社会に開かれた音楽を

3月26日(木)


◆「ありがとう」で変わった音楽人生

先日、NHKのFM放送を聴いていたら、ヴァイオリニストの千住真理子さんがMCをやられていました。
お便りをご紹介されたあと「私も、ある施設でお年寄りの前でヴァイオリンを弾いて『ありがとう』という言葉を頂いたとき、あらためて自分がなんのために音楽をやってきたのかが分かったような気がする」と話されてました。

じつは私も千住さんとは直接お会いしてお話を伺ったことがありますし、以前テレビの対談(「スタジオパークからこんにちは」)でも同じ話をされていたので、ちょっと補わせていただきます。

ジュリアードに留学され、国際的なコンクールを目指し、いわば音楽の頂点を競っていらした千住さんは、あるとき疲れてしまったのでしょうか、しばらくヴァイオリンケースも開けたくない日々を過ごされたそうです。

そんな時、ある人から「老人ホームで演奏していただけませんか」と依頼を受けますが、しばらく弾いてなかったので断ろうかと思われたそうです。
でも、実際に行って「あかとんぼ」を弾いたら、お年寄が涙を流して喜んでくださり、演奏を終えると「ありがとう」と…

その時、千住さんはあらためて音楽の素晴らしさに気づき、自分が音楽をやってきてよかった、と思われ、またヴァイオリンを弾こうという気持ちを新たにされたそうです。

このお話、最初にお聞きしてから10年以上になりますが、私の中でしばしば思い起こされて、アマチュアながら心の支えにしてきました。

東日本大震災のあと「がんばろう日本」というチャリティで被災地を訪れ、仮設住宅の方たちも招待したコンサートで、終演後の拍手に混じって「ありがとう」という声を飛ばされた時、本当に胸がジーンと来て、音楽って素晴らしいな、音楽活動に参加できてよかったな、としみじみ実感しました。


わが青春 アマチュアオケ

私はアマチュアで、学生時代からオーケストラで演奏してきました。
友達や先輩に誘われれば人手の足りない市民オケに喜んで参加して腕を磨く。
打楽器が派手に活躍するマーラーやストラビンズキーの曲をどこかのオケでやると聞けば腕がうずく…私もそんなよくいるアマチュアの打楽器奏者でした。週末に2つのオーケストラをはしごしたこともありました。

でも、歳を重ねるにつれ、仕事や家族への責任、子どもとの時間も大切になります。なんとか時間を作って練習に参加するだけでなく、オーケストラ内でパートをまとめたり楽器の手配をしたり、演奏面だけでなく団の運営にも関わると、休日だけでなくふだんの時間もそれなりに取られるようになります。

毎回の練習会場に楽器を運ぶ段取りをし、練習開始よりも早く楽器を運び、並べ…もちろん演奏面でも、苦手なところを克服し、曲へのイメージを膨らませ、楽譜を整え、本番近くなれば集中練習を録音してチェックし、体調を整え…
とにかく万全の体制で本番に備えますが、突発的に休日出勤にならないか、家族になにか起こらないか…はらはらの連続です。

そうしてなんとか迎えた本番当日。朝から会場練習し、本番。
滞りなく演奏を終え、練習の成果が音に表れれば、もちろん感動もひとしおです。

でも、終演したらすぐに舞台の撤収、楽器をトラックに積み込み、舞台まわりや楽屋に忘れ物がないかをチェックして、時間までに退館!



写真・絵画の個展やアットホームなライブが羨ましいのは、来てくださったお客さんと歓談できる時間があること!
大きな会場で演奏するオーケストラでは、聴きに来てくださった方ともゆっくりお話しする時間はありません。

また、私は楽器の片づけもあるし、荷物も増えるので、ご招待した方にも「花束・差し入れ一切お断り」を原則にしてきました。それはいいのですが、終演後に舞台袖にでもちょっと顔を出してくだされば嬉しいのですが、黙って帰ってしまわれると、どなたが来てくださったのかさえ分からないことも。
その日か翌日に電話あるいは数日後に会って「よかったよ!」と聞けば「あ、来てくださってたんですね!」となり話もはずみますが、「ごめんなさい、行けなかった」という方から「どうでしたか」と聞かれても、なんと返答したらよいものやら…(笑)

まあ、自分が好きなことをやらせてもらってるだけでも感謝、なんですが…

終演後のレセプションで演奏仲間たちと「お疲れさん」で乾杯するビールの味は格別ですが、「ああ、また明日から仕事か~」と現実に引き戻される瞬間は必ずやってきます。そんな時ふと「自分はなんのために音楽をやってるんだろう?」…と頭をよぎるようになったのです。


音楽の力でなにか出来たら…

そんな時、あるマエストロと出会い、障がいのある人とも音楽を通じて「ともに生きる」というテーマに出会いました。(→ コバケン先生との出逢い

有名な指揮者のもと、質の高い演奏ができればもちろん満足度も高いですし、後援・協賛もついて福祉団体にも声をかけますから観客席は満席。終演後には客席のみなさんが立ち上がって拍手の嵐を浴びます。社会活動の一環として翌日の地方紙にも大きく記事が掲載されます。

もちろんそうした表の華々しさも感動的ではあるんですが、私の中で芽生えていったのは「何のために音楽をやるのか?」というモチベーションの大切さでした。



自主的なアマチュアオケの中には、演奏・技術面と運営面で手一杯で、観客動員や対外的なPRにまでなかなか手が回らないところも少なくありません。演奏会が近づいて綺麗なチラシやチケットが印刷されても、告知するのはせいぜい身内と友達ぐらい。

するとどういうことが起こるか?…とくに「ガラコンサート」でもないのに、演奏会当日の客席はガラガラ…そんな光景を今でも時々見かけます。

たしかにプロのように完璧な演奏ではありませんし、いまは素晴らしい演奏を手軽に聴ける装置もありますから、貴重な休日にわざわざ会場まで来てもらうのは申し訳ない、という感覚も分からないではありません。
あるいは、オケの運営と練習だけでも大変なのに、とてもてとても、それ以上のことは考えられないんでしょうか?
いずれにしても、「自分たちが趣味として楽しめればいい」んでしょうか?

でも、ほかに本業のある人たちがさまざまな日常もあるなか集まって半年も練習を重ねてきた成果を、ガラガラの会場で客席の背もたれに音を吸収させ、「うまく弾けた、頑張ったね、最高だったよ」だけで良いのでしょうか?

音楽は聴いてくれる人がいてこそ成り立つ、その瞬間の芸術です。

もともと音楽マニアで、海外から来るアーティストの情報を自分で調べてチケットを購入してコンサート会場に足を運んでるような人はむしろ放っておけばいいんです(笑)。もともと耳も肥えてらっしゃるからお耳障りでしょうし…

むしろ、「私」という人間を知らなかったらおそらく生のオーケストラを聴く機会はないだろうというような人にこそ、ご案内して来てくださって喜んでくださったら嬉しいですね。

仕事・子育て・親の介護・さまざまな悩みや不安…そんな日常の中で心に潤いを失いかけている人たちに、音楽の喜びをあらためて実感していただけたら、明日からまた頑張ろうという気持ちになっていただけたら、「私もむかし楽器をやってました」と過去形でおっしゃる方が「また私も音楽をやろうかな」と思ってくれたら…

楽器をはじめてまだ日が浅い人もベテランも、障がいのある人もない人も、自分たちが音楽をできることの幸せを世の中に分かち合い、還元できたら…(かんげん楽団って言うぐらいですから…)


音楽と社会の架け橋に

私は50代半ばにして、もう一度音楽の力を学び直そうと、勤め帰りに学校通いをして「音楽療法」をこの2年余り学びました。
いちおう所定の単位は修習できて卒業しますが、まだまだ学びは続けたいですし、想いばかりが重くなった気がします(笑)。

とくにあらためて痛感するのが、前にもブログに書きましたがこの「音楽と社会の架け橋」になれたらいいな、というテーマです。

社会が、音楽の力を必要とする場面はまだまだあると思いますし、遅かれ早かれそうなってくれたらいいなと思います。ならば、音楽の側からも、社会にも目を向けていくことが大切なんじゃないかと…

とはいっても、音楽を本業としている方たちは自分の演奏を磨くことに専念しなくてはならず、難しいことのように思われるかもしれません。
でも、前のブログ記事にも書いたとおり、楽器を持ってデモに参加することを求めるわけじゃありませんし(笑)、貴重な練習時間を割いて時事問題と向き合うことを求めるつもりもありません。

ほんのちょっと頭の片隅にでも、「なんのために音楽をやるんだろう」、「音楽の力でせめてできることを」という想いを描くことの大切さです。

先ほどのアマチュアオーケストラの定期演奏会ひとつを例にとっても、福祉団体や教育団体にも告知してチラシを置かせてもらったり、いつも練習場を借りている地域の人たちに招待券を配ったり…といったことにちょっと頭を使って動いてみるかどうか、そういう発想をもつかどうか、だと思うのです。

身内だけに聴かせる発表会レベルから一歩踏み出して、目的をもって多くの人にも聴いていただくことが前提となれば、それなりに演奏技術面も向上させようというモチベーションにもつながるのではないでしょうか?

はじめから難しく考えすぎずに、そんな思いも頭の片隅にちょっと描くだけで、「社会に開かれた音楽」になると私は思うのです。

→ 「音楽と社会の架け橋に」(2014年11月) 


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こんばんは

いつも拝読するたびに、うん、そうそうそう思う!と共感したり、私はこう思っているけどそんな考えもあるんだ~と読んだりしています。
自分がブログをかいたり、他の方へのコメントを書く際に、PCに文字を打っているうちに、想いと違う方向で書いてしまったり、言いたいことがわかりやすく表現できなかったりしています。
高木さまのブログ、内容が濃く深く、広範囲の記事をかいていらして難易度高くて(笑)、コメントもあまりできませんけど、でも、高木さまのこの記事わかりますよ~
音楽で社会との懸け橋になるほどの技量も有りませんし、ほんとに小さいことしかできませんけどほんわか暖かいものをいつもいただいています(*^。^*)
こんな程度の私が弾いていて良いのか、もっと上手な人はたくさんいると葛藤はつきませんが、弾いた後に手を握ってくださる方の温情に励まされています。

Re:レディピアノさま

レディピアノさん

なんか久しぶりですね。気づけば春めいてきました。
そちらの「カバレリア・ルスティカーナ」の記事、ライブ明けの朝出勤時に電車の中で拝見。なつかしいオーケストラのアンコールの情景を思い出してました。あの曲、弦楽器+オーボエ+ハープ…といった感じで、打楽器は傍観者ですけど、好きな曲の一つなんですよ。

ああいうしっとりした弦楽器中心の曲をピアノで弾くのって難しいですよね。
でも、レディピアノさんなら、きっと優しさの中にも情熱のある音色を出されるんだろうな…と想像してました。

音楽と社会と…など、生意気にももっともらしい記事を書いてすみません。でも、言葉で書くとそういう印象かもしれませんが、同じ音楽をやるならほんのちょっと頭の片隅にこんな発想があってもいいんじゃないかな…と。
かつてのニューシティも、ガラガラコンサートをよくやってましたから(笑)、いま改めて思うところを綴ったまでです。

春はなにかコンサートのご予定はないんでしょうか?

こんばんは

高木さ~ん、ごめんなさい。
文章抜けていました^^;
わかりやすく表現できなかったりしていますが、に続く言葉は
その点、高木さんの文章はわかりやすく説明されていて、おっしゃりたいことがとてもよくわかります。と言うような文章が抜けていました。
「もっともらしい記事、、、」云々と書いていらっしゃいますけど、そんなことないですよ~
高木さんらしい記事をこれからもかいてくださ~い(^^♪
博学でいらっしゃると、私はとても尊敬してます。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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カウント開始 2011.1.14~
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