6つの教会旋法

12の音の誕生

むかしむかし、人間は音を見つけました。ピタゴラス先生は加治屋さんの前を通った時にハンマーを打つ音が美しくハモっていた(当時はそんな言い方ではなかったでしょうが)ことに心を惹かれ、音程は比率で決まることを発見しました。エピソードではハンマーの重さということになっていますが、今日の科学で言えば振動数(Hz)ですね。

1対1ならば同じ音、1対2ならオクターブ上、3:4なら4度上の音、2対3なら5度上の音…と。
この素晴らしい比率でできた音程が、完全1度(同じ音)、完全4度(ド→ファ)、完全5度(ド→ソ)、完全8度(オクターブ上のド)です。

★ある音を基準に完全5度の関係で音を取っていくと1オクターブの中に12の音ができます(=ピタゴラス音律)。
ただ、純粋に倍音率だけで音を取っていくと、どこかにひずみが生じます。純正律・平均律といった音律の話はやや専門的になりますので、まずはこの記事を読まれた後で、さらに詳しく知りたい方は前に書いたこちらをご参照→
「12の音をつくる」。)

ここでは純正律や平均律の区別はなく、ごく簡単に。

「ド」を基準に完全5度の関係で音を決めていくと…
「ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ」…ここまではいいですね。でも次の「シ→ファ」は完全5度ではなく半音短い減5度です。完全5度の関係で音を定めると「シ→ファ♯」で、そこから黒鍵の世界に入ります。 
「ファ♯→ド♯→ソ♯→レ♯→ラ♯」、そして「ラ♯」から完全5度上は「ミ♯=ファ」ですから白鍵の世界に戻って、「ファ→ド」。これで元の「ド」に戻り、1オクターブ内が12音に刻まれました。

つまり黒鍵の5音は、すべて5度の関係で並んでいる「ペンタトニック(5音階)」だったんです!
(ピアノの右ペダルを踏んだまま、黒鍵だけを自由に叩いてみると、どこを叩いても美しいハーモニーになります。白鍵ではこうはいきません。)

ではなぜ12音にオリジナルの音名をつけなかったのでしょう? 7つの音名だけをつけ、〇♯=ある音の半音上、または〇♭=ある音の半音下、などという呼び名にして、そこを黒鍵にしたのでしょう?

12の鍵盤が並列していたら、どれが何の音か見分けがつかないし、1オクターブを片手で押さえられないから? 1オクターブを片手で届く距離にして、その間を割り振って前後に食い込ませたような形で黒鍵を入れた?
…このあたりは、人間と音との付き合いの話と、楽器の誕生プロセスとに絡む非常に長~いお話になるので、ここではできませんが、12音の中から7つの音を選び出した「音階」と深くかかわっていると思いますので、そちらの話を先に進めます。


12音の中から7つの音を選び出す(=音階)

その12の音すべてを並べたものを「半音階」(クロマティック・スケール)といいますが、ピアノの白鍵・黒鍵含めてすべての音をただ下から上まで「何秒で弾けるか!」なんてやっても、音楽的な表情はなにも感じられません。

その12音の中から7音を選手のようにとり出して奏でると、人の感情に何かを訴えるような響きのある「音楽」として聴こえてきます。不思議ですね。

そもそも「ドレミファソラシ」という音名は、グレゴリー聖歌の歌詞のフレーズごとの頭文字から取られています。グレゴリー聖歌も7つの音から成る音階でできていた、ということです。(→ ドレミの起源 )


◆長調と短調

ピアノの白鍵にあたる「ドレミファソラシ」という7つの音でできる音階(ダイアトニック・スケール)を見てみましょう。

7つの白鍵だけで出来ている「音階」といえば、今日では「ド」からはじまる「ハ長調」と、「ラ」からはじまる「イ短調」ですね。
使っている7つの音は同じなのに、ドから始めるかラから始めるかによって明るく聞こえたり暗く聞えたりします。

 

12音の中から選抜された7音、その隣同士は、半音で1つとばしの長い2度(長2度)になっている場所と、半音で隣り合っている短い2度(短2度)のところが生じます。

問題は、半音同士が並ぶところ(階段でいうと踊り場のような場所)が音階のどこに入ってくるかによって、階段全体の響きが違って聞こえるのです。

同じ7つの音(選ばれた7人のチーム)でも、「ド」をトップバッターにすると明るく聞こえる長音階になりますが、打順を変えて「ラ」をトップバッターにすると暗く聞こえる短音階になる、ということです。

「長音階」の6番目の音(=長調よりも3度下)から同じ7音を並べると、もの悲しい「短音階」になります(=「平行調」の関係)。不思議ですね。


今日では、この長音階と短音階の2種類ですが、じつはその昔の教会旋法には、他の白鍵からはじまる合計6種類のモードがあったのです!



◆6つの教会旋法とは?

イオニア旋法 =現代のハ長調
イオニア旋法


ドリア旋法
ドリア旋法


フリギア旋法
フリギア旋法


リディア旋法
リディア旋法


ミクソリディア旋法
ミクソリディア旋法


エオリア旋法 =現代のイ短調(自然的短音階)
エオリア旋法 

●シから始まるロクリアン旋法は中世の教会旋法には存在しなかった(→下追記)


黒鍵を使わずに白鍵だけを使って、「ド」から始まるのが「イオニア旋法」、「レ」から始まるのが「ドリア旋法」…という具合に並べてみました。

でも、「それぞれの旋法は、ド~ラの何の音から始まるかによって決まる」という表現は本当は誤りです。それぞれの旋法は何の音から始めてもいいのです。
ただ、そうすると説明が難しくなるので、とりあえずすべて白鍵の7つの音をつかって、何の音から並べると何旋法になるか、ということをまず見たのです。

それぞれの旋法の右側に「3-4」とか「7-8」といった2つの数字のペアを書きましたが、競馬の1着・2着の予想をやっているわけではありません(笑)。

左の音階の中にスラーのような括弧をつけた場所が2箇所ずつあります。 
同じ白鍵の隣同士でも、「ミ」と「ファ」の間、「シ」と「ド」の間には黒鍵がありません。他の白鍵と白鍵の間は全音(長2度)ですが、ここだけは半音(短2度)です。

それぞれの旋法ごとに、半音の来る位置が何番目と何番目の間かを数字で示したのが上の図です。この半音の場所がどこに来るかによって、モードの色彩が変わるのです。面白いですね。

今日の長調(長音階)でも短調(短音階)でも同じですが、音階のどこに半音が入ってくるかによって階段の形が変わり、その調(しらべ)全体の響き・色彩・印象ががらりと変わるのです。これが「モード」です。



一番目の「ド」から始まる「イオニア旋法」というのは今の「ハ長調」ですね。
半音となるのは3-4番目の間と7-8番目の間です。7音の配置としては「全・全・半・全・全・全・半」という関係で並ぶと、明るい旋律に聴こえます。

そして6番目の「ラ」から始まる「エオリア旋法」が今の「イ短調」(自然的短音階)です。
半音となるのは2-3番目の間と5-6番目の間、7音の配置としては「全・半・全・全・半・全・全」という関係で並ぶと、暗くて寂しい旋律に聴こえるのです。不思議ですね。

今日われわれの耳に馴染みのあるのは、この「長調」と「短調」の2つしかありません。他はうっかり♯や♭をつけ忘れた時に鳴る、ちょっとおかしな音階のように聴こえるかもしれません。

でも、古代の地中海あたりに思いを馳せてじっくりその音の配置を味わってみると、もしかすると現代人には感じられない豊かな感性があったのかもしれないと思えてきませんか?


◆調性とモード

先ほど、「それぞれの旋法は、ド~ラの何の音から始まるかによって決まる」という表現は誤りだと書きました。 このあたりまでお読みいただければある程度お分かりではないかと思うので、もう少しだけ突っ込んで書いておきましょう。

べつに白鍵の「ド」から始まるからイオニア、「レ」から始まるからドリア、という決まりがあるわけではありません。
何の音から始めても、黒鍵を使って全音・半音の並び方が長音階(イオニアン)になっていれば長音階(イオニアン)に聞こえ、短音階(エオリアン)は短音階(エオリアン)に聞こえるのと同じく、何の音からはじめても全音・半音の順番がドリアならばドリアに、フリギアならフリギアに、リディアならリディアに、それぞれの旋法(モード)の響きになります。
要は全音と半音の配置、階段の形によって全体の色彩が変わって聞こえるということです。



「ド」から始まる音階は、日本語では「ハ」、ドイツ語や英語ならば「C」ですね。
そして明るい響きの音階ならば日本語では「長調」、ドイツ語では「dur(ドゥアー)」、英語では「メジャー」。暗い響きの音階ならば日本語では「短調」、ドイツ語では「moll(モール)」、英語では「マイナー」と名前が付きます。

何の音から始まるか(=主音は何か)、明るい長調なのか暗い短調なのか、その組合せによって「ハ長調(Cdur)l「イ短調(Amoll)」「ヘ長調(Fdur)」…などと名前が付きます。それが「調(性)」です。

それに対して6つの「旋法(モード)」は、イオニア(長調)やエオリア(短調)も含め、音の並び・組み合わせによって醸し出される音階全体の響き・色彩・雰囲気を指す名前なのです。半音の入ってくる位置によって変わる全体の色彩、それが「モード」です。 

調性では、「何の音から始まるか」=「主音(基音)は何か」によって名前が付きます。
同じように、何の音からはじまる何旋法という意味で、たとえば「ミ(E)イオニアン」などと呼ぶことができます。

ただ、教会旋法では「基音」とか「主音」という言い方はしません。何の音から始まる音階という概念ではなく、むしろ曲の終わりの音が重要で「終止音(フィナリス)」と呼びます。何の音からはじまるかではなく、音の並び全体が醸し出す雰囲気(色彩)が「モード」であり、何の音で終わるかが重要なんですね。

「調性」と「モード」のそれぞれの特徴、違いについては、こうして文章で書くのは本当に難しいのですが、なんとなくお分かりいただけたでしょうか?

この教会旋法(チャーチモード)は、決して古い時代の音楽だけのお話ではなく、私がこれから引き続き学んでいく予定のジャズの世界でも、コード進行やスケールとも深く関わってくる奥の深い話なので、また機会をみてあらためて…
 


記譜は素朴に、音の高さは相対的だった?

最初に「とりあえずすべて白鍵で」と書いたのは、♯や♭といった記号を使うことなく、全音・半音の並び順だけでモードができているということを分かりやすく見たかったためです。
でもこの「黒鍵を使わないで」というのは、古い時代の音楽事情を知る(想像する)上でもとても重要だと思うのです。

まだ平均律も、今日のように完成された複雑な楽器もなかった中世の時代、今のように「ラは441Hzか442Hzか?」といったように絶対的な高さで合わせてはいなかったはずです。

ある音を基準に、弦の張力を変え、管の長さを変えたりして、歌いやすい高さを基準に調律して演奏していたのではないかと思われます。

楽器も今に比べてシンプルでしたから、ある弦をある音程に合わせたら、それを基準に他の弦をイオニアンに、ドリアンに…とそれぞれの旋法(モード)で調弦して演奏したのではないでしょうか。

「ある音」を基準に「ある調べ」を奏でる…、今でもキャンプファイアーなど楽器のない場所で、絶対音感のある人がうるさいことを言わなければ(笑)、単音のハーモニカで最初の音だけを示したら、あとはその音を基準に皆で曲を歌えます。あれに近い感覚かもしれませんね。

また曲の途中で調性が変わったり、臨時記号の♯や♭がたくさん出てくるような曲もなかったでしょうから、楽器に必ずしも12音すべてがそろっている必要もなかったのかもしれませんし、楽譜もシンプルに、ある旋法による「音の配置」が分かるように、今のピアノでいう白鍵の音だけを五線上に表していたのではないでしょうか?

つまり高さは相対的に変えながら、臨時記号としての♯や♭を付けないで(白鍵だけで)演奏していたのかもしれません。
そして、それぞれの曲・旋律に応じた歌いやすい音の高さ、高さによって異なる印象などを今日のわれわれ以上に敏感に感じながら味わっていたのではないか?…とも思えてきます。

その1例としてドリア旋法を見てみると…


ドリア旋法?

「ドリア」にも色々あって、チキンドリア、シーフードドリア、エビドリア…
あ、そうそう、ミトコンドリアなんていうのもありましたね。
映画「ロッキー」の第一作目のラストシーンを覚えていますか?
シルヴェスタ・スターローン演じるロッキーがボクシングの試合でぼこぼこにされて瞼の開かないまま、群衆にもみくちゃにされながら…「エビドリアーン、エビドリアーン…」と何度も叫んでいたラストシーンが印象的でしたね。試合も終わってお腹もすいたんでしょう…??

旋法の話でしたね。お腹がすくとつい地中海あたりに思いを馳せつつ「パエリア旋法」とか、早くしろと焦らされると「アオリ屋旋法」とか、けなし合うと「目くそリディア」とか…

すみません、真面目な話が続くと頭が勝手に飛んで行きたがるもんで…(笑) 
はい、あらためて真面目に…

◆ドリア旋法ってどんな響き?

またしても便宜的に「レから始まる白鍵だけの音階」と表現させていただきますが、印象として明るいでしょうか、暗いでしょうか?

もし「ファ」と「ド」に♯をつけてやれば明るいニ長調になりますが、その♯がない音階を想像してみてください。「レミファソラ」までをすべて白鍵で弾いたら?… 暗いですね。そう、かなり暗いです!

でも終わりの「シドレ」は、少し明るくなるような感じがしませんか?
現代の感覚では「長調」でも「短調」でもない、なんとも不思議な響きに聴こえますが、ギターでもピアノでも、あるいはハミングでもいいのでこの「レミファソラシドレ」という白鍵だけの響きを味わっていると、どこかで聴き覚えのある曲が浮かんできませんか?

♪ 「グリーンスリーブス」という曲をご存知でしょうか?
古いイングランド民謡で作者不明と言われていますが、今日アレンジされたオーケストラ用の曲にもなっています。中間部を抜いて有名な部分だけを簡単な手書き譜にして見てみると…

<グリーンスリーブス>
♪グリーンスリーブス 
★画面右が切れて表示されていたら、画面をクリックしていただくと全画面見られます


「レ」から始まっていて暗く、「シ」に♭がひとつ付けば「ニ短調」なのですが、「シ」に♭はついてませんね。

コードで伴奏をつけてみると、出だしは「レファラ」の暗い響きですが、次に薄く赤く色づけした「ドミソ」では一瞬明るくなり、また暗い「レファラ」に戻ります。

そして終わりの2小節では、「ド」と「ファ」に♯がつくことで明るい響きになって終わります。
かつてのドリア旋法ではこんな風に♯がつけられていたかは分かりませんが、それ以外はこれこそドリア旋法の響きじゃないかな、と。

あと、サイモンとガーファンクルの名曲♪「スカボロフェア」も、まさにこのドリア旋法ですね。
音源はこちら… ♪ Schaborough Fair

最近の例としては、NHKの「歴史秘話ヒストリア」のオープニング・エンディングテーマとして、kalafinaという女性3人のボーカルグループが歌っている♪「storia(ストーリア)」という曲の冒頭部分がドリア旋法ですね。
音源はこちら… 「storia(ストーリア)」

短調の響きなんだけど音階の上の方はちょっと明るい、どこか異国情緒を秘めたような響き…それがドリア旋法です。
このように、今日われわれの耳に馴染みのある曲、あるいはクラシックの交響曲の中にも、音楽の長~い歴史が随所に顔をのぞかせているんですね。


<追記>

ジャズをやられる方などでは、6つの旋法の中に「シ」から始まるロクリアン旋法がない、とお気づきの方がいらっしゃったかもしれません。暗い独特の響きをもったロクリアンもジャズでは用いられますね。ただ、今回ご紹介した中世の教会旋法の中には入っていなかったそうです。

なぜなら、「シ」からはじめるとすぐ隣の「ド」までが半音、そして「ミ」と「ファ」の間も半音ですね。つまり「シ」から5度上の「ファ」までの間に2箇所半音があることになり、本来の完全5度ではなく半音短い減5度です。この響きは「悪魔の音程」として避けられたのだと言われます。対位法や和声学でも「シ」ー「ファ」は避けられる音ですね。


   ↓ よかったらワンクリックを!

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
このすぐ下の「カテゴリ」から興味のあるテーマごとにクリックして覗いてみてください。
一部パスワードをご存じのメンバーの方のみ閲覧できるページを含みます。

カテゴリ
カウント開始 2011.1.14~
リンク
最新記事
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR