朝からドヴォルザーク8番!

1月12日(土)

いよいよ明日、私にとっては初顔合わせとなるオーケストラで打楽器の入るリハーサルがあって、来週20日(日)には本番!
年明け早々に「ドヴォルザーク8番」の解説風の記事を書きましたが、きょうは朝からドヴォ8に頭を切りかえてます!

ジョージセル指揮クリーブランド管弦楽団

ドヴォルザークというと、どちらかというと夕方のイメージが強くありませんか?
有名な9番「新世界より」の2楽章は「遠き山に日は落ちて…」と夕方のチャイムになるほどですし、この8番の3楽章も私はヨーロッパの夕暮れどきを連想します。
でも、朝から聴くドヴォ8もいいもんですね。とくに1楽章のモチーフは、夜が明けて鳥が鳴きだして、躍動的に動き出す「朝」のイメージですからね。



ところで、「曲を覚える」にも色んな方法があると思いますが、皆さんは楽譜を目に焼き付けますか?それとも耳から?あるいは身体全体で?

私は子供のころからピアノでもそうでしたが、楽譜を目に焼き付けて覚え、覚えた楽譜を瞼の裏側で見ながら弾く…なんてことはできない人です。
曲を覚えるのは圧倒的に耳から、そして手の動き(身体の動き)から。そして補助的に「いまページをめくった一番上、こんなことが書いてあったな」と視覚的な記憶がところどころ混じる程度。

「曲を覚える」…その程度・深さもさまざまです。ピアノやヴァイオリンなどの場合、いくら頭で曲が流れるようになっても実際に弾けなきゃ意味がありませんね(笑)。
でもオーケストラの曲を覚える場合、自分ですべての音を出すわけではありません。それこそ子供の頃から指揮者の真似をして、「ここでは木管、ここは1stヴァイオリン、ここはチェロ、1フレーズあいてトランペット…」といった具合に、曲の流れとそこで出るおよその楽器群を予測するぐらいならすぐにできます。
でもそれで「曲を覚えた」ことになるんでしょうか?

世の中にいらっしゃる数多くの指揮者が、同じ曲と何年・何十年も向き合い、何度となくスコア(総譜)とにらめっこし、悩み、ひらめき…それでも作曲者が意図したことにどこまで近づけるか、という世界。



自分が実際にオーケストラの中で何か楽器を演奏する場合、まず自分のパート譜に書かれていることはもちろんちゃんとできなきゃいけません。でも、アマチュアで平日になかなか家で楽器の音を出せないような場合、最悪難しいところは本番までになんとか頑張ってできればいい、という箇所があってもやむを得ないと思います。
ただ、個人的に難しいところが弾けるかどうかよりももっと大切なことは、オーケーストラ全体の音楽の流れを把握することだと思います。

ことティンパニの場合、手首を柔らかくしてトレモロが綺麗にたたけるなど、ごく基本的なことはもちろん必要ですが、あとは曲の全体の流れを把握して自分が出るべきところが分かりさえすれば、いちおう初練習に参加する資格はあります(笑)。
あとは、いかに曲全体のイメージを描けるか、他の楽器がやっている細かい部分をどこまで把握できているか、そして指揮者のつくろうとしている音楽にどこまで近づけるか…といったことがメインになります。

オケの中で演じるときは、「曲に合わせて叩く」のではなく、他のパートとセッションしながら音楽の流れを作り出さなくてはいけません。 私も学生時代から年数だけは長く打楽器をやってきましたが、本当に奥の深い世界だなと思っています。

★このブログを立ち上げて間もないころに書いた記事で「オーケストラの奥行」というのがあります。  ちょっと長いですがオケのアンサンブルに興味のある方はお読みください。



私にとってドヴォ8はまさに「青春」!
学生時代にOBに誘われてお邪魔した市民オケでやっていた曲。この曲にはティンパニしか出てこないのでそのOBが担当されていましたが、もし万一そのOBが風邪などで倒れたら代役を引き受けられるように、したたかに譜読みをしておいた思い出があります。

青春時代に一度やったことのある曲、あるいはアマチュアオケでこれまで何度となくやったことのある曲でも、今の私の年齢と人生観をもってまた新しい目でその曲と向き合い、本番までの限られた時間にどこまで「今の私の音」がつくれるか?

今回は「コバケンとその仲間たちオケ」でよく知っているメンバーも多いオケですが、指揮者もコンサートマスターも、またトランペットやフルートのソロも初顔合わせなので、明日の練習・来週の本番が楽しみです。


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No title

ドヴォ8っ!!
大好きですわ~~っ!!

っていうか、かなーり今更ですけれど・・・
今年もよろしくなのぉ♪

Re: No title

ひめ様

こちらこそ、「今年もよろしく」でございます!
そうそう、「ドヴォ8」っってまさにひめ様向きではございませんこと!?
元気の出る1楽章、美しい中にもずっしりと重量感のある2楽章、哀愁を帯びて人恋しくなる3楽章、そしてフィナーレ勃発型の4楽章!まさに火攻め水責めで飽きさせない45分ではないでしょうか?

<私が個人的に好きな箇所>
1楽章で合いの手のように決める「ドコドン!」×2箇所
2楽章のずっしりとした決め技
3楽章の哀愁を帯びた旋律のあとにアクセントトレモロでこみ上げさせるところ

そして、ティンパニとは関係ないけど…

4楽章の前半アレグロに挟まれてフルートソロが出てくるところ(練習記号「D])!あれを息切れしないで吹ききったフルート奏者の快感やいかに!?その影でトランペット1番がひとりごとのように、4楽章冒頭のファンファーレを「オレはこっちで吹いてるもんね」と独りつぶやくように入れているのが妙に可愛い!(笑)
そして、中間部に出てくる「こがねむし」! ♪「こ、こ、こ、コガネムシ」とどうしても聞こえてしまい、思っただけで吹き出したくなるほどダサいんですが、いかにもドヴォルザークらしくてよろしい(笑)!


大阪でのコンサートにご主人とお越しいただいたのは、もう2年前なんですね!
あのオケはもちろん素晴らしいですが、長い交響曲を1~4楽章まで丸々1曲通すことはないので、久々な交響曲に体がむずむずしてしまいます。いや~ん!

No title

こんばんは。

オーケストラという仲間と作り上げていく音楽。
でも、実際は指揮者の創り上げた世界を演奏者が作っているのですよね?
そこが、ピアノの独奏と違ってとても不思議であり、羨ましくもある点です。

一人ではないので曲を覚えるといっても、感覚としてピアノの独奏とは違うものですね。
ピアノの先生方がコンサートで、よく連弾で弾かれますが、
音楽として聴くと、演奏者が共に創り上げた音と
いえる演奏を一度も聴いたことがありません。
事前に別々に練習をし、なんとか音を合わせている、それで終わってしまう。
それぞれの個性は感じられても、一つの音楽としてなっていない。
ヘタをしたら、どっちも主張しすぎて、うるさく感じてしまう。
誰かと音楽を創り上げていくというのは、難しいのだなと感じています。

オーケストラの演奏でも、最初は別々に練習をし、
皆と合わせることの練習で、音楽になっていくのでしょうね。
でも、それが指揮者が加わると、その指揮者の世界を理解し、
創り上げるのですよね?
そのたびに、どう対処していくのか・・・?ととても疑問なのです。

もし、第一楽章さまがこういう音で演奏したいと思ったとき、どうなさるのか・・・と。
以前、モーツァルトでは実際に音を出してみて、マエストロにアピールされていましたね。
でも、それはかなり勇気がいるような感じがしました。

指揮者の世界を創るためにその音を出すというのがプロなのだと考えると、
自分で曲を覚えるというのはなくて、
毎回指揮者と演奏するときに、曲を覚えることができるということなのかもしれませんね。

Re: リーさん

コメントありがとうございます。
何人かで作り上げる音楽、それも合唱のように何人もが同じパートを演じるのではなく、ひとりひとりが別々のことをやってひとつの音楽を作り上げるのは、ちょうど模型やパズルの部品を組み立てるようなもの。
ひとりひとりが自分のパート譜をきちんと演じられるように練習しておくことも重要ですが、そのパーツ(部品)が他のパーツとどう絡み、どう組み立てられるのかを分かっておく必要があります。

かつて黒沢明監督のもとで音楽を担当された池辺晋一郎さんが、監督から「オレも何かひとつ足りない映像をつくるから、そっちも何かひとつ足りない音楽を作ってくれ」と言われたそうです。音楽は音楽で完結するものですが、映画の中で使われる音楽では、音楽だけで完結していてはいけない、ということ。
これは音楽を合わせる上でもとても大切なことだと思います。

あと、ひとりのプレイヤーとして、ことティンパニはオケ全体の音楽を左右してしまうほどの影響力を持っていますので責任重大です。でも、まずはひとりのプレイヤーとして自分なりの曲想・イメージをもって臨むようにしています。
何も考えないで「そこに4分音符があるから叩きました」「どういう音がいいかは、指揮者のおっしゃる通りにします」じゃいけないと思っています。
自分なりのイメージで、それも過去に演奏した時とは違う今の私なりの解釈で、ここはこういう音にすべきだろうと思うところがあります。また配られたパート譜に書かれていることが絶対正しいとは限りません。出版された版によって単純な書き間違えもあったり、版によって色々違いがあったり。ドヴォルザークにもそういう箇所がいくつかあります。

そうしたところを私なりに事前にチェックし、私なりに解釈し、指揮者にも初顔合わせの時に「どっちでやりますか?」と尋ねる。あるいは合奏中にちょっと自分なりの解釈で音を出してみる。そこに気づいて「Good」と言ってくれるか、「そこはやめたほうがいい」と言われるか…そこは最終的には指揮者に従います。
でもそうしたかけひきは決して指揮者に喧嘩を売ることでもありませんし、音を出す者としてそうありたいとも思っています。

指揮者のカリスマ性が音楽を紡ぎ出す場面ももちろんありますが、指揮者だけが常に絶対神ではありません。オーケストラの各楽器を演ずる者(実際に音を出す者)たちが、それぞれ内から出てくる音楽性をもっていなかったら音楽ではありません。それを束ねるのが指揮者の役割だと思います。

No title

こんばんは。

お忙しい中、ご丁寧なお返事をありがとうございました。
読んでなるほどと思いました。
同じ指揮者でも楽団が違うだけで演奏が変わりますけど、
それは個々の演奏者がそれぞれ持つ音楽性が大きく影響しているからなのですね・・・
ピアノでも一台一台音色が違いますけど、
そんな音色の違いを指揮者も楽しみながら、新しい音楽を創り出しているのかもしれませんね。
だとしたら、指揮者というお仕事はやめられないかも・・・
また、演奏者も指揮者により違った音を創り出すことができ、楽しく感じられるのでしょうね・・・
やっぱりオーケストラはいいなあ~と思います。
あの感動を創り上げるお仕事、あの場にいたら幸せを感じられそうです。

話は変わって今、ドヴォルザーク交響曲第6番を聴いています。
ニ長調の曲は、自分に合うものがあるのかもしれないと
最近思いなおすようになりました。
聴いていると落ち着いてきます。音占い、なかなかいいですね。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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カウント開始 2011.1.14~
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