「戦争を知らない子どもたち」なんですが…

8月7日(水)

広島に原爆が投下されてから68年目を迎えた8月6日、朝日新聞の夕刊で「戦争、知ったかぶりやめないか」という文字に目がとまった。というか心に刺さった。

東大大学院に在籍する28歳の社会学者・古市憲寿氏が『誰も戦争を教えてくれなかった』という本を8月7日に出版したらしい。

古市憲寿


私も戦争を体験していない年代である。義務教育の小中学校においても、高校の日本史でも、きちんと近代史を習った記憶は残念ながらあまりない。

でも、日本が今日の繁栄を築く前にどういう歴史をたどってきたのだろう、先の太平洋戦争はどういう戦争だったのだろう、という興味はあり、広島に住んでいた多感な中学時代に原爆資料館にも何度か足を運んだ。

戦時下であっても、人々の日常生活はあり、赤ちゃんは生まれ、幼い子どももふつうに暮らしていた。そこが突然火の海となったのだということを、資料館に展示されたものを見たり、文献を読んだりするうちに、私の中に「決して他人(ひと)ごとではない」という疑似体験的なイメージとしてできたような気がする。それは広島に限らず、東京大空襲でもあちこちの都市でも同じようにあったに違いないと。

娘ともよくこの季節、戦争ドキュメンタリー番組があると一緒に観て、父や母から聞いた戦争体験の話をしたり、高校の先生が語ってくれた戦争体験の話や、文献や資料で知った話など、「学校では教わらなかった戦争」を伝え、戦争を直接は知らない年代なりに「あの戦争は何だったのか?」を考えてきた方ではないかと自分では思っている。

そんな私に「知ったかぶりやめないか」というメッセージは痛く刺さった。

「実体験として知らなかったら語ってはいけないのか?」…この人は何を言いたいんだろうと対談記事を読んだ。
朝日新聞の「文芸批判」というコラムインタビュー。直接本人の話を聞いたわけではないが、「 」で引用されている部分は本人の意見に近いはずだと受け止めた。


コラムの骨子から

古市氏は、海外の戦争にまつわる博物館を数多く訪ねているようだ。たとえば中国や韓国の展示では、「ひどい日本の侵略にどう打ち勝ち、今の繁栄につなげていったか」を来た人を飽きさせないよう「楽しめる」展示になっていたという。

またドイツでは、街の中心地に戦争の悲劇にまつわる多くのモニュメントがあったり、ユダヤ人が入れられた収容所跡もできる限り当時のままで残すなど、「ナチスを生み出した国家としての明確な意志が伝わってくる」と言う。

それに対して原爆資料館など日本の施設は、「意図的に排された物語のなさ。博物館としては無味乾燥で面白さに欠ける」という。「写真の存在によって悲惨さは伝わってくるが、その歴史的意味はこうだというストーリーはない。悲惨さは写真の力であって博物館の展示の力ではない」と。「いろんな政治的な立場への配慮の結果なんでしょうね」とも。


私も韓国の故宮博物館を訪ねたことがあるので、あちらの展示は日本の博物館とは一味違うな、という印象はもっており、古市氏の意見にも頷ける。 私がひっかかかったのはコラム後半の流れである。

NHK放送文化研究所の調査によると、「広島に原爆が落とされた日」を覚えている20~30代は25%。たが実は60代以上でも26%だというデータもある。つまり戦争を知らないのは必ずしも若い年代ばかりではない、という事実をあげる。

この現実をどう受け止めたらいいのか、その思いは人それぞれだと思うが、コラムの後半は古市氏のこんな言葉で結ばれていくのだ。

●「世代に関わらず、戦争をもう知らない。なのに無理してあの戦争の記憶を肯定的に語ろうが否定的に語ろうがむなしいだけ」
●「ほとんどの人には校長先生が語るあいさつ程度のリアリティしか持ち得ない」

でも…

●「それって悪いことでしょうか?失われた記憶を無理にひとつにしようとするより、とりあえず70年近く平和でやってきた記憶は共有されている。そこから始めればいい。」
●「今後、他国だって記憶は失われていく。戦争を知らないもの同士の方が今よりうまくやっていける気がする」
●「のんきに聞こえるかもしれませんが、それって希望だと思うんです」


♪「戦争が終わって~ ぼくらは生まれた、戦争を知らずに~ ぼくらは育った 大人になって歩き始める…」

フォーク世代には懐かしい「戦争を知らない子どもたち」という歌が流行ったのは1970年代。それを思えば、いま28歳の「若者」がこういう感覚を持っていても、ある意味当然かもしれない。 

しかし、今もなお原爆の後遺症で白血病と闘っておられる高齢者がいる。幼い時に空襲を体験し、親や兄弟を目の前で亡くされた人たちもいる。まだ戦争は完全に過去に忘れ去られた世界ではない。
そういう中で、世界には今なお紛争地域があり、原発をはじめ放射能の脅威は戦争とは違う形ではあるが現実のものとして存在している。

仮にもう何百年も前の出来事であっても、それを歴史的事実として受け止め、教訓として語りついでいくことを放棄したら、人類としての反省も発展もありえないのではないだろうか?

古市氏のような言葉で語る若者が渋谷あたりのカフェにいても私は仕方ないと思う。過去の戦争の話題にばかりこだわって、どっちが悪かったか、などと延々と議論を交わしても、実際にその時代に生きていたわけでも見たわけでもないし、ベールに包まれて見えない真実もあるだろう。
それより、例えば音楽やスポーツを通じて、今を大切に国境を超えてお互い仲良く…という視点ならば私も大賛成だ。案外仲良くお話しできて盛り上がるかもしれない。

しかし東大の大学院に在籍し「社会学者」という肩書きもある人が、歴史・社会に向き合う姿勢としてはいかがなものだろう?

歴史を知ろう、歴史から学ぼう、語り継ごうとする姿勢を「知ったかぶり」なんて言葉で表現してよいのだろうか?
その程度の認識でしか戦争・歴史を捉えようとしていないのか、と正直ショックで残念だ。日本の将来は本当にどうなってしまうのだろうか…と。


<追記 8月16日>
「(戦争を)知らない」ということは幸せなことです。でも、「知らない=知ろうとしない」ことは罪です。自分に直接経験のないことでも、人間には「想像力」という素晴らしい頭脳を与えられているんですから…
愚かな過ちを繰り返さないために。


<P.S. 蛇足ながら>

「それって希望だと思うんです」… 
「それ」とは何をさすでしょう?コラム前文も参照すると「それ=戦争を知らないこと」のようです。「戦争を知らないことって希望だと思う」…なんか日本語として変じゃありません?
「この先ずっと戦争を知らないまま平和に過ごせることを希望します」、「~過ごせることへの希望」なら分かりますが、「知らないことの希望」って何…? 
コラムを書いた記者も、前文の最後に「ーそれって何ですか?」とひと言入れてますね。
 

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まったくです

新聞のコラム、第一楽章さんのおっしゃる後半部分を読んでいて、思わず「何考えてるんだこいつ」と思ってしまいました。たしかにこういう若者が渋谷の街にいても構わないけど…ですね。

直接知らない、どうせ真実は分からない、だったら何も考えなくてもいいのか?少しでも知ろうとしなくてもいいのか?

「それって悪いことでしょうか?」っていう言い回しも、いかにも最近の若者風の淡々とした言い方。「私なにかまちがってます?」みたいな、腹立たしさを覚えます。
このコラム記事を書いた記者も彼の言葉をどういう意図でカギカッコで引用したのでしょうか。彼の価値観や考えを絶賛して書いてるというよりも、こんな考え方もあるんだなと紹介するような意図で書いているようにも感じます。

Re: まったくです

REOさん

はじめまして、コメントありがとうございます。

私も最初、前文の「そんななか、社会学者の古市憲寿氏は『知ったかぶりして戦争を語るのはやめませんか?』と問いかける。」という書き出しに、「そんなに勉強したわけでもないのに分かったようなことを言うのは慎みましょう。実体験のある人の気持ちを踏みにじらないように…」みたいな流れで展開するのかな、と思いながらコラムを読み進めました。
ところが、筆者がこれまで見てきた海外の戦争博物館への間奏のあたりまではまだ良かったんですが、後半にさしかかっても一向に「知ったかぶり」の説明もないまま、唐突に出てきたので「?」でした。

たしかにREOさんのおっしゃるとおり、筆者の言葉を引用する「 」の使い方にも、このコラムを書いた記者は必ずしもこの筆者の考えに同調して読者に何かを提案しているようには見えません。むしろ「こんな考え方の若い社会学者もいるんですね」と伝えようとしているニュアンスを文章の端々に感じました。REOさん、なかなかするどいご指摘ですね!

先ほど本文の最後に<PS>も加えましたが、冒頭の「ーそれって何ですか?」もそうでしょうし、終わり近くのように、筆者の言葉を引用するくだりをわざわざいったん中止して「でも…と続く」の一文を入れたりしてますね。こういう考え方の若い社会学者もいるんですね、というニュアンスを私は感じました。



人間は「言葉」で考える生き物。自分が直接体験してないことでも「想像力」を使って受け止めることで疑似体験の世界を広げることができます。そして「想像力」は、自分が直接は知らない人たちの喜びや悲しみを共有、し、思いやりの心や道徳心を育んでくれるのではないでしょうか?そして「考える」ことは、同じ過ちを繰り返さない「知恵」となっていくはずです。それが「知ったかぶり」なんでしょうか?
せっかく人間に授かったすぐれた能力を使わないで、過去をみつめず「今は平和だからいいじゃん」的な発想で軽くとらえる。それって社会学者の言葉として、姿勢として、いかがなものなんでしょうか?

自コメです

出版された本のタイトル『誰も戦争を教えてくれなかった』に、あらためて納得してしまいました。
教えてもらってない・習ってない=知らなくて当然なんですかね?「~くれなかった」ね~。
教科書に出てることを先生から何度も聞き、テストに出ると言われれば覚えるわけ?

「学校では学ぶ機会はなかった→でもそんな歴史・事実があったことを大人になって知った→歴史に学び伝えていかなくては」じゃないんでしょうか?

「教えてくれなかった→もう知らない人が大半(若者だけじゃなく)→あらためて語ったところで虚しいだけ→平和が続いてるんだからいいじゃん→知らないことは希望(?)→ボク間違ってますか?」…なんですね、この人は。
書店で探して買って読んでみようかな、とも当初思ってましたが、今のところその気持ちを失ってます。すみません。

No title

博物館や展示、記念館などに足を運ばれ,0日本の情報開示の乏しさを指摘される所は、興味深く もっとお話を聞きたいと思いました。

でも、戦争を「知ったかぶり」って表現はあまりにもヒドい。
そんな事言うてしまうと、思いやりや優しさは排除され、心の通わない人間関係が、ドンドン存在すると思います。

例えば、私達医療従事者は、患者さんの癌の痛みや精神的な辛さを「知ったかぶり」するな、知らない方が平和だ。

全く違います。

患者さんの痛み、辛さを出来るだけ知ろうと努力出来ないと質のいい看護、介護、医療は、成り立たないし、信頼関係が、乏しくなるだけ。
知ったかぶりは、あかんかも知れませんが、当事者しか解らない「痛み」を出来るだけ理解してはじめて必要な援助が、見えてくる。

戦争の痛みを知ろうと努力して初めて、「なんで戦争はあかんのか?」「そしたら戦争しないためどうしたらいいのか?」を考えられるようになる。

今はゲーム世代で、ゲームの中で破壊する事を自然と学んでしまってるから…
今から戦争を知る事が、もっともっと大切になると思います。

Re: ありがとうございます

朴(Park)さん

ご丁寧なコメント、ありがとうございます!
医療関係の立場からの喩え、「癌の痛みや精神的な辛さを“知ったかぶり”するな、知らない方が平和だ…違います!」は非常に分かりやすいいい喩ですね。まさにその通りだと思います。

あと最後にひとこと書かれていた「ゲーム世代」、これたしかに曲者(くせもの)です。
バーチャルなゲーム感覚は、人の痛みがわかりません。バトルものなどでは、画像に何かが命中すると一瞬で爆発して消えます。その場で苦しむ姿を見せることなくすぐに消えます。そしてリセット…
こういう感覚が、リアルな人間関係でも実際に出てくるようです。人間関係がこじれたり、理解できない相手と努力を重ねて付き合っている感覚がなく、うまくいかなかったらリセットすればいい、みたいな感覚が実際にあるようですよ。

でも、便利な道具や時代のせいにしてはいけないと思いますね。100年・200年で人間の本質はそうそう変わるものではなく、大切なことは大切なことだと思います。

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Re: はじめまして

鍵コメさん

文面および内容からお察しするに、終戦の翌年にお生まれになったとのことですから、私よりも先輩ですね。貴重なご意見ありがとうございます。

たしかに戦争の実体験も、戦地か内地か、それもそれぞれどこでどんな状況かによってもまったく状況はことなるでしょう。まして年齢的な問題もあり、まだ子どものころに見た光景のうっすらとした記憶だけでは必ずしも戦争の本質を解き明かす鍵にはならないでしょう。
さらに歴史書をひもといたところで、そこに書かれている公式の記録が本当に「真実」なのか、裏の話はないのか?…真実に迫るにはかなり遠い道のりでしょうね。

そんな中ひとつ言えるのは、色んな体験や色んな記録の裏話などもできる限り数多く聞いて、さまざまな角度から「あの戦争は何だったんだろう?」ということを自分なりに構築するしかありません。
なにも私たち一人ひとりが歴史学者である必要もありません。でも、さまざまな角度から「あの戦争は何だったのか?」を問いかけ、何を感じ、何を学ぶか、そしてそれを今後の社会にどうつ泣けていくかを考えることです。

そういう意味で、私も戦後12年たって生まれた者ですが、想像力を豊かにして歴史に謙虚な目を向けていきたいと思っている一人です。
もしよろしかったら、私のブログのこのカテゴリ「アジアにおける日本の過去」に色々綴った記事がありますのでさかのぼってご覧いただけたら幸いです。
http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-category-32.html

★あとひとつ予告!
来週15日は終戦記念日ですね。15日に日付が変わる深夜0時に、「A級戦犯とは何か?(仮題)」という記事が予約投稿でアップされます。日本人が日本の過ちにちゃんと向き合うことの大切さを私なりに綴っています。

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Re: No title

鍵コメさん

ご無沙汰してます。お元気でしょうか?
「あの戦争は何だったのか?」から連続でこの記事までお読みいただいたとのこと、ありがとうございます。
私ももちろん戦争を知らない年代ですし、文献を読んでも体験者の話を聞いても、完全に「分かった」とは言えません。想像力にも個人差があるでしょう。

でも、はじめから「知らないんだからいいじゃん」ではなく、「知ろうとする」ことの大切さです。
この若い社会学者を直接知っている訳でもありませんので、あまり批判はできる立場ではありませんが、いただいたコメントの中から引用させていただくならば、

> 知らないことは、希望ではなく、戦争へと向かっていく。
> そう思っています。

はい、私もまさにその通りだと思います!全く同感です。
コメント終わりの長崎のお話しも象徴的だと思うので、おそらく引用しても差し障りないと思いますので…

>長崎の平和祈念像で、記念写真を笑顔で撮っている人たちが多くいて、驚きましたよ。
> ここで、何があったのか、わかっているのか?と。信じられませんでした。
> 戦争を「まったく知らない」ということは、そういうこと・・・なのでしょうね。
> まったく知らないことは、怖いことだと思います。
> この社会学者が言われることは、非常に危険であると思います。
>
> だから・・・、戦争体験者が今になって、たくさん語られるようになったのでしょうね・・・
> 「恥」ともいえる部分も含めて。
> なかなか言えない日本人であるかもしれないけれど、今語らなければ、この先どうなるかという不安を感じていらっしゃるのでしょうね。
>
> 戦争は知らなくても、何があったのかを知ろうということはとても大事だと思います。
> 知らなくてもいい・・・という考え。
> 今の多くの日本人の考えなのでしょうか? 怖いです。


少し前に、私は「カレーの市民」という記事も書いています。お読みいただけたでしょうか?
ロダンの有名な彫刻で、フランスのカレーという街の6人が街を救うために死刑になることを覚悟して出て行く場面ですね。出来事を調べてみたら、今からちょうど666年前でした。

自分が直接体験して「分かる」範囲はせいぜい50~60年ぐらいのもの。人類の歴史の中に刻まれた出来事は
はるかに多いのです。その歴史から教訓を学ぶ姿勢をはじめから放棄してしまうのは、人としての生きる道に反すると私は思います。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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