ゴジラと日本人

そもそも日本人にとって「ゴジラ」って何なんでしょう?

単なる空想科学の怪獣映画、とは片付けられない大きな隠しテーマを感じます。
平和な科学、明るい未来の象徴としての「原子力」とは対極に、人類を恐怖に陥れる恐ろしい「核」の存在。日本人にとって切っても切れない必要悪のような脅威の象徴…?



◆ゴジラの誕生 
      第一作「ゴジラ」(1954年11月3日封切)
  

 ・ 原作…香山 滋
 ・ プロデューサー…田中友幸
 ・ 監督…本田猪四朗
 ・ 特撮…円谷英二(円谷プロ)

1954年3月に第五福竜丸がビキニ沖で水爆実験の死の灰を浴び、その同じ年の11月3日(文化の日)に「ゴジラ」は誕生したのである。

<ストーリー>
200万年前の白亜紀の恐竜の生き残りがいる、という伝説が大戸島の島民には古くから言い伝えられてきていて、神楽(かぐら)まである。
それが、核実験の放射能を浴びて突然変異をおこし、暴風雨の中で誕生したのが「ゴジラ」だ。
体長は50m(尾まで入れると100mを超える)、体重は2万トン、口から火を噴き、性格は獰猛。

北上して日本本土に上陸して都市を襲うゴジラは、日本にとって切っても切れない台風や地震などの自然災害とも重なり合う「恐怖の象徴」といえる。
人間を個別に追いかけたり喰うのではなく、街全体を破壊し、火の海にし、無差別殺戮をしていく。この第一作ができた当時の日本には、まだ記憶にも新しい戦争の恐怖(東京大空襲)の再来とも映ったことだろう。

ゴジラと戦う芦沢博士は、オキシジェンデストイヤーを発明してゴジラを倒す。

『ゴジラが来る夜に』(高橋敏夫著)によれば、
「悪魔の兵器を手にした芦沢と、『原水爆そのもの』としての性格を有するゴジラは、ひとつのものといってよい」、「ゴジラと同じ闇を背負う芦沢だけが、ゴジラを闇の世界に引き戻し、封じ込めることができる」と。

しかしゴジラは翌1955年、「ゴジラの逆襲」でふたたびよみがえる。

この1作目と2作目がゴジラのいわば創世記で、子供向けの怪獣映画というよりも、大人にも大きなテーマを投げかける「空想科学映画」といった方がふさわしい。


◆1960~70年代 
  ~怪獣対決、子供のヒーローとしてのゴジラ~


60年代に入ると、テレビでは「鉄腕アトム」「鉄人28号」などが正義の味方として悪と戦い始めていた。
また円谷プロによる怪獣特撮ものでは、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」が登場し、戦う相手の「怪獣」とともに子供たちの人気の的となった。

ウルトラマンが誕生する前の元祖「ウルトラQ」では、変身して戦うスーパーヒーローはまだ存在しない。 なんらかの突然変異で生まれる怪獣には、テーマ音楽にも暗示されるような「不気味さ」が漂い、人間が科学の力で立ち向かっていく。 これも「空想科学番組」と言った方がしっくりくる感じだった。

それが1966(昭和41)年、ウルトラマンの登場によってがらっとイメージが変わり、それぞれの怪獣キャラクターとスーパーヒーローのかっこよさに人気が集まった。

この年代、映画の世界では東宝のライバル大映が「ガメラ」を生み出した。 ガメラは人間の味方として他の悪い怪獣と戦ってくれる存在である。
「ガメラ対バルゴン」「ガメラ対ギャオス」「ガメラ対バイラス」…etc.
怪獣の生態と科学に詳しい少年がガメラと力を合わせて悪い怪獣をやっつける、という設定もあった(「ガメラ対ギャオス」)。 



そのような時代の流れの中で、東宝のゴジラも人間の味方となって他の怪獣と戦うヒーロー的な存在として描かれたのが60~70年代である。

「ゴジラ対モスラ」「南海の大決闘~ゴジラ・エビラ・モスラ」「怪獣島の決戦~ゴジラの息子」など、ゴジラが日本に上陸して都市を破壊するのではなく、怪獣同士の戦いの舞台は南の島へと移っていた。

ゴジラも目がやや大きく、コミカルで愛嬌のある顔に変化していた。私が小学3年の時に見た「南海の大決闘」では、エビラを背負い投げで投げ飛ばしたゴジラが鼻柱を人差し指で上下にこすり、映画館に笑いが起こった。
当時ヒットしていた加山雄三の「君といつまでも」で、間奏の台詞で「しあわせだな~、僕は君といるときが一番しあわせなんだ…」と照れくさそうに鼻柱を指でなでるあのしぐさだ。時代の流れの中で、ゴジラもおちゃめで可愛らしい存在になっていたのだ。

そして受験戦争や映画離れも言われはじめ、映画は興行収入が伸び悩み、ゴジラ映画も1975年「メカゴジラの逆襲」を機にしばし休眠期に入る。


◆1984年~ 
   ふたたび恐ろしいゴジラの復活

ここで再登場するゴジラは、60~70年代に子供のヒーローとなっていたコミカルなゴジラではなく、日本の首都に襲いかかる本来の恐ろしいゴジラに戻った。
1954年の第一作では体長は50メートルという設定だったが、都会の高層ビルはどんどん大きくなり、ゴジラもパワーアップして体長80メートルに進化する必要があった。
 
なおこの映画の中では、ゴジラの襲撃は1954、55年以来という設定になっていて、60~70年代に子供のヒーローとしてややコミカルに親しまれたゴジラは「いなかった」ことになっている。


◆ゴジラが襲う都市とは?

84年の「ゴジラ」は他の怪獣と戦うことなく、単独で首都東京を襲った。
有楽町マリオンの前で200系の新幹線を止めて破壊し、四谷・市ヶ谷を通って新宿へと移動し高層ビル街を破壊した。当時はまだ新宿に都庁が移る前であったが、新宿が「副都心=首都の顔」として新しく生まれ変わりつつある場所だった。

その後の「ゴジラ対ビオランテ」では、福井の原発を襲ったあと大阪へと移動し、大阪城公園とツインタワーが戦いの舞台となった。
さらにそのあとの「ゴジラ対モスラ」では、横浜のみなとみらい地区が舞台に…

つまりゴジラが破壊する場所は、その時その時の日本にとってもっともホットな場所。日本が英知を結集して作り上げた最新の誇りともいえる所をことごとく破壊していることがわかる。今だったらさしずめ完成間近の東京スカイツリーあたりが真っ先に標的にされることだろう。

かつての怪獣映画でも、東京タワーや羽田空港など、首都東京のシンボルともいえる施設がいったい何度破壊されたことだろう(笑)。これは恐怖の起こる舞台が、リアリティのある「いま現在」を象徴する場所である必然を意味する。


◆ゴジラが戦ってきた相手とは?

・「モスラ」(1961年~)
1961年といえば日米安保条約(60年安保)の翌年、日米合作で作られた。
小さな美人姉妹(ザ・ピーナッツ)の歌うテーマ曲が有名で、南海の島に眠るモスラは、いわば大自然・先住民族の伝説の象徴。それらを踏みにじる現代文明に対する復讐ともいえる。
モスラはその後もゴジラと何度も対決することになる。

・「ヘドラ」(1971年)
公害が社会問題のトップだったころ、田子の浦港の汚染によるヘドロの塊のような怪獣が誕生した。

・「メカゴジラ」(1974、75,93、2002,2003年)

これも何作品かシリーズ化されているが、最初に登場したのは1974年。
宇宙からの侵略者であるが、ゴジラ自身のいわばコピーともいうべきロボットが相手である。
まさに1970年代後半からはコピー機も普及し、CMなどのキャッチコピーもどんどん新たに生み出されていた時代である。また人工頭脳をもつロボットが進化していく時代である。ゴジラは自らのコピーと戦ったのだ。

・「ビオランテ」 (1989年)

84年に復活したゴジラで、沢口靖子演ずる娘が死に、その父親の科学者(高橋幸二)が娘の細胞とバラの細胞を組み合わせ、さらにそこに新宿のビルに付着していたゴジラ細胞まで組み込んで作り上げてしまったのがビオランテである。
バイオの技術が進む中で命の倫理観が問題となる時代である。

このように、主な作品をざっと見ただけでも、そこに登場してゴジラと戦うことになるもうひとつの怪獣は、その時代ごとに人間が生み出した先端技術の結晶であったり、社会的矛盾の象徴である。
そもそも核実験・放射能といった人間の矛盾が生み出した怪物ゴジラが、その時々の人間が生み出した新しい技術・問題・矛盾・テーマと向き合っているのである。



◆ゴジラと向き合う人間の姿、今昔


冒頭にも書いたが、第一作「ゴジラ」が誕生した1954年当時、日本はまだ戦後10年を迎えていない。
そこで火の海の中を逃げ惑う群衆たちは、防空頭巾をかぶり、大切なものを背負って同じ方向に逃げていた。戦争経験者にとっては空襲の恐怖がよみがえる光景だろう。
銀座松坂屋の下で「もうすぐお父ちゃんのところに行ける」と叫ぶ子連れの母親は戦争未亡人なのだろう。まさに戦争の恐怖の再来として描かれていたのだ。

それが、60~70年代のややコミカルなゴジラでは、ゴジラがいったん「恐怖の対象」ではなく「子供の味方」となり、怪獣対決のヒーローとなる。 ちなみに当時の世相は60年安保や東大紛争の後「ナンセンス」が流行った時代だ。

そして再び恐怖の象徴として復活する84年以降では…


・「ゴジラ」(1984年)

人々は街中を散り散りに逃げていく。有楽町マリオン付近に緊急停車した新幹線をゴジラが襲うと乗客はパニックをおこすが、そこに居合わせた武田鉄矢演ずる男だけはゴジラを見て「へへへへ…」と笑っている。
そして人がみな避難してゴーストタウンと化した新宿で、武田鉄矢演ずるホームレスのような男は、「みんないなくなっちまって… ウェルカム・ゴジラか?」などと笑いながらレストランで好き勝手に料理をつまみ食いしている。窓の外に突然ゴジラがのぞくと、一瞬「ギャー」とひるむが、すぐに「でかい面(つら)して歩くんじゃねぇ!この田舎もんが!」とゴジラを罵倒する。

まさに個人主義の時代のそれぞれの生き様がそこにはある。


・「ゴジラ対ビオランテ」(1989年)

超能力をもった少女がテレパシーを使ってゴジラやビオランテの意思を読み取るシーンが登場する。これはそれまでのゴジラシリーズにはなかった新しい人間とゴジラとの対面である。

またこの作品にはわずかながらデーモン小暮閣下(現.デーモン閣下)も登場する。
ゴジラと戦うメンバーが「ゴジラは出るわ、抗核バクテリアは持っていかれるわ…、まさに絵に描いたような最悪の事態」とつぶやくと、どこからともなく…
「がははは… われわれはこの時を待っていたのだ」という悪魔の叫び声がかぶる。
デーモン小暮閣下がテレビのトークに生出演しているという設定である。そこに臨時ニュースが飛び込むと「なに、ニュース? うん、みんな、ニュースを聞け」とのたまう。
デーモン小暮閣下の登場シーン・台詞はこれだけだが、昔からゴジラ映画に出るのが夢だったのだそうだ。
イギリスの俳優が脇役のちょい役でもいいから「007シリーズ」に一度でいいから出たい、と思うのと同じ感覚ではないだろうか?



シリアスな中にもその時代ごとにタイムリーな話題がちりばめられ、日本の文化の一部のようにさえなった「ゴジラ」映画。
もともとは人間の矛盾の象徴、核の副産物として生まれ、日本人にとって切っても切れない運命的な恐怖の対象であり必要悪でありながら、他にも人間の矛盾が生み出す様々な問題解決には役に立つ部分もあり、常に共存している存在…それがゴジラなのだ。

それは、まさに日本人と原子力(核)との関わりそのものの姿であり、単なる怪獣映画という枠を超えて、文化人類学的な意味も秘めた「日本文化」なのかもしれない。決してゴジラは滅亡して終わることなく、日本人にとって恐怖の象徴として生き続ける存在なのかもしれない。


 <参考>

  「ゴジラの平和学~日米ゴジラ映画の比較分析~」 広島平和研究所:田中利幸 (特別講演)
  「ゴジラが来る夜に」 高橋敏夫(集英社)


    ワンクリックよろしく!  

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
このすぐ下の「カテゴリ」から興味のあるテーマごとにクリックして覗いてみてください。
一部パスワードをご存じのメンバーの方のみ閲覧できるページを含みます。

カテゴリ
カウント開始 2011.1.14~
リンク
最新記事
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR