車を運転しますか?

春の日差しですね。卒業・入学・入社…、出会いと別れの季節でもあります。
そしてもうひとつ、この季節は車の教習所がどこもいっぱいのようですね。

私も20代終わりぎりぎりの頃、勤めていた研究所が経営難に陥って残務整理の日々のどさくさに紛れて教習所に通いました。アマチュアで打楽器をやっていて、楽器運搬ぐらい自分でもできなくては…と。

両親とも車を持たない主義だったので、学生のうちに親にねだることはできなかったんですが、もともと幼い頃から車(のりもの全般)が大好きでしたから、教習所も楽しかったですね。

早朝に実技をやって、残務整理から戻って夜講座。1週間たったら朝講座を受けて夜実技。雨の日もキャンセル待ちを入れて積極的に実技…と。

実際に免許をとって車社会に出るとさまざまなことに出会いますが、幸いなことに軽くこする程度の“自業自得”はありましたが「ゴールド免許」です! 今はもう自家用車は卒業しましたが、旅行先でレンタカーを借りて運転するのが楽しみです。



ところで、若い女性が「これから車の免許を…」とひとこと発言すると、世の中の男性はみな張り切ってアドバイスしますね(笑)。
「どこの教習所がいいよ」「合宿免許は…」といった情報提供から、「頑張ってね」「免許取ったらドライブ行こうね」「車買うの?」…etc.
フェイスブックの「お友達」だったら私もそんなコメントを入れるかもしれません。

でも、ことの本質は…?

「免許を取る」ということは、「安全で確実に車を動かせるようになること。マナーのいいドライバーとして車社会に仲間入りすること」です! そこを忘れてはいけません。

車の運転は、楽器の演奏とよく似ています。頭でわかっていても「できる」こととは別。記憶に頼って頭で「覚えよう」とするのではなく、体でしっかり覚えることです。 



発進するには

エンジンキイをかけ、サイドブレーキを解除し、ミラーと目視で右後方を確認し、右ウィンカーを出し… 
はい、正しい「手順」ですね。でもそれを単に頭で「覚える」だけではダメです!

教習所の教室で、席を立って通路に出る瞬間、通路の後ろから歩いてくる人とぶつかりそうになった方! まずはその「感覚」をなんとかしましょう(笑)!
お店から出れば人の流のある歩道です。駅のコンコースでも人の流れというものがあります。流れに合流して出ていくには、後方から誰か来てないかを「確認しなかったら怖い」という感覚をぜひ体で身につけてください。
あとウィンカーを出すのは「意思表示」です。適切な出し方・タイミングで行動に移せるかどうか?


◆駐車禁止の場所は?

「停車」は運転席に人がいていつでも車を動かせる状態で止まること。一瞬でも運転席を離れたら時間に関係なく「駐車」となります。では「駐車禁止」の場所は?

交差点の手前〇m以内、急な坂、バス停の前、消火栓の周囲〇m以内、車庫の前…etc.
はい、そうですね。でもこれも項目の頭文字を使って「覚える」だけではダメ!筆記試験では正解できるでしょうが、実際の車社会でちゃんとできるかどうかは別です。

「こういう場所に止めたら迷惑だ、危険だ」という感覚をしっかり持っていただきたい。
歩行者として過ごしている日常の中でも、人の流れを妨げるような場所(エレベーターやエスカレーターを降りてすぐ目の前、改札口を出てすぐの場所、視覚障害者の通る点字ブロックの上など)で突然立ち止まったり、まったく周りの様子もお構いなしに立話ししたりしてませんか?


◆「アクセルは右・ブレーキは左」 などと頭で覚えないで!

私の亡き母がよく「私は機械やスイッチが苦手だ。すぐ右と左を間違えるから、車の運転なんか絶対できない」と言っていました。でもその母が、ピアノのペダルを左右間違えて踏んだところを一度も見たことがありません。

機械に対するイメージを持ちましょう。機械が今何をしようとしているのか? この操作は何をするためのものなのか?
その感覚が体に染み込んでいたら、とっさの時に左右を踏み間違えるなんてことは絶対にあり得ません。


◆車社会のコミュニケーション

車を運転しながらでもコミュニケーションの機会はけっこう多いことに気づきます。
実際に会って自己紹介したり話したり、一緒に何かをやるわけではありません。お互い走っている鉄の箱の中、ほんの一瞬の停止・徐行・「ありがとう」のサインがあるかないか…etc. 
ほんのちょっとしたところで「このやろう!」となるか、「感じのいいドライバーだな」となるか?

「ちょっと脇によける」「ちょっと奥につめる」といった社会的マナーがなく、マイペースでドカッと動かない人、強引に割り込んでくる人、電車でもよく見かけますね。どんなお仕事をされてる偉い方なのか知りませんが、そういう方は車の運転はなさらないでいただきたいですね。


人としての常識

つい先日、渋谷駅前の交差点に赤色灯を回してサイレンを鳴らしている救急車が走ってきましたが、スクランブル交差点を渡っている人たちが誰もよけようとしないのです。
救急車からは「道をあけてください」とひっ迫した声で呼びかけてるのに皆「われ関せず」!

以前もスクランブルではない普通の交差点で、サイレンの音がすぐ後ろまで来ているのに歩行者は青信号を悠然と渡っていたので、私は思わず「緊急車両を通しましょうよ!」と一声かけたんです。横断歩道上にいた数人が「はっ!」と気づいて道をあけてくれました。

「緊急車両のサイレンが聞こえたら車を左側に寄せて止まる」という車社会のルールは教習所でも習うはずですが、それ以前に「人命救助に一刻を争う車両が通ろうとしているんだ」ということは「人としての常識」の問題だと思うのです。


◆自分の性格とよく向き合う

あと、「自分自身」と向き合ってみるのにもいい機会です。
よく分かっているつもりの自分の性格ですが、たとえば「冷静な時はとても素晴らしい判断力があるけど、時間に迫られると焦ってパニックに陥りやすい」、「自分をちょっと良く見せたくなるところがある」、「何かひとつのことが気になると周りが見えなくなる時がある」…etc.

車の運転を通じて自分の隠れた一面が出てくるもの。
教習所に通いながらそのあたりをよくチェックしておくのも、安全運転にきっと役立つと思います。


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私は、子供を2人連れて、もう1人妊娠中で免許を取りに行きました。それまで2人を連れて預けに行き、仕事に行ったりしていたのですが、もう1人増えたら無理と思っての免許でした。

東京に住んでいるということもあるのでしょうか。我が家の子供たちも、子供の友達も車の免許に無関心です。私も子供が小さい頃は、せっせとアッシーくんをしていましたが、今は乗らなくなり、車を返上しました(免許は持っていますが)。車は日本の大きな産業ですが、我が家では何の貢献もしていません。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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