閣僚が靖国参拝 またしても日韓・日中に亀裂!

4月22日(月)

北朝鮮が挑発的な行動を続ける中、日本は同じアジアの韓国や中国と緊密な信頼関係を築かなくてはいけない時期。そんな矢先に、またしても韓国や中国との溝が深まるできごとが起きてしまった。

けさ(4月22日)、安倍政権の複数の閣僚たちが靖国神社の春季例大祭に参拝したことに抗議して、韓国の外相が訪日を急きょとりやめると発表した。中国もまた日本政府に対して抗議の意を強く表明している。
→ NHKニュースWeb


靖国神社とは?

東京・九段下にある靖国神社から北の丸公園にかけては美しい桜の名所であり、気象庁は毎年靖国神社のソメイヨシノの開花をもって「開花宣言」を発表している。
その靖国神社は、言うまでもなく過去の戦争で亡くなった戦士たちが祀られている場所である。

先の大戦に出兵し、若い命を戦地に散らしていった人達には「靖国で会おう」が合言葉だった。私の知人の中にも、父や祖父が日本の軍人として散っていき、靖国に祀られている方がいる。
そういう方たちの家族が参拝したり、春には桜、夏には御霊祭に多くの人が靖国神社を訪れて憩うことはまったく問題ないと思う。

しかし、この靖国神社がどういう場所で、日本を代表する閣僚たちがここを訪問することがアジアの人たちの目にはどう映るのか、ということを知っておく必要がある。


日本人の軍人たちが「英霊」として祀られている

明治以降、日本が国際社会の中で置かれた立場、帝国主義へと進んでいった道のりには、それなりに「しかたなかった」面もある。しかし結果として日本の植民地政策によって犠牲となった朝鮮(今の南北に別れる前の朝鮮半島全体を意味します)や中国、さらに南の島などに与えた影響はいかばかりだっただろう?

さらに、強制的に日本に連れてこられて働かされ、日本のために戦わされた人たち、犠牲となった方たち、その家族の思いはいかばかりだろう。そういう方たちは靖国にはいない。入れないのだ。 

私も何度か靖国神社の中にある資料館を訪ねたことがあるが、そこには人間魚雷「回天」やゼロ戦(三菱零式戦闘機)をはじめ、軍服や銃、出兵していった若者が最後に残した手紙などが所狭しと並べられている。また映像ブースでは、太平洋戦争に突入していくまでの日本の外交史をまとめた映像が上映され、愛する日本を守るために戦い散っていった人たちの思い・苦労が紹介されている。

太平洋戦争だけでなく、古く戊辰戦争、日清・日露戦争などで戦った戦士たちが祀られており、いわゆる「お国のために戦かって死んだ軍人(=日本人に限る)」だけを英霊として祀ってあるのが靖国神社なのである。
靖国は「神社」であるから「お墓」はない。氏名もはっきりわかっていてお墓は他にある元軍人たちがいわば「神様」として祀られている場所なのだ。


無名の戦没者、数知れない日本の過ちの犠牲者の霊

「神風」や人間魚雷「回天」特攻隊によって「靖国で会おう」を合言葉に散っていった人たちも、愛する家族、愛する日本を守るためにやむを得ず出撃を志願した人たちも戦争(=日本の過ち)の犠牲者である。

だが、そうした戦って死んだ日本の軍人(靖国神社に祀られている人たち)だけが戦争の犠牲者ではない。
千鳥が淵には無名戦没者の慰霊碑がある。また広島の平和記念公園内にも朝鮮半島から連れてこられて原爆の犠牲となった人たちの慰霊碑がひっそりと佇んでいる。
朝鮮半島の原爆犠牲者の碑

靖国神社に祀られることのない、日本人の軍人以外の無名の戦没者たち、戦争の犠牲となったアジアの人たちの霊 も数知れないのだ。

政府関係者(日本の代表)がそういう場所を訪れて花をたむけ、日本の過去の過ちの犠牲になった人たち、日本人だけでなく多くのアジアの人たちの霊に黙祷をささげ、「過ちはくり返しません」と述べるのであれば、中国も韓国も怒るはずがない。

それを、こともあろうにA級戦犯も合祀され、日本のために戦った日本の軍人たちを神様として祀ってある、国家神道の象徴のような靖国神社を参拝するから問題が生じるのである。 


アジアを逆なでする閣僚らの靖国参拝
 
きょう靖国神社を訪れた閣僚のひとりも、「今日の日本の繁栄のために犠牲となった勇者たちの霊を敬うのは、日本人として、また国会議員として当然のことだ」と述べていた。

中国や韓国が反発を覚えるのは当然である。
参拝が公式であったか非公式か、公用車を使ったかどうか、公務の時間帯であったかどうか、が問題なのではない。日本国を代表する立場にある人間が、公的か私的かを問わず「靖国神社を参拝する」という歴史認識の問題なのだ。
かつての小泉首相のように「心の問題だ」「内政干渉だ」などと発言するに至っては、中国や韓国の人たちの逆鱗に触れるのである。


アジアの中の日本

この「アジアの中の日本の過去」というカテゴリに今まで書いてきたこととも重複するが、アジアにおける日本の過去の歴史をあらためてきちんと認識すべきだと思う。
こと、日韓関係については、私の家族とも家族ぐるみの付き合いを15年以上続けている韓国の友人がいるので、とても他人事(ひとごと)とは思えない。

私も恥ずかしながら、日露戦争~日韓併合にかけての歴史を少し紐解き、その時代には生きていなかったとはいえ同じ日本人として韓国の友人に「申し訳ない」という気持ちを伝え、私なりに綴ったブログ記事を読んでいただいたことがある。
しかし私の意に反して、同じ記述でも韓国の人から見ると「言い訳」として映ってしまったようだった。
お互いの結婚式にも出席しあい、子供たちもとても仲良く、とても素晴らしい関係を築いているはずのその友人とも、こと過去の歴史のことに触れるとどうしても埋められない溝があることを痛感した。

それについては、一昨年の終戦記念日にアップした記事と、その記事の下に赤で追記した友人とのエピソードをご参照。
→ 「終戦の日に思う ~仲良くしたい隣の国 韓国~」


戦後の教育でタブーとされた日本の過ち

日本の今の義務教育では、近現代史をきちんと詳しく学ぶ機会が充分あるとはいえない。
新学期に縄文・弥生時代、大和朝廷あたりから社会科の授業はすすみ、明治以降の近代・現代史、こと太平洋戦争に至る道のりに関してはほとんど3学期末となり、時間切れとなることが多い。

また、中国大陸へ進出した日本軍や、沖縄戦において集団自決した多くの人たちの背後には日本軍の働きがあったことなど、当時の日本軍や指導者たちのあり方について記述された部分は教科書検定によって削除される。

近現代史を学ぶ3学期がほとんど時間切れになるケースが多いことと並べて、あたかも文部科学省が日本の子供たちに戦争の歴史を教えないようにしているのではないか、とアジアの人たちの目に受け止められてもしかたないかもしれない。

「日本は、本当に過去の歴史を正しく認識し、反省しているのか?」と

一方、韓国や中国では、決して忘れることのできない戦争の歴史と深い傷あとについて、子供のころからしっかりと学んでいるのだ。

日本は戦後、韓国とも中国とも、和平協定によってすべては解決しているということに公式にはなっている。しかし、従軍慰安婦問題をはじめ、まだまだ相手国の人たちは日本側に本気で謝罪する気持ちがない、という感情を抱いている。
国際法上、今の政府や今の日本国民になおも戦争責任があるかどうか、という問題ではなく、人としての気持ちの問題、過去の歴史に対する認識の問題なのだ。

そこをきちんと理解しない限り、アジアとの協調は有り得ないことを日本の政治の中心にいる方たちはきちんと自覚すべきだと思う。
 


そもそもA級戦犯とは?

靖国神社にはA級戦犯も一緒に祀られているから問題なのだ、ということは皆さんおっしゃる。
韓国や中国の人たちが、日本の閣僚の靖国参拝することへの反対理由の多くも、このA級戦犯もいっしょに祀られていることに問題があるからだと言う。そして日本人の多くもそう思っているのではないだろうか?

しかし、そもそもA級戦犯とは何だろう? 戦後アメリカのGHQによって「有罪」とされたA級の人たち、その代表とも言えるのが東条英機。 しかし東条英機ら数人だけが日本を戦争に導いた「悪者」だったのだろうか?

何年か前にビートたけしさんが演じてTBSでドラマ化された「東京裁判」を見た方もいるだろうが、東条英機もはじめは天皇とともに戦争には反対を唱えていた。
しかし、明治以降に日本がとってきたアジアへの進出路線、それに対して圧力をかけてきたアメリカ・イギリスに対して、「戦おう!何を弱腰になってるんだ!」と突き上げたのは軍部であり、各省庁ごとに利権や、海軍の圧力などがひしめき合った。そして国民の多くもまた軍部と同じような感覚でいけいけムードだったのではないだろうか?

にもかかわらず、いざ終戦を迎えた後は、GHQによって東京裁判が行われ、ごく一部の人だけがA級戦犯とされて幕は降りた。東条英機がヘッドフォンで通訳を通じて死刑判決を受ける瞬間「うんうん」とうなづいている映像は有名だが、あのうなづきは「よしよし、私が悪者になって死刑となることで、日本は救われる」という意味だったのだ、とも言われる。

しかし多くの国民は、「あの戦争はいったい何だったのか?」「日本はどこで道を誤ったのか?」をきちんと問いかけることなく幕引きとし、戦後の復興から高度成長を目指していったのではないだろうか? 

この「A級戦犯とはなにか?」については、あらためて綴ることにする。


<追記>

韓国とは竹島、中国とは尖閣諸島をめぐって領土問題がある。両国の主張するところは平行線で、国際法上の解釈が求められるところだが、こうした問題が起こる背景にも、やはり国同士の歴史認識のずれが大きくあると私は思っている。長年の軋轢を超えて、国同士がきちんと向き合って対話をすすめなくてはいけない課題だ。

一方、先の東日本大震災の慰霊式典に中国が突然不参加を表明した問題はまったく性格が異なると認識している。中国が台湾をどうみなしているかに関係なく、日本に対して多大な寄付と見舞いの気持ちを届けてくれた台湾の人たちに日本政府が感謝の意を表明するのは、「人」として当然の大切なことである。あれに関しては安倍内閣のとった姿勢は賞賛に値すると思っているし、日本の姿勢を評価する国際世論もある。

それだけに、今回の靖国参拝による日韓関係・日中関係の後退はとても残念でならない。



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はじめまして、しんいちと申します。

靖国神社を侮辱する趣旨では書かれていないように拝読しました。また少し前の記事によると貴兄はなんと皇后陛下の御前でも演奏されるなど復興支援にも素晴らしい活動をされていることに敬意を表しコメントさせていただきます。

かつて小生もそうでしたが、戦後の日本は日本人であることを忘れてアメリカ寄りの政治・文化にすっかり流されてきたことを憂いていました。
過去の戦争で散っていった多くの人たちにはとうてい恥ずかしくて見せられないと。
しかし小生もそれなりに年をとり、日本を守るべく勇敢に戦った人たちには今も敬意を表するが、決して他国を恨むのではなく、貴兄の書かれている通り無名の戦没者や日本に連れて来られて犠牲になった人たちの霊前にも手を合わせることは、人として大切なことだと思います。
素晴らしい記事をありがとうございます。

Re:

しんいち様

コメントありがとうございます。
私も本文にも書いた通り、日本人が日本の国を愛することは当然大切だと思っています。

戦時下において我が身の命を投げ出して戦い散っていった不屈の精神は「武士道」に通じる美学があったのだと思います。すなわち「生きる覚悟と死ぬる覚悟」です。
しかし実のところはみな人の子。愛する人たちを守るために「しかたなく」出撃していったのではないでしょうか?
映画「男たちの大和」も観ましたが、やはり今も変わらない人としての葛藤はあったのだろうと思います。

それは日本の軍人だけではなくどの国も同じはずです。

先頃、どこかのお寺が太平洋戦争で犠牲になったアメリカ兵の霊を弔い話題になりましたね。敵・味方、国や宗教を越えて「人」として素晴らしいことだと思います。

鎌倉にある円覚寺をご存知でしょうか?鎌倉時代に元寇がありました。元・高麗の連合軍を2度にわたって撃退した後、無学祖元は円覚寺を創建し、千体の地蔵菩薩を安置して日本・元・高麗の死者を平等に供養しました。
戦争の犠牲者の霊にもはや敵も味方もありません。
自分の国を愛しながらも、人として他国の人の霊も供養する気持をもつことは大切なことです。

ありがとうございます

早速ありがとうございます。
おっしゃる通りだと思います。それにしても幅広く色々勉強されてますね。恐れ入ります。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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