未熟な大人 から 素敵な大人へ

歌謡曲の世界では、一昔前には「ヤング」、さらに「チルドラン」へとどんどん低年齢化が進みましたが、最近また昔の映画音楽に代表される「大人の音楽」が注目されてきています。

音楽以外の世界でも、若いだけの「子ギャル」や可愛いだけの「アイドル」「おバカさんタレント」はもういい!若者の街・渋谷も、もっと大人にも似合う街へ。
テレビでも、かつてのアイドルが素敵なママになって子育て談義。街の看板も、「キャバクラ」「ギャル」に代わって「熟女」とか「美熟女」という看板が目につくようになりました。

ところで何歳ぐらいからを「熟女」と呼ぶんでしょうね? 二十歳を過ぎればもう「大人」ですが、「熟」という字がつくまでにはもう少々時間が必要なようですね。

ところで「未熟女」ってご存知でしょうか?

「未熟女」…いい年齢なのに大人になりきれていない、精神的にも社会的にも「未熟」な女性。男にもいるが「未熟男」とはあまり言わない。
(「未熟女」なんて言葉、私がいま勝手に作っただけなので現代用語辞典にも出てませんが…笑!)


会話力(=理解力・想像力・表現力)

人が健康で文化的に生活する上で必要な小中学校(義務教育)で学ぶ程度の「常識」もなく、あまりにものを知らない。その場だけの会話はなんとかなるが、ちょっと離れた相手とのコミュニケーションがきちんとできない。

その場のお喋りや電話でのやり取りは、相手と直接つながった状態での会話です。不明なことはすぐに聞き返せて、相手の反応もすぐ見えます。

しかし今ここにいない相手、電話にも出られない相手にも、メールを送っておく、サイト等にアップしておく、といったことで情報を伝えることができます。今はそういう便利な方法がたくさんあります。

今すぐには無理でも、そこそこのタイミングでは見ておく、見たら何か返す、尋ねられてることには次に連絡する時には忘れずに答える。それができないと会話が先に進めません。

相手との距離や多少の時間差はあるけど、相手の状況や求めている事をちゃんと理解して、それに答えてきちんと伝わるように返すことができれば、ちょこちょこ会えなくても多くが伝わり、お互いの人柄まで分かるものです。

会ってるその場での会話や電話での会話は、いわば至近距離でのカードゲームのようなもの。それに対してメールやサイトを通じてのやり取りは、離れた相手とのキャッチボールかパスゲームのようなものと言えるでしょう。

相手の位置や動きも考えてちゃんと受け取る、ちゃんと返す。本当の意味での会話力(=理解力・想像力・表現力)が求められます。
そう書くといかにも難しそうですが、本や新聞を「読む」、相手の気持ちを受け止め、お礼や挨拶など相手への思いを手紙=(mail)に「書く」といった、本来の人として当たり前のことに他なりません。


よく「メールだと気持ちが伝わりにくい」とおっしゃる方がいますが、短い文章でも人の感情は表れるもので、感謝や好意の気持ちで書いたのか、不平不満や抗議の気持ちで書いたのかはすぐに分かります。また大切な伝達は、声でいちど伝えただけだと聞き漏らし・聞き間違いの危険もありますが、文字ならば残るので確実に伝わります。

その昔、歌人たちは文字に気持ちを託しました。その場で口先で伝えるよりも、文字に書いて残す方が信憑性があるということもあるでしょうし、その表現に教養や人柄が表れるということもあるのではないでしょうか?

ところが…

未熟な大人たちの会話スタイル

その場での会話は楽しくはずむ。決して頭が悪いわけでもなく、人を大切にする誠実な人のように見える。簡単なチャット的な軽いメールなら交わせる。
でも一歩踏み込んだ中身のある会話になると…

●なかなか返信を返さない
●伝えたことの意味が分からない
●前に伝えたこととの前後関係がつながらずにぶつ切れ
●前に尋ねたことへの答えがないまま、新たに尋ねたことにだけ単発で答えてくる(相手が何を知りたいのか、全体像が見えてない)
●「見ておきます、やっておきます」と言ったことをいつまでも放置

当然の結果として…

●人との会話が「その場限り」で次につながらない
●人との関係も、知識や教養も深まっていかない
●「相手の気持ちに応える」ということができない

このいちばん最後が重要です!
人の気持ちが分からない、つまり社会性が乏しいということではないでしょうか。


「相手の気持ちに応える」ということ

社会性は、人としての「常識」と似た意味で使われます。
「常識」にも2つあって、覚えるだけの「知識」は、忘れたら調べればいい、実際に使ってれば覚えるからいいんです。問題は人としての「良識」です。

お礼や挨拶といった社交辞令も、ただ覚えて「知識」として身につけお決まりの行動パターンとしてやるのでなく、「相手の気持ちに応える」という良識の問題だと思います。



メールは、電話のように今すぐ話せない時でも送っておくことができます。
仕事中、会議中、演奏中、練習中、裁判中、手術中、修行中…etc.
誰でもいますぐに返せない状況はあります。それはいいのです。 でも送った側としては「ちゃんと届いたかな?」「読んでもらえたかな?」と気になっているものです。

たとえ演奏中でも裁判中でも、数時間では終わるはずです。「受け取りました」「見ました」をまず返し簡単な質問に答えるぐらいはできるはず。「いま~~中なので取り急ぎ」と。それが送った相手の気持ちに応えるということです。

忙しくて、バタバタしてて、メールが苦手だから、アナログ人間なんで、遠慮して…etc.
何日も放置しておいてそんな言い訳はやめましょうね。

さらに内容をじっくり見てみる・読んでおく・考えておく・なにかをまとめて返事する…といったことも、そこそのタイミングで。

グループ活動の場合、参加か不参加かの返事をいつまでもしなかったら、幹事さんはいつまでも会場の予約もできません。
また役割分担としてある時までに「やっておきます」と約束したことは、個人的な興味ややる気だけで「やりたい」のとは違います。
もし約束した時間までに間に合いそうもないなら、一刻も早くSOSサインを出して誰かに代わってもらうか皆で分担してもらうべきです。それが申し訳なくてできないのか、途中経過を尋ねても返事もなく、ずっと抱えこんだまま結局「できませんでした」では皆に迷惑がかかるということが分からない大人は本当に困ります。



人の気持ちは、時間の流れとともに変化します。
すぐに返事が来なくても、最初は「いま忙しいんだろうな」です。
でも、ある時間が経過すると「あれ?見てくれたのかな?」へ、さらに時間が経過すると「あれ、おかしいな~、大丈夫かな?」になっていき、やがて「何やってんだ!いい加減にしろよ!」へ。

どの程度のタイミングで答えるかは、ものによってそれぞれですが。
→ 「気持ちに応えるタイミング」参照


素敵な大人でありたい 

相手の言っていることをもっと理解したい、相手のことをもっと知りたい、自分の知らなかった世界を見てみたい、話題や感動を共有したい…etc.
そういう想いさえあれば、1か月でも、いや1週間・数日でも人は変われるものです。

たとえ片思いであっても、人は「恋」をするとそうなるようです。 恋をすると心が熱くなり生命力が増すのでしょうね。

仕事でもバイトでも学業でも、自分が今ここにいるのはとりあえず「仮の姿」で、「どうせ私は~~だから」と、まるでほんのひと時「足湯」に浸かっているような感覚で「心ここにあらず」という人が時々いらっしゃいます。

目の前にある物事に対しても人に対しても、自分には直接関係ない「他人事(ひとごと)」で、常に腰の引けた「無責任」。
目先の利害、時間とお金、言われた最低限のことだけ。そんな日々の連続で人生が過ぎていく…

素晴らしい出逢いがない、幸運に恵まれていないのではなく、心が冷めているだけではないでしょうか? ではどうしたら心を熱く持てるのでしょうか?

人の気持ちに応えるには、人の気持ちが分かることが必要です。想像力を豊かにすることです。ではどうしたら想像力を豊かにできるのでしょうか…?

私も決して人の気持ちをちゃんと理解しているとは言い難いようなことを口にしてしまったり、浅はかな行動をしてしまう人間ですが、私なりに求めているひとつの答えとして、想像力を養うひとつの方法は「好奇心を持ち続けること」じゃないかと思います。

子どもの頃の好奇心にあふれた日々をちょっと思い出してください。
花や虫や生き物たち・月や星・鉄道や飛行機…どんなものにも興味をひかれ、「どうして?」と疑問をもち、身近な大人に尋ねませんでしたか? 答えてくれる大人は近くにいませんでしたか?
そしてなんでもできる大人の世界に憧れませんでしたか?

子どものころはどうしてもできなかったこと、どうしても分からなかったことが今は当たり前にすぐ手の届くところにありませんか?そんな大人の特権をいい意味で使ってますか?

プラネタリウムを見て彗星の話を熱く語る子ども、恐竜展を見てジュラ紀の地球について尋ねる子ども、登山電車のスイッチバックを見て質問をぶつけてくる子ども…そんな子どもたちの純粋な好奇心にちゃんと答えてあげてますか? 
子どもからの鋭い質問を無視して、大人のしょうもない愚痴話に興じたりしてませんか…?

大人の世界は醜いもの、大人になんかなりたくない…そんな思いを子どもたちにさせたくありません。

JT大人
駅広告でもおなじみ、JTの「Think“OTONA”,Think MANNERS」より
 

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まさに!という共感できる面白い内容でスルスル読ませて頂きました。
熟女と美熟女の違いも?
顔?年齢?体系、性格?なんでしょう?
未熟女って、よくぞ出ました!って感じです。
本当にそういう女性、増えてますよね。
男性は、そうであっても、連れ合いや周りがフォローしてそれなりに成っていったり、たまにいたとしても、変な人で済んでしまいますが。
熟女なる年齢の女性がそうであると、幻滅してしまうんですよね。
やはり、良識、気持ち、思いやりの部分でしょうか。
お返事は、最低限、しなくてはいけません。
そして、相手がどういう状況であるか?差し支え無い頃合いを身図る事が考慮できれば尚さら良いし、又、文章が素敵なら、更に良いし、
お返事できないのは、マナー違反ですね。
忙しかったというのも自分勝手な言い訳ですね。
昔と違い、見た目はどんどん若く綺麗になっている昨今の熟女達。外見と内面のアンバランスを修復しなくちゃですよね。

Re: タイトルなし

Sono.Mさん

ご丁寧なコメントありがとうございます。
やはり最近お感じになられる部分があるのですね。
「未熟女」という言葉をひらめいたついでに最近たまっていたことを一気に書いてしまいました。

最近ちょっと経験した、チャットのサイトに引き込むための「釣り」と思しきメールの主がまさにそうだったんですが、演技にしてもよくありがちな会話スタイルでしたね。
こちらから問いかけてることへの答えがない、返信の内容がちぐはぐ、こちらから伝えたことをまったく理解していないなど、メールのやり取りが一度でスムーズにいかない…

これらは、コミュニケーション力(表現力)の低下だとずっと思ってきましたが、要は相手の気持ちに応えられないんだなと思います。そしてそれは想像力のなさから来てるんじゃないかなと思うようになりました。

女性の場合、なかなか話が通じなくてまどろっこしい、積極的に生きていない、流されている…といった形に表れますが、男性の場合は同じ自己中でも相手を攻撃するようなワガママ、失敗は人のせいにして責めるといった、相手を攻撃する方向に出ることが多いような気がします。

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Re: 未熟女

鍵コメさん

とくに誰かの至らなさを暗に指摘するつもりはなく、これまでこの「コミュニケーション」のカテゴリに綴ってきたこととも共通して、今どきのコミュニケーションに見られる「人」として忘れてはいけない大切なところを考えられたらと思っています。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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