電磁波から地震を予知するアプローチ

◆電磁波の変化から地震の前兆をとらえる試み

元奈良市長の鍵田忠三郎さんがたびたび地震雲で地震を予知し、「これが地震雲だ」という本を出されたのは1980年代のはじめ頃です。以来、アマチュアの観測家らによる観測が広まり「地震雲」という言葉が有名になりました。

同じころ、合歓(ネム)の木の根っこと葉の部分に電極をとりつけて電位差を日々観測し、ふだんと違う波形が現れると数日以内に地震が起こることを発見した人もいました。さらに今回ご紹介したような電波の乱れから地震予知をしようとするアプローチもありました。

どれもみな、地中にたまった大きなエネルギーによって岩盤に何らかの負荷がかかった状態では、岩石中に含まれる金属物質に大きな力が加わることで、電磁波に何らかの変化が起きていることが原因と言われています。
動物たちの異常行動もその影響であると。また大気中のラドンの濃度が変化したり、磁気の変化によって光の屈折率が変化することで異様に赤い朝焼けや夕焼けが見られることもあります。

さらに太陽のフレア活動の影響や、太陽・月・地球の位置関係による万有引力の変化も、(すでにエネルギーがたまっている場合)地震を引き起こす誘因ともなると言われています。

自然に対して謙虚な目を向けていけば、地震の前兆をある程度とらえることはできるのです。 正確にいつどこでどの程度の規模の地震が起こるとまで「的中」できなくとも、近いうちに地震があるかもしれないと「予知」して「気をつける」ことは悪いことではありません。


◆東大地震研・気象庁の姿勢

ところが、東大の地震研や気象庁のお歴々は、ずっとこれらの電磁波によって地震の前兆をとらえる試み・研究を「科学的根拠がない」と否定し続けてきました。

さいころを振って、たまたま同じ目が2度続けて出ただけなら「科​学的根拠」はない「偶然」です。
でも、明らかなデータがあり、それなりに筋の通った仮説もあり、実際に的中させ続けてきた“実績”があるのに、なぜ「科学的根拠がない」と言えるのでしょうか?

東大や気象庁らは、プレートテクニクスの理論に基づいて、80年~200年周期で起こる巨大地震のメカニズムを唱え(それは地震のメカニズムの一つとしては正しい)、東海沖で起こるとされる地震の前触れ(微振動の連続)をとらえようと、巨額の国家予算をつぎ込んで各地に地震計を設置してきました。
大きな破壊(=地震)が起こる前には、表面のひび割れが引き起こす小さな地震がふだんよりも多く発生するであろうことを前提として、観測データに異常が見られた場合は判定会を招集して検討しようというのです。しかし果たして本当に予知はできるのでしょうか?

記憶に残る新潟・中越地震も、阪神・淡路地震も、東日本大震災も、そのような前兆となる小さな揺れは観測されずに突然起こりました。
気象庁も、現在の科学(=自分たちの理論)では、東海沖以外で起こる地震の予知は不可能だと認めています。

そして大きな地震があると必ず会見に出てきて、「今後もまだ大きな余震が起きる可能性が高い」などと分かりきったことを、まるで天気予報のように淡々とおっしゃる気象庁のお歴々。
自分たちだけが「地震の権威」だと思っている彼らの顔には、プレート理論の説明だけでは地震予知には無力であることを「申し訳ない」と感じているような態度は微塵も感じられません。

もし本当に科学者ならば、自分たちの専門以外の分野からも地震を研究する立場と理解・連携を深め、この地震列島ニッポンのために知恵を絞ろうとする姿勢があっても良いと思うのですが。


謙虚に自然に目を向ける姿勢

それに対して、電磁波や電波の異常から地震の前兆をとらえようと謙虚に地道に研究・観測している方たちからは、おおよその予兆はかなり正確にとらえながらも「もう少し早く、より正確な予知が出せていたら…」と心から悔やみ、「もっと研究を重ねたい」という謙虚な態度がひしひしと伝わってきます。

どちらが人々の命・安全を真剣に考えているでしょうか? どちらが人間として、また科学者として、正しい姿勢といえるでしょうか?
なぜそんな彼らの謙虚で地道で画期的なアプローチを頭から否定してかからなくてはいけないのでしょうか?

国民の混乱・パニックを避けるためでしょうか?
いいえ、そうではないと思います。こういう情報を「貴重な情報」として受け止め、大切な人に伝え、備えをしようとする多くの国民はきわめて冷静です。混乱やパニックを避けるため、つまり「国民のため」を思ってのことじゃなさそうです。

彼らが真実に迫り、地震予知を的中させてしまうと、よほど都合の悪い「立場」があるのでしょう。

原発事故が起きてもなんの危機管理もできず、国民に嘘の情報を流したり隠蔽してあたふたしている「権威ある立場の方たち」より、国民の中にはよほど慈愛に満ちて生きる価値の高い命がたくさんあります。罪のない幼い命もたくさんあります。

そんな国民の命・安全を見捨ててまで、死守しなければならない「権威」や「メンツ」って、いったい何なんでしょうか…?

→このひとつ前の記事「電波による地震予知」を参照

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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