原爆投下への悪魔のシナリオ

8月6日 (水)

この記事は、7月22日にアップしたものですが、やはりこの日に合わせて改めて予約投稿にて再掲させていただきます。

核兵器こそ用いられていませんが、イスラエルによるガザ地区への攻撃とその惨状は世界中の目に触れるものとなっています。
イスラエル側は「防衛のため」と称して攻撃を行い、イスラエルではポップコーンを片手にまるで花火でも見物するかのように空爆を見ている市民もいるといいます。
また、マレーシア航空の旅客機がウクライナ上空で撃墜され、子供や研究者を含む一般人が犠牲となりました。

戦争とはいつも自国の正当性を防衛するために行われ、罪のない民間人が犠牲になるものです。

広島・長崎に人類初の原子爆弾が投下されてから今年で69年になります。
その背景に、こんな恐ろしいシナリオがあったということをご存じでしょうか?



原爆投下への悪魔のシナリオ

1945年5月、国連憲章を作成するためにサンフランシスコに集まった人たちが話し合ったこと。

それは恐ろしくも、間もなく完成する原爆を日本に投下して、その威力を実験するとともに、その脅威を世界に知らしめるための密約であった。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=_9OBMeQdlh4


呼びかけ人はアメリカ代表団長、エドワード・ステティニアス。参加者は大統領首席補佐官にしてソ連のスパイでもあったアルジャー・ヒス、サリバン&クロムウェル法律事務所のジョン・フォスター・ダレス、そして特命全権大使としモスクワで2年間スターリンの戦争を指揮していたW・アヴェリル・ハリマンの3名。

日本もこのとき鈴木貫太郎を中心にすでに非公式には講和に向けて動き出していた。
しかし、すでにドイツが無条件降伏し、ここで日本が降伏してしまったら原爆を投下するチャンスはなくなってしまう。
原爆が完成するまでのあと数か月、日本には戦争を続けていてもらわないと困る。
天皇のために戦ってきた日本人は「無条件降伏」を決して受け入れないだろうという計算のもと…

やがて原爆は完成し、日本への投下計画は、広島・長崎・小倉・新潟…天候の状況を見て投下すべし、との命令が下る。
天候調査の偵察機が事前に飛来し、ついに8.6ヒロシマ、そして8.9ナガサキの悲劇が起こるのである。


原爆投下は「やむを得なかった」とする意見

アメリカにはいまなお国民の間には「あの戦争を早く終結させてアメリカの兵士たちの命を救うために原爆投下は必要だった」という世論がある。

以前、お笑い芸人の松本人志氏が何かの番組の中でそのことに対して怒りを露わにしていたが、アメリカにはそのような理論があり、アメリカ国民の中には今なおそう信じている人がいることはもうかなり前から明らかにされてきた事実である。
戦争には必ずお互いの国のそれぞれの言い分があり、それぞれが「正当」であり「正義」の理論がある。それを今さら怒ったところでどうしようもない。

日本人の中にも「原爆投下はしかたがなかった」と発言した人物がいる。
記憶に新しいところでは2007年の夏、こともあろうに長崎出身の久間元防衛大臣が「原爆投下はしょうがなかった」と発言。
広島・長崎のみならず国内から猛烈に批判を受け、総選挙を控えた時期だったこともあり、早々に辞任を表明して幕引きとなったが、彼が本当は何を言いたかったのか、なぜそのような発言をしたのか、私としては非常に気になるものが残った(このカテゴリをさかのぼると3年前に書いた「ヒロシマ・ナガサキに思う」という記事があります)。

だが驚くべきことに、昭和天皇も同じ発言をしているのである!
1975年10月31日、公式記者会見の場で、
「原爆が投下されたことについては、私としては遺憾ではあるが、戦時中ということでもあり、広島市民に対しては気の毒ではあるが、やむを得なかったと、私としては認識している」
と発言しているのである。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=NQhVOTS0j7A




昭和19年秋のレイテ沖決戦で海軍は壊滅的な損害を受け、南の島では次々と玉砕が繰り返され、20年3月の東京大空襲をはじめ各都市が空襲を受け、4月には最後の連合艦隊・戦艦大和が沖縄への特攻に向かう途中に撃沈され、沖縄では地上戦が繰り広げられ…日本の敗戦は確実にせまっていた。原爆など投下しなくても、日本の降伏はもう時間の問題だったのだ。

そのような日本に対し、世界初の原爆を投下してその威力を試し、脅威を世界に知らしめるために、天皇を死守するべく戦ってきた日本人が絶対受け入れないはずの「無条件降伏」をつきつけて無理やり戦争を長引かせていた…そんなシナリオがあったことをもし昭和天皇が知っていたら、「やむを得なかった」などと発言されただろうか…?
いや、昭和天皇や日本人だけではなく、アメリカ国民の世論も世界の目もどうなっていたであろうか?


日本の過ちは消えるものではないが…

近代史の中で、日本が欧米諸国と肩を並べて国際社会の中で生きていく道を模索するなかで、日清・日露戦争以来ずっと戦争をしてアジアと統治下におく、いわゆる帝国主義の道を歩んだ。

ロシアが、中国をはじめとするアジアにおいてあまりにも大きな力を伸ばすことをイギリスやアメリカは大いに懸念し、日本に力をつけさせてロシアと戦わせ、アジアを統制して欧米とよき連帯を築ける日本を当初は期待されたともいえる。

しかし日本があまりにも力をつけすぎて、中国・韓国・フィリピンをはじめとする南方の島々まで制圧して「大東亜共栄圏」を築こうとするに至ると、英・米などは日本をけん制して叩くようになる。

アメリカから、日清戦争以前の日本固有の領土に戻るよう要求を突き付けられ、さもなければ経済制裁を課すという最後通達(通称「ハル・ノート」)は、日本にとってはとうてい受け入れられるものではなかった。

アメリカとの和平交渉などは「弱腰外交」と非難を浴びせられ、軍部も国民も戦争への道に突き進んだのである。当初は戦争反対を唱え和平交渉の道を探ろうとしていた東条英機(のちにA級戦犯として処刑される)も、「腰抜け」とののしられたという。もはや軍部も国民も、日本全体が戦争への気運を高めて突き進むことを誰も止めることはできなかったと言って良いかもしれない。

国力にまさるアメリカに勝つには、できる限り短期決戦することが求められた。
日本は1941年12月、アメリカに対する宣戦布告よりも早く真珠湾を奇襲攻撃したことに歴史上なっている。だが日本の攻撃隊長・山本五十六は、ちゃんとアメリカに対して宣戦布告を打電したことを確かめてから攻撃に入ったのである。

一説によると、アメリカはすでに真珠湾攻撃を事前に知っていたというのだ。翻訳の遅れ・発表の遅れなど諸説あるが、ルーズベルト大統領の策略により、日本に最初の一発をまず叩かせて、日本はひどい国だということをアメリカ全土に知らしめて戦気を高めることに利用されたという説もある。

日本がアジア諸国への侵略によって犯してきた過ちはたしかに過ちとして消えることはない。いかなる理由があろうとアジア諸国に対してかけた迷惑は数知れないし、アメリカの挑発に乗って戦争への道に突入し、泥沼化させ、戦闘員にも非戦闘員にも膨大な犠牲を出した日本の過ちは過ちである。

しかし、完全にアメリカの思惑どおりに戦争へと突入させられ、ついにはアメリカによる原爆の実験台となるシナリオまで描かれていたとなると、あらためて「あの戦争はいったい何だったのか?」という疑問がわいてくる。

★ 「あの戦争は何だったのか? A級戦犯とは」 (2013.8月)参照


第二次世界大戦の犠牲者は正確には把握されていないようだが、5000万~8500万人、そのうち約4000万~5500万人は非戦闘員であったと言われる。つまり半数以上は武器をもたない民間人が犠牲となっているのである。

戦争とは、それぞれの国の思惑と利害によって引き起こされ、みな「自衛のため」「やむを得なかった」として武力が行使され、それは時に手段を選ばず、罪もない女性やお年寄りや子供たちが犠牲となることも正当化される。戦争とはそういうものである。

「戦争」そのものが国際法上「犯罪」として明確に位置づけられ、あらゆる武器の製造・輸出・販売そのものが全面的に禁止されないかぎり、「正義」「防衛」の名のもとに殺戮は繰り返されるであろう。


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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