豊かさの敵とは…?

★facebookの話題と関連して最近掘り出してリンクさせましたが、この記事を書いたのは2012年3月7日、東日本大震災からちょうど1年後の、まだ民主党政権だったころです。 

「★豊かさとは…?」のこれまでの記事をお読みいただいた方は、私がここで言いたい「豊かさ」は決して「お金持ちになること」ではないとすぐにお分かりでしょう。

戦後日本は高度な経済成長を遂げ、問題はいろいろあるにせよ物質的な豊かさ・金銭的な豊かさはかなり手に入ったように思います。
でも今の社会全体を見渡して、本当に豊かといえるのでしょうか? 人間として大切な、本当の意味での豊かさに背を向けてきたのではないでしょうか? 

ここでちょっと視点を変えて、本当の豊かさを阻害しているもの、つまり「豊かさの敵とは何か?」を考えてみたいと思います。



単純に思いつくキイワードの一つは、人間の「欲望」ではないかと思います。
人間の欲望はさまざまな科学技術を発展させ、文化を創り出し、経済活動を活発にしてくれる面もあります。
でもあまりにも度を超した欲望は、人間の原点を見失わせ、人々がわがままに走り、ついには人類を滅ぼす危険すら秘めています。

欲望の現れる形は時代によっても、その社会によっても様々です。漠然と「人間の欲望が豊かさの敵である」と言っても具体的には何も見えてきません。
そこで、今われわれの社会ではごく当たり前の常識ともなっている「自由主義」「資本主義」の原理と重ね合わせてみましょう。



マルクス経済学、あるいはさらにその前のアダム=スミスの「国富論」を私流にごく大まかに解釈すれば、「自由な競争によって経済活動が活発になり、企業が成長して物流が進むことで、国全体が豊かになる」ということではないかと思います。

自由な競争によって、優秀な者は誰でも成功して豊かになれる。
日本でも、豊臣秀吉が農家の出であったにもかかわらず、主君に仕え努力をすれば天下をとれる、という夢物語とも似て、生まれながらの身分に関係なく、本人が努力をして競争に勝てば偉くなれる、豊かになれる、という考え方があります。海の向こうのアメリカンドリームもそれに近い発想です。
日本は戦後ずっとアメリカとともにこの「自由主義」「資本主義」を疑うことなく享受して経済的な豊かさを追求してきました。

ところがこの発想は、うっかりすると「人を蹴落としてでも自分が偉くなって豊かさを手に入れるんだ」という競争を激化させ、人への思いやりや分かち合いよりも自分の成功ばかりを追い求める流れを引き起こします。

そして成功して夢をつかんだ者が「勝ち組」で、それは自分が努力して人に認められた結果であって、「お金を持っている=偉いんだ」という発想へ、そして「お金さえ出せば何をやってもいいんだ」という発想へとつながっていく危険も秘めています。 その発想の行き着く先は「金拝主義」「わがまま」へと… 

今日の日本を見ていると、どうもそういう「歪んだ自由主義・資本主義の弊害」があるように思えてなりません。



国の政治は、本来は国民の命と安全を守り、国民を豊かにするために為されなくてはいけません。
でも、重要法案を審議する場面で必ずと言ってよいぐらい“横やり”が入ります。
そのほとんどは「大企業のわがまま」といっていいでしょう。
そこにも資本主義の原理(=お金を持っている大企業の言うなり)があり、政治もまた大企業の力によって支えられるというデュエットの構造があります。

かくして「国民の命よりも企業の利益が優先される構造」になるのです。
今の原発問題しかり、過去の薬害エイズ問題しかり…いつのどの事例を思い描いて下さっても思い当たることばかりではないでしょうか。

大企業にとって有利な政策ばかりが打ち立てられ、個人や弱い者からはますますむしり取られる、まさにトランプゲームの「大貧民・大富豪」のような社会構造になっていきます。



そしてそれを陰で支えているもうひとつの大きな敵、それは「投機マネー」ではないかと思います。

もう何年も前ですが、ドイツの首相が国際社会に向かって「投機マネーを規制しましょう」という提言をしましたが、アメリカのブッシュ(2世)大統領から「それは資本主義を否定することだ」と一喝されます。その時日本の安倍首相(=第一次安倍内閣)はブッシュの発言に全面的に賛同しました。

ところがその直後に、原油価格が急騰しました。それも原油そのものが採れなくなる懸念があったわけでもなく、急激な社会変動で石油の需要が急速に高まったためでもなく、「投機マネー」によって原油価格は急騰したのです。

これはいったい何を意味するのでしょうか? 

人々が本当に必要とするものがなくなる、あるいはそれ以上に必要性が高まる、といった「需要と供給のバランス」によってものの値段が決まるのではなく、「投機」というマネーゲーム、つまり一部の金持ちによるギャンブルによってものの値段・価値が揺れ動くということです。 ものの価格だけなく、企業の価値までそうやって決まっていくのです。



企業は本来、人々の生活に役立つものを生産して販売する、あるいは公共性の高い事業を行うことで人々から必要とされ、その見返りに利益を上げるのが本来の姿です。

でも、そうした企業本来の「本業」ではないところで、世の中のさまざまな一喜一憂による株の売買によって、企業の価値が上がったり下がったりするのです。

株式市場に限らず、誰かがちょっといいことをやって評判がよくなることを「〇〇さんの株が上がった」などと表現しますね。それぐらいこの発想は国民に浸透しています。



株を買うということは株主になること。株を買うことでその会社の資本を支えるスポンサーになること。それと同時に、その会社の経営にも参画することを意味します。

たとえば鉄道の好きな人が鉄道会社の株を保有して会社の運営を支え、ひいては経営にも携わりたいと思うのなら分かります。あるいは音楽を愛する人が財団をつくり、芸術活動をバックアップしようというのなら分かります。
でも、そもそも鉄道事業(=本業)や音楽に興味もなければ知識もない人間が、ただ金さえ積めば経営権を握れてしまう。そしてその権利をまた他に売って儲ける…etc. 

こうした株式市場の原理は資本主義の大原則そのものです。それを「けしからん」と見るか「当然のことでしょ、何がいけないの?」と見るかは人によって意見の分かれるところでしょう。

でももし…

このブログを読まれる方の多くが愛する音楽・芸術の世界に、もしこの「投機マネー」の原理がなだれ込んで来たらどうでしょうか…?

たとえば、
●チェロを弾く人が主人公の映画が大ヒットしたら、チェロをはじめとする弦楽器メーカーの株価が軒並み急上昇し、楽器の値段もはね上がる。
●どこかの楽団の打楽器奏者がたまたま何かの犯罪行為で捕まったら、打楽器業界が文字通り打ちのめされる。
●ある物語でスイスのアルペンホルン(角笛)が脚光を浴びたら、ホルンの価格が急騰し、どの楽団もこぞってマーラーの「少年の不思議な角笛」ばかりを演奏して興行収入をあげる。

あるいは、
●音楽や芸術にまったく理解のない知事や市長の一声によって資金援助を打ち切られた音楽団体が、音楽にまったく理解もない資本家の「投資」を受けることになり、本来の音楽的な考えとは全く異なる思惑によって演奏活動に口出しされるようになる…etc.

もし仮にもこんな市場の原理、投機マネーによるギャンブルの波が音楽・芸術の世界にまで入りこんできたら、どうですか…?
いくら自由主義・資本主義の原理とはいえ、あまりにも本質からかけ離れたマネーゲーム優先の取引は規制すべきだ、という気持ちにならないでしょうか?



一昨年からの円高に対して、政府が「市場介入」をして、一回におよそ10兆円もの巨額の公費を投じたと言われますが、わずか2~3日だけ円高に歯止めがかかっただけでした。私は一昨年の秋ごろ「焼け石に高い水」と表現しました。

そんな巨額の公金を投じてギャンブルにテコ入れするよりも、かつてドイツの首相が提唱したように、明らかな投機目的だけの売買を何らかの方法で規制することを模索してもよいのではないでしょうか? 


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No title

またしてもおっしゃる通りです!
村上ファンドやホリエモンみたいなのが本当に多くなりましたね。悪いことをしているという感覚が全くなく、ゲーム感覚なんでしょう。
それが資本主義の原則といってしまえばそれまでですが、えげつないですよ!
何をやってもいい、儲かればいい、自分さえよければいい。そういう発想が世の中をダメにしますね。

Re: No title

村上ファンドやホリエモンなど具体的な名前はあえて挙げなかったんですが、まさにそういうことです。
関西の電鉄会社の株を大量に買ったり、どこかのスポーツチームのオーナーになったりしても、決してその世界を愛して将来のことを考えてる風には見えません。単に権利を取得したら有利そうなところを買いあさり、それをまた次の金儲けの踏み台にしていく…
どんどん増殖してまわりを食い荒らし、それで全体が滅んだら自分たちも滅ぶのに…まるで「がん細胞」みたいですね(笑)


プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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