長崎で、被爆者代表が「集団的自衛権」に怒り

8月9日(土) part2

長崎の平和祈念式典で、被爆者代表の城台美弥子さんが、安倍首相を目の前にして集団的自衛権への危機を訴えました。 東京新聞にその全文が掲載されていましたので、ご紹介します。

まさに「わが意を得たり!」とお感じになった方も多いことでしょう。このスピーチを間近で聴いていた安倍首相は、いったい何を想い、自身の「コピペ」スピーチを読み上げていたのでしょうか…?


「憲法踏みにじる暴挙」 長崎、集団的自衛権に怒り


「平和への誓い」を読み上げる被爆者代表の城台美弥子さん=9日、長崎市の平和公園で(梅津忠之撮影)
被爆者代表2014.8.9

長崎は九日、被爆から六十九年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。出席した安倍晋三首相の目の前で、被爆者代表の城台(じょうだい)美弥子さん(75)が「憲法を踏みにじる暴挙」と集団的自衛権の行使容認を痛烈に批判した。

田上富久(たうえとみひさ)市長も平和宣言で「平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が急ぐ議論の中で生まれている」と指摘。政府の姿勢に対する被爆地の懸念があらわになった。
(東京新聞 8月9日)

被爆者代表「平和への誓い」全文 

一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

八月九日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。

「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。

私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。

そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。

被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

平成二十六年八月九日

被爆者代表 城台美弥子




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お久しぶりです

高木様

こんばんは。 ご無沙汰しております。

無理ないようにとブログ訪問を長い間控えていましたが、
最近は体調のよい日もあり、少しずつ、回復してきているように感じています。
とはいっても、日によっては寝込んでいますが・・・(>_<)


この記事の長崎平和祈念式典は、テレビで観ていました。

被爆者代表の方のお言葉が、そのあとのスピーチをされた首相には
まったく通じていなかったのかというような感じで、がっかりしました。
しかも、この日、この被爆者の言葉の内容について、なかなかネットでは取り上げられず(夜になるまで…一言もなし。)、不思議に思いました。
報道関係者は、被爆者代表のお言葉を全文を載せたくないのか?と気になったくらいです。
東京新聞では、翌日に載ったのですか?

私は、この方を素晴らしいと感じましたし、子どもも思わず拍手したくなった、すごい人だと感心して言っておりました。
多くの人が同じように感じているといいのですけど・・・
いえ、多くの人がこの式典に気づいているといいのですけど・・・
どの程度の方が、関心を持っていらっしゃるのか気になります。
 (広島・長崎以外の地では、関心度が違うのではないかと。)

Re: お久しぶりです

リーさん

本当にお久しぶりですね。ご訪問ありがとうございます。
ブログの更新や訪問は、ご自身の体調や気分がのれる時でいいと思います。

長崎の式典、ライブでご覧になってらしたんですね。
その直後から、被爆者代表のスピーチの素晴らしさはフェイスブックなどでも話題になり、それにひきかえコピペで答えた安倍首相には批判の声が上がっていましたよ。

その後、安倍氏のコピペは第一次内閣の時からだという話や、被爆者代表の方は式典の来賓席で安倍首相の座っている姿を見て直前に「平和憲法を踏みにじる暴挙」という表現に差し替えた話もシェアしました。

私はご存知のように、硬軟取り混ぜて、音楽の話題や社会寄りの話題をブログにアップしつつ、フェイスブックにもリンクを貼り、リアルタイムではフェイスブックでも色々と情報を交わしています。少なくともその中で私から見る限り、この話題はけっこう多くの人が関心を持っていたと思います。

決してご無理にとは言いませんが、よかったらフェイスブックにもご参加されたら、私を探してみてください。いろんな方がコメントを交わしたりしていて世論の断片が見えるような気がします。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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