地雷屋と魚雷屋

◆「地雷屋」とは?

「こいつぁ春から、ぁ縁起がいいわい!」…これは歌舞伎『三人吉三巴白浪』に登場する盗人のセリフですが…

歌舞伎の世界で「地雷屋(じらいや)」ってご存じでしょうか?

多国籍軍に地雷を輸出・販売している業者…じゃありませんよ(笑)。


では、「天むす」をご存じでしょうか?
おむすびの中にエビの天ぷらが入っていて、なかなか美味いものです。
最近はコンビニや回転寿司にもあるようですが、あれを最初にお弁当として歌舞伎座に卸していた老舗が「地雷や(也)」です。

歌舞伎の演目にも「じらいや」というのがあるようで、凄まじい隈どりをした強そうな人物が描かれています。

でも「地雷屋」っていったい何者なんでしょうか?

パソコンで「地雷屋」で検索しても、ラーメンのチェーン店の紹介が出てくるばかりで、そもそも「地雷屋」とは何者なのか、なぜ歌舞伎に「地雷」が登場するのか?…そのあたりの疑問は解けません。

ためしに、ひらがなで「じらいや」と辞書をひいてみたら…


<自来也>

中国の宋の時代(←広辞苑には「明」と記述されている)に、「自来也」という怪盗がいました。

鬼才の持ち主で神出鬼没で、襲った家の門や扉に「我、来る也(われ、きたるなり)」と張り紙をしてくる、という筋の小節があるそうです(沈俶『諧史』に記載)。

「我来也」と自ら名乗ってくることから「自来也」

その話が、日本では江戸時代後期の文化3年(1806年)に、読本(よみほん)『自来也説話(じらいやものがたり)』として紹介されます。

三好家の浪士・尾形周馬(おがた しゅうま)。
じつはその正体は義賊(ぎぞく=違法行為・反社会的行動を行いながらも、大衆から支持される個人または集団)で、蝦蟇(がま)の妖術を使って活躍する物語です。

自来也003

その話をもとに、歌舞伎や浄瑠璃にも脚色されて上演されたそうです。

…なるほど、これでなぜ歌舞伎で「じらいや」なのか、疑問は解けました!


<児雷也・磁雷矢・地雷屋…etc>

「自来也」は、まるで「ルパン三世」の古代中国版といったところ。
単なる盗賊ではなく、頭がよくて強くて、独自の価値観で悪とたたかい、人々から支持され愛されているスーパーヒーロー!
そんな魅力が時代を超えてあるのでしょうか?その後もさまざまな「じらいや」は登場します。



ごく最近でも、プロレスラーに「磁雷矢」というのがいたり、「児雷矢」という漫画家もいます。
また1989年には「自来也」というオリジナルと同じ字でアニメが作られたり、ゲームソフトにも「ニンジャブラック・ジライヤー」があったり…etc.

やはり時代を超えて、世の中を斬るスーパーヒーローへの憧れとロマンがあるのでしょうね。



◆さて、一方「魚雷屋」は…?

くだらな~いジョークをメールにして、時ならぬ時に発射する魚雷マン。(09年夏ごろ、知る人ぞ知る“魚雷メール”“魚雷ギャグ”が誕生)

なんですが…

単に下ネタも交えて笑わせるだけが目的だったら、飲みながら目の前にいる相手に口頭で伝えた方が、相手が笑ったり反応する様子が見られて、安心できるし楽しいはずです。

それに、いま出ている話題の中でジョークを言うのは簡単ですが、時ならぬメールでも通じるためには、そこまでの前提、つまり話題の流れを文章化しなくてはならず、どうしても長くなってしまいます。 それでも、あえてわざわざ打つのは、それなりに理由があります。



言葉遊び・言葉探し・造語づくり・パロディ…はもともと好きでした。
でも、単品で思いつきで言うだけではどんどん消えていってしまいます。それをまとめてストックしておくのに、携帯のメモ帳はとても便利な機能。そのままメールにして送ることもできる。
…それがそもそものきっかけでした。

また、単にその場限りの思いつき的なジョークで終わるのではなく、離れた相手のことを思い出したり、会っている時に出た話題の延長で、相手の興味のありそうな世界、あるいは逆に相手がおそらくあまり知らないであろうと思われる世界…



文章にしていざ書いてみると、「あれ?」「どうして?」「なんだろう?」…という素朴な疑問もわいてきます。

決して小難しい話や知識をひけらかすつもりはありません。
「分かりやすく」をモットーに、調べて知る楽しみ、あらためて「へ~そうだったのか」「なるほど」と発見したり、感動したり、前から疑問に思っていたことが解けたり…
まさに知る楽しみのシェア、雑学辞典のようなものです。

また「こういうものはあるけど、こういうものはない。→もしあったら?」と反実仮想で膨らんで、とんでもない展開をすることも…そこに、たまたま世界人類共通の分かりやすい話題として『下ネタ』も絡んでくることもありますが、決してそれが第一目的ではありません。



ちょっと世間に目を向けてみると…

サラリーマンもOLさんも、子どもをもつお母さんたちも、娘・息子夫婦と同居しているお年寄りも…
みなさん相当なストレスをためておられることが日常会話からひしひしと感じられます。

なぜこんなにもストレスがたまる世の中なんでしょうか?

これは魚雷屋による、おしりかじり虫的なおせっかいですが…
今の日本って、人間の素晴らしい能力の中のほんの一部、知識(=記憶力)だけしか使ってない場面が多いように思いませんか?
小・中・高、大学、就職…、社会人になってからも、記憶力を競い合い、パズルを解くように“答え”を求め、正解の数で競わされ、試される…そういう仕組が社会全体にあまりにも多いように思うのです。

でも、理由も分からずにただ「○○=□□である」と覚えた(覚えさせられた)だけの知識は必ず忘れます。

「なるほど」と納得し、なんらかのイメージを膨らませてみる。自分なりに考える・感じる・表現する…といったことにトータルに頭を使う。
人とのコミュニケーションを大切にし、通じる表現を磨き、人を幸せにして、自分も幸せを感じる…。
そういうことに頭を使うことも大切ではないでしょうか?



自分に直接関係のあることだけにしか目がいかず、「○○するためにはどうしたらいいか?」的なハウツウに走り、情報という名の“知識”を追い求め、条件に合うものをカタログから選ぶように探し、わがままな自分のことだけでいっぱいいっぱいになる。

上から言われたことしかやろうとしない人が増える。

人の顔が見えない、人の気持ちが分からない、想像力が不足しがち、人にきちんと伝えることができない、問題を解決する力が弱い…etc.

思うようにならないと、「○○できないのは~~のせいだ」「あの人は自分より~~なのに○○だ」といった不満・ストレスがどんどん膨らんで蓄積されていきます。

そしてその先の究極には…

努力や解決を放棄して「どうせ自分なんか」と自ら命を絶ったり、「相手は誰でもよかった」などととんでもなく身勝手で短絡的な犯罪へ…



そこから抜け出すひとつのきっかけとして、愚痴や不満ばかり蓄積している部屋の窓をあけて、外を眺めてみませんか?

夕方の星空を眺めて、近くばかり見ていた目をちょっと休めて遠くに焦点を当ててみませんか?

子どもたちも関心をもつような、いや、自分も子どものころ目を輝かせて素朴な疑問をもった世界。
たとえば、虫や動物、宇宙や自然といった世界、あるいは鉄道や飛行機などののりものの世界、あるいは音楽や芸術・スポーツの世界…

それらは、そもそも人間の好奇心が発見し、つくり出してきた世界です。

子どものころ、そういう世界への関心や素朴な疑問にちゃんと応えてくれた、ちょっとマニアックな素敵な大人を尊敬し憧れたものです。願わくは、自分もそんな素敵な大人でありたいと…。

だから、今まさに“魚雷”なのです(←結論はそこか~!)



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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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