「コミュニケーション」&「ノーマライゼイション」

今までにも書いてきたテーマを再整理!最近ある方から頂いたコメントへの返信に書いた文章を二次利用して記事にします。
「コミュニケーション」&「ノーマライゼイション」、どちらのカテゴリーに分類しようか悩んでしまいましたが(笑)、 実はこの2つ、私の中では表裏一体のものなんです。


◆「同じ」ことと「違う」こと

とかく「あ、〇〇が一緒だね~」で友達になり、お互い「違い」が見えてくると遠ざかる…そんな人間関係が日本には多いように思います。

でも、人は本来ひとりひとり違うんです。違って当然なんです。
それは何か特別な「障がい」の有無だけでなく、お年寄りと若者(年齢差)、男と女、上下関係など立場の差、何かが得意な人・苦手な人…etc. 

自分が実際に同じ経験をしなければ本当のことは分かりません。いくら勉強して知識だけで分かったふりをしても限界があります。
どんなに仲良くなっても、どちらか一方がどんなに努力しても、決して「イコール」にはなれません。

私はそもそも相手と同じである必要はないと思います。もともと皆それぞれ違って当然なのです。同じ映画を見ても、同じ音楽を聴いても、感じ方は皆それぞれ違うように。 
そういう原点に返ってみて、お互い「違い」はあることを前提に、無理な力を抜いて「あるがままを受け入れる」ことが大切ではないでしょうか?


◆「違い」を知ることは「差別」「偏見」ではない!

これも前に何度か書きましたが、ある子ども向けの絵本の見開きいっぱいに花の絵がたくさん描いてあり、その中にひとつだけ虫が描かれています。
その見開きページに「この中で仲間はずれはどれでしょう?」と書いてある!
「これこそが差別を育てる芽だ!」と思い、私はぞっとしました。

生物でも、岩石でも、似たものをまとめ、違うものを分類するということは大切な認識です。「分類学」という学問がありますが、同じものをまとめてくくり、名前をつけ、違うものと区別して認識しようとするアプローチです。違うものを識別し、同じものを同一化して「アイデンティティ」を形成する。これは「自我を形成」する上でも基本的な能力ですね。

生きていくうえでも「違い」を認識できることはとても大切です。でもそれは決して偏見をもって差別することが目的ではありません。


違いを知ることは、理解のための第一歩

わかりやすい例えで言うと、男と女の恋愛にも似ていますね。
男と女とはもともと違うから魅かれ合うのです。相手のことをもっと知りたいと思い、こちらのことも「表現」して伝え、なんとか分かってもらおうとする。
そこで生まれてくるのが本当の意味での「コミュニケーション」ではないかと思うのです。

もともと何かが一緒で、多くを語らなくても分かり合える者同士が共通の話題で盛り上がり、お喋りに夢中になるだけがコミュニケーションではありません。

男同士・女同士でいつも固まっている人は、たいてい恋愛がヘタですね(笑)。
似た者同士の「群れ」から脱却し、自分と違う相手に向き合い、心を開いて近づこうとしなければ何も始まりません!

似た者同士だけで固まり、ちょっと何かが違うものに排他的な目を向け、遠ざけたり無視したりいじわるをする…これは悪い意味での「ムラ社会」の構造です。

仲間意識・結束・助け合い・みんなと同じであることの証し・安心…それらは「ムラ社会」の秩序を守るためには大切でしょう。でも違いのあるものも受け入れ、心を開いて「ともに生きる」視点が持てなかったら、小さな閉鎖的な社会はやがて滅びていくでしょう。


コミュニケーション&ノーマライゼイション

お互いが「違い」を認め、分かり合おうとするプロセス。そこで生まれるのが本当の意味での「コミュニケーション」です。
そしてお互いの「違い」を理解し、認め合い、その上で「一緒にできることは一緒にやろうよ」とさぐる。それが「ノーマライゼイション」です。

私のこのブログのカテゴリ「コミュニケーション」では言葉や表現について色々と書いてます。そして「ノーマライゼイション」では主に音楽を通じた障がいのある方との接点について書いてきた記事が多いです。
でも実はその2つのテーマは、私の根底ではつながっているのです。

「ノーマライゼイション」、つまり「『ふつう』であること」という意味から、障がいを持っている人たちに何の手助けも要らなくなること(=みな同じになること)、と捉えられることもあるようですが、私は違うと思っています。

駅のホームにおける視覚障碍者への安全対策にしても、さまざまな知的障がいや発達障がいへの配慮にしても、決してモノと制度だけで全ては解決しません。周りの手助けが一切要らなくなること=イコールになることが「ノーマライゼイション」ではありません。

お互いの違いを認め合い、理解し合い、ちょっとした思いやりや手助けが「ごく自然に」できるようになること。「ともに生きよう」とする気持ち。つまり私たちの心の中にある問題だと思うのです。

手を差し伸べること、それは偽善でも憐みでもお飾りでもないのです。
本当は相手のためなのか自分のためなのか?…自分自身に厳しく問いかけることも大切ですが、あまり頭で過剰に意識しすぎるよりも、まずは無理なくできることから始めたらいいと思います。何もやらないよりはやった方が良いだろう、と。

一人でも多くの人がそんな気持ちを共有し、小さな力を出し合い、無理なく「せめて自分にできること」を何かしたいと思い、行動に移しながら相手のことを少しずつ分かっていく。そしてごく普通にさりげなく手を差し伸べられる…そんな世の中になってほしいと私は思っています。


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同感です。無分別智へ

違いを知ることは、理解のための第一歩
これは認識の基本ですね。分別智です。

仏教には「無分別」という言葉があります。一般的には「分別がない」=わけのわからない状態、「あの人は無分別だ」=あの人は常識もなく、どうしようもない人、というように、否定的な意味で使われていますね。
しかし元々は分別智を含みそれを越えたもっとステージの高い智の意味です。分別智で得られる認識、「違い」は比較対象になりやすいものです。比較は優劣に結びついていきます。優劣から心の葛藤が生じます。そんなことを断ち切り、比較対象と意識しない智でしょうか。

でもなかなか実践は難しい!

Re: 同感です。無分別智へ

m.k.masaさま

お読みいただいて光栄です。そしてコメントありがとうございます。

そうですね。「分別」という言葉、一般に用いられる時は、ゴミの収集で違う種類はきちんと分けて出すこと、そして人としてやるべきこととやってはいけないこと、善悪の区別がきちんとつくこと、つまり「違いが分かること」という意味ですね。

「区別」「識別」がきちんとできることは良いこと。でも偏見をもって人を低く見る「差別」はいけない。
その仏教用語の「無分別」の「分別」とは、偏見をもって見る悪い意味での「差別」に近い意味。そしてそういう感情を持たないで「無」の状態で、という意味ですね。
つまり「区別」「識別」できる能力はちゃんとありながらも、それを優劣や差別を問題にする目は持たないで「無」にしなさい、という高い次元での「智慧」を言うんですね。


たしかに人は「違い」に気づくと、どうしても優劣や偏見も伴ってしまいがちです。生きていく上でなんらかの努力をする。すると努力した分だけすぐれなくてはいけない、人からも認められなくてはいけない。どちらがより努力をしているか、だれが一番頑張ったか…?

それは宗教内においてもあります。「どっちの教理がより正しいか」「どちらの宗派がより正しいか」「どっちが上か」「どちらがより忠実な信徒か」…といった比較の目、さらに「誰が一番すぐれているか」といった最上級の目を持ってしまいがち。
仏教に限らずキリスト教でもイスラム教でも、どんな宗教も超えて「人間の性(さが)」なんでしょうね。だから宗教(イデオロギー)を巡ってさえも人の争いは絶えないのです。

「違い」はきちっと認識する、でも優劣をつけて人を見ない…それはたしかに難しいこと。
でももっと単純に考えて、その相手がもし自分の愛する子どもや家族だったら? あるいは子どもを教える立場にある方だったら自分の教え子だったら…?という気持ちをほんの少しでも持てたら、それほど難しいことじゃないようにも思えるんですが。

「煩悩や我欲を捨てなさい」「自分を『無』にしなさい」「もっと崇高なレベルの『智』をもちなさい」と言われるととても難しいことのように感じるかもしれませんが、「自分自身や自分の家族を愛するように隣人を愛しなさい」と言われた方が、誰にもで分かりやすく、不可能なことではないんじゃないかな、と。

もちろんここでも宗教の優劣のようにとらえてはいけませんが(笑)。結局「人」としての教えの行き着く先は同じじゃないかなと思うのです。

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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