「筝と琴」…弦楽器の大分類

◆「筝(こと)」と「琴(こと)」

どちらも訓読みでは「こと」ですが、「筝(そう)」と「琴(きん)」とでは違いがあります。

では、江戸時代に武家の娘が習っていた「おこと」、お正月によく聴かれる「春の海」の伴奏をしている楽器で、山田流と生田流があるのはどちらでしょうか? 
はい、「箏曲(そうきょく)」と書かれるぐらいですから「筝」ですね。

まずは、何かと頼りになるWikipediaで「筝(こと)」で検索してみると…

箏(そう)は、日本の伝統楽器。弦楽器のツィター属に分類される。一般に「琴」の字を当てられるが、正しくは「箏」であり、「琴(きん)」は本来別の楽器である。
最大の違いは、箏では柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節するのに対し、琴(きん)では柱が無いことである。

お筝の「柱(じ)」 
柱(じ)…同じくWikipediaより


おことの弦の途中に立てられているのは「駒(こま)」ではなく「柱(じ)」と言うんですね。弦の途中に置いてブリッジ状にする「柱」があるのが「筝」で、ないのが「琴」、とWikipediaの冒頭には書かれています。

でもそう考えると、西洋のヴァイオリンの仲間はみな「駒」(ブリッジ)が立ってますから「筝」の仲間ということになるんでしょうか…?
一方ハープの仲間はどれも張られた弦の張力で音程を決め、途中にブリッジ状のものはないので「琴」の仲間ということ…?
この分類の視点にはいろいろと疑問が残ります。



日本の「筝(こと)」で用いられる「柱(じ)」は、弦の中程に置く位置によって弦の音程を決めるためのものです。ブリッジ状にして弦を浮かせることで演奏もしやすくなります。でもヴァイオリンの仲間では「駒」の位置は通常決まっていて、音程を調整するのは「ペグ」という糸巻きの部分を回して行います。駒の位置ではなく、弦の張力を変えることによって音程を調整するわけですね。

あと、ヴァイオリンの仲間を中国では「提琴」と呼びます。
ヴァイオリンは「小提琴」、ビオラは「中提琴」、チェロは「大提琴」。ではコントラバスは?…「妖怪提琴」とどこかのCB奏者がフェイスブック上でのたまっておられました(笑)。
*真面目にちょっと調べてみたところ、中国語でコントラバスのことは「低音提琴」「倍大提琴」などと呼ぶようです。

あとモンゴルには「馬頭琴」と呼ばれる楽器があります。胡弓のように膝にはさんで弓で演奏する楽器で、ネック(指板のいちばん上)の部分に馬の頭のデザイン彫刻が施されている伝統楽器です。

馬頭琴 馬頭琴

これらはみな「琴」という字が使われていますね。

この辺りをヒントに、私なりに「琴」と「筝」の区別についてあらためて考えてみたいと思います。
でも、世界にあまたある弦楽器をこの2種類に大分類しようなどという試みはとんでもなく無謀なこと。あまり難しく考えずにごくおおざっぱに見てみましょう。


◆「琴」の仲間たち

ヴァイオリンやギターなどは一般に手に持って演奏しますね。張られている弦の数は数本ですが、指板(しばん)という長いネックの表側を弦の上から指で押さえることで、1本の弦の振動する長さを変えて音の高さを変えます。ですからたった数本の弦でもたくさんの音による複雑なメロディを演奏できます。

ギターやマンドリンのように指板にフレット(刻み)がついていて、そこを押さえれば一定の音程ができる楽器もあれば、ヴァイオリンのようにフレットがなく奏者の感覚だけで正しい場所を正確に押さえて音程を決める楽器(=作音楽器)もあります。

古代の楽器としてはリュートやビオラダガンバ、またシルクロートを通じて伝わったのでしょうか、東洋には先ほどご紹介した馬頭琴のほか、胡弓(2本の弦が張られていることから二胡という)や琵琶などがあります。

いずれも一人で持ち運びができ、楽器の形状は音を響かせる共鳴体とそこから長く伸びるネックからできていて、ネックの表側には「指板」があり、張られた弦の上からしっかり指で押さえて振動する弦の長さを変え、1本の弦でいくつもの音を出して演奏する楽器を「琴の仲間」ととらえておきます。


◆「筝」の仲間たち

それに対して「筝」は、やや大きな楽器に弦がたくさん張られていて、日本のお筝では13本の弦(17弦・20弦の筝もある)に「柱(じ)」を立てて各弦を決められた音にします。

「柱」の配列を変えて全体の音階(旋法)を変えたり、ある音を奏でるときに左手で弦を押さえ込んで(=張力を増して)音程を高くしたり、音を震わせたりする奏法もあります。また現代曲などでは曲の途中で「柱」を素早く移動させて音を変えたりすることもあります。でも原則として「1本の弦=ひとつの音」の状態で演奏します。

西洋のハープの仲間は、フレームに張られた弦の途中は中空ですから「柱(じ)」に相当するものはありません。弦はフレーム上にある「ピン」に巻かれていて、そこを回すことで弦の張力を調整して音程をつくります。

ハープの原型ともいえる古楽器のアルパなどは、楽器全体である決まった調でチューニングされますが、曲の途中である音を変えることのできる装置を備えたものもあります。
より完成した今日のハープ(グランドハープ)は、ピアノの白鍵にあたる1オクターブ7音の弦が約6オクターブ(40本あまり)並んでいて、足元にはペダルが7つあります。ある音に対応したペダルを踏み込むとその音だけが半音上(#)、ペダルを上げれば半音下(♭)、中間位置にしておけばナチュラルという機構になっています。

いずれも、原則として「1本の弦=1つの音」(=開放弦の状態)で演奏する楽器を「筝の仲間」と見ることができそうです。演奏に必要な音の数が多くなれば多くなるほど弦の本数も多く必要になり、楽器も大型になり、置いて演奏するスタイルになるのが「筝の仲間」です。

ところで「ビルマのたて琴」、あるいはギリシャ神話に出てくる星座の「こと座」は、「琴」という字で書かれることが多いように思いますが、フレームに弦が張られた小型のハープのような形をしていて、指で押さえる指板にあたる部分はありません。私流の分類で見るならば「筝の仲間」ということになりますね。


琴と筝の比較一覧

ここまで見てきた私なりの見解を簡潔にまとめたものが次の表です。
琴・筝の分類 
*画面右端が切れていたら、クリックすると全画面でご覧になれます。

まあこんな具合にさらっと分類すると「なるほど!」と明快に思われるかもしれませんが、世界のさまざまな弦楽器を「琴」か「筝」かで完璧に分類することは困難です。その一例として…


ハンマーダルシマ & チター

少し前に鍵盤楽器について書いた記事の中で、ハンマーダルシマという中東の楽器をご紹介しました。似た楽器として、ハンガリーのツィンバロム、イランのサントゥールなどもあります。弦を張った楽器を横に寝かせてバチで叩いて演奏し、開放弦の1本の弦=ひとつの音ですから、先ほどの私流のとらえ方をすれば「筝」の仲間ですね。

ハンマーダルシマ 
「ゆうさんの虫のゐどころ」のページより拝借

こうした楽器の仲間に、鍵盤と爪ではじくメカニズムを備えたのがハープシコード(チェンバロ)です。→ 「鍵盤楽器」の記事参照。

このハンマーダルシマの仲間でオーストリア・スイス・フランス・イタリアあたりで発達したのがチター(ツィター)という楽器です(独: Zither、仏: Cithare、伊: Centra da Travola)。

映画「第三の男」のテーマ音楽(=エビスビールのCMで使われ、JR恵比寿駅の発車チャイムにもなっている曲)を奏でていたのがチターです。
元旦恒例のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートでもよく演奏されるヨハン・シュトラウス2世作曲「ウィーンの森の物語」の冒頭と末尾ではソロ演奏も聴けます。
音色としては古楽器のハンマーダルシマに似ていますし、メロディと伴奏の両方を同時に弾けることから、どことなくギターの響きとも似ているように思います。

チターは台の上に水平に置いて演奏しますが、よく見ると演奏者側の5~6本の弦の下にはギターのようなフレットがついています。そして共鳴板の上には約30本の伴奏用の弦(開放弦)が並んでいます。

チター 

「リズムのかけら」さんのページから拝借。
同氏はエビスビールのCMレコーディングで『第三の男』のテーマ「ハリーライムのテーマ」の第一作アレンジを担当された方です。


奏者は左手でフレットを押さえながら、右手にプレクトラムと呼ばれる爪をつけて演奏します。メロディライン(旋律)も和音(伴奏)も両方あわせてひとりで演奏するのに適した楽器かもしれませんが、演奏するにはかなり高度なテクニックが必要なようです。
全体の形状としてはハンマーダルシマにも似た「筝」の仲間とされていますが、メロディを弾くための数本の弦に関しては「琴」の要素も取り入れたユニークな、なんとも分類不能な楽器といえます。


 
そもそも世界のあらゆる民族が生み出してきた楽器たちは、いちいち楽器の分類からはみ出さないように登録商標を確かめながら作って来たわけではありません。その国・その民族の「調べ」を奏でるために好都合な楽器を生み出し、改良を加えて進化してきたものでしょう。
ツィターにしても、ひとりで伴奏もメロディも同時に演奏できる弦楽器があったら便利だろうなと思って考案した結果、こういう「第三の男」ならぬ「第三の楽器」が生まれたのでしょう。

分類は後の世の人がヒマにまかせてやればいいこと(笑)?

自然界の動物だって、ダーウィンの進化論の視点で分類しても、卵で生まれてくるのにお乳で育ち、くちばしもある、鳥なのか哺乳類なのか、なんとも分類不能なカモノハシみたいなのがちゃんといますからね。



初めにもお断りしたように、世界にあまたある弦楽器のすべてを、「筝」の仲間・「琴」の仲間で完全に分類することは不可能です。

ただこうして見てみると、一口に弦楽器といってもその構造や奏法によって大きく「筝」の要素と「琴」の要素が色々あるんだな、ということをあらためて感じます。

人と音楽の歴史を見てみると、似たような種類の楽器が世界のさまざまな民族の間で生まれ、奏でられる音楽に合わせてそれぞれに進化の道を遂げてきたんだな、と思うのです。各楽器の音色の味わいとともにとても興味深いと思いませんか?


古楽器 ハンマーダルシマの音色を…

最後に、古代の楽器・ハンマーダルシマの音色をお届けしましょう。
1970年台の刑事ドラマで、今は亡き天知茂さんが警視庁特捜部の役をニヒルに演じていた「非情のライセンス」というTVドラマのテーマ音楽をYouTubeから。

<「非情のライセンス」テーマ音楽 YouTube>

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=5KtLLBjMp2g

私も受験生ながらこっそり観ていた番組のひとつで、このテーマ音楽は懐かしです。
冒頭の「じゃり~ん」にはじまり最初のメロディラインを奏でているのは、先ほどご紹介した古楽器のハンマーダルシマだったのです(私も最近あらためて知って驚きました)!

大都会で起こる凶悪犯罪に立ち向かう刑事ドラマでは定番ともいえるエレキギターやトランペット、哀愁を帯びた女性コーラスやストリングスに混じって、なんとバロックよりはるか昔の地中海の楽器がなんとも効果的な味を出しているのが意外だと思いませんか?


楽器のルーツや分類について書き始めるとキリがないですが、この弦楽器から今日のピアノなどの鍵盤楽器が生まれる過程についても、もしご興味があれば…
→ 「鍵盤楽器とは?」


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No title

すごい・・・楽器の本が書けそうだわぁ♪
わたくし、筝と琴の違いがよくわからなかったんだけれど
なんとなくわかったような気がするわぁ

お三味線と琵琶って弦楽器? 絃打楽器?

わからないことだらけで・・・(涙)

ぴあのんの記事もすごく参考になりましたわぁ
色々な本を読むより第一楽章さまの記事の方がわかりやすいんだものぉ

これからも洋の東西を問わず、様々な楽器をご紹介してねぇ♪

もそっといろいろと書きたかったような気がするけれど・・・
記事読んだら、すんごい納得できちゃったので
こんなことしか書けないわぁ(笑)

Re: No title

文章で丁寧に説明しようとするとどうしても長くなるので、エクセルで作った比較表を記事の中程に入れました。ご参照まで。

たしかに三味線でも津軽三味線などはバチを打ち付けてはじくような奏法で、まるで打楽器のようですよね。
「弦が張ってある楽器=弦楽器」は楽器の形状・音源による分類です。管楽器もそうですね。
それに対して「打楽器」は「打って音を出す楽器」、つまり奏法から見た分類ですね。管・弦・打と3つが楽器の大分類ですが、考えてみたら弦と管は音を出す素材(楽器)から、打楽器だけは奏法から見た分類だったんですね。

奏法として見るならば「はじく・たたく・こする・吹き込む」といった分類になるでしょう。さらに打楽器なんかは単純に「叩く」だけでなく、「こする・撫でる・回す・揺らす…」まだまだ色々なテクニックがあるんですよ。

一方、楽器の形状や素材によって「金管」「木管」のように分けるなら、弦楽器も「スチール弦」「ガット弦」…etc. 打楽器も「金属楽器」「皮楽器」「木楽器」「竹楽器」「豆粒楽器」…etc.

見慣れた楽器たちも、いざ分類しようとすると大変でございますね~

No title

こする・撫でる・回す・揺らす…
に、激しく反応しちゃった(笑)

比較表、すごくわかりやすいっ♪
ありがとうなのぉ!!

人生っておべんきょすることがいっぱいあるわねぇ・・・

Re:

姫さま、反応し過ぎでございます!
楽器のお話しです!

ところで弦楽器の花形と言えばヴァイオリン、低音のチェロやバスも魅力的ですが、目立たないながらも大切な中音域を支えるのは…?

「ヴィオラだ!ガンバ!」

一覧表には入ってないけどお分かりですよね?
姫さまの大好きな中世・ルネッサンス時代の楽器、ヴィオラダガンバ。

たまにはこんな中世ネタのギャグもいかがでしょう?
おやすみなさい!

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Re: ありがとうございました

鍵コメさま

さっそくのご訪問ありがとうございます。ご縁あって「音楽の力」を活かしてなにかできれば…という活動をしています。オーケストラ、ピアノ、打楽器…音楽に関する雑多なことの他、社会的なテーマを題材に私なりに思うところを綴っています。
お時間のあるときにテーマごとにご覧いただけたら幸いです。賛否いずれでもコメント大歓迎ですので、今後共どうかよろしくお願いいたします。

お久しぶりでございます

お筝の方々は奥ゆかしいので、プログラムなどには筝曲、筝としっかり書かれていますが、お琴と言われても書かれても、にこやかにしていらっしゃいますね。私なんかだと、一席ブッてしまいそうです(汗)

お三味線は、小唄端唄、筝の三絃は弦楽器、いや糸楽器?長唄でも唄の伴奏部分は弦楽器ですが、合方という唄のない部分は弦打楽器という感じがします。津軽などは打楽器に近いですね。
お三味線の胴は太鼓と同じ作りで、太鼓に棹を差した形なので、打楽器の要素が大きいのでしょうね。これは日本の音楽に、長いこと和声という考えがなかったこととも相通じるものがあるのでしょうか。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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