「友」「平和」が幻想か、「脅威」が幻想か

8月4日(火)

渡辺謙さんもつぶやきました。

渡辺謙

一人も兵士が戦死しないで70年を過ごしてきたこの国。どんな経緯で出来た憲法であれ僕は世界に誇れると思う、戦争はしないんだと!複雑で利害が異なる隣国とも、ポケットに忍ばせた拳や石ころよりも最大の抑止力は友人であることだと思う。その為に僕は世界に友人を増やしたい。絵空事と笑われても。

2015年8月1日 10:13 · Setagaya-ku, Tokyo, 日本


まったく同感です。
私も家族ぐるみでおつきあいしている韓国や中国の友人一家がいます。実際に「友」を持ってみると、相手の国を悪く言ったり、戦争を正当化してはいけない、と思うものです。政治家たちもそういう「友」を持ったらいいのにと思います。


◆賛否の平行線

安保法案に賛成する方からすれば「友」とか「平和」といった言葉は「幻想」だと笑われるでしょう。

中国のチベット問題などを挙げて、話しの通じない相手・とんでもない「ならず者」なんだと。現実論として、集団的自衛権や武力行使なくしては日本を守れないとまことしやかにおっしゃいます。

ならば、集団的自衛権を持ち武装を強化すれば「脅威」から本当に日本を守れるのか?…こちらから見ればその方が「幻想」です。

まあ、ここまでは「持つべきか、持たざるべきか」の平行線。
でも単なる平行線じゃないんです。
安倍政権の掲げる安保法案には根本的に大きな誤りがあるのです。
が、そこを分からない(分かろうとしない)から平行線になるのです。

少し前に、★「持つことの危うさ、持たざることの強さ」と言う記事に書いたこととも重複しますが、あらためてなるべく簡単にポイントを整理します。


◆「自衛」の議論なしに

もし近隣諸国の「脅威」を言うならなおさら、今やるべきは、万一に備えての個別的自衛権をきっちり整備すること!

いわば「正当防衛」として、有事に備えたマニュアル、どのように対応するか、どこまでできるかを明確に。今の日本の危機管理はないに等しいので、まずそこを議論すべき。

「個別的自衛権だけでは守り切れない面がある」と言うなら、先ずは個別的自衛権で出来ることをちゃんと整備した上で、「これだけではこういうケースにここまでしか対処できない」ときちんと説明し→「集団的自衛権は必要だ」→「憲法を見直すか?」という流れになるのが筋というもの!

そこをすっ飛ばして、自衛隊を海外に派遣できるケースや後方支援についてなど、新3要件の解釈ばかりを審議している愚!

「あれ?国民の命を守るために、って言いながら、なんで自衛隊を海外に出して他国の後方支援をする話ばっかり議論してるの?」と、子どもでも不思議に思う疑問に答えられないのです。


いつか来た道

筋も通らないまま、戦後の平和憲法を骨抜きにして、アメリカ追従で他国のために自衛隊を派遣できるようにし、「後方支援」「兵站(へいたん)」を行う。それは「平和への貢献」であり、「積極的平和主義」だと?

ある国を「ならず者の国」とレッテルを貼り、「正義のため」と称して世界各国に軍事介入をしてきたアメリカが正しかったのでしょうか?それで問題は解決し、平和は訪れたんでしょうか?

また、過去のいかなる戦争も、「とんでもない相手国に対して、ほかに手段がないので、やむを得ず、必要最小限の武力行使を」と、いまの政権とまったく同じことを言って始められてきました。


◆「ふつうの国」になりたいのか?

中国と韓国以外は日本の集団的自衛権を歓迎している、と言います。
はい、たしかに諸外国には「個別的」も「集団的」もなく、「自衛権」は一本です。
自国が攻められたら応戦する、親しい国が攻められたらともに戦う。「ふつうの国」として。

でも、日本はそれをしない国になったのではないでしょうか?
先の大戦で多大な犠牲を出し、世界で唯一、原子爆弾を投下された国として、「二度と過ちを繰り返しません」と誓った国ではないのでしょうか?

平和憲法が「アメリカに押し付けられたもの」という見方もありますが、日本人もちゃんと草案に加わり、日本人の意思で「戦争放棄」をうたった9条を盛り込んだのです(←認識の違いは多々あるでしょうが、冒頭の渡辺謙さんも「どんな経緯で出来た憲法であれ」とおっしゃってます)。
日本は戦後70年、その平和憲法のおかげで他国の戦争に巻き込まれることなく平和を守ってこられたことは事実です。

「持つべきか、持たざるべきか」の平行線の議論は不毛です。
日本が戦後70年間守ってきた平和主義をここで壊し、いつか来た過ちの道へ引き換すのですか?


危険な負の遺産を残すだけ

武装すれば相手は警戒し、紛争関係にある一方を「支援」すれば他方を「敵」にすることは明らかです。

今年1月、「イスラム国(ISIL)と戦う国を支援します」と安倍総理の発したひと言が凶行の引金となったことからも明らかです。

日本政府は、結果的になにもできなかった、というか、何もやろうとしなかったと言ってもよい状況。

特殊部隊を潜入させて過激派組織から人質を奪回できなかったことを責めるつもりはありません。それができない上、相手は話の通じる相手でないのならなおさら「刺激」してはいけなかったのです!

また、その後中立な隣国トルコではなく、なぜISILに空爆を行うなどISILから見れば「敵」であるヨルダンに交渉をゆだねたのか?

私には、今の政権の「総合的な判断」が正しいとは思えないし、もし仮に集団的自衛権を手にしてもちゃんと使いこなせるとは思えません。

「後方支援」に関する国会での答弁を聴いていても、安倍総理も中谷防衛大臣も、実際の戦闘をまったく知らない素人だと思います。また安倍総理の「絶対にあり得ない」は信用できない「実績」が多すぎます。

そんな中で「下手な作文」で適用範囲が無制限に広がる危険を秘めた安保法を今作ってしまえば、それこそ時の政権の判断いかんによっていかようにも解釈・運用が拡大されるようになります。
そんな恐ろしい「負の遺産」を後世に残すべきではありません。


◆真の「積極的平和主義」とは?

結論として…

あくまで自国の防衛としての自衛権(=個別的自衛権)は早急に確立するが、他国のために自衛隊を派遣して戦争を「支援」する集団的自衛権は放棄する。
中米のコスタリカと並んで、日本は平和憲法を守るために集団的自衛権は行使しない国であることを世界に向けて宣言する。
そして、国連憲章に、世界の先進国も日本の理念に続くように呼びかけていく。

それこそが、本当の意味での「積極的平和主義」だと私は思います。



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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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