救急車が最近なぜかけたたましい…?

12月4日(水)


東京都内を走る救急車やパトカーなどの緊急車両が最近やたらとけたたましくなったような気がしませんか?

でも、1970年代の前半にパトカーと救急車のサイレンが今の音に変わって以来、最近とくに音量を大きくしたという話は聞いていません。

緊急車両のサイレン音

1960年代はパトカーも救急車も今の消防車と同じ「ウーウーウー」というサイレン音でした。古い刑事番組や映画をご覧になればお分かりになると思います。
私がまだ小学校の低学年だったころ、「サンダーバード」に登場するイギリスの救急車の音が「ピーポーピーポー」(「ピー」が低くて「ポー」が2度上の音)だったのがなんともとぼけた感じに聞こえたものです。
それが、大阪万博のあった1970年ごろだったでしょうか、日本のパトカーと救急車の音ががらりと変わりました。救急車は「シーソーシーソー」の音程に。
近づいてくる音よりも遠ざかる音はドップラー効果で半音下がり「シ♭ーソ♭ー」になります。フルートやヴァイオリンを使って宴会芸でやられた方も多いはず。一方パトカーはなんとも不協和音の混じった「ギュユギュユギュユ…」に。


深夜の救急車はお決まりの「シーソーシーソー…」音だけで走行していることが多いですが、昼間の走行で交差点に進入する際に、古典的なサイレン音(ウーウー)を併用したり、拡声器で「緊急車両が直進します、右に曲がります、道をあけてください」などと叫んでいます。
冒頭に書いた「最近やたらとけたたましくなった」と感じるのはその点です。なぜあそこまでやらなくてはならないのでしょうか?

昔に比べて急病人が増えたため救急車が大忙しで、急患を早く病院へ搬送し、ほかの現場にも急行しなくてはいけないんでしょうか?
いいえ、そうではないと思います。人口密度のわりに救急車の数が不足気味ということもあるかもしれませんが、だからといって救急車が以前よりスピードアップして走行するようになったわけではありません。

今の救急車は昔に比べて救急救命・応急処置のために必要な設備や計測器をたくさん搭載しており、患者を乗せたあと必要な処置をする一方で受け入れ先の病院を探して連絡をとり、確実に受け入れ先の病院が決まってから発車するので、現場に30分以上停車していることも少なくありません。いずれにしても昔に比べて救急車が急いで走行しなくてはならくなったとは考えづらいのです。



ひとつ考えられるのは道路環境の変化でしょう。都内では車の数も多くなり、あちこちで渋滞も慢性化しています。そういう中を一刻も早く現場や病院へ急行しなくてはならない緊急車両を運転するのはさぞ大変だろうと思います。

でも、よほど狭い道路で完全に身動きも取れないような渋滞ならともかく、現場以外では比較的大きな通りを走行します。ちょっと周りの車が左に寄せて停止するなど協力し合えば緊急車両が通れる場合が多いように思います。

ところが最近は、緊急車両がサイレンを鳴らして近づいているのに、窓を閉め切ってカーラジオの音を大きくしていて聞こえていないのか、はたまた状況判断してメリハリのある運転のできないドライバーが多いのか、車線の真ん中をゆうゆうと走行している車をよく見かけます。

「緊急車両の音が聞こえたら、車を左に寄せて止めなくてはいけない」というルールは、単に免許をとるために必要だから覚えなきゃいけないことだったのでしょうか?
交差点のすぐ近くや狭い道路に迷惑駐車をしたら、緊急車両の走行を著しく妨げます。
交通ルールはいわば思いやりを形にした「常識」。免許を取るために「覚える」ことではなく、皆が使う道路でなるべく迷惑をかけないように、ちょっと想像力を働かせれば理解できることばかりです。

また「緊急車両を一刻も早く通してあげよう」という思いやりの常識は、車を運転する者にだけ課せられた決まりではありません。歩行者や自転車にはまったく関係ないと思ってませんか?



もうだいぶ前ですが、通勤で通る渋谷の東急ハンズの脇のT字路の交差点で、後ろから近づいてきた救急車が「信号を右に曲がります」と大きな声でアナウンスしているにもかかわらず、10人ほどの歩行者が正面が青信号なので当然のごとく横断歩道を悠々と渡っていました。

私はとっさに両手を横に広げて「緊急車を通してあげましょうよ!」と大きな声を発しました。出勤途中のサラリーマンやOLさんだったと思いますが、みなさんハッと気づいて従ってくれましたが、言われなければまったく気づいていない様子でした。

あと、青信号を直進しようとしている緊急車両のすぐ目の前を、信号無視の自転車が横切っていくような場面も最近何度となく目撃しています。 
 
車も歩行者も自転車も、緊急車両の音にも周りの様子にもまったく気づいていないのか、あるいは気づいてはいても「自分には関係ない」という感覚なのか知りませんが、こうしたことの積み重ねから、最近の緊急車両がますますけたたましくなっているような気がしてなりません。
一刻早ければ助かるかもしれない命…皆で守りたいものです。



少し前に書いた記事とも関連しますが、「ゴミは決められて日に決められた場所に」「ここは駐輪禁止です」といった看板類、「整列乗車にご協力を」「ご乗車になりましたら車内中ほどへ…」「車内奥からお降りになる方はひと声かけて」…etc.
朝家を出てから職場につくまでの間に目につく看板、駅や車内のアナウンスも、ごくごく当たり前の常識のある人にはうるさいだけ。でも肝心のマナーを守らない人たちには届いていないようです。

ことの本質がどこかに置き去りにされているような、そして他人への思いやりやちょっとした想像力が著しく低下しているような気がしてなりません。 



→ 「ちょっとした想像力・表現力を」

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救急車

こんばんは(●^o^●)
私は運転下手ですけど、「救急車は優先」実行しています。。。って、普通にそうすべきことなので改めてコメントすることでもないですね^^
長いこと介護していましたので、救急車には付き添いで何度も乗りました。
すぐ来てくださるので、心強く有難いですね。
年末31日に付き添いで救急車に乗り、新年を病院で迎えた経験があります。
年末年始は病院も休日体制にはいりますが、皆様が、体調を崩されず新しい年のはじめを迎えられますことを切に願っております。

Re: 救急車

レディピアノさん

コメントありがとうございます。救急車に同乗されたことが何度かおありなんですね。

私は、父が08年2月、日曜の朝に自宅内で倒れ、気づくまで1~2時間たっていたでしょうか、あわてて心臓マッサージをして救急車を待ちました。救急車にも同乗して病院へ行きましたがそのまま帰らぬ人に。
その後しばらく、救急車の音を聞くのがつらかったです。サイレン音がやけにけたたましいと感じるようになったのはその頃からのような気がします。

本題としては救急車の音ではなく、今の日本社会全体のマナー低下の方にウエイトが行ってしまいましたが…
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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