見えているはずなのに…

お互いの車が見えていない!

8月2日午前9時45分頃、栃木県小山市下初田の市道交差点で、乗用車と特別養護老人ホームの送迎用の軽乗用車が出合い頭に衝突、軽乗用車の高齢者3人が死亡するという事故が起きました。

今回の事故原因についてはその後詳しい報道はなされていませんが、広い田園風景で見通しも非常に良い一直線の道路が交わっている交差点で、なぜか白昼にこういう事故が起きることをご存知でしょうか?それもたいてい天気の良い日中、お互いいねむり運転はしていなかったにもかかわらず…

こういう「魔の交差点」は全国にけっこうあるようです。
じつは私自身も、何年か前に北海道の大自然の中でどこまでも真っ直ぐに続く見通しの良い道路を走っていて、ここまでの危険な体験ではありませんが、前方で交差する道路上を走ってくる車の存在に気づきにくかった経験をしています。

遮へいするものは何もなく、お互いちゃんと視界には入っていたはずなのに全く気づけない!…なぜなのでしょうか?

ちょっと次の図をご覧ください。

<図1>
衝突関係1

2台の車がそれぞれ一定の速度で走行していて、5秒後に同時に交差点に到達する(=衝突する運命にある)場合、衝突までにお互いの見えている方向を赤い線で示しました。
常に一定の方角に相手が見え続ける(=視界の中で動かない)、ということなんです。

交差点を頂点に、お互いが直進している道路を三角形の2辺と見たてます。お互いが等速運動であれば、1秒後・2秒後…と2辺は等間隔に区切られます。その等間隔の点同士を赤い線で結んでできる三関形はどれもみな「相似形」ですから、底辺の角度(=双方が見えている方位)は常に一定ですね。
 
これは90度で交わる十字路に限りません。

飛行機同士の衝突のように、必ずしも水平方向だけでなく斜め上・斜め下からであっても、2本の直線が先方で交わっていれば同様です。
また双方が同じスピードである必要はありません。お互いが一定の速度(=等速運動)で直線上を進んでいて、交わる点に同時に到達する(=衝突する運命にある)関係であればすべてに当てはまります。

たとえば時速250キロで走る新幹線の車窓から、斜めにクロスする道路上を時速60キロで走る車を見る場合でも、もし同時にクロス点にさしかかる運命にある相手は常に一定の角度で見えているのです。

<図2>
衝突関係2

新幹線の車窓を眺め、周りの景色がびゅんびゅん後ろへ流れる中で、たった1点、ピタっと同じ方位に見え続ける車がいたらすぐ目にとまります。その車を見ていると、数秒後には立体交差のポイントにちゃんと同時に到達します。面白いですね。

体験したくない話ですが、正面衝突の場合(=1本の同じ直線上を双方から近づいてくる場合)も、相手は常に同じ方角に見え続けますね。

一方、衝突関係にない場合はどうでしょう?
進路は交わっていても、交差する点を相手が先に通過するか、あるいはこちらが先に通過する場合は、このようにお互い一定の角度に見え続ける関係にはなりません。相手の見える方向は時間の経過とともに変化していきます。
 

<図3>
衝突関係にない場合 



このように図解&文章で説明するととても難しい話のように思われるかも知れませんが、実はみなさん、歩行者としてふだん無意識のうちにやられていることなんですよ。

駅のコンコースなど雑踏の中を歩いていると、すれ違う人・自分の前を横切っていく人、自分が追い越す人・自分を追い抜いていく人などが視界の中をめまぐるしく流れていきますね。

そんな雑踏の中で、自分と並走して歩く人・正面から近づいてくる人・お互いの進路の先で交わる方向で斜め方向から近づいてくる人など、自分から見てピタっと同じ方向に数秒間見えている人がだんだん近づいてきたら「あ、ぶつかる!」と気づいて何らかの対応をするはずです。 ちょっと足を速めて相手よりも先に行ってしまうか、逆にこちらが速度をゆるめて相手を先に行かせるか、あるいは進む方向を変えて交わすか…etc. 
携帯でゲームをやりながら、考え事をしながら、よほど無神経に歩いてなければ、たいてい皆さん身体で反応して無意識のうちにやっていることを、あえて図に示してみただけのことです。



風景に同化してしまう「動かない1点」

さて、冒頭のような見通しの良い交差点で、居眠りもしていないのに、お互いの存在に気づかない「魔の交差点」について。

もう何年も前、たしか自動車連盟が毎月発行している「JAF メイト」という雑誌でもこの「魔の交差点」のことを取り上げていたように記憶しています。

宮城だったか岩手だったか東北地方のある場所で、一方の車の進路左前方には遠くの山々の手前に工業団地の白っぽい建物群が見えていたそうです。そしてもう一方の車から右手前方には、朝日に輝く海が逆光で見えていたそうです。
お互いの車は、その風景の中にすっかり溶け込んだまま動かないため、交差点にさしかかるまでお互いの車の存在にまったく気付かなかった、ということがしばしば起きていたようです。

幸い衝突事故にまでは至らなかったものの、地元のドライバーたちが「ヒヤっとした!」体験をもつ「魔の交差点」がけっこうあるそうなんですね。
しかも夜間はヘッドライトをつけているのでお互い「車だ!」とすぐ気づくのですが、真っ昼間がかえって危険なようです。

人間の目というのは不思議なもので、見えているはずなのに意識の中で見えていない・見つけられない、ということがあります。そこに「動き」という要素は大きく働きます。

例えば、ごちゃごちゃしたパソコン画面の中で動かないカーソルはどこにあるか見つけづらいですが、マウスなどでクリクリっと動かしてやるとすぐに見つかりますね。
昆虫たちも葉の影でじっとしていれば天敵にも見つかりづらいですが、少しでも動くとすぐに発見されてしまいます。
逆に、先ほどの新幹線の車窓や、雑踏の中を行き交う人のように、まわりの風景がめまぐるしく変化している中にただ1点動かない物体があればすぐに目に止まります。

ところが、空を飛ぶ航空機から見える空・雲・遠い地上の風景、あるいは「魔の交差点」の周囲に広がる広大な田園風景などは、高速で動いてもあまり大きくは変化しません。
その中にただ1点、先ほどの図で示したとおり、衝突する関係にある相手は常に同じ方位にぴたっと動かず、遠くの背景の中にみごとに溶け込んで同化してしまうのです。

そこで研究チームと地元警察・行政がとった対策とは…?


究極のチラリズム!

一直線に伸びる道路脇に、交差点にさしかかる数百メートル手前から植栽を施したのです。しかもずっと一定の高さに連続してではなく、高低差をつけたり断続的に散りばめるような形で、車が見え隠れするようにしたのです。
 
なにも遮るものがなく見え続けている「丸見え状態」だと気づけなかった相手の存在が、緑の壁の隙間をチラりチラりと見え隠れすることでお互いに気づけるようになったとか。

まさに究極の「チラリズム」こそが重要なカギだったわけですね!


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No title

なるほど~、そういうことだったのか!と膝を打ちました。
図まで書いていただき、とてもわかりやすかったです。
チラリズムの対策も見事ですね。
蚊をとるときに、できるだけゆーっくりと近づいていくと難なく手の平で押しつぶせることがあります。敵はたぶん動くモノには敏感なのでしょうね、茹で蛙の原理です。

解りやすい解説です

とっても解りやすい、見通しのよい交差点での事故、お互いに動いているように感じない、警察の対応、なるほどと思いました。
このような道路では、いくら安全運転をお互いに心がけても防ぐことは難しいですね。
こういう道路を運転する時は、よほど注意しないといけないですね。
考えさせられました。
私もJAFに入ってますが、このような記事を読んだ記憶がありませんでした。
こういう運転時の注意事項は、マスコミが報道をして欲しいですね。
少しでも事故が減るように。

Re: ありがとうございます

ジャッキーさん、hatikoku_totoroさん、ご訪問ありがとうございます。

意外だな、とお感じになられたのではないでしょうか? 車を運転するのに、人並み以上の反射神経や動体視力は必要ではありません。あくまで人並みの注意力で常識ある運転をしていればおかしな事故はなくなるはずです。ただ、その中にも「まさか」と思うような落とし穴があるんですね。

私は小さいころから鉄道が好きで、夏休みに旅行に行く時などはずっと外の景色を見続けていましたから、このような現象が起こることもなんとなく知っていました。
また、直流電気機関車の前面がクリーム色に塗り分けられている(とくに特急用の機関車はクリーム色の面積が広い)のはなぜか? バックが緑・グレー・ブルー…さまざまな自然界の色の中で、茶色や濃紺は目立ちませんが、白っぽい色はチラっとでも動くと遠くからでもよく目立つんですね。遠くから近づいてくる列車に早く気づけるように、ということらしいのです。

乗用車にも白っぽい車が多いのは、遠くからでも夜間でもよく見えるためといいますね。でも車は小さいですから丸ごと周囲の風景の中に溶け込んでしまうこともあります。緑の植栽によるチラリズム対策は見事だと思いました。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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