打ち砕かれた感動物語 またしても騒ぎ過ぎでは?

3月10日(月)


「聴覚を失った作曲家」を演じてきた佐村河内守氏が、髪を切りサングラスを外して2時間半に及んで会見したのが先週末。
何人かの人からあらためて「高木さんはどう思いますか?」と尋ねられました。

が、私は問題が発覚した翌日(今年の2月6日)にブログにアップした記事と基本的に思いは変わっていません。
「現代のベートーヴェンは実在しなかった ~佐村河内守&新垣隆~」

記者会見の様子に「本当に反省しているのか、言い訳してるのか?」という批判はさまざまなコメンテーターも述べられている通りですが、自ら「共犯者です」と名乗り出た新垣氏の証言と佐村河内氏の弁解が食い違っているだの、今の本当の気持ちはどうなのかだの…正直どうでもいいじゃないかと。
二人とも「作られた物語」が嘘であったことを認め、いちおう謝罪の言葉を並べているのだから、少なくとも事実を隠ぺいしているどこかの企業のトップや政治家よりはマシでは?

マスコミ(番組制作サイド)が事実を見抜けなかったという責任もあるだろうが、「障がいを乗り越えて」「音を失った作曲家」が「被災地の少女のために」…という『物語性』に酔いしれて大々的に取り上げたことへの反省もあってしかるべきだし、そもそもそういう感動を求めてきた日本社会全体の風潮も背景にはあるでしょう。

彼らの犯した誤ち・裏切りは決して許されるものではなく、被災地の人や障がいをもつ若い演奏家やその家族をどれほど傷つけたか。その方たちは心から気の毒だと思います。だったらなおさら、今はもうそっとしておいてあげたらどうなのでしょうか?

佐村河内氏を「悪の権化」のように吊し上げるのは簡単でしょうが、「またしても騒ぎ過ぎでは?」「正直もううんざりです」というのが私の率直な思いです。
 

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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