人をつなげる力=「物語」

1月7日(火)


まだ学校の新学期がスタートしていないので、久しぶりに早い時間に帰宅して食事しながらNHK「クローズアップ現代」を観ました。

先ごろ、日本各地で活動するNPOの代表など50人ほどを集めたワークショップが開催されたそうです。
ワークショップの講師を務めたのは、およそ半世紀に渡ってアメリカで市民運動の組織化に取り組み、オバマ氏を黒人初の大統領に導いた、ハーバード大学講師のマーシャル・ガンツ氏です。


人をつなげる力

NPO活動に限らず、リーダーに求められるのは「人をつなげる力」。
とかくリーダーは、自分だけが特別に光り輝いていようとか、万人に好かれるようなカリスマ性がなくてはいけないとか、自分がすべてを把握してやろうとしてしまいがちになるけど、それは間違っているとガンツ氏はいいます。

一人が中心になって動くのではなく、その趣旨に賛同して動く人が複数現われ、さらに人の繋がりによって行動の輪が広がっていくこと、すなわち「人を惹きつけ、動かす力」「物語り」が大切である、と。

所属する組織、そこでやっている仕事、参加している活動、最近感動した本や映画、最近はまっていること、好き嫌い、尊敬する人の話…etc.  そうしたものを並べても本当に「あなた自身」を語っていることになるでしょうか?

仮にどんなに素晴らしい活動でも、すでに同じ思いで一緒に参加している人と同じ感動を初対面のあらゆる人に伝えて分かち合うのはなかなか難しいものです。
 
口で説明しようとすると、活動の趣旨・成り立ち・トップにいる人の経歴・素晴らしさ・、さらにどこから援助を受けていて、お金の流れはどうで、将来の事業展開や目標は?…といったこと(あなた自身のことではなく、組織や活動のこと)を延々と説明しなくてはなりません。ともすると勧誘員か、銀行やスポンサー企業を説得するような口調になってしまったりします(笑)。
そこに時間とエネルギーを費やして説明しても、「なるほどね、そういう活動は素晴らしいですね」で終わってしまうことも。

ではどうしたら本当に理解が得られ、感銘を与え、感動を分かち合え、共に活動する同志と出会い、輪が広がっていくのでしょうか…?


1. 「ストーリー(アイ=私自身の物語)」 

ガンツ氏によれば、まず「私自身がなぜ今ここにいるのか」を語ることだといいます。
自分の経歴や所属、今やっている活動の素晴らしさを延々と語っても、必ずしも「自分自身を語る」ことになっていないことも多いです。「なぜ私は?」の部分ですね。

単に「好きだから」「興味があったから」「面白いから」「たまたま、なんとなく」ではなく、自分はどういうことをやってきて、どんな問題意識・興味・関心をもち、どんな出会いがあり、今この活動に取り組むようになったのか?
自分にとって転機となった出来事、悩み、ひらめき、一歩踏み出そうとしたきっかけ。そして今ここにいる「わたし自身」。…そこをいかに語れるか?

人に信頼されるには、まず「自分」をさらけ出すことから。

ところが最近の日本人は「自分を語る」ことに慣れていないように思います。
周りを気にしたり、相手を気づかってしまうのでしょうか。自分の肩書きや立場は告げても「個人的な思い」について語るのはもっと親しくなってから、と思う傾向があるのかもしれません。
 
自分の好きなこと、最近はまっていること、商品知識などの「情報」についてはいくらでも語れるのに、自分自身の思い、「なぜいま私はここにいるのか」について語る部分が抜け落ちていることが多いように思います。 

どんな人の人生も、先のことは予想できないことの連続、予定外の困難に直面しながらも、そこで何かに気づき、なんとか壁を乗り越え、何かを選択し、新しい道を切り開き、開かれ…人生そのものが「ストーリー(物語)」ではないでしょうか。

ただ、勘違いしないでくださいね。会社に入社してから今までどんな部署に転属して、どんな業務を経験してきたかを延々と語られても困ります。
結婚式のスピーチでも、交流会の自己紹介でも、たまにそれに近い勘違いさんがいますが、誰がそんな話に興味をもって最後まで耳を傾けるでしょうか(笑)。 
「自分を語る」ということは「身の上話」ではありません。自分の所属や好みをだらだらと並べることでもありません。

いま伝えたい「テーマ」や「活動」に出会ったきっかけ、それまでの私の経験や思い、この活動に入ってからの私、これからの目標や想い…etc.
何かを学ぶにも、何かを始めるにも、何かを目指すにも、かならず動機(モチベーション)があるはずです。そこには他の人とは違う「私だけのオリジナルのストーリー」があるはずです。そこを手短にきちんと伝えられるかどうか? 
 
「なぜ自分は今ここにいるのか?」「なぜ私はこれを目指しているのか?」「今ここにいる私は何なのか?」…ふだんからそういう切り口で自分と向き合ってみる、そして表現してみることも大切かもしれませんね。 


2.「アス=私たち」

つぎに重要なのは「私たち」という感覚の共有です。
語り手である「私」と、いま目の前にいる「あなた(たち)」との共通のテーマがあるということが大切です。
決してひとりよがりの「おたく」が、「マニアック」に、「特別なこと」をやっているのではなく、目の前にいる人にも決して「ひとごと」ではない大切なテーマがあるということ。つまり問題意識・目的の共有です。
「ああ、そうですか」で終わることなく、ぜひもっと知りたい、できれば見てみたい、できれば一緒に参加したい、ひいては「じゃ、一緒にやりましょう」になったら素晴らしいですね。 
 

3. 「ナウ=今」

そして、なぜ「今」なのか?まさに流行り言葉の「今でしょ!」ですね。
「いいですね~」「私もいつかやってみたいです」と、1年後も同じことを言っているようでは何もはじまりません。目からうろこが取れたように、じっとしていられなくなって、今からでも始められることからまず一歩を踏み出そう、となれるかどうか?

もちろん行動を決定づけるのはひとりひとりですが、本気で「共に行動しよう」という気持ちを起こさせるかどうか?
これはプレゼンテーションにも共通して言えることですね。



日本はいま様々な困難に直面しています。
福祉や雇用、格差の是正、地域再生、東日本大震災からの復興などの課題に対し、私たち一人一人がつながり、力を結集していくことが求められています。

人にもはもともと、他人にもっと理解されたい、人とつながりたい、人と一緒に何かに参加したい、という欲求があるはずです。問題は自分がその当事者となれるかどうか?

特別な能力をもったカリスマでもない、ごく「ふつうの人」「物語」が持つ力。
それは、私たち一人一人が社会を動かす当事者であるという意識と、それを表現しようとする力ではないでしょうか?


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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