あの戦争は何だったのか? (1)A級戦犯とは?

8月15日 68年目の終戦の日に寄せて


戦後68年目の終戦記念日。戦争の犠牲となられたすべての御霊に心からご冥福をお祈りいたします。



さて、きょうの本題はずばり「A級戦犯とは?」
いま日本で、個人のブログであえてこのテーマに触れる人はおそらく少ないでしょう。
右寄りとか左寄りとか、主義・イデオロギーにまで発展して危険なことを書くつもりはありません(←だいたい私にはそんな難しいことは書けません…笑)。

「政府の閣僚による靖国神社参拝が問題になるのはなぜ?」という問いに対して、「靖国神社にはA級戦犯も合祀されているから問題だ」という認識は皆さんたいていお持ちだと思います。
ところが「ではA級戦犯って何?」とあらためて問いかけると、漠然と「日本を戦争に導いた犯罪人でしょ」程度しか答えられないのではないでしょうか?私もあらためて調べてみるまでそうだったように。

A級戦犯とは、占領下の日本において連合国側のGHQによって開かれた極東国際軍事裁判(いわゆる「東京裁判」)で有罪が確定した戦争犯罪者のうち、とくに「平和を侵した罪」として重く罰せられた人たち、すなわち絞首刑となった東条英機ら7名をさします。

もう少し広くとらえるならば、A・B・C級戦犯とされながら獄中で病死した者までを「戦争犯罪者」と呼びます。
でも彼らはなぜ捕らえられ、どういう罪状で、どういうプロセスで裁かれて「戦犯」とされたのでしょうか…?


じつは東京裁判の法廷内で、アメリカ人の弁護人から出されたある重要な動議があったことをご存じでしょうか?

動議は、そもそも戦争とは何で、敗戦国の戦争犯罪人を戦勝国側が裁くこと自体誤りではないかという、いわば東京裁判の是非を問うものでした。
その映像(フィルム)が残されているのでYouTubeでご紹介したいと思います。終戦の翌年、昭和21年5月14日の記録とあります。



携帯・スマホなどでうまく見られない場合は、こちらをクリックしてみてください。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=grFZiNaNVds

YouTubeは元が消去されると見えなくなってしまうので、字幕に出る訳文、およびナレーションをもとに骨子を以下にまとめました。太字はブレークニー氏の発言、細字の部分および(  )内は私のコメントです。



まず、ジョージ・A・ファーネス(被告・重光葵の弁護人)という人物が登場し、「これは日本人被告の弁護を担当する5人のアメリカの弁護人による補足動議である」ということが告げられます。

ついで発言に立つのは、ベンブルース・ブレークニー(被告・梅津美治郎の弁護人)。
この人の発言は注目すべき重大な内容です。

冒頭の発言内容からいきなり驚かれるかもしれませんが、どうか冷静に最後まで見ていただきたいと思います。
決して戦争および戦争における殺人を賞賛して肯定しているわけではなく、あくまで国際法の上では「戦争」そのものを「犯罪」とは定義されていない、という法解釈の話です。
そして、日本の戦犯(個人)を、戦勝国であるGHQが裁くことが果たして妥当なのか?…という東京裁判そのものに対する真正面からの問題提起なのです。


ベンブルース・ブレークニーによる動議

戦争は犯罪ではない。少なくとも国際法のもとにおいては、戦争そのものを禁止する規定はない。
戦争の開始・通告・戦闘方法・終結について定める規定があるが、
 もし戦争そのものが非合法であるならまったく無意味である。

戦時下にあってもその戦闘方法など最低限の国際的なルールを示した「戦時国際法」と呼ばれるものが存在している以上、戦争そのものは少なくとも国際法の上では「違法」とはいえない、という解釈になります。

国際法は、国家利益のために行う戦争を非合法とはみなしてはいない。
歴史を振り返っても、戦争の計画・遂行が法廷において犯罪として裁かれた例はない。

国家の行った戦争において、個人の罪を問うことは誤りである。国際法は国家に対して適用されるもので、個人に対してではない。

戦争における殺人は犯罪ではない。合法的な殺人である。殺人行為の正当化である。

同じことを3つの表現で重ねています。ただ、戦争における殺人行為を賞賛したり道義的にも問題ないと容認しているわけではありません。あくまで国際法として国家の戦争を犯罪と定義できない以上、そこで行われた殺人を「犯罪」(=違法行為)とすることはできない、というあくまで法的な解釈を言っているのです。それを表しているのが次の言葉です。 
 
たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としての責任は問われない。

そして、この後ブレークニー氏の挙げた具体例にぜひ注目してください!

キット提督の死が(日本による)真珠湾爆撃による殺人罪になるならば…(間をおいて)、我々はヒロシマに原爆を投下したした者の名をあげることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。 その国の元首の名前も我々は承知している。

彼らは殺人罪を意識していただろうか?…
(間をおいて)してはいまい。
それは、彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく
(どちらが正しいかは関係なく)、戦争自体が犯罪ではないからだ。

原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、実行を命じ、それを黙認した者がいる。その人たちが裁いている。

…ここで入るナレーションによれば、このくだりは日本で発行されている速記録には「以下、通訳なし」と書かれて印刷されていないといいます。 


アメリカ人弁護人らが訴えようとしたこと

終戦からまだ1年も経っていない時期に、連合国側の代表が連なる法廷の席で、アメリカによる原爆投下についてアメリカ人の口から触れられたこと自体、大変刺激的な発言であったことでしょう。かなり勇気ある発言だったと言わざるを得ません。

そもそもアメリカ人の弁護人は、日本人の被告に対して公正な裁判が行われるように日本から要請し、それをマッカーサーが承認してつけられたのですが、「きのうまで敵国だった被告に対して、アメリカ人が公正な弁護をできるのだろうか、しょせん形式的な弁護になるのではないか」という疑念も当然あったようです。

しかし、ブレークニー氏らによる発言は法廷の日本人を驚かせた。彼らは日本人同様に、いや、日本人以上に、法の公正を要求し、この裁判の欠陥を追求しました。 
つまり、東京裁判の存在そのものに対する異議をアメリカ人が申し立てたのです。

喩えとしては適切でないかもしれませんが、従軍慰安婦問題をめぐって橋下大阪市長が弁明した「戦時下ではどの国も非人道的なことを行ってきた。敗戦国である日本だけが悪くて、同じことをやったアメリカの罪は問われないのはフェアじゃない!」という論法を思い起こさせます。

ただ、それが日本人の口から出たのではなく、終戦間もない東京裁判の法廷で、アメリカ人の口から出された点、「原爆投下に関わった人物の名前も挙げることができる」とまで発言されている点に、私はただただ感心してしまうのです。

ところがこの動議が出された3日後の昭和21年5月17日、ウィリアム・ウェブ裁判長はこの動議を却下します。 裁判はすすめられ、やがて戦犯への宣告が下ることになります。


◆その後の「戦犯」たちは?

絞首刑となったのは、板垣征四朗・木村兵太郎・土肥原賢二・東条英機・武藤章・松井石根・広田弘毅の7名。
さらに終身刑・禁固刑を言い渡された者、B・C級戦犯とされた者、外国人戦犯も含めると1000人を超えると言われます。服役中に病死した者、自殺した者もいました。
処刑されたり病死した者たちは「昭和の殉難者」という呼び方で扱われていて、一般の「犯罪者」とは扱いが異なります。

また不起訴となって釈放された者の中に、現在の総理である安倍晋三氏の祖父にあたる岸信介氏、かつてロッキード事件で有名になった児玉誉士夫氏らを含む24名の名が連なります。
また、終身刑を言い渡されて刑に服していた橋本欣五郎元陸軍大佐、賀屋興宣元蔵相、鈴木貞一ら3名は1955年9月17日に仮釈放され、東京裁判に参加した11か国の同意を得て1958年に赦免となっています。

東京裁判で「有罪」とされた人たちは、その後日本の国内法ではどう扱われるべきか、国会審議もなされたようですが、詳細については私も熟知していないのでここでは割愛します。

ただ、ここで言えることは、「戦犯」とは極東国際軍事裁判(いわゆる「東京裁判」)においてGHQによって「平和を侵した罪」という新しい概念で裁かれたということです。

しかし動議でも言われていたように、戦争犯罪とはそもそも何なのかという議論があります。「犯罪」とはそもそも「法律」に違反する行為を指しますから、法律に定められていないことは「犯罪」ではないのです。さらに国際法でとらえる「犯罪」と、国内法でとらえる「犯罪」も当然ながら一致しません。

ここでもし「A級戦犯は、GHQ側によって『平和を侵した罪』として国際法の観点から有罪とされたが、日本の国内法では『犯罪者』ではない」、という論理が成り立つならば、日本の過ちを代表して背負って殉死した英霊ということになります。

となると、「靖国神社にはA級戦犯も合祀されているから問題だ」という問題には一定の終止符が打たれることになります(すでにそういう見解もあると聞きます)。

ただ、それはあくまで日本国内における見解であって、日本の軍人関係者だけが靖国神社に祀られていることに変わりはありません。
「日本の過ち」の犠牲となった名もない人たち、とくにアジアの人たちから見れば、閣僚が靖国神社を参拝することへの反発は消えることはありません。
もしすべての戦争の犠牲者に手を合わせ、「過ちはくり返しません」と誓うのであれば、千鳥が淵などにある無名戦没者の霊に手を合わせるべきです。

しかし靖国神社の問題はさておき、私がここで言いたいのは、「戦争は犯罪ではない」とか「A級戦犯だけが本当に悪者だったのか?」という議論になってしまうと、結局あの戦争において誰も悪くなかった、しかたなかったんだ、つまり誰にも責任は問えなくなってしまう、ということです。

これでは戦争の犠牲者の霊は報われません。
尊い犠牲者の霊は、日本のどんな未来を望んでおられるでしょうか?

日本人みずからが「あの戦争は何だったのか?」を問いかけ、過ちを反省し、世界平和に向けて新たな一歩を踏み出しているといえるでしょうか…?
原発問題にも通じる、日本人の責任論は、国民ひとりひとりの生き方はどうでしょうか…?

 → 「あの戦争は何だったのか (2)誰も責任を取らない」 へつづく

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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