モーツァルトの「明るさ」とは?

8月13日(月)更新

◆「レクイエム」より「ラクりモーザ(涙の日)」 

モーツァルトはこの「ラクリモーザ(涙の日)」の頭の8小節まで書いたところで絶命したという話は有名ですね。

8小節目の最後3拍目・4拍目(←8分の12拍子で書かれてますので、符点4分音符を1拍とみて)ではティンパニがAの音を響かせます。
さて、そこに至るまでの和声進行をあらためて見ていて、意外なことを発見!

頭の2小節はいわば前奏で、3小節目から合唱がメロディを歌い始めます。最初のベースの音はD,F,E,A ×2小節。その次から絶筆までの4小節間です。

いまピアノ伴奏譜が手元にないので…

ラクリモザ コード進行

ベース音は、 D,A,D,C、 F,E,A,G、 C,B♭,A,C、と移り行き、最後の8小節目で H,B♭,A, A となります。

問題はそこに乗っかる3和音の響き。
上の楽譜下にコードを書いてみました。「m」がつくのがマイナー(短三和音)、なにもつかないのがメジャー(長三和音)です。短三和音を青、長三和音をオレンジで囲ってみました。意外なことにオレンジで囲った明るい長三和音が合計9つ、青の短三和音よりもはるかに多いのです。なのに全体のコード進行としてはなんとも切なく哀しみの淵へと進んでいきます。

モーツァルトが絶筆したという8小節目の3・4拍目のベース音は運命的な2つの「A(ラ)」です。
でも和声としては「レファ」→「ド#ミ」、つまり最後の音も明るい長三和音で終わっているのです!

じつはこの曲の最後の「アーメン」の部分でも、ベース音は「D(レ)」ですが、「ソシ♭」という短三和音から「ファ#ラ」へと明るい響きに変わっているんです。 最後に残る響きとしては明るい長三和音なんですね。



今から7年前、コバケン先生と出逢った最初の長崎でのコンサート。
ティンパニの楽譜には、最後の2小節はずっとD音をトレモロで伸ばすように表記されています。でも私はあえて(楽譜を無視して)「アーメン」の「メン」のところで打ち直しをしました。もしマエストロからダメ出しが来たらやめればいいや、と。

そうしたら、マエストロからすかさず「高木さ~ん、その最後の音は、『天に昇るような音』にしていただけませんか」と注文がきたのです! 打ち直しを認めてくださったのはいいのですが、『天に昇るような音』って、さてどうすればいいんだ??(笑)


◆モーツァルト交響曲40番

モーツァルトの音楽は全般に「明るい」「軽やか」なイメージをずっと持ってきました。
ピアノ曲にしても管弦楽曲にしても、モーツァルトの音楽というのは明るく軽やかで、聴きようによってちょっと軟弱でなよなよしていて女性的。
それに対してベートーヴェンやブラームスは男性的で重厚でもっともらしい。私も若い頃はモーツァルトよりもベートーヴェンやブラームスの重厚さに惹かれたものです。

ところが、ある年齢になってから、モーツァルトに秘められた不思議な輝きに惹かれるようになりました(今でももちろんベートーヴェンも大好きですが)。
そのひとつがモーツァルトの交響曲40番。ピアノ協奏曲20番とともに短調で書かれた代表的な曲です。

その第1楽章の最後の箇所、
40番1楽章最後

本来なら「GB♭D(ソシ♭レ)」の暗い響きでも良さそうなところで、わざわざ「GHD(ソシレ)」という明るい3和音を使っているのです。

さきほどの「ラクリモーザ」と同じように、本来は哀しい調であるはずの中になぜか一瞬の光が差すような明るい響き。
その明るい光が、より一層哀しみを深いものにすると同時に、最後に希望の光を残すのです。

モーツァルトの明るさは、神童アマデウスの天性ともいうべき飛び跳ねるような明るさ・軽やかさももちろんありますが、とくに後期の作品の中では、哀しみに満ちた中で魔法の力のように明るい響きを見事に使い、哀しみをより深く表現しながら一筋の光を余韻として残す…それがモーツァルトの音楽ではないかと。

<この記事内容についてはまだまだ未完ながら…>

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Re: だいぶ前の記事ですけど・・・

鍵コメさんへ

そうですね、実際に「死」を目前にする、あるいは「死」を強く意識すると世界観が変わるでしょうし、当然ながら「音」への感性も変わるんじゃないかと私も思います。

この記事でモーツァルトのレクイエムが意外なほどに明るい和声を使っているということを書きましたが、案外「死」を現実のものと捉えると、悩みや苦しみや悲しさといったものをすべて超越してしまって「軽さ」が出てくるのかもしれませんね。

あ、でも、だからといって現実逃避して「自殺」なんか考えちゃいけませんよ!キリスト教では最大の罪ですし、丹波哲郎さんの「大霊界」でも、自ら命を絶った人の霊は霊界にもいけず永遠にさまようそうですから。

なんの話でしたっけ? そう「死」を意識した「天にも登るような音」というのはどういう音なのか?
まだ決定的な回答は得られていません。ただ、なんとなく明るく開放されたような、軽みを感じるような音、というイメージを持っています。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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