卒業しました ~今後の課題~

★3月18日、追記を入れました

3月15日(日)



一昨日の卒業式(帝国ホテルにて昼間)は仕事のため出席できませんでしたが、けさ自宅に卒業証書が届きました。感謝です。

卒業証書


お陰様で、2年間で80単位を修得させていただきました。

でも、せっかく入口が見えかけたところで辞めてしまったら何にもならないので、実技系を中心に新年度も引き続き「学生」は続けるつもりです。あと、時間を見つけて実習の現場にも…

きょうも、音楽療法の実習経験者を囲んでのレクチャーに2時間ほどお邪魔してきました。


<追記>
3月19日(木) ~今後の課題~


まだ本業である仕事は継続しているため、どこかの施設を訪れて実習を積むことが今はできません。卒業しても無期限でできますので、機会をみつけて実習の現場にも入っていけたらと思っています。

もともと音楽療法士は「もうかる仕事」ではないと重々承知の上で学び始めましたが、この春から介護報酬が引き下げられるなど、取り巻く環境はとても厳しいものがあります。
福祉目的でできたはずの消費税が3%から5%、5%から8%と段階的に引き上げられているのに、これからますます重要になる高齢者福祉や児童福祉に関する部分がなぜ真っ先に削られるのでしょう?

そのような中、今のように福祉・介護の現場で「余裕があれば」というプラスアルファ的な位置づけでの音楽療法ではいけないと痛感します。ではどうしたらよいか…?

私は大きく3つのテーマの重要性を感じています。


効果、アセスメント(評価)をしっかり

ひとつは、音楽療法を単なるリラクゼーションのようにとらえるのでなく、障がいのある方に、あるいは認知症の高齢者に、どういう効果があったかを具体的にとらえていって目に見える形にしなくてはいけないということ。つまりアセスメント(=評価)をしっかりやって音楽療法の効果を客観的に広めていかなくてはならない、ということです。

それには、なんとなく自己満足的に「よかった」ではなく、医学などの科学的な分野としっかり連携して、ケースごとの事例を積み上げていくしかないでしょう。


認知症の「予防」という視点

あと、私が現状から強く感じるのは、すでに認知症になってしまった方や障がいを持った方たちにタテ割り的に対処して、どの程度の効果が出たか、というだけでなく、予防としての効果を検証できないか、ということです。
たとえば、ある年齢に達した人たちのうち、若いころから何らかの音楽活動をやってきた人とそうでない人とで、認知症が発症する傾向に差はないでしょうか…? なんらかの形で「音楽の力」を明確化できるのではないかと思うのです。


すべての人に「音楽の力」を

プロの演奏家として音楽の世界で生きていくことは、基礎的な訓練から感性を磨くこと、自分の独自の音楽観をもつことなど、本当に奥の深い大変な世界だと思います。
でも、音楽を聴く、気軽に楽器で音を出して楽しむ、音楽に合わせて身体を動かす、歌う…それはすべての人に平等に与えられた幸せの原点です。本来音楽とはそういうものではないかと思います。

障がいのある人向け、認知症のお年寄り向け、とタテ割りに考えて、ある効果だけを期待して狭い意味で音楽療法を捉えるのではなく、仕事・子育て・親の介護に疲れた人、生きる目標や夢を失ってしまっている人、「むかし何か楽器をやってました」と過去形でおっしゃる方…etc. あらゆる人に音楽の力をもっともっと活用できたら…
ある曲を聴けば勇気が湧いてくる、青春時代を鮮明に思い出す、自分にとってかけがえのない曲がきっとあるはずです(=パーソナルソング)。なるべく幅広いジャンル・年代の音楽の引出しを持てたら素晴らしいですね。



音楽療法の現場で、どんな分野と連携しなくてはいけないか、連携できるか、これから色々と考えていきたいですが、まずは意識の問題として「音楽と社会との架け橋」というテーマがあります。

福祉・介護といった枠内だけでとらえ、国からの予算枠の一部を音楽療法に分けてもらうという発想だけでは、今後ますます状況は厳しくなっていくでしょう。
もっとさまざまな分野と連携して「音楽の力」を活かせる場を積極的に開拓していく必要があると思います。

社会が音楽を必要とする場面はこれからたくさん出てくるはずで、そうしていくことを目指すのなら、音楽の側からも社会に目を向けなくてはいけないのではないでしょうか?
音楽を業とする人・愛好する人たちが、ただ自分の音楽だけに没頭していればよいのではなく、「社会に開かれた音楽」ということを頭の片隅にちょっと置いてみることが大切ではないかと思うようになりました。

昨年11月にもそんな想いをブログにつづりましたが、プロの演奏家はご自身の音楽を創りだすことに専念しなくてはならず、なかなかそこまではできない現実もあるかもしれません。
ならばなおさら、私のようなアマチュアで音楽療法に関心をもった者が、そのあたりのテーマを長い目で追いかけていけたら…と。

→ 「音楽と社会の架け橋に」 2014年11月


    
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No title

ご卒業、おめでとうございます!
いつも楽しみにブログ拝見しております。

私の場合は、ですけど
いい歳した大人が趣味で音楽をしていると
ただ好きだからというだけで、社会に何ら役だたないのに
練習やレッスンに時間やお金を費やしている・・・
つまり、ただ自分の音楽に没頭してることに
後ろめたさを感じています。

なので、音楽で社会に役立つ、という大義名分が
あればいいのにな、と思うのですが

本職のほうにいっぱいいっぱいで、
そこまで時間を自由に使う余裕がないのが現状です。

せめて身近な人の役に立てば・・・と
先生のお手伝いをしたり
他の楽器の方の伴奏などをかって出ることぐらいしか
できません。

いつか本職に手がかからなくなったとき
高木さんのようなかたちで、何かできれば・・・と思っています。

これからますますのご活躍を祈っています!

Re: No title

匿名さま


どちら様かは分かりませんが、文面から私の存じ上げてる方でしょうか…?
コメントありがとうございます。

単に自分が好きだというだけでなく、「音楽と社会との架け橋」という視点について、少し前に書いた記事です。
http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-897.html

音楽の力で瓦礫を撤去できるわけでもなく、放射能をなくせるわけでもないのと同様、音楽の力で自ら命を絶とうとしている人を必ず救えるとも思いません。
でも音楽には、人間の脳の働きとして備わっている実に多くの分野に複合的に関わっている要素が多く、例えば認知症の進行を食い止めることができるかもしれない可能性をはじめ、科学では説明できないような不思議な力があることは信じます。いや、信じざるを得ません。

ですから、音楽を扱う人たちが、自分たちの楽しみとしてだけ、あるいは自分のアクセサリーのように、あるいは美しいものだけに目を向けて現実逃避するかのように、ひたすら「音楽のための音楽」だけを享受しているのは、「音楽の力」に対して申し訳ないと思うのです。

どんなに素晴らしい演奏家であっても、たとえば震災から〇年目の節目の日とか、国民が悲しみのうちにあるような時に、まったくそのことに触れることなく自分が着飾ったライブの様子やコンサートの告知、あるいはグルメの話題だけをアップされている(社会とはまったく隔離された中にいる)のは、いかがなものかと思ってしまうのです。

また、アマチュアといえども、自分たちが半年もかけて練習してきた成果を、一人でも多くの人に届けようとする努力(観客動員)もあまりせず、ガラガラの観客席を前に演奏しても平気、という感覚も、やはり「音楽の力」に対して申し訳ないと思ってしまうのです。

たとえプロのように完成しつくされた演奏ではなくても、ふだんサラリーマン・学校の先生・消防士・警察官・主婦・お母さん…さまざまな立場・職業の人たちが毎週集まって練習して、ここまで一つの音楽をやっている…その現場に生で居合わせた人たちが、また明日から生きる勇気を取り戻したり、昔やっていた楽器をまた手にとってみようかなと思ってくれたり…そんな人が一人でもいてくれたらそれは音楽の力を伝導したことになると思います。

逆にそういう意識をまったく持たないままどんなに巧い演奏をしても、それは魂のない仏像を彫るようなものではないかと…

おめでとうございます!

ご卒業おめでとうございます!
学び始めたころから存じ上げておりますので、
何だかわたくしも嬉しいです\(^o^)/

そうですよね。。。
立派なご生業をお持ちですとまだ縛りがあるんですね。
早く現場で実践してみたいなぁとウズウズですね!

学ばれたことが生かされる時が来ることをわたくしも
楽しみにお祈りしておりますね~

近々、お目にかかれるっぽいので、楽しみに致しております♪

Re: おめでとうございます!

Mayさん

ありがとうございます。聴講に行っていた半年も含めて2年半、あっという間でした。
仕事帰りに学校へ通う…果たして続くんだろうか…と思いましたが、仕事とは全く違う頭を使って大好きな音楽の世界にいることでかえって元気になり、小児医学や音楽心理など未知のことや、長年疑問だった音楽の基本的なことが目からうろこ。授業のない日もレッスン室でピアノと向き合える時間がとても幸せでした。

肝心の音楽療法については、まだまだ課題も多いことが分かり、たった2年間学んだことだけで何かができるわけではないので、まだまだこれからですね。

学び始めてまもなく、コードに関して私が書いたブログ記事に「そんなに難しく考えなくても…」と仰ってましたよね。解かるまではある程度の理論づけも必要ですが、慣れること、自由に遊べることがもっと大切ですね。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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