多感な中学~高校生のうちに…

6月11日(水)

未成年者の犯罪、親の育児放棄、親の子殺し、元交際相手へのストーカー殺人、“聖職”と言われる職業を長年務めてきた熟年層による破廉恥な犯罪、「誰でもよかった」的な無差別殺人、単に世間を騒がせたいだけの愉快犯…etc.

最近の犯罪報道を見ていると、犯行の動機も、目的をとげるためにとった行動も、あまりにも幼稚・短絡的・自己中心的
それに加えて、「これをやったらどうなるか?」「相手の気持ちは?」といった想像力の欠如が甚だしいものが目立ちます。
また犯罪に走る心理の背景に、自分の欲求を満たすにも、もうちょっと他の方法や相手への接し方があったのではないか、つまり表現力の貧しさも感じます。コミュニケーション能力の低下ですね。

毎日、新聞の社会面や全国ニュースを見ているとこんな「おかしな事件」ばかりです。いったい日本はどうなってしまったのでしょうか?

もっとも、このような信じられない犯罪を犯すのは全体の中ではほんの一握りのはずです。でも毎日毎日こうも「おかしな犯罪」の報道ばかりを見聞きしていると、世の中全体がおかしくなってしまっているような、とてもすさんだ気持ちになってきませんか?
「もっとまともな人の、まともな社会の、まともな出来事、心暖まる出来事はないのか?」と。

そんなことを思っていた8日(日)、こんなとんでもない事件があったことを知りました。

暴言:被爆者に「死に損ない」 長崎修学旅行で横浜の中3

 毎日新聞 2014年06月08日 20時05分(最終更新 06月08日 21時51分)


修学旅行で5月に長崎市を訪れた横浜市立中3年の生徒が、長崎原爆の爆心地近くを案内した被爆者の森口貢(みつぎ)さん(77)=長崎市=に「死に損ない」などの暴言を吐いていたことが分かった。森口さんは「私は死に損ないではない。一生懸命生きてきた。大変悲しい」と同中学に手紙で抗議。校長が電話で謝罪した。

森口さんは8歳の時に入市被爆し、被爆者らで作る「長崎の証言の会」の事務局長。森口さんによると、同中学3年の生徒119人が長崎を訪れ、同会は爆心地近くを案内するよう依頼を受けた。5月27日、平和公園で事前に生徒たちに会の趣旨などを説明したところ、騒いで話を聞かない生徒がいたため注意した。

その後、約10人の班に分かれ、森口さんがうち1班を爆心地から約700メートルの山里小へ案内したところ、班外の男子生徒数人が森口さんに「死に損ないのくそじじい」と罵声を浴びせた。別の生徒たちにも「手をたたけ」とはやし立て、森口さんの説明を邪魔した。引率の教師が注意したが止められなかった。

森口さんは「平和学習の前に、子供たちの人を思いやる気持ちを育てていただきたい」などと書いた手紙を同中学に送った。


この報道記事を読んで、私は背筋に冷たいものを感じてしまいました。

被爆者に向かって「死に損ないのくそじじい」とは何事!?
中3だから(戦争を知らないから)?、何度も注意されて腹が立ったから…?

親はいったい何を教えてきたんでしょうか? またこの記事を読む限り学校の対応は「まとも」に見えますが、修学旅行の現場に教師も同行していて、静止できなかったばかりか、この被爆者が傷ついて後日学校に抗議文を送ってくるということは、現場での対応はどうだったのか…??

★朝日新聞の記事によれば、語り部の方は抗議の手紙を送ったものの返事がないので、電話を入れたところ、初めてそこで校長が謝罪したとのことです。

そもそも何のための「平和教育」なんでしょうか?平和教育以前に人を思いやる気持ちが育っていない。…本当に情けなくなります。
唯一の被爆国で、世界に向けて平和へのメッセージを発信していかなくてはいけない日本が、なぜこんな国になってしまったんでしょうか?


中学~高校生は感性が磨かれる時

合唱やブラスバンドなどの音楽活動を通じて、東日本大震災への祈りをこめたチャリティコンサートに参加している高校生たちは、みな生き生きと輝いた目をしていて、やさしい笑顔を見せてくれます。
そう、中学~高校にかけての年代は、与えられるテーマや導き方によっては、とても豊かな感性が磨かれる素晴らしい年代だと私は思います。

先の大戦では、そうした年代の少年・少女たちの多くも命を奪われました。沖縄の「ひめゆりの塔」へ行かれたことがありますか? 広島で被爆した少女の話を知っていますか? 特攻隊で南の海に散って行った若者がいたことを知っていますか?
 
彼ら・彼女たちは、当時の日本の戦争をどう思い、何を見て何を思って死んでいったのでしょうか? 
日本をふたたび戦争できる国にしようという動きもある昨今、そういうことをちょっと想像してみる気持ち、想像できる力ってとても大切だと思うのです。
 
原発にからむ問題に関しても、政治や財界のしがらみのない純粋な感性で、人として大切なことを見つめ、それを世の中に訴えかける素晴らしい力を中学・高校生たちは持っていると思うのです。



最近私は朝早く出勤して夕方早めに退勤、しかもラッシュとは半分が逆方向なので、比較的すいている車内で高校生たちの会話を耳にします。また夕方のコーヒーショップなどでも、高校生たちの会話を耳にする機会がけっこうあります。

そこで耳にする高校生たちの会話の多くは、「テストの範囲は…」「このあたり出るんじゃないかな」「赤点取ったら追試があって…」「あの先生は~~で」といった、けっこう真面目な勉強の話が多いんですね。
もっとも、学んでいる学科の内容への興味・関心、知ったことへの驚き・喜びといった話題は少なく、ほとんどがテストをクリアするためのハウツウの会話なのがちょっと残念ですが…

それ以外だと、やはり部活の話、「友達の中におかしな奴がいて、そいつはこの前~~」「あいつ彼女にふられたんだって」といった友人のゴシップ、スマホやラインの話、ファッションの話…etc,

私のような年代から見て意外に思うのは、テレビ番組の話題が少ないこと。
私たちのころは、今みたいにネットも携帯もありませんから、情報源はもっぱらテレビかラジオの深夜放送でした。いまはテレビやラジオよりもいつでもどこでも見られるネットでしょうか。
まあ、それは時代の違いとして(笑)、今の高校生たちの会話の中には世の中でいま起きているタイムリーな話題がほとんど出てこないのが意外なのです。

たとえば、ちょっと難しいかもしれませんが今話題の集団的自衛権に関連して徴兵制の話題も出てますが、私ぐらいの年代よりもむしろ高校生たちには直接関係があるかもしれない話題だと思うんですが…
また、最近起きたAKB握手会での襲撃事件など、社会で起きているタイムリーな出来事について「どう思う」という会話がほとんど聞かれないのです。

いまの高校では、先生たちが授業の合間や公民の授業中などに、たとえ「雑談」であっても社会でいま起きている出来事について話題に出したり、解説したり、問いかけたりする機会はあるのかどうなのか…? 家庭ではそういう会話は交わされないのか…?
そもそもそういう事件や出来事を知っているのか?、知っているとしたら「どう思う」のか…?

近くにいる高校生たちに思わず聞いてみたい衝動に駆られることがあります。


◆「名物先生」の脱線から学んだこと

私が中学生になったのは1970年。大阪で万博が開幕し、高度成長まっしぐらの中、安保闘争があったり、よど号ハイジャック、三島由紀夫事件、赤軍派による浅間山荘事件など、成熟した社会の中で思想やモラルが崩れるような出来事も起きた時代でした。

父の転勤の都合で名古屋・広島の公立の中学に通い、中3になる時に父の転勤先から東京の祖母の家を頼って一人上京し、都立高校(またしても公立)で3年間を過ごしました。

「ゆとり教育」なんて言われるよりはるか前。でも指導要領がころころ変わる移行期で、転校した先ではまったく違う流れの中に入るなど、計画的にかっちりとしたカリキュラムで学んだ、とは言えませんね。



でも、中学~高校を通じて、今もしっかり心に刻まれて覚えていることがあります。
それはどの学校にも必ずいた「名物先生」です。何が名物かというと授業中の雑談、つまり「脱線」です。生物・物理・地理・国語…いろんな教科に「名物先生」はいました。

授業中に出たある話題から脱線することはもちろん、授業開始に出席をとって早々に、自らの戦争体験の話からいきなり始まることも!
でもその話がまた面白くてついつい引き込まれてしまうんです。戦地で見聞きした体験談(悲惨な話ばかりでなく、面白おかしいエピソードも)、飯盒でご飯を炊いて移動し、何か落し物・なくしものでもしようものなら怖い軍曹に何度も殴られた話(=敵に遺留品を発見されたら部隊全員の死にもつながる)…etc.

時代は違うし関係ないと言ってしまえばそれまでですが、現実にあった出来事、今とは状況がまったく違う中で生きてきた人たちの苦労などが想像できました。そういう「名物先生」こそが、昭和の語り部だったのです。

また、中学2年の時には広島に住んでいたので、原爆資料館へも何度となく足を運びました。被爆直後のリアルなジオラマと人形がいま問題になっていて、近々撤去されるような話も出ていますが、私が中学時代に足を踏み入れた原爆資料館は、今よりもっともっと生々しいおどろおどろしい展示で、夜トイレに行くのも怖くなったこともあります。

「はだしのゲン」を公共の図書館から撤去すべきだ、などという議論もあるようですが、私にしてみればなんと情けない「ことなかれ主義」なのでしょう。子どもはリアルな事実から情報をくみ上げ、豊かな感性を磨いていくのです。



名物先生による脱線は、戦争体験の話ばかりではありませんでした。その時々に起きている社会の出来事について、先生なりの見解や、その出来事の背景について解説してくれ、時にはクラスの生徒に「君たちはどう思う?」などとコメントを求められることもありました。
それに対して他の子と意見を交わしたり、それこそニュースワイドの子供版のような場面も。面白い貴重な体験でしたね。

今のような「公民」なんていう授業枠はありませんでしたが、ときには社会科の授業の中で、あるいはホームルームでとくにクラスで話し合わなくてはいけないテーマがない時など、いま社会で起きている出来事、今日の新聞に出ていた話題からなんでもいいから一人5分ずつしゃべらされたり…

今の学校では、指導要領にないこと、教科に直接関係のない個人的な見解を話すことは昔に比べて難しいのでしょうか? 脱線授業の名物先生は絶滅してしまったのでしょうか?


◆「感想」を伝える

小学校の時から、「読書感想文」や、遠足や運動会の「作文」などを書かされましたが、そこで求められる「感想」には何を書いたらいいのか…悩んだ経験はありませんか?
「あらすじ」や「できごと」をただ時間を追って書くだけでは「感想」ではないですね。ではいったい何を書いたらいいんだろうと。

もしそのまま大人になっていたら、見るもの・聞くもの、あるいは人に頂いたもの、案内して頂いたコンサートや展示会などへのお礼などにも、どんなことを「感想」として相手に伝えたらいいのか、身につかなかったかもしれません。

これからの季節、海で潮干狩りしたりさまざまなイベントの様子がテレビで流れ、小さな子どもに「どうだった?」とマイクを向けると、「うん、たのしかった」と答えますね。
まだ小学校へ上がる前の小さな子どもならそれで充分ですし、顔の表情や周りの情景から本当に楽しかったんだろうな、ということが伝わってきます。

でも、中学・高校生ぐらいになっても「うん、たのしかった」ではちょっと困りますね。
工場見学をして「楽しかったか楽しくなかった」「すごかった」だけでも感想といえば感想ですが…
「いつも使っていてあまり考えたこともなかったけど、ふだん見られないこういう場所を見られて~~だなと思った。こういう所を見せてもらえる機会はないので、貴重な体験だった」ぐらいの感想は聞きたいところです。見せてくれた相手、行事を企画してくれた相手の「どうだったのかな?」という気持ちに応えることなのです。

先生に借りた本を返すときも、「ありがとうございます」はもちろん大切ですが、先生としては必ず「どうだった?」と聞くはずです。貸してあげた本が役立ったのか、どうだったのか?
「読みました。ありがとうございます」だけでは相手の気持ちに応える「感想」とは言えません。
先生に限らず、何かを案内してくれた相手は、その内容をどう見てくれたのか、どうだったのかが気になるものです。「見ました、ありがとう」だけでなく、「どうだった」の一言がほしいのです。

そうした「感想」を伝えることが苦手な人が最近多いように感じます。
相手の気持ちを思う想像力と、その思いにきちんと応えて伝える表現力(=コミュニケーション力)に通じることだと思うのです。


「言葉」で思考も発達する

映画やドラマを観て、最後の結末まで話してしまうのはまだ観ていない人の楽しみを奪ってしまいますが、「いつの時代の設定で、どういう主人公がいて、どういうストーリーが展開していくのか」ぐらいのアウトラインは伝えないとどういう物語なのかわかりません。全体を通してどんなことを考えさせらた、主役の演技や映像の作りがどうだった、主題歌など音楽がどうだった…といったことぐらいはある程度伝わった方が、「私も観てみたい」という気持ちになりませんか?

「言葉には表せないほどの感動だよ、とにかく観るしかないよ」などと、なんだかんだうまいことを言って「言葉で伝える」ということを避けてはいないでしょうか?

人間は言葉を使って考える生き物です。 新聞記事でも何でも、ただ読んで解る(理解する、分かったつもりになる)のと、自分なりに何か感じたことを交えて人に伝え、話し合うのとでは、頭に残ることが違います。
ばくぜんと考えてるだけでなく、話したり書いたりして人に伝えることで、頭も整理され、思考も発達するんだと思います。



冒頭の、高校生に直接聞いてみたい社会の話題がなぜ出ないのかについて、上の娘も今年から高校生なのでちょっと聞いてみました。返ってきた答えは「しらけるから」だそうです。

なぜ「しらける」んでしょうか?

想えば私が大学生のころも、ゼミの合宿や飲み会の席でも、ちょっと真面目な社会的なテーマを出すと、みなさん一瞬かたまって「まぁまぁまぁ、は~い、カンパ~イ」とはぐらかされたことを今でも覚えています。

この話、これまでに何度も書いてますが、ここ30年以上ずっとそのことを恨みながら生きてきたわけではありません(笑)。ただ、いまの世の中全体の傾向として、身近な楽しい話題には盛り上がるんですが、ちょっと社会的なテーマは避けるかのように「自分には関係ない」と無関心で、「考える」「表現する」ことが習慣づけられていない人たちもけっこういるのではないかと感じることがあります。
私と同年代でも、社会のことについて考えるのが面倒くさくて「しらける」という方たちがけっこういるんだなと、ふと学生時代のことを思い出すのです。
直接会って楽しい話をしているぶんにはいいけど、ちょっと真面目な話しは限られた人としかできないんだな、大勢の人のいる所ではあまりそういう話題を出してはいけないんだな、と。

もちろん年代を超えて、社会のことをしっかり考えて行動している素晴らしい方もたくさん知っています。 楽しい会話もくだらない会話も私は大好きですが、やはりちょっと真面目な社会に関する話題も交わせると安心できるのです。

自分たちに関係ないと言えばそれまでですが、関心をもってみれば大いに関係のあることについて、ちょっと「考えてみる」こと、そして違う立場の人のことや違う時代のこと、相手の気持ちなどをちょっと「想像してみる」こと、そしてそれを自分なりの言葉で「表現してみる」ことって大切ではないでしょうか?
 
私の場合、そのきっかけをいただいたのが中学~高校時代の「脱線授業」だったように思えてなりません。単なるくだらない「むだ話」ではなく、その先生の生きざま・経験から出た生きたメッセージだったのです。
指導要領に沿った授業と、教科書に書かれていることをただ覚えて、テストされて点数を付けられるだけの「お勉強」ではおそらく身につかなかったことだと思うのです。

みなさんの中学~高校時代はいかがでしたでしょうか?


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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