ブルックナー交響曲9番

6月15日(金)追記

コバケン先生指揮、日フィルの演奏を聴きにサントリーホールにお邪魔してきました。

アマチュアではもちろん、プロのオーケストラでも演奏される機会は決して多くない曲だと思います。コバケン先生の指揮者人生40周年を記念して、ブルックナーの遺作となった最後の交響曲9番を。

「素晴らしい!」の一言につきる名演でした! 
前プロのシューベルトの未完成交響曲も、しっとりと聴かせていただきました。 日フィルのメンバーのみなさん、どのパートも素晴らしかったです。

ブルックナーの9番は、1週間前に私もリハーサルに参加させていただくにあたり、にわか勉強ながら私なりのイメージを作って臨みました。
「ここは、楽譜にとくに指示は書かれてないけど、打ち止めをしっかり打ち直した方がいいかな?」と思った箇所は、日フィルのティンパニストさんも同様の解釈をされていました!

全体にffのトレモロが続くところでは、腕全体を大きく振りかざして、決して細か過ぎないトレモロで全体をダイナミックに演じておられ、「なるほど」と思いました。

でも意外にも全体を通して、心なしか「ずいぶんあっさりと演じておられるな~」という印象も正直受けました。
それは、ppで長く続くトレモロにしても、ffで長く続くトレモロにしても、途中のあるところにダイナミックスの山がくるポイントを私なりに意識して<>を付けてみたり、場合によっては打ち直したり、いろいろと模索していたのですが、そういう箇所で余計な小細工は一切してなかったようです。

ただ、3楽章の「最期の審判」をも思わせる箇所(練習記号「Q」)では、私はもっと思い入れを込めて最後の1発はほとんど独立したような打ち止めをイメージしていたんですが…
私の考えすぎだったのかな…?

以下、以前リハーサルに臨んで書いた記事のフィードバック(というか、ここまでが上書き)です。


*6月6日更新

6月4・6・8日、いずれも平日の夜ですが、われらがコバケン(小林研一郎)先生の『実験台』となるべく「仲間たちオーケストラ」のメンバーが都内に集まります。

コバケン先生にどうにでも振っていただくためのリハーサル(実験台?、音楽研究会?)。
われわれはこの曲で演奏会を行うわけではなく、いわばボランティアでの参加ですが、最高のオーケストラ・レッスンを受けられる贅沢な時間!
これまでにもこういう機会はありましたが、今年の課題曲は ブルックナー作曲 交響曲第9番 です。

皆さんそれぞれ個人レベルで譜読み・練習にいそしんでおられることでしょう。
考えてみたら5月もまもなく終わり! 今週末と来週末しかありません!(5/27)
 平日の夕方18時~にもかかわらず、4日・6日両日とも80人近いメンバーが集まり、かなり完成度の高い音を出されています。このオケは本当に素晴らしい!



週末は娘の学校行事や家の用事など予定も色々と入ってきます。平日の深夜・遅番の出勤前など、ちょっとした時間を見つけて、CDを聴きながらスコア・パート譜を眺めてイメトレしてきました。

コマ切れの時間に聴くには申し訳ないほど、つくづく深い曲ですね!
以前取り組んだことのある同じブルックナーの交響曲4番とも似て、全体が見事に4小節単位(×2で8小節、×3で12小節…)でできていて、色変わりするようなハーモニーの変化が美しい。
古典派の交響曲のように、はっきりとした主題が展開していくスタイルではなく、全体の大きな流れの中で起こる色変わり(和声の変化)と場面展開の流れ(旋律)が散りばめられているような印象。

ブルックナー自身が4楽章を書きかけて未完に終わっているので、3楽章を「最終楽章」として書かれてないはずですが のかな?、という疑問もわきますが、この3楽章を聴いていると、自然や神様とも一体化して人生を全うしたブルックナーの「集大成」のようなものを感じます。4楽章はあえていらなかったのではないか…と。

初日のリハーサルが終わったあとマエストロにも尋ねてみたところ、やはり「後から付け足したんだろうね、きっと。それも誰か強力なスポンサーに頼まれて無理やり書きかけたんじゃないかな」とおっしゃっていました。
やはりブルックナーとしては本来この「3楽章」で終結させるつもりで書いたのではないかと。

♪ その「終結」とは

3楽章の練習記号「O」から「P」にかけての8小節間で鳴り響くトロンボーンはコラール。3楽章の最初に出てくるテーマ(練習記号「C」のヴァイオリンの旋律)が壮大なコラールになっていて、「祈り」「感謝」「愛」に満ちています。1楽章からここに至るまでのすべてが集結されているように思えます。
そして4小節おいて「Q」から入るティンパニは「終焉」を宣告するかのように2度響いたあと、ゆったりしたAdagioで4小節間トレモロが続き、その最後は壮大に打ち止めしたい!


ブルックナー9

ブルックナーの曲は静かなところからフルオーケストラまでのダイナミックスが広い! 心地よい旋律が重なり、さまざまな風景を旅しているようで、映像が目に浮かぶように美しいのですが、曲としては抽象的で覚えづらい。

楽器の重なり・ダイナミックスが広く、弦楽器のみ・木管のみという箇所がほとんどなく、スコアのどのページも上から下までフルに埋まっています。そしてティンパニの出番のほとんどは長~いトレモロ。その中で場面の切り替わりやダイナミックスを表現しなくてはいけません。
ブルックナーと付き合うには、精神的な体力が必要なんですね(笑)。


◆ブルックナー交響曲9番 メモ

1887年夏、ブルックナーは交響曲第8番を完成させた後、この作品の作曲に取りかかった。
それから9年後の1896年10月11日にブルックナーはこの世を去る。そのとき、終楽章(第4楽章)は未完成のまま残された。
現在出版されている楽譜(ノーヴァク版)も3楽章 Adagio までで、実際の演奏会・録音でも3楽章までのものが通常であるが、幻の第4楽章を補筆完成させる試みも続けられてきた。

上の画像の左端に映っているCDは、SIMON RATTLE指揮、2012年ベルリンでの録音で、幻の4楽章まで収められている(演奏時間82分)。

ブルックナーは、ベートーヴェンの『交響曲第9番』と同じ「ニ短調」でこの曲を書き、それが生涯最後の交響曲作品となっている。ベートーヴェンを意識していたのか…? それはともかくこの作品への献辞として、譜面にドイツ語で「愛する神に捧ぐ」(Dem lieben Gott)と書かれている。


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ブルックナーの9番

ご無沙汰してます。ブルックナーの9番、一時期もう大好きで学校から帰ってくると必ずレコードをかけて1時間ほどぼーっとしていたものでした。最近全く聴いてませんでしたけど、第4楽章つきなんていうのが出ているのですね。また久しぶりに聴きたくなりました。

Re: ブルックナーの9番

アンコウさん、お久しぶりです!こちらこそご無沙汰してます。

ブルックナーをお好きなんですね。きっと自然を愛しておられるロマンティストなんでしょうね(笑)。
ブルックナーは、本文にも書いたように、演奏するには精神的な体力が必要です。でも聴いていると本当に豊かな風景が浮かんできます。

4小節フォルテが続いたかと思うと、ピアニッシモになって和声が変わって4小節。見事に4小節単位で曲ができていることが分かります。また、悲しみがこみ上げて頂点に達したかと思うと、がらりと優しく明るくなったり…まさに色変わりの芸術です! 

フレーズ・意味の切れ目は4小節ごとにあるのに、楽譜で見ると、自分が叩き終えたところ(=フレーズの頭)の1小節は音符が描かれているので、次から休みの数が描かれています。
しかもブルックナーの楽譜はどれもたいてい10小節単位で練習番号のように四角で囲んだ数字が表記されています。いってみれば音楽的なフレーズとはまったく関係ないところに「110」「120」…などと標識が立っていて、そこまで何小節休み、という書き方なんです。これは非常に数えにくい!

自分が叩き終えた次から3小節、つまり頭に入ったところから4小節行くとどうなって、そこから8小節行くと何が起こる…という捉え方をしていないと音楽的なとらえ方ができません。ブルックナーの楽譜は足し算・引き算の雑記帳のようになっていきます(笑)

でも考えてみたら、おそらく楽譜なんか見ないでこの曲を味わって聴いておられる方たちはそういう捉え方をして聴いていらっしゃるのではないでしょうか?

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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