特定秘密保護法成立…これから問われる民意

12月7日(土)

きのう6日(金)、国会の会期を2~3日延長するという動きも一時ありましたが、夜11時過ぎに「秘密保護法案」を採決。やはり奇跡は起こることなく参議院本会議で可決・成立されてしまいました。

ちょっと風邪っぽかった私は、夜11時過ぎのこの可決・成立のニュースを見ていたら鼻がつまり頭痛がひどくなってきたので寝てしまいましたが、国会では傍聴席から靴を投げ込んだ人がいたり、外で機動隊に体当たりしたり唾を吐きかけたとして男性3人が逮捕されたそうですね。

気持ちはわかります。こんな国民をばかにした決議はありません。でもそんなことをして逮捕されるなんてばかばかしい。

もし国会にDJポリスがいたらなんと叫んだでしょうね。

「私もみなさんと同じ気持ちです。腹立ちますよね、本当に。私も国民のひとりとして本当に石を投げつけたいです。つばを吐きかけたいです。でもそんなつまらないことで逮捕されたら、あなたの大切な将来に傷を残すだけです。愛する家族が悲しみます。あなた自身もむなしくなるだけです。マナーを守っていいデモをやって、歴意に残る政府の汚点をしっかり瞼に焼き付けて家に帰りましょう」…とか?


日本人であること

私は改めて、この日本に生まれ、日本人として生きていることを嬉しいと思えるのか?…この数日ほど自分に問いかけていました。

海外から日本に帰ってくると、言葉が通じる、日本のおそば・ご飯・お寿司が美味しい、京都や鎌倉に行って日本の伝統文化に触れたとき、お箏の音色を聴いたとき… etc.
日本人でよかったと思えるのは、おもに伝統・文化の面です。

でも今の日本の政治や社会のシステム、あまり考えることなく私利私欲にばかり走る人たちを見ていると、自分も日本人であることが恥ずかしく情けなく思えてくることが多いような気がします。

でも私は今の世の中に革命を起こそうとか、現政権を打倒しようとか、自分が権力を持とうなどとはこれぽっちも思いません。

世の中には真面目にひたむきに生きている人たち、素晴らしい音楽を紡ぎだしている人たち、世界の頂点を目指してスポーツの技を磨いている人たち、伝統工芸を守ってものづくりをしている人たち、思いやりに満ちたやさしい人たち…権力など持っていなくても素晴らしい人たちが大勢います。

そういう人たちが安心して幸せに暮らせる平和な世の中であってほしい。曲がった政治・権力によってそういう人たちが不幸になることは決してないようにと。

今回の特定秘密保護法案をめぐって10月からもう何度となくブログにつづってきましたが正直もう疲れました。でも、心ある多くの国民が問題意識をもって行動しはじめたことを今回大いに実感し、勇気づけられました。

今後、われわれは日本の政治とどう向き合ったらよいのか?
フェイスブックでのやり取りで書いた文面も流用しつつ、いま言えることを私なりにつづってみます。


■政治はだれのため?

東日本大震災から2年8か月になりますが、復興支援はどこまで進んだといえるでしょうか?
原発事故の処理は?放射能汚染対策は…?

途中で政権交代もありましたが、国会では「いつ辞めるんだ」「責任は」といった議論にかなりの時間とエネルギーが費やされていたように思います。

みなさん口先ではすぐに「国民のため」と口癖のように言いますが、国会は「国民のため」の審議をどれほどやっているでしょうか?政府は「国民のため」に本当にどれほど動いてくれているのでしょうか? 官にも民にも、弱い立場の国民を支援するしくみが十分にできていると言えるでしょうか?

大手企業や財界、そしてアメリカのご機嫌伺いばかりして、●国民のことは後回し、●国民からは税金を吸い上げ、●国民を助ける予算は削り、●国民にばれないようにごまかして、●国民をうまくだまして丸め込んで…

そのもっとも最たるものがきのう可決した「特定秘密保護法案」ではないでしょうか?
今回の非道を目の当たりにして、われわれ国民は政治にどう向き合ったらよいのでしょう?

「こんな自民・公明党を選んだのはわれわれ国民→だからしょうがない」なんて言っていてはいけません。

どの候補者も「私は秘密保護法案をつくり、憲法を改正し、アメリカとともに戦争する国をつくります」なんて少なくとも表だって公約して立候補した議員はいません。なのに、こんな法案をつくり、多くの国民も見識者も国際世論も反対を唱えているのに強引に押し切った…これは明らかに国民への裏切りです。


これまでの自民党・安倍政権を振り返って

ちょうど去年の今頃、総選挙では「民主には裏切られたから、やっぱり自民しかないかな?」という風潮が大多数でしたよね。
自民、それも安倍政権になったら、企業・財界中心の経済政策がすすめられ、消費税は上がる、憲法を改正して自衛隊の活動枠を広げるなど右傾化が進む、ということはもうわかっていました。でもみなさんそのころは何もわかってらっしゃらなかった。

アベノミクスが、いかに大企業・財界優遇で国民いじめのものか、そして今回のこの法案の強行採決でみなさんもようやく気づいて、短期間のうちに意識・行動が変わったと私は見ています。

ほんの2か月前のNHKの世論調査では、国民の74%が「秘密保護法案」について「知らない」または「あまりよく知らない」だったんです。→ 
「秘密保護法案を知らない人が74%」10月16日
私の周りでも「個人情報が保護されるならいいんじゃない?」程度の認識の人がいました。

自民党・安倍政権としては、それをいいことにサクっとこの法案を通そうとしていたんでしょう。
ところが芸能人・文化人・著名人・学識経験者・国際世論などの意識が高まってきて、国民も騒ぎ始めた。議論を長引かせるほどまずい、という焦りから今回の強行採決に至ったのではないかと私は見ています。

「次の総選挙までまだ時間があるから、そのうちみんな忘れるだろう」などという自民党側の甘い思惑どおりにならないよう、いまこそ国民が「まともな考え・まともな意見」に目覚め、次の選挙では態度に示すことが重要でしょう。


「反対=議場を退席して棄権」は民主主義のルール違反

これはもうだいぶ前からおかしいと思ってきたことですが、重要な審議事項に反対の場合、野党議員が議場から退場してしまうこと。

いくら駅前で演説するときに現政権の政策を批判していても、肝心な国会の審議の場で退席してしまってはなんにもなりません。 

たとえ野党がいくら反対しても「数の原理」で与党が勝ってしまう。「話にならん」「賛成なんかしないぞ」という意思表示のつもりかもしれませんが、議場を出て採決をボイコットする行為は民主主義そのものを放棄することです。

きのうの参議院本会議でも、夜10時50分ごろのニュースでは法案に反対する民主党の議員が退席したと伝えていましたが、「やはり採決にはちゃんと出て反対票を投じよう」という呼びかけがあったらしく、いったん退席した議員たちが議場に戻りました。
結果、賛成130で可決成立はしましたが、反対88という数字は出ました。
たとえ数で押し切られるとしても、反対は反対として票を投じる、それは民主主義の大原則のはずです。


「数の原理」を考える

今回の自民・公明の「数の原理」でこの法案が通されてしまったことに憤りを感じた人も多いことでしょう。

現在国会内では与党である自民党、および自民党に従っている公明党で圧倒的多数の議席を占めています。いわゆる「数の原理」という言葉で懸念されていたとおり、どんな悪法でも、どんなに国民や心ある野党が反対しても、与党が過半数を占めていたらこういうことは起こり得るのです。

政権を握っている与党が議席数過半数に達しない状態を「ねじれ」と呼びますが、私はむしろその方が民主主義にとっては安全だと思うのです。

たとえば与党が他のどの党よりも議席数が多ければ与党として最大なわけです。でも過半数である必要はありません。仮に与党の議席数が40%程度であれば、もし間違った道を独走しても野党がすべて反対すれば成立しないのです。

そういう意味で、選挙は「勝ち馬予想」ではありません。「どこが優勢かな」と勝ちそうなところに一票を投じる人が多くなって、ある政党ばかりを全国的に圧勝させることは非常に危険なわけです。

ちょうど去年の今頃、総選挙を前にこのブログに書いた記事と本質はあまり変わらないはずです。 いま改めて、われわれ有権者はどういう意識で政治と向き合ったらよいのか…

国民と政治 
今こそ少数派の代表として

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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