罪の文化・恥の文化

7月29日(火)

日本は「罪の文化」ではなく「恥の文化」でバランスが取れていると言われてきました(日本人論)。でも最近はその「恥の文化」すら崩壊してしまったのでしょうか…?

こんな思いがふと頭をよぎり、フェイスブックにつづりました。


◆日本人論の中で

はるか昔の学生時代、ゼミの一環で「日本人論」に触れる機会がありました。
アメリカの文化人類学者ルーズ・ベネディクトによる「菊と刀」(戦時中に敵国日本のことを研究するために書かれたもので、「菊」は天皇の御紋、刀は武士道を意味します)や、イザヤ・ペンダサン(日本名・山本七兵)さんの著書など、諸外国の人から見た日本人に関する書物をグループで読み、レポートを交換しました。

もっともすべての日本人はこうである、という決めつけではなく、諸外国と比べて日本ではどんな文化が育まれ、多くの日本人に見られる社会的な特性とはどんなものかを見るのが日本人論です。個人個人にも人格や特性があるように、ある集団(国も含めて)に共通するパーソナリティのようなものがあるのではないか、というのが文化人類学や比較文化の見方で、日本人論もそのひとつと見ることができるでしょう。

さて、その中で…

「罪の文化」と「恥の文化」

「罪」の意識は主に欧米のキリスト教精神から来ているもので、神の前で人間は過ちを犯す「罪人」であるとの認識がベースにあります。対する日本にはそのような「罪」の文化はなく、それに代わるものとして「恥」の文化があるということです。

ただし、そこでいう「恥」とは、今日の社会で言われるような「恥ずかしい」とか「恥じらい」といった人目をはばかってのものではなく、自分自身に問いかける内省的な意味での「恥」です。

深層にある「罪」の意識に比べて、人目をはばかっての「恥ずかしい」という意識や「恥じらい」は表面的なもののように思われますが、自分自身に問いかける「恥を知れ」という意識は、罪の意識とも匹敵する、いやむしろそれ以上に深いものだと思います。

それは欧米との比較による優劣ではなく、日本人が独自に大切にしてきた素晴らしい文化であり、それは決して幻想ではなく、本来の日本人の心にはあったものだと私は思います。


日本人の心を律するものは?

そのような深い内省的な意味での「恥」は、今日ではほとんど希薄になっていると思います。

しいて言うなら、芸術家やスポーツ選手が大きな舞台に臨む際に、ファンの期待に応えるとか結果を問うことよりも、「自分自身に恥ずかしくない演技をしたい」というようなことをおっしゃいます。
その感覚こそが、日本人が本来培ってきた「恥の文化」にもっとも近いのではないかと思います。

そのような「恥の文化」が希薄になった背景には、戦後アメリカから入ってきた自由主義・資本主義によって、人々が競争と娯楽に忙しくなったことも大いに関係するように思えてなりません。

一方、さまざまな日常生活や文化がアメリカナイズされたにもかかわらず、「罪の文化」は日本には定着しなかったように思います。


恥じらいさえも捨てて…

そしてさらに、やや表面的な意味での「恥」、すなわち人目をはばかっての「みっともない」「笑われないように」という意味での「恥」さえも今はだいぶ希薄になっているようです。

タレントかと思うような美しく可愛らしい若い女性が、人目をはばかることなくスカートをはいたまま街中でも駅でも書店でもどこでもすぐにしゃがみこんだり、電車内で平気で化粧をしたり、レストランなどほかの人がすぐ近くにいる場でも内々の話題を汚い言葉で大声で交わしたり…
若い人に限らず、老若男女、人目をはばからずにマナーを守らない人はいらっしゃいます。

電車に乗り込むとわれ先に座席を取ったり、列に割り込んだり。さらに白昼堂々ととんでもない犯罪を犯す輩も…

一国の首相も閣僚たちも企業のトップも、その場限りの見苦しい言い逃れをします。
人として恥ずかしいことだと思うのですが、どうも今の日本には「恥」という概念そのものが絶滅してしまったのではないかとさえ思えてきます。

思いやりや道徳心の欠如ももちろんありますが、せめてもの歯止めとなっていたはずの「人目をはばかる」という意識、「みっともない」「恥ずかしい」という意識そのものが希薄になってしまったとすれば、日本人はこれから先いったい何をもって自分自身を制することができるのでしょうか…?


コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
このすぐ下の「カテゴリ」から興味のあるテーマごとにクリックして覗いてみてください。
一部パスワードをご存じのメンバーの方のみ閲覧できるページを含みます。

カテゴリ
カウント開始 2011.1.14~
リンク
最新記事
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR