予見できない無能、無能であることへの責任

7月6日

◆JR西日本の福知山線脱線事故で、強制起訴されて責任を問われた歴代3社長が「あのような事故が起こるとは予見できなかった」と無罪を主張。

◆自殺の練習をさせていたことを複数の生徒がアンケートに回答していたにもかかわらず「真偽を確認することができなかった」と弁明する大津市教育委員会および学校側。

◆福島原発で「津波の規模を想定できなかった」とする原子力安全・保安院、国、東電…etc.

まったくこの国は無責任大国か!



もし一般人が、人混みめがけてビルの上から包丁を落下させて、「まさか人が死ぬとは思わなかった」と言えば無罪になるだろうか?
あるいは「人を殺したら罪になるとは知らなかった」と言えば刑法上の責任を回避できるだろうか?

(犯罪の)構成要件を満たしている

結果としてもたらされた被害が重大であり、故意であれ過失であれ、その人に問うべき責任がある(=有責性がある

本人にその責を負うだけの責任能力が備わっている

この3つの条件を満たせば、たとえ法律を知らなかったと言えど、法的な責任を免れることはできない。

問題は3つ目の「責任能力」。例えばものごとの善悪を判断できない心神耗弱状態にあった場合などにおいて「責任能力がない」とみなされるのだ。

さて、人の命を預かる責任と権限をもつ要職にある人間が、起こりうる危険をまったく予見できなかった、想定していなかった、組織を動かすことのできる立場にありながら、安全対策もとらず、必要な注意義務を怠り、なんら改善策を講じなかった…etc. 
これらは早い話、「無能であった」ということになる。


では、「無能である(あった)」=「責任能力がない」とみなされて無罪放免でしょうか…!? 

そんなバカな論理は通りませんよね! 

「無能である(あった)ことの責任」、言いかえれば、「無能であるにもかかわらずそのような要職に就いていた責任」 が問われてしかるべきではないでしょうか?

ではその責任をどう取るのか、何をもってどう償うか、です。

例えばひとつの考え方として、その役職に就いていた間に受け取った報酬を全額(生きるための最低限のものは除く)返還し、そのすべてを被害者への補償・原状回復への資金に充てる、というのはいかがでしょう?
 

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No title

第一楽章さま、こんにちは。

せめて、「その役職に就いていた間に受け取った報酬を全額(生きるための最低限のものは除く)返還し、そのすべてを被害者への補償・原状回復への資金に充てる」という言葉を、誰かに言われる前に、自らそうします!という声くらい聞いてみたいと思います。
良心というものすら、持ち合わせていないのでしょうか?
「〇〇することができなかった」と言えさえしたら、済んでしまうというような日本になってしまっては、大変な思いをしながら、まじめに一生懸命生きている人が頑張ろうと思えなくなってしまいますね・・・

Re: No title

リーさん

ありがとうござます。やはりそう思いますでしょ!?
「無能であることの責任」…ちょっと新し切り口かもしれませんね。

最近のニュース報道を見ていると本当にむかむかしてきて、何が正しいのか価値観がおかしくなりますね。

一般人にいきなり宇宙船の操縦をしろと言っているのではないのです。それなりに責任あるポジションに就くということは、それなりの自覚をして、磨くべき能力を磨き、努力し、いざという時にちゃんと対応できなくてはいけないはず。「無能であることの責任」は問われてしかるべきだろうと。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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