京都の無免許少年の暴走、根本はモラル!

やりきれない事件、その後…

京都の悲惨な事件から3日がたち、その後の報道で無免許運転をしていた18歳の少年に関する情報もいろいろと明らかになってきました。

2年前にもバイクを無免許運転して捕まり、それ以降も顔があまり見られない乗用車をたびたび無免許で運転し、サイトには「趣味はドライブ」と書き込んでいた!

「取り返しのつかないことをしてしまい申し訳ない。一生かけて償ってほしい」と一見まともなコメントを発表している父親ですが…

父子家庭だった、定時制高校を1年の夏に中退し、土木関係の仕事をしたこともあるが続かず現在は無職…etc. それらの事情はあるにしても、少なくともまだ未成年の息子が朝まで帰ってこないことが“日常化”していたのか? ふだんの親子のコミュニケーション、接し方はどうだったのか…?

無免許運転を繰り返していた息子のことにもう少し関心をもち、日曜の深夜に終電の時刻を過ぎても帰ってこない息子を本気で心配して警察に捜索願でも出すような親子関係が構築されていたら、月曜朝の悲劇はなかったのではないか…??



私もきのう・きょう仕事もしてましたし、しっかり食べて、よく笑いもしました。
でも、何度もふつふつとした思いがこみ上げてきてブログに3回も続けて記事を書くのは、昨年中国・仏山市で起きた女の子のひき逃げ・放置事件以来です。

一方ブログやフェイスブックを見渡す限り、皆さん冷静というか、不思議なほどこの話題には触れられていません。

たしかに食事をしながら、仕事の休憩時間に、あるいは久々に会う友達と、わざわざこの悲惨な事件の話題を出す気分にはなれないでしょうね。

加害者・被害者のこともあくまでプライベートなことなので、事件直後には驚きの声は出るでしょうが、時間の経過とともに口にする機会も減り、やがては風化し…という道をたどるのでしょうか。

でも被害者の遺族・知人のみなさんはおそらく、月曜日の朝元気に「行ってきます」と出ていく姿を見送った時から、ず~っと時が止まり続けてしまっているのではないでしょうか?
 
これから取り調べ、起訴、裁判(控訴・上告もあり得る)…一定の判決が確定して節目を迎えるまでにいったい何年かかるのでしょうか? 仮に判決が確定したとしても、遺族の悲しみは永遠に癒えることはないでしょう。

直接の被害者ならずとも、「もう二度とこのような悲劇が起こらないためにはどうしたらいいのか?」を今しばらく思い続ける人間がひとりぐらいいてもいいのではないでしょうか?


モノやルールによる対策より、根本はモラルの問題

狭い道が“抜け道”となり、猛スピードで走り抜ける車も以前から多かったという実態。側溝に蓋をして歩行者用のスペースを確保するまでやった京都市の対応は、行政としてはとりあえずきちんと対応したといえると私は見ています。

でも、ガードレールの設置についてはどうでしょうか?
画像で見る限り、あの道路にすべてガードレールを設置するとなると、せっかく確保された道幅が狭くなって車いすの人などは通りづらくなり、家から道路に出る車はどうするのか、といった数々の問題があるように思います。
それなりに費用もかけて、つけられる箇所にはすべてガードレールを設置したとしても、それで本当に事故が完全になくなるとは思えません。

そもそも住宅が密集する狭い道路で、通学路にもなっているような場所を通行するときは、安全を確認して充分に速度を落とす! それが安全運転のごくごく基本、大原則のはず!
 

また仮に、今よりも厳しいチェックによる「適性検査」を実施して、自己中心的でモラルが著しく低い人、過去の行動に問題のある人には車の免許を与えない、というルールを法律も作って制度化したとしても、「無免許運転」というさらなる非常識には打つべき手はありません!

いつもの私の持論ですが、モノ(設備・技術など)やルール(きまり・法律など)による対策だけでは根本的な問題解決にはならない、ということです。

人の命の大切さ・社会的な常識・モラルといった人間としての根本がどこかへ行ってしまっているのではないか? 

そこには学校教育だけでなく、親や地域社会、あるいは大人の社会全体における「教育力の低下」が根底にあるように思えてなりません。

教育は知識だけを詰め込むものではなく、学校だけに任せきりにして良いものではありません。 すべての親たち、親族や近隣の大人たち、ひいては社会のすべての大人たちが自分の問題としてとらえ、善悪の価値観をしっかりもち、怒るべきことにはちゃんと怒り、世の中の不条理を正していく姿勢が求められているように思います。

命の大切さ、思いやり、助け合いを大切に共有し…etc.
少し前に「豊かさとは何か…?」のカテゴリーに書いた「世界一幸せな国・ブータン」があらためて思い起こされます。

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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