『ゾンビ』の行動科学

やや辛口、というか、かなりブラックですが…
私としては素朴な「なぜ?」へのひとつの答えです。



日本人として忘れたくない言葉のひとつに「臨機応変」というのがあります。

いい意味での「こだわり」は大切。職人さんのような「頑固さ」はけっこう好きです。「優柔不断」は困ります。
でも、日常生活の中で、当たり前の一人の人として、その時々の周りの状況を判断して、柔軟に対応できることは大切です。

「優柔不断」ではない、いい意味での「臨機応変」は日本人が育んできた素晴らしい文化だったはずです。

それがどうも最近、マニュアルがないと何もできない無表情な「ゾンビ」たちによって危機にさらされているように思うのです。


~ゾンビたちの行動パターン~

【駅・電車・バス編】

●駅までの足取りは常に一定で、季節の移ろい・花鳥風月に振り返ることがない。

●駅に着くとさらに足が速くなり、自分の進路を決して譲らない(たとえぶつかっても直進する)。

●反対方向の電車が発車した音にも反応して階段をかけ上(下り)る。

●バス停に、乗りたい行き先以外のバスが来て、後ろには大勢並んでいても、乗るのか乗らないのか意思表示することなく無表情に突っ立ったまま。

●電車やバスの車内に一歩足を踏み入れると足がよどみ、ドアの前に立ち止まる。

●混んでる車内から降りたい時、「すみません」「降ります」など一声かけることなく黙って人を押しのける。

●目の前の席の人が立ち上がってるのに、「すみません」と言われるまで微動だにしない。

●座席の両隣が空いて、目の前に老夫婦や親子連れがいても、どちらかにひとつずれて寄ってあげようとしない。(テトリスゲームをやってたりして…)

●網だな全体が空いているのに、一番端っこ(=ドア脇の一番混み合う場所から荷物を乗せたい人がいるかもしれない)にバッグを乗せる。

●ロングシートの端、連結扉付近など、とにかく箱の隅っこに執着する。

●お決まりの経済新聞を無表情に眺めていることが多い。


【街・飲食店編】

●朝から雨の日は、たとえもう降っていなくても、外に出ると自動的に傘を広げる。

●歩道、店の出入口、エスカレーターの乗降口、改札口前…etc.人が通行する場所(導線上)に平気で立ち止まる。

●点字ブロック上を歩いてくる視覚障がい者がいても、点字ブロック上から動こうとしない。

●ハンディのある人や何か困っている人が目の前にいても、ひと声かけることをまずやらない。

●救急車がサイレンを鳴らしてすぐ近くに来ていても、横断歩道を悠々と歩いている。

●食事が済むと、立ち上がったその場で(まだ食べてる人がいるすぐ脇で)上着やコートを着る。
レジ付近に充分なスペースがあっても、さらに建物内のレストランで店を出てもすぐに外気にさらされるわけではなくても、とにかく席を立つとすぐコートを着る。

●自転車で出かけると、人の多い商店街や歩道でも絶対に降りない。信号も守らない。


いずれも結果的にとんだ迷惑行為ですが、必ずしも「迷惑行為=ゾンビ」と定義づけているわけではありません。強い意思をもった凶悪犯罪者をここでは「ゾンビ」とは呼びません。

自転車で赤信号を無視することを除けば、とくに「違法行為」を行なっているわけでもなく、一見すると「人畜無害」なんですが、周りのことに一切「われ関せず」で、一瞬先のことも想像しようとせず、「状況判断」できない人たち。決められた日常パターンの中を夢遊病者のごとく無表情に…



たとえば、荷物をたくさん持ったお年寄りが向こうから歩いてくるのを見たら、身軽な若い者がほんの少し進路を変えて道を譲る。そうすれば相手も「あ、すみません」「ありがとう」となります。何気ないちょっとした行動を示すことで嬉しい言葉が返ってきたら気持ちいいはずです。

それを無表情に頑固に進路を譲ることなく直進したらぶつかり、お互い「このやろう!」となります。
とってもストレスのたまる社会はこうしてできていくんだと思います。

周りを見てちょっとした状況判断で臨機応変に行動できない人というのは「余裕」がないのでしょうか?忙しいから自分のことだけで「いっぱいいっぱい」なんでしょうか?
いいえ、自分のことに「いっぱいいっぱい」だからいつまでたっても周りを見る余裕が生まれないのです。
「いっぱいいっぱい病」

そういう人たちの日常にもう一歩踏み込んで観察してみると…


【会話・行動パターン】

●食事中も、まるで「しゃべる会社用語事典」

●自分の仕事(=与えられたこと・言われたこと)以外に関心も問題意識もなく、融通が利かない。当然ながら社会に対して自分の意見・考えというものもない。

●「ニーズと需要は?」「採算は?」といった会社的発想だけじゃなく、「オレはこういうものを作りたい」という夢はないの?

★注)以上3つはほぼ同義。みなさんホントに仕事を愛してらっしゃるというか、真面目なんですね。でも仕事の「型」から抜け出せない「堅物」さんはちょっと困ります。どんな仕事も「社会のため」にあるのでは…?


●通勤ルートの話題、マイホームの話題、車の話題など、とりとめのない会話がやたら長くつづく。
自分の「意見」をあまり出さなくてもすむ「当たり障りのない社交辞令」をよく心得ているんですね。

●ちっとも可笑しくないことでよく笑う。
なんでもない一言に「ガハハハ…」と意味もなく入る笑い。相手と敵ではないことを示し、衝突しない術を本能的に心得ているらしい。

●「~~は~で、~~は~だから、~~は~~だし…」と、ただ知識・情報・条件を並べただけの会話が延々と続き、自分自身を語らない。

●「あなたは~~」と一歩踏み込んだ話になると、すぐに言い訳・自己防衛にまわる。
さらに自分の領域に踏み込まれるとすぐキレる、壊れる、フェードアウトしていなくなる。



「このうちいくつ思い当たりますか?」なんてアンケートを取るつもりはありませんが、一事が万事。 

他人と関わるのが面倒で、当たり障りなく生きて、自分さえ良ければいい。目立ったことはしない、自分を出さない。周りとの衝突をさけるには、お面をかぶったような無表情で黙っているのが都合がいいのでしょう。

スーパーのレジに「袋は不要です」という札がぶら下がってますが、黙ってかごにあの札を入れるんじゃなく、「袋はけっこうです」の一言ぐらい言えないんでしょうか?
オートロックのマンションから食券販売機に至るまで、他人と顔を合わせず言葉も交わさないで済むことがそんなに安全で便利で快適なことなんでしょうか…?

どんなに便利な世の中になっても、他人とまったく関わらずに生きていくことはできません。
災害時などいざ困った時はお互い助け合わなくてはいけないし、日常のちょっとした場面でも会釈・笑顔・挨拶は心地よく、何ごとも一声かけ合えたら気持ちよくスムーズにいくはずです。
お面をかぶって無言のままでは、何を考えてるのか分からず、気持ち悪いですね。

人との衝突を避けるはずのお面が、かえって相手をイライラさせ、ギクシャクした関係を作り出し、結果的にストレスが溜まる社会になっていきます。お面をつけたままではそのストレスにさえ気づきません。

人間関係は鏡みたいなもの。
笑顔の素敵な人の周りはみな笑顔になり、しかめっ面にはしかめっ面に、無表情には無表情に…



犬でも、犬好きな人にはすぐ反応してしっぽを振ってくれますから、こちらも安心して近づいて撫でてあげると、笑うような顔をしてじゃれついて来ます。
逆に人間に対して不信感を持った犬は、目が合うと鼻柱にシワをよせて「ウ~」と唸るので、こちらも近づきません。

一番困るのは、まったく無表情な犬。
手を近づけても無表情に見ていて、一定の距離に近づくといきなりガブっと噛みついて吠える犬。

「何なんだこいつは!」
世界中どこでもワンちゃんとはすぐ仲良くなれる私でも頭に来る「ゾンビ犬」です。飼い主に似たんでしょうか?

★このカテゴリー「一歩踏み込んで言わせて頂きます」のひとつ前に書いた記事とも関連します。
→ 「ちょっとした想像力・表現力を!」

こういう辛口をつづるのってちょっとはばかられますが、音楽・芸術や自然など美しいものを追い求めると、どうしても醜いものにも敏感になります。
平安の文学美女・清少納言も『枕草子』に「美しい(かわいらしい)もの」とあわせて「にくきもの」というくくりで色々とむかつくこと、いらつくことの数々をつづっています。

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よくまとめて下さいました!
最近ホントに多いですね、ゾンビ。どれもこれもよく言い当てられていて痛快、ごもっともだと思うことばかりです。

Re: タイトルなし

Gaoさん
勇気ある同意のコメント、ありがとうございます。
直接は反応されてない方たちの中にも、多かれ少なかれふだん感じておられることばかりだと思います。

前の記事にも書きましたが、ちょっとした想像力を働かせる頭は、IQ値で見るような頭の良し悪しとは関係ありません。社会に対して、いや、ほんの1メートルを超える身の回りのことに少しは関心をもつかどうかでしょう。

ほんとうによく書いてくださいました。スカッとします(笑)。
電車に乗ってて、奥がまだあいていてあと半歩奥に詰めてくれたらいいのに、ドアの前からガンとして動かないオヤジには本当に頭にきます。乗ってくる人がいてこちらも好んで接近してるわけじゃないのに、ぐっと力んで押し戻してくるんです!状況みて分かんないの!このバカオヤジ!と言ってやりたくなります。すみません、汚い言葉になってしまって…

第一楽章さんの冷静で鋭い分析に感謝です。みんながもうちょっと柔軟になってくれたら住みよい社会になるのに。またこういう記事書いて下さい。

Re: タイトルなし

hiroさん、ありがとうございます。

「いい湯だな」のメロディで「♪ボボンボランボンボン」「柔軟剤~」ってCMがありましたね(笑)。

ドア付近でがんとして動かないバカおやじ、よくいますよね!あと一歩を譲らずにその場所を死守する意味があるんでしょうか?
憐れみを込めて言わせていただけば頭が硬いのです。そしてお気の毒にたいてい硬いのは頭だけです!これは単なる揶揄ではなく、ちゃんと科学的な根拠があるんです。hiroさんはたしか脳科学にお詳しいんでしたよね?
頭が硬い、マニュアル通りでないと何もできない、その場の空気に柔軟に対応できないということは、左脳ばかり使っていて右脳が弱いんです。すると、リラックスをつかさどる副交感神経の働きが鈍くなるのです。
あまり詳しく書けませんが、お分かりですよね?頭の硬さは子孫繁栄にも支障をきたすということです、はい(笑)。

まさに言い得て妙ですね!

この現象は世代問わずですね。

アタマが弱いのか、心が壊れてるのか。。。

人生の中で面倒な事を避けて生きている感じですね。
そんなんでつまらなくないのかな〜。
受身な生き方ですよね。

私に言わせれば「人間モドキ」ですかね。

決して進化した姿ではないですよ。
むしろ退化してる。

何かこう、全ての点で「ちぐはぐ」だと感じます。

踏み飛んで相手の事を指摘すると、すぐキレる人種多いですね。
心が弱いから逆ギレするんですよね。知識ばかり持っててもそこから知恵が無い。
マニュアルで得たものはマニュアルの内容そのままだけ。
応用も発想もそこには無い。

こんな世の中、なんとか私も含めて皆さんで地道に変えて行きましょう!

周囲の仲間から伝搬させて行くしかありませんね!^_^

Re: まさに言い得て妙ですね!

Hilopさま

またまたコメントありがとうございます。
そうですね、間違いなく「進化」ではありませんね。パズルやクイズをやったらどうかというIQ値で図るような頭の良い・悪いとは関係なく、他人とのかかわりや社会に対してまったく頭をつかっていない、ということです。

今回は、こういう現象があちこちで見受けられる「現象」について書きましたが、「なぜこうした現象が増えてきたのか?」という部分、いわゆるゾンビ増殖の「原因」についても考えてみたいと思っています。軽く予告しますと…



最近、さまざまな職場の人間関係で悩む人の中に、直属の上司が「とても変わった人」で、「他人の気持ちが分からない」「無神経な暴言を浴びせられる」「機嫌のいい時と悪い時の落差が激しく感情的になる」ということで非常にストレスを溜め、場合によっては鬱になってしまったり…という話しが非常に多いように思います。私の知り合いの中でも今現在数人いらっしゃいます。

いっそ「セクハラ」とか「パワハラ」といった明確なものがあればそれなりの対処の仕方もありますが、そういう上司の多くは「仕事はちゃんとできる」、社内規定や法的にやってはいけないことはちゃんと分かっているのです。だけど日常的に非常にわがままで「人の気持ちが分からない」、いわゆる「困った人」「変わった人」…つまり「社会性のない人」なのです。なぜそういう人が多くなってきたのでしょうか…?

アスペルガー症候群というのがありますが、自閉症のひとつのカテゴリーで、「病気」というより「傾向(スペクトラム)」として言われる呼び方です。
芸術家や数学など専門知識を必要とする世界では、極度の集中力が要求されます。そういう場面では多少なりともワガママで自分の世界にこもる傾向は誰にもあるでしょう。でもそれが極端で、あまりにも「他人の気持ちがまったく分からない」「極端にわがまま」では困ります。その傾向のどこまでが「正常」でどこからが「異常」なのか、はっきりと線は引けません。

思うに、生まれながらの脳障害や学習障害ではなく、他人の気持ちや周りにかける迷惑などを考える機会もなく、「社会性」を身につけることなく大人になってしまったのではないか、ということがあります。

電車の中や病院の待合室で騒いでいても親からまったく注意されない。周りももちろん何も注意しない。学校の中でも好き勝手に動き回ったり授業中に不規則発言を繰り返したりしていても、先生からあまり厳しく叱られない…etc. そんな現象を見受けるようになってからもう何十年たつでしょう?

そういう子どもたちも今はもういい大人になっています。社会性(=人に迷惑をかける、人の気持ちが分かる)を身につける機会がないまま大人になってしまった人というのが少なからずいるはずです。

仕事も昔にくらべより専門化・細分化がすすみ、より専門的に特殊な能力を磨き、競争の原理で厳しくなっています。すると専門的な知識はもっていて、集中すれば頭脳は素晴らしいのだけれど、いわゆる「専門バカ」といいましょうか、さらにそれが進んで他人と関わることが極端に苦手ということが起こりえます。

そういう人が増えてくると、なるべくそういう他人に関わらないように、気にしないように、こちらも自分の意見を出さないで上から言われたこと・決められたことだけを淡々とこなしていこう、という生き方をする人も出てきます。電車内でも街中でも、通り魔とか刃物をもったおかしな人間が現実にいますから、なるべく他人の言動には見て見ぬふりをする人が増える。

つまり社会性のない人が悪い循環を引き起こしてさらに「ゾンビの輪」が広がっているのではないか…と。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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