといいます。

戦後、朝鮮戦争が勃発し、日本はアメリカを支援する形で南から、中国やソ連は北から、ひとつの民族を分断する戦いを繰り広げ、北緯38度の軍事境界線が生まれました。

日本はあの戦争を足掛かりに戦後の高度成長を遂げ、経済的・物質的な豊かさを手に入れました。
そして、国交のない北朝鮮に対しては、戦後の保障もお詫びも、どこまでできたのでしょうか?(詳しいことは申し訳ありませんが判りません)

そうした経緯を考えれば、北朝鮮がアメリカや日本を恨み敵対視するのも無理ありません。

もちろん、だからといって戦時下でもないのに、日本の国民を勝手に拉致するような行為は決して許されることではありませんし、調査をすると約束しておいてその後いったい何年が経過しているのでしょう?
拉致被害者の家族も高齢化が進み、一日千秋の思いで政府の対応を待ち望んでいます。

そういう意味でも、日本政府の「外交」の力が問われているのではないでしょうか?

北朝鮮だけでなく、歴史への認識などで大きな溝のある韓国や中国に対しても、日本は外交努力を充分してきたと言えるでしょうか? 

南シナ海で中国のやっていることや、日本の領海内で行っている行為が「脅威」と映るのも当然ですが、まずは中国とどこまで直接対話ができるか、日本政府は本気で取り組んできたと言えるでしょうか?

「脅威」を理由に安保法案を急ぐ前に、まずは外交努力をどこまでやってきたのか?、です。



際限なき軍拡への道

アメリカの軍事予算は日本の防衛費の何倍でしょう?
いま話題の、急速に拡大の進む中国の軍事予算は、日本の何倍でしょう?
軍事予算はそのまま「戦力」となります。戦艦の数は、潜水艦の数は、戦闘機の数は、ミサイルの数は…etc.

マニアックな軍事シミュレーションをするまでもなく、各国の軍事力に日本はとうていかなわないことは明らかです。
日本をとりまく状況は厳しさを増し、いまやあらゆる弾道ミサイルの射程距離内に日本はすっぽり入ってしまいます。これら「脅威」に対して、今の自衛隊の力ではとうてい太刀打できません。

私が中学生のころから、「相手がもってるんだから、こちらも持たなくてはいけない」「防衛は大切だ」「日本の自衛隊ももっと力を持たなくては」…といった論法で語る友人はいました。

しかし、もし日本が単独で対応できるようにするには、今の防衛費を100倍に増やしても決して充分とは言えないでしょう。

そこで、アメリカとの同盟関係をあらためて強化し、日本だけではとうてい不可能な日本の防衛をアメリカにお願いしなくてはならない。
そのためには、アメリカに一方的に守ってもらうだけでなく、日本もある程度積極的にアメリカに協力できるよう、自衛隊の活動範囲も広げなくてはならない。同盟関係にある国とは、ある程度ギブ・アンド・テイクの関係も築かなくては国際的な平和貢献とはいえない。

…これが集団的自衛権の行使容認や安保法案に賛成する方の論理の骨子ではないでしょうか?
(多少ニュアンスは違っているかもしれませんが、私にも賛成論がまったく理解できないわけではありません。)


問題は、その範囲です。「脅威」に備えるには、相手の「脅威以上」の軍事力が必要になります。お互いが「脅威」と認識することで、どんどんエスカレートしていきます。それが軍拡の連鎖です。

世界中のどの国も、まさか他国へ侵略するために軍備拡大している国はないはず。どの国も、他国の脅威から自国を守るために、という理由で軍備拡大をしているのではないでしょうか?


お花畑は攻撃目標にならないが、軍事施設は攻撃目標になる

あらゆる国が一斉に武器を捨てたら、それはもう「♪ IMAGINE」の素晴らしい世界が実現します。
でも現実には不可能な「お花畑の夢」なのでしょうか?

でも現実論でお互いが軍拡をすすめていったら、お互いの緊張は際限なく高まり、お互いが相手を「脅威」と認識し、過去のあらゆる戦争がそうだったように、自国や同盟国は「正義」であるという理由で戦争になります。実際に戦争までいかないまでも、かつての米ソの冷戦時代のように、お互いが莫大な軍事費をつぎ込んで危険な兵器を保有する世界になっていくでしょう。

集団的自衛権や安保法案に賛成の方たちは、持つことが抑止効果につながると言うでしょう。
しかし、持つことによって、かえって相手を刺激し、緊張を増す、とも言えます。抑止効果が本当に効くのかどうかは実際になってみなければわかりません。

たとえば沖縄の基地も、「備え」、「威嚇」、「抑止」の効果があると期待もされますが、逆に有事の際には、基地が真っ先に「標的」にされる危険があることも確かでしょう。

お花畑は攻撃を受けませんが、軍事施設は攻撃目標となるのです。

また、軍事基地のみならず、日本にはいま稼働していない原発が50基以上あります。もしそこにミサイル攻撃でも受けたら、日本は簡単に壊滅です。



いまの戦闘技術は70年前とは比較にならないほど進化しています。数十メートルからせいぜい100メートル先の見える範囲で機関銃を撃ち合ったり、火炎放射をしたり、手りゅう弾や大砲で攻撃する…といった、第二次大戦のような戦闘風景とはまったく異なるハイテク技術です。それこそ何百キロも離れたところからボタンひとつで、大量殺戮もできてしまうのです。

そのような状況において、もはや「後方支援」だの「必要最小限の」などという概念そのものが通用するのかさえ私には疑問です。

いまもし一発撃ったら最後、全面戦争となり、これまでの想像を超える大量殺戮が繰り広げられ、日本だけでなくお互いの国が、いや世界が「終わり」を迎えるかもしれません。
「同盟」をベースとした際限ない集団的自衛権の延長にあるのは地獄絵しかありません。


外交による平和貢献こそ

戦後70年間平和を守ってきた日本が、世界の「脅威」に対して提言できること。
それは、日本は決して集団的自衛権を持たない、他国のために戦争する国には二度とならない。そう決断した平和憲法を貫き、あらためて世界に発信すること。

そしてあらゆる「脅威」に対して、「同盟」以上に「外交」に全力を注ぐべきだと私は思います。


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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