「危険回避」ということ

2月8日(日) <改>


後藤さんが無残にも殺害されてしまったニュースが流れてから何日かたった金曜日。
じつは後藤さんは生きていて、私と牛丼を一緒に食べている夢を見ました。

先週の木曜日、東京でも大雪の予報が出され、出勤時に駅のコンビニで牛丼弁当を買って昼休みに食べながら、ふと「後藤さんは殺害される前にこんな美味しいものをたべさせてもらってなかったんだろうな…」とふと思ったので、そんな夢を見たのかもしれません。

東京でも大雪が降るのは立春を過ぎてから。東京は雪に弱く交通機関も乱れます。だからいつもより早めに家を出る、暖かい服装、滑りにくい靴で出かける…そんな時、ふと浮かんだ言葉がありました。


◆「危険回避」!


たしかに、紛争地域や政情の不安定なところへは近づかないのが一番。

過激な武装勢力「イスラム国」(ISIL)は「国」ではなく、極悪非道で、何をするか分からないモンスター集団。
そこに迂闊に近づかない=『危険回避』という視点でみれば、たしかに軽率だったと言われても仕方ないかもしれません。

しかし、紛争地域の現状を世界に伝えるべくレポートし、地元の子供たちに寄り添った後藤さん。
世界中が後藤さんの死を悼んでくれています。
冬山登山で天候情報もよく確かめずに軽装で出かけて遭難する人や、台風が近づいている中でサーフィンをやるような人たちと同レベルで『自己責任』と言い切ることは、私の心情としてはどうしても違和感を覚えます。

『自己責任』と同じレベルで『危険回避』という視点で言うならば、首相があのタイミングにアラブまで出かけて行って「イスラム国と戦う国に2億ドルを支援する」と明言してしまったことはどうなのでしょうか?

後になって「あれは難民救済などの『人道的な支援』だ」と言い直し、それがイスラム国(ISIL)側にも伝わったとしても、「おれたちと敵対する国を支援した」と映るのは当然でしょう。
仮に支援した2億ドルが100%難民救済に充てられたとしても、その分を自国の戦う予算にまわせるのです。

せめて最初から「難民救済のための人道支援」という表現をしていたらどうだったでしょうか?

アラブ諸国には、2万人近い日本人が駐在しています。その多くの日本人たちは、これまで現地の人たちに暖かく見守られ、感謝され活動できていたのは、戦わない平和な国・日本だったからです。
それこそテロと戦う国や地域でもこれまで平和なNGO活動に参加してきた多くの邦人たちが、いつ標的にされるか分からない危険にさらされる状況へと一転させてしまったのです。
それをまさか二人の『自己責任』とは言えないでしょう。

さらに『テロには屈しない』『罪は償わせる』など強気の発言を世界に発し続けている安倍総理。
米のNYタイムスはそれを「日本はこれまでの平和路線を一転、テロとの戦いを表明」と報じました。

極悪非道なテロ組織に毅然とした態度で臨むことは間違っていません。
国際的な平和への支援そのものは間違っていません。日本が世界の中で果たすべき役割はもちろんあります。

でも、日本人の命と安全を第一に考えるのなら、不用意に相手(テロ組織)を刺激してはなりません。『自己責任』という言葉は『危険回避』とほぼ同等に扱われる言葉ではないかと思います。だとしたら、これら一連の総理の言動に本当に問題はなかったでしょうか?

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出典:http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20150209-00000005-jnn-pol



世界平和に向けて日本の貢献とは?

さらに、安倍政権の昨年からの動向を見てみると…

昨年4月に武器輸出を解禁し、その翌月には、パレスチナのガザ地区に連日攻撃を加えて幼い子どもたちの犠牲も多く出しているイスラエルを訪問し、ネタニアフ首相と固い握手を交わして「準同盟国」としてお互いに協力するとの共同声明を出しています。イスラム国(ISIL)などのテロ組織と敵対関係にあるイスラエルと肩を組むことを宣言したのです。
<参考:昨年夏のブログ記事→ 5月にイスラエルと共同声明

イスラエルという国と仲良くすることはもちろん悪いことではありませんが、非人道的な攻撃をしている当事国をそのまま「支援」することは、爆撃の先でどんな悲劇をもたらすことになるかを想像しなくてはいけません。

ガザの子ども
学校帰りに、爆撃で死亡した母親のお墓の上で宿題をやるガザの子ども



日本国内では、介護報酬を引き下げ、公約だったはずの低所得者の保育無料化にかかる240億円を出せないとしておきながら、これまで30か国を歴訪し海外支援に6.5兆円、さらに国防費にはこれまでにない5兆円規模を投入。
いくら国際社会における日本の役割も重要とはいっても、バランス感覚としてどうなのでしょうか?

さらに今回の人質殺害事件を受けて、集団的自衛権の必要性へ、そして憲法改正へ、という流れが加速することを私は何よりも懸念します。日本が戦後70年守ってきた戦争放棄をここで壊してはいけません。

あの9.11でアメリカはテロの標的となったわけですが、かつて湾岸戦争やイラン・イラク戦争でアメリカが軍事介入したことでテロ組織を生み出したと見ることもできます。アメリカでも「反戦」を訴えてきた人たちは数多くいます。

国際紛争において、絶対的な「悪」、絶対的な「正義」は果たして存在するのでしょうか?
暴力に対して暴力、武力に対して武力で報酬することが、本当の平和への解決になるでしょうか?


夢の中に出てきた後藤さんは、そんな私の想いに静かに「うんうん」とうなづいていました。

後藤さんのご冥福を心からお祈り申し上げるとともに、単に一時的な同情や称賛で終わることなく、平和を愛したジャーナリストの意思を顧みて、日本がこれを契機に「憎しみの連鎖」、「終わりなきテロとの戦い」への誤った道へ突き進まないことを切に願います。

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おっしゃる通りです!

まったくその通りだと思います!
私も最初、湯川さんはともかく、後藤さんに対して「自己責任」と言うのはちょっと違うな、と思ってましたが、あの母親の会見が何度も出過ぎたり、あまりにも皆が後藤さんに同情する報道ばかりが流れるうちに、そもそもなんで危険な地帯にわざわざ入っていったんだろうと「自己責任」にも同意するようになった一人です。

ただ、はじめから「自己責任」だけを言う人の中には、社会を騒がせた迷惑だと言い放ち、デヴィ夫人の「自決しろ」発言まで飛び出すなど、あまりにも優しさがありません。世界は後藤さんの功績をたたえ、哀悼の意を示してくれているのに、不謹慎です。また日本の政府は一生懸命対応してくれた、政府を批判するなど筋違いだ、といった論法になる人もいて、安倍首相がテロ組織を刺激した面をまったく認めようとしない人も少なくありませんが、少なくともテロリスト側から名指しで非難された発端はそこですよね。喧嘩の片方に肩入れすれば、他方から恨まれるのは当然じゃないですかね。

「自己責任」を言うのであれば、相手を不用意に刺激した首相の発言も問題ありと見るべきです!そこを「危険回避」という視点で見事におっしゃってくださいました!

なのに、「日本政府を批判すること=テロへの同調だ」とい ったおかしな論法が出てきたり、産経新聞に代表されるように、政府への批判はけしからんという空気をマスコミが流すなど、ちょっと異常としか思えません。

そして高木さんが去年からずっと訴えてこられたように、集団的自衛権や憲法改正といっ流れが、この事件をきっかけにもっともらしく国民に受け入れられてしまうのではないかと心配します。こういうまともなことを冷静に考える人がひとりでも多くなってくれることを期待します。

Re: おっしゃる通りです!

ヒロさん

私の知り合いに「ヒロ」さんと言う人が複数いるんですが、先日お話したT.Hさん…ですよね?

ご理解ありがとうございます。
そうなんです。この記事の二つ前に「いろんな見え方」という記事を書きましたが、第一印象やそれまでどんなことを考えたり感じてきたかによって、おなじ情報でもまったく違う見え方をするものだ、という前提に立って書いています。

「自己責任」を認める人もたしかに多いでしょう。でも「自己責任による迷惑行為だ」→「日本政府は全力で対応してくれたんだから悪くない」→「政府を批判するのは、テロリストに同意する(屈する)ことだ」という論理展開にはかなり無理があります。

それに、もし人命第一を考えるなら、国内で起きる人質誘拐や立てこもり事件で、犯人側と交渉したり、場合によっては(たとえ一時的にではあっても)要求に応えることはあります。それは犯人に同意することでも屈することでもありませんよね。日本には結局のところヨルダンに一任するしかすべがなかったわけですよね。

それに、「日本人が殺害されたんだ」「悪いのは100%テロ組織だ」「国内で内部分裂すべきではなく一丸となるべきだ」→「政府批判は許されない」という理論は、外の「敵」に対して一丸となるべきで、政府の過ちを誰も問えないということでしょうか? 
それはかつての戦争の過ちへの道と同じことになるのではないでしょうか?

「自己責任」を言うのであれば、政府の外交や対応についてもきちっと検証すべきだと私は考えます。
そして、中国や北朝鮮などのアジア諸国との関係においても、中東のテロに対しても、「脅威」に立ち向かう必要があるという口実のもと、戦後70年間守ってきた平和への理念をここで変えてはいけないと思っています。

T.Hさん、今後ともどうかよろしくお願いいたします。

TH(ヒロ)です

すみません、はい先日お話しさせていただいたT.Hです。

この件は本当に色んな情報があり見方も色々ですね。
まったく違う見方もあることを前提に、「自己責任」にもかなり歩み寄って書かれていることが文章の端端から伝わってきます。高木さんの見方は本当に的確、その通りだと思います。

他の記事でも、頭ごなしにご自分の意見を出さず、ちゃんと両面を見て丁寧な言葉で分かりやすく書かれているのに感心します。

人質事件、テロ対策、集団的自衛権、憲法改正、どれも色んな考え方があって難しいですが、高木さんの考え方はとても常識的で人としての優しさを感じます。他の意見に惑わされることなく、これからもどんどん発信していって下さい。

Re: TH(ヒロ)です

やはりT.Hさんでしたね(笑)

消費税を上げても国家財政は赤字。2017年度も財政の改善は無理との予想がきょう出ました。

社会福祉を切り捨て、海外への支援に6.5兆円、国防費には5兆円規模を投入。強きを助け、弱きを切り捨てる。原発や武器を売ってでも企業中心の「経済」を最優先。
本当に国家の舵取り、バランス感覚という意味で大丈夫なんでしょうか?

ドイツでは、赤字国債をゼロにしました。なぜそれができたのでしょうか?
また、過去の戦争における過ちをきちんと認めて後世に伝えることを訴えた元首相の追悼が昨夜行われました。
かつての同盟国として、日本もドイツから学ぶべきことは多いのではないでしょうか?

いま日本では、政権を批判することを「テロへの賞賛だ」などと言い、過去の過ちを認め平和を違うことを「自虐的」などと言い、日本を愛そうと「愛国」を訴える人たちが少なからずいます。
本当に愛している人がもし過った道を進もうとしていたら、正して止めるのが本当の愛ではないでしょうか?

韓国や中国、さらに国際的なテロ組織などの「脅威」を誇張して、政府への批判は封じ込め、「戦える国」を目指す…なんという愛のない姿でしょうか?

日本がいつか来た道、同じ過ちを繰り返すのではないかと心配でなりません。



自民党は「与党」として最大議席を占めています。今の日本の選挙制度(小選挙区制・比例代表制)でどこまで民意を反映しているか、と言う問題はさておき、それなりの支持を得ていることは確かです。

でも、昨年12月の解散総選挙で投票率は52%、小選挙区ごとに3名以上の候補者がいれば3分の1も票を獲得すれば間違いなく当選です。半分の3分の1、国民のせいぜい20~25%が自民党を支持しているにすぎません。

しかも読売新聞の調査によれば、自民党に投票した人の65%は「他にいい政党がないから、他よりましだから」といった何ともあきれるような理由。
これで本当に国民の多数から支持されていると言えるんでしょうか?

一方、いまの安倍政権に異を唱えている人たちが45%前後、あまり大きな変動もないようです。

「何が正しいのか」「何が本質か」…他の意見にも耳を貸す姿勢は大切にしつつも、他の意見や誰からどう思われるかに振り回されることなく、私なりにおかしいことはおかしいと発していきます。今後ともよろしくお願いします。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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