自分だけの手作りの世界

5月1日(金)


もうすぐ「子どもの日」ですね。

子どもを連れてどこかへ出かけるのはとても楽しく、子どももとても喜びます。
でも行く先々で可愛らしい魅力的なおもちゃが欲しくなり、買ってもらえないことが不満となり、哀しみ・不幸の原因になっていきます。

街には本当に商業ベースのものが溢れています。

私が子供のころは「サンダーバード」や「ウルトラマン」などの放送番組が放映され、それを追う形で玩具メーカーからプラモデルが次々に発売されました。

でも最近は、子供向けのアニメを制作する段階で、玩具メーカーがタイアップして、おもちゃを同時に(場合によっては先行して)開発し、それを売るための宣伝のように本編が放送される、なんてこともあるそうですね。

次から次へと新しいものが欲しくなるように、世の中のしくみが作られているのです。それは子どもの世界だけのことでしょうか?


モノに支配された幸福感

家電製品、ゲーム、パソコン、車…etc.
自分の生活スタイルに合わせて、本当に必要なものを選んで購入しているでしょうか?

多機能なものが次々に発売され、みんな持っているから、あった方が便利だから…と、購買欲がどんどん膨らんで、お金がいくらあっても足りない、なんてことはないでしょうか?

企業が利益を追求し、新しい技術・新しいモノがどんどん生み出されることで、国民を豊かにし、国を発展させると信じられてきました。マルクス経済学などで言われるとおり、まさにそれが資本主義の原理でもあります。

しかし、つぎつぎに生み出される新しいモノが本当に人々を幸福にしてくれるのでしょうか?

企業の利益追求によって次々に売り出されるものは、手作りのはと時計(→「古き良きもの」)のように、100年にもわたって大切に愛されるものでは必ずしもありません。

むしろ保証期間を過ぎたら計算されたようにすぐに壊れ、新しいモデルが作られると前のモデルは製造中止となり、部品交換もできず、「修理するより新しく買った方がお得です」という状況が生み出されています。お店の人も商品知識に乏しく、単に仕入れたものを並べて売るだけで、「これが今いちばん売れてます」で買わされてしまう。

自分に合ったものを探そうとするとかえってモノ選びが難しく、自分に合ったものに愛着をもっていつまでも大切に使いたいと思うと悲しい思いをし、時代についていけないようにさえ感じます。

お金をどんどん使って、次々に生み出される最新のものを手に入れ続けなければいけない。手に入らなければ不幸の原因となる…そんな世の中に流されてはいないでしょうか?

以前、この「★豊かさとは…?」のカテゴリーでご紹介したムヒカ大統領の演説や、世界一幸せな国・ブータンのお話を思い出してください。

 → 「世界一貧乏な大統領」ムヒカ大統領 
 → 「世界一幸せな国」ブータン



手作り模型の世界へ

とはいえ、いまの日本でモノを購買することを拒否して、石器時代のような生活することは不可能ですね。

洗濯・掃除、料理、移動のための交通手段…現代文明が生み出してくれた産物のおかげで快適な生活ができています。以前は膨大な時間と手間がかかっていたことが楽にでき、そのぶん自分の好きなことに時間を充てることができます。そこを否定するつもりはありません。

そこでできた時間をどう使うか?、何をするか?
なにかひとつ、自分なりのこだわりをもって、なんでもお金と引き換えに手に入れるのではなく、自分だけの楽しみを! 

私の場合、子どものころから何かを作ることが好きだったおかげで「模型づくり」にささやかな幸せを見つけることができました。

お金を使うことを我慢して、無理して仕方なく自分で作るのではありませんよ。お金を使わなくても自分なりにこだわりをもって、時間をかけて作り出すことにこの上ない「楽しみ」と「幸せ」を感じるのです。

私に似てものづくりが大好きな下の娘がいまは良きパートナーです。
 → 「妖精の家」
 → 「8歳の娘とデザインした8号機」

(ご興味のある方は、これらの記事を含むカテゴリーはこちら… 「★模型ギャラリー」 )



お金をかけなくても鉄道模型はできる!

鉄道模型は、非常に高価なおもちゃで、お金のかかる趣味(道楽?)の代名詞のように思われるかもしれません。

そもそも終戦後間もないころ、日々の生活物資も充分にない時代に、線路の上に電気を流して走る機関車を作り出したパイオニアたちの夢には、お金では測れないロマンを感じます。

私が小学校高学年で入門したころは、模型としてのシステムも完成され、種類も豊富になり、実機を短くシンプルにしたフリーの車両や、子ども向けの入門セットなども発売されていました。プラモデルやミニカーに比べれば高価でしたが、今ほどの高級品ばかりではなく、子どもでもお年玉やお小遣いを貯めれば手に届く世界でした。


ところが最近は、機関車もどんどんグレードアップされ、実機に忠実に1両何十万円もするモデルも少なくありません。子どもが入門で始められるような世界ではなく、大人でもごく一部の人にしか手の届かない高値の華になってしまったように感じます。

キットもかなり高価なものが多く、細部まで精巧に作られている代わりに、指定された通りに組むしかなく、ひと昔前のように基本的なベースキットを工夫して自分なりのオリジナル車両を作ることはかえって難しくなっているように思います。

自分で真鍮板を切ったり曲げたり、ネジ穴を切ったりして「作る楽しみ」を知らなかったら、私もここまで鉄道模型を続けることは不可能だったでしょう。

ヤフオクで1つ何百円かで入手したジャンク部品を手に取って眺めながらイメージを膨らませ、何か月、場合によっては何年もストックしておいた部品を組み合わせ、思い立ったところで図面をおこし、真鍮板やペーパーで車体を切り出し、実物はこういう部分はどうなっているのか気になることを色々調べ、適当に省略するところは省略し…本当に自分のペースで楽しんでいます。



模型を通じて想うことは、他の世界にも通ずることも多いかもしれません。
そういえば、音楽を愛好される方(プロの方も含む)には、なぜかテツ人口・模型人口の比率が高いように思います。なぜでしょう…?

思うに音楽と模型は、いずれも「いかにそれらしく再現するか?」という点で、非常に近いものがあるのではないかと思います。実機の特徴ある部分をほんのわずかスケールより大きめに作って強調したり、ある部分は適当に省略してすっきりさせたり、リアルな汚しをかけたり…etc.

また本業とは別に、好きな世界を大切に、焦らずこつこつ続けることの大切さも、私は鉄道模型の世界から学びました。

よかったら、私が中学3年のときからお世話になってきた鉄道模型屋さんのお話し(→ 「遊びから学ぶ  ~人生のある恩人」 )をご笑覧いただけたら幸いです。


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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