<追記>私の社会的な話題のスタンスについて

12月3日(水)

きのうアップした 「解散総選挙に問われること~民主主義を取り戻す!~」に限らず、私がこれまで発信してきた政治的な話題に関して、記事の最後に追記するにはちょっと長くなるのでここで改めて。


与党への批判について

与党は多数派から支持を受けていることは当然ですから、私の批判に対して反発を覚える方もいらっしゃることは存じています。
ただ私は、首相個人や政党そのものをけなしたり否定するつもりは毛頭ありません。自民党に限らず政権与党の、あるいは長い時間を経て染みついた日本の政治の体質に関わる部分も大きいと思います。
いずれにしても、与党である以上、国民生活への影響が大きい政策に直接関わるので、それだけ責任もあるわけで、民意から見て違うことは違うと言う、それは有権者として当然ではないでしょうか?


◆今の政権に私が言いたい3つのポイント

●憲法解釈の変更をはじめ重要案件を、多くの国民の不安や反対の声に耳を貸すことなく、国会でも十分な審議も尽くさず、閣議決定だけでどんどん決めてしまうのは、民主主義の根幹を揺るがしているという点

●大企業を優遇して見かけの数字を上げる経済対策は、国民生活を豊かにすることに結びついていないという点

●弱者を切り捨てる政策の数々、弱いものを見すえた政治になっていないという点


社会的な「表現」「行動」について

デモに参加したり、自分が立候補して政界に打って出るだけが「表現」「行動」でしょうか?
デモに参加するなど行動に出なければ表現してはいけないのでしょうか?
一般人は、社交の場であまり政治的な話題には触れずにおとなしくしているべきなんでしょうか?

デモに参加して道を埋め、思いっきり声を出すこともたしかに立派な「行動」ですが、私のように自分のサイトで訴えたり、電子メールによる署名に参加してきたことも、社会の一員としての「表現」であり「行動」だと思っています。


原発に代わる電力供給の道について

きのうの記事の中で長くなるので触れませんでしたが、原発の再稼働に関して。

「原発反対」という声の中で、「原発を動かさなくても1年以上電力がまかなえた」という表現をよく耳にしますが、私はそれを言っているある政党関係者に提言していることがあります。

それは、この1年あまり原発を稼働させずに来られたのは、石油燃料を燃やして火力発電によって電力を賄ってきたから。いつまでも石油燃料に頼って電力を供給することはできません。
原発反対を訴えるのであれば、それに代わるエネルギー政策について触れなくてはいけません。

それに関しては、9月に書いたこの記事をご参照いただければ幸いです。
→ 原発再稼働と民意 ~新たな提案~

このような道を模索することなく、地震・火山国である日本でなぜ「原発しかあり得ない」と結論づけるのでしょうか? 
福井県の大飯原発の再稼働をめぐって福井地裁は「名文」ともいえる判決文で再稼働はすべきでないと言い切りました。活火山のない福井県で出されたこの判断があるにもかかわらず、活火山のある火の国・鹿児島で、なぜあっさりと原発再稼働が決まるのでしょうか?

その背景には、国(政府)と電力会社との密約があり、これももう私のブログ内で何度となく使ってきた表現ですが、「人の命よりも地球よりも企業の利益が重い」という経済の原則があるからではないでしょうか?

<参考>産経新聞 10月11日19:45配信

再生可能エネルギーの買い取り制度で電力会社5社が新たな受け入れを中断したことによる混乱が拡大してきた。影響は発電事業者だけでなく、住宅建設の施主となる個人にも波及。屋根に設置した太陽光パネルの売電収入を住宅ローンの返済に繰り入れた人の中には「住宅の引き渡しを受けない施主も出ている」(大手住宅メーカー)。

個人住宅で問題が深刻なのは主に九州電力管内だ。受け入れを保留したのは出力10キロワット以上で、通常は住宅の屋根に乗せる小規模な発電設備は対象にならない。だが、天候が安定して日照が期待できる九州地域では、屋根一面にパネルを乗せた10キロワット以上の“エコ住宅”が他地域に比べて急増。大手メーカーの業界団体「住宅生産団体連合会」(東京)によると、九州で10キロワット以上の太陽光住宅の契約済み件数は約1200件にのぼる。

太陽光発電の場合、10キロワット未満の買い取り期間が10年なのに対し、10キロワット以上は20年になる。同連合会によると、10キロワット以上の住宅の平均的な売電収入は月2~3万円になり、「売電収入が見込めることでマイホーム購入に踏み切る人もいる」(幹部)という。

他の電力会社では、東北電力が50キロワットを買い取り保留か継続かの基準に設定しており、個人はほぼ対象外。北海道電力などは10キロワット以上だが、個人住宅が対象になるケースはあまりないもようだ。


配信元が消えると読めなくなってしまうのでコピーペーストしました。
自然エネルギーを活用したひとつ太陽光発電。一般住宅の屋根にソーラパネルを設置するのはそれなりの費用がかかりますが、それを促進する「電力買い取り制度」があります。ただ、その買い取りに何らかの制限を加えられるというお話し。なんのための制限でしょうか? 記事にあるとおり九州電力管内は個人住宅にまで制限枠が厳しくなっているようです。「川内原発再稼働は必要だ」とされたことと無関係でしょうか?


政治とカネ 企業献金を考える

電力会社からの政治献金について、最近フェイスブックでシェアした記事から。

電力会社からの政治献金

金額だけ見ると「大した額じゃない」と思われるかもしれませんが、上脇博之・神戸学院大大学院教授(憲法学)によると「電力会社は表向き献金自粛を言っているだけで、抜け穴があるのが実態だ」と指摘します。
この言葉をどう読むかが問題ですが、電力会社はいちおう「献金自粛」を掲げていてもこのとおり→いわんや献金自粛をしていない大企業はどうなのか?…私が言いたいのはそこです。

企業からの献金 
11月28日(土)朝日新聞1面トップ


政治献金できるほどの大きな企業・財界と政治とのカネによる密接なつながり。それがある限り、本当に「国民のための政治」ができるでしょうか…?

ちょっと悪い言い方になりますが、これはもう「献金」というよりも「合法的な賄賂」とも言えるのではないでしょうか?これを廃止することこそ、政治改革の一歩だと私は思っています。



最後に、つい先日他界された菅原文太さんのご冥福をお祈りして、シンプルだけど説得力のある素晴らしい文章を引用させていただきます。

「何で言いづらいんだろう。みんな東電にお世話になっているの? そんなことないだろう。芸能人だろうが、政治家だろうが、農家だろうが、個人として言いたいことを言わなきゃ。憲法が定めてくれているじゃないか、言論の自由を」 菅原文太


なお、私へのご意見はコメント欄に残していただいても、メール等でいただいても結構ですので、なんなりとご遠慮なく、直接お願いします。

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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