日本がやるべき危機管理とは? ~論点の整理~

7月26日(日)

今週から、安保法案の審議が参議院へと移ります。
それを前に、いまいちど確認の意味でまとめさせていただきます。

ネットでのやりとりを通じて見える、安保法案に対する賛成論・反対論の主な理由は…

<賛成論>
●中国の動向など国際的な危機に対して防衛は必要
●国際的な視野にたち、日本の世界平和への貢献は大切(=積極的平和主義)
●日本が戦争に突入することはあり得ない(=新3要件で専守防衛は確保されている)

<反対論>
●今の法案は、他国のために戦争できる国への道につながる
 (=新3要件で専守防衛が確保されているとは言えない)
●戦争は二度とあってはならない
●日本は憲法9条を守るべきで、今の法案は違憲である(=憲法学者や最高裁判事の見解)

ごく大きくまとめると、こんなところではないでしょうか?



たしかに、最近の中国などによる国際的なルール違反を「脅威」と受け止め、そこから日本を守らなくてはいけないという論理の延長で「集団的自衛権」に賛成という方もいらっしゃいます。
そういう方たちとディスカッションをしていてよく思うのは、正当防衛としての「個別的自衛権」と、日本が他国のために戦える「集団的自衛権」を微妙に混同してませんか、という点。
あとは新3要件の解釈をめぐる見解の違い、世界平和への貢献の中味などが見解の別れるところです。

そこから、平和憲法を守るべきか改正すべきか、日米関係のあり方は?…といったところに話が及ぶのは本質的な議論だと思います。

しかし、そうした本質論ではなく、著名人の誰が賛成(or反対)している、反対の声は多数か・少数か、安倍政権は信用できるか・できないか…といった俗人的な話題に流れたり、政治家個人を罵倒したり、「右寄り」「左寄り」と識別したり…etc.
日本にとって重要な節目に、こういうテーマに関心が高まり活発に議論するのはとても良いことだと思いますが、俗人レベルの識別・けなし合い論戦になってしまうのは非常にもったいなく残念に思います。

そこで私は、不当な侵略などから日本を守る「正当防衛」としての個別的自衛権は認めつつ、日本が他国のために戦うことになり得る集団的自衛権には反対、トータルとして今の安保法案には反対、という立場で、問題点を整理してみたいと思います。


◆中国は「脅威」?

たしかに中国の非常識、合意の無視、不当な侵入、といった数々の国際ルール違反には目に余るものばかりです。
小笠原にたくさんの中国船(舟)が現れ、赤珊瑚を根こそぎ持って行った時は、私もニュースを観て本当に怒りを覚えました。

★なぜ完全に日本の領海内に勝手に入り込んで、勝手に珊瑚を取っているのに、日本はただ警告を呼びかけるだけで、何も手出しせず、手をこまねいて見てるんだ!…と。
それこそ、日本の海上保安庁も海上自衛隊も、全くの非力なのか!…と。

昨年、尖閣近くで海上保安庁の船に中国の船が体当たりしてくる動画がニュースで何度も放映された時も、明らかに中国船による不当な挑発行為であり、見方によっては「攻撃」とも思える行為ですよね。左舷と右舷に二度も体当たりし、黒煙を上げているのに、なぜ日本の海上保安庁の船はやられるままに何一つ手出しできないのか!…と。


あくまで正当防衛としての個別的自衛権の範囲で

この私の怒り・疑問は、あくまでも日本の領海内および排他的経済水域における他国の不当な侵略行為に対して、なぜ自衛権を行使しないのか、という歯がゆさです。

ここで私のいう自衛とは、あくまで「個別的自衛権」=国際的な正当防衛の範囲内においてです。
今のように、何をされてもまったく手出しできない状態ではなく、場合によっては今の「自衛隊法」の見直しも含めて、有事の際の備えを考えておくことは急務だと。

私も中国や北朝鮮の国際的なルール違反を決して容認はしていないんだ、ということです。そして最低限の個別的自衛権については早急に見直し、海上保安庁や自衛隊との連携強化、具体的な対処策の明確化は必要だと思います。賛成論・反対論に共通してよい認識ですね。

その上で、というか、だからこそ…

◆衆議院における審議でも、個別的自衛権に関する議論がほとんどなされないままでです!
野党からの質問・追求もありましたが、安倍総理も中谷防衛大臣も「自衛」の具体策については答えませんでした。

なのに…

◆日本の領海内における「自衛」に関する具体的な議論を飛び越えて、いきなり「新3要件」なるものを出してきて、他国のために自衛隊が活動できる範囲を拡大し、「後方支援」やホルムズ海峡における機雷除去の話、「集団的自衛権」の話になるのか!?
「日本の平和と安全を守るため」と表向き言っておきながら、じつは全く異質の「平和貢献」に向けた自衛隊のあらたな活動範囲に関する話題に終始し、しかも明確な定義・適用範囲が見えてこない。国会で政権側が答弁すればするほど、意味が分からなくなってくる…

そしてポイントは、今さらながらですが…

◆新3要件とは

(1)密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある〈存立危機事態〉

(2)我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない

(3)必要最小限度の実力行使にとどまる

…というものです。

この3つを満たすケースはかなり厳格なもので、「日本が他国のために戦争することはあり得ない」と総理は何度も繰り返しますが、この3つの条件をよく読み直してみてください。

「(たとえ日本が直接攻撃を受けていなくても)日本にとって密接な関係にある国が攻撃を受け、日本の存立にかかわる事態であると判断され、他に解決手段がないと判断され、最低限だと判断されれば、武力行使もありうる」、となります。つまり日本が直接攻撃を受けていなくても、相手に日本を敵とする意思はなくても、日本から武力行使をすることがあり得る、と解釈できることは否めません。

「どんなケースを想定しているのか」という質問や「こういう場合は該当するのか」という野党からの質問に政権側は明確に答えず、すべて政府が「総合的に判断する」というのです。

「日本が戦争に巻き込まれることはあり得ない」、「海外に派遣される自衛隊のリスクが高まるとは言えない」といくら言葉を重ねられても、論理的に無理があります。

過去のあらゆる戦争が、自国の危機を救うために、やむを得ず…という正当性のもとに始まってきたのです。いくら安倍総理が「あり得ない」と言っても、そういう道を開いてしまう可能性が否定できない規定なのです。そこが最大のポイントです。



さらに、南シナ海の中国以外にも国際的な「脅威」という点で見れば…

北朝鮮の拉致問題
調査結果を公表するように伝えたきり、向こうに投げた球が返ってこないのをただひたすら待っているだけで、いったい何年たつのでしょう? 被害者の家族も高齢です。政府は本気で解決する気があるのか?

ISILによる日本人殺害事件
二人の日本人を殺害したISILのような国際的な過激派組織に対して、総理は「言語道断、激しい憤りを覚える」と繰り返していましたが、「テロとの戦い」を掲げたブッシュ大統領のように、非常識な国や組織を相手に危機感を高め、集団的自衛権の必要性を訴える動きが加速するのではないか、という懸念を覚えました。

あの事件は、二人の日本人が拘束されていた事実は昨年のうちに政府も掌握しており、外務省など政府関係者からも総理の中東訪問には慎重論もあったにもかかわらず、年明け早々に総理が中東を訪問し、はっきりと「イスラム国と戦く国への支援」を宣言したことが引き金となったと私は見ています。

相手は極悪非道な過激組織です。そのような危険地域に入ったことへの「自己責任」を言うのであれば、わざわざ中東まで出向いて相手を刺激するような発言をした総理は「危険回避」という点から見てどうなのか?(はじめから「難民救済のための平和支援」と言っておけば問題はなかったでしょう。)

総理の発言に責任うんぬんまで追及しないまでも、少なくとも紛争関係にある国や地域の一方を「支援」することは、もう一方を「敵」と宣言することになり、日本(人)が危険にさらされるということです。
国際貢献・支援に賛成する方も、その辺りはよく考える必要があると思います。

→ 「持つことの危うさ、持たざることの強さ」
             (最近の記事です)

さらに、法案の強行採決など強引な通し方を見ると…

「特定秘密保護法」

一昨年の中国船の体当たり映像が海上保安庁の職員によって「流出」したことをきっかけに浮上した法案です。しかし、あの映像が「国民に知らせてはならない機密事項」なのか?「なにをもって国家の機密事項とするのか?」、といった法案の目的も、対象も、理由も、具体的な議論も説明もないままに、とにかく法案だけは強引に決める、というやり方。物事の決め方の順序が逆だと言わざるを得ません。

→ 特定秘密保護法案「知らない」が74%
→ 特定秘密保護翻案って何?
  (いずれも、おととし2013年9~10月に書いた記事です)  


方法論・順序が違う!

以上、私の見解としては、いまの安保法案をはじめ、安倍政権の打ち出してくる法案や政策はことごとく…

★対象・方法論が根本的に違うのではないか?
★ものごとを決める順序がことごとく逆ではないか?
★きちんと説明・議論を尽くさず強引に決めることが多すぎないか?



私は決して、国際的なさまざまな「脅威」にまったく目を向けることなく「バラ色の平和主義」を唱えているのでも、感覚的に「戦争反対」と叫んでいるのでもありません。
もしそのような感覚的な反対論ならば、現実の「脅威」を掲げる賛成論の方がもっともらしく見えるかもしれませんね。でも、危機管理についてきちんと考えれば考えるほど、いま政府から出されている安保法案は、本質とずれていくような気がしてなりません。決め方も決して民主的とは思えません。

きわめて膨大な素材がある中から、ここに要約してまとめましたが、国際的なさまざまな「脅威」があることも共有した上で、日本がいま何を優先し、何をしなくてはいけないか?

その答えは、決して憲法違反の集団的自衛権をもつことではありません!


真の独立国家、真の積極的平和主義とは?

戦後70年という節目にあたり、かつて岸総理(=安倍総理の祖父)が目指した「戦後の日本が真の独立国となるためには憲法改正をしなくてはいけない」という意思をもし継ぐのであれば、日米安保条約や日米地位協定を見直し、基地問題の根本を見直し、日本が独自に防衛を考え直す必要があります。

ただし、そこでいう防衛とは、あくまで個別的自衛権の範囲内においてです。
そこでもし今の憲法を見直す必要があるというのなら、論点と改正点を明確に示したうえで、国民投票をやって、憲法改正の是非を問う必要があります。

その上で、さまざまな脅威に対して速やかに対処できる自衛・防衛を構築するのです。
ただし、それは決して戦後の平和憲法によって守られてきた理念を覆すものではなく、あくまで専守防衛に限った個別的自衛権を具体的な形にするものにとどめるべきです。

それが本来の筋道でしょう。

日本の国会での審議すら始まっていない段階で、アメリカ議会で演説し、「夏までに決めます」などと豪語したことは、日本の民主主義への裏切り行為です。
しかもその内容は、「アメリカをはじめ諸外国のために日本も軍事的な面で協力できる枠を広げましょう」というもので、日本が真の独立国であることを目指すのとは逆に、アメリカに一層追従するものです。


もし国際的な平和貢献、積極的平和主義を唱えるのであれば、国際的なルール違反を繰り返す国に対しては、武力ではなく話し合いで毅然とした態度で臨み、共同提案の場を日本側から設けて提案するぐらいの努力をすべきなのです。

大企業に大きな利益をもたらす武器輸出を解禁(2014年4月)するなど、もってのほかです。
→ 「5月にイスラエルと共同声明が…」  
 「イスラエルより愛をこめて」 (2014年7月)


上の記事内にもありますが、「そろそろどこかで戦争でも起きてくれないと、日本の経済も立ち行かなくなりますなぁ」と発言した財界人が実際にいたのです。
武器輸出だけでなく、集団的自衛権の行使・戦争への協力・支援によって莫大な利益を得るのは、国民ではないこともあわせ考えておくべきでしょう。



これらをトータルに見て、いま日本が取るべき本当の意味での危機管理はどうあるべきか、いまの安保法案の中身をはじめ今の政権が向かおうとしていることの意味・危険さをよく認識すべきだと考えます。


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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