3300 → 1724

いま日本全国に自治体(市町村)はいくつぐらいあるかご存じでしょうか?

私が大学を卒業し、小さな民間の研究所で“まちづくり”の仕事に就いたばかりのころ(1980年代の前半)には、全国の自治体数はおよそ3300と言われていました。

それが合併・統合などによって、自治体の数はどんどん減少し、2011年4月1日現在で1724、およそ半数近くにまで減ってしまっているのです。
 ことに「平成の大合併」と言われた2004~6年ごろをピークとして、それまでの「市・町・村」が統合されて新しい「市」が次々に誕生しました。

たとえば…

九州・鹿児島県には、東北・宮城県の仙台市と同じ発音の「川内市」というのがありましたが、周辺の樋脇(ひわき)町・入来(いりき)町・東郷町・祁答院(けどういん)町・里村・上甑村(かみこしきむら)・下甑村(しもこしきそん)・鹿島村を統合して「薩摩川内市」となっています(2004年10月12日~)。

また、東北・宮城県では、築館町、若柳町、栗駒町、高清水町、一迫(いちはさま)町、瀬峰(せみね)町、鶯沢町、金成(かんなり)町、志波姫(しわひめ)町、花山村の10町村(旧栗原郡)が合併し、「栗原市」が誕生しています(2005年4月1日~)。
 
かつてまちづくりで訪ねた地域が、大きな市として統合されているのはちょっと寂しい気もします。

静岡県の浜松市も、浜名湖の西の「湖西市」だけは昔のまま独自の自治体ですが、それ以外のかなり広範囲の町・村を合併し、いまや隣接する愛知県との県境よりも南北に長い、かなり広範囲が「浜松市」となっています。


行政の効率化 VS きめ細やかな住民サービス

市町村合併の多くは、小さな町・村単独では財政的にひっ迫していて、統合・合併により事務の効率化・合理化を図ろうという理由が大きく、国も総務省内に自治体の合併を推進する部署を設けるなどして、積極的に合併を進めてきました。
しかし、それらの行政の都合による効率化・合理化は本当に正しい選択だったのかどうか、という議論もあります。

先ほど紹介した宮城県の栗原市は、宮城県内でもっとも面積の大きい市となったということを自慢する方もいるようですが、それまで地域の生活の場に近いところにあった役場が中央にまとまってしまって「遠くなった」と感じる人も多くいます。

かつての「役場」を「出張所・支部」として機能させるにしても、そこでできる行政事務の範囲は限られたものである上、そこでも「合理化」によって人減らしが行われ、ちょっとしたことはすべて「本庁」に行かなくてはいけないケースが増えてくるでしょう。

行政が考える「効率化(=むだをなくすこと)」が、本当の意味で無駄をなくしていると言えるのでしょうか? 効率化という名のもとに、住民への地域密着のきめ細かいサービスが切り捨てられただけではないでしょうか? 



震災などいざ何かが起こった時、毎月払っている住民税に見合うだけの対応をちゃんとしてもらえるのでしょうか…?役所の人たちも災害時には必死でやってくれているのも分かりますが、住民側としては素朴で切実な疑問の声なのです。

私の住む世田谷区でさえ、以前は「出張所」だったところが「まちづくりセンター」と名前を変え、住民票の発行(オンラインでデータをプリントアウトしてもらうだけで何百円か取られる)すらしてもらえなくなりました。

役所の窓口の多くはいまだに夕方5時で閉まります。働いている我々が、何かの手続きで役所の窓口に行かなくてはならないときは、最低でも半日休暇をとらなくては行けないのです。
本当に効率化を考えるなら、手続きに必要な書類をやめ、パソコンからでも申請できるようにすべきでしょう。住民データの元はすべて役所側にあるはずなんですから…


巨悪と無駄はまだまだある!

住民との接点を遠くしてまで「効率化」をはかり、肝心の税金の無駄遣いは本当になくなったのでしょうか?

いまだに公共工事の多くは「特別会計」です。ある目的のために付けられた予算は、ほかの目的に回して流用することは認められず、使わなければ翌年の予算がつかなくなるので、何がなんでも使い切る、というもの。

われわれ一般家庭で、なにか買わなくてはいけない・出費が予定されることがあったら、前もってお金を用意しますね。でももしそれが必要なくなったら、あるいは必要なものを買ってお釣りが余ったら、それを何が何でも使い切るでしょうか? そんな馬鹿なことは決してしませんよね。その余ったお金をほかに回して有効に使うでしょう。

国も地方も、行政はいまだにそういうバカげた予算の無駄遣いをしているのです。「特別会計」は即刻廃止し、すべて「一般会計」にすべきです。金庫はひとつにして、必要なところには速やかに回せるように…それが震災復興にも役立つはずです。

これから年度末の3月にかけて、あちこちで道路を掘削して夜間工事が行われる季節になりますが、何の工事をしているのか、本当に必要な工事なのか、業者を喜ばせるだけの無駄な工事なのか…? 時間のある方は“市民オンブスマン”となって調べてみるものいいかもしれませんね。

役所で働く公務員の中にはもちろん真面目な方も大勢います。彼らを敵にまわすつもりはありませんが、我々の税金の使われ方についてはきちんと明確にしていただきたいと思うのです。


消えていく町・村名、残すべきこと

「一村一品運動」という言葉を聞いたことのある方はいらっしゃるでしょう。
九州の湯布院で映画祭が話題になったころ、大分県の平松知事が言い始めた言葉で、全国の“まちづくり運動”でもしばしばキャッチフレーズにもなりました。

どんな小さな町・村でも、そこにしかないオリジナルがあって世界一…まさに「世界にひとつだけ」のものがあるという誇りをもとうということです。

そんな小さな町・村の多くが、合併統合によって消えました。
もっとも地名・地区名としては残りますから、地図や信号機の表示にはかつての町・村の名前を見つけることはできます。でも少なくとも「〇〇県〇〇町」として全国に紹介される機会はなくなりました。

昔の町・村の名前が消えていくということは、その地域ごとに受け継がれてきた歴史・文化・伝統もしだいに忘れ去られていくことを意味します。

合併によって新しい「市」として大きく生まれ変わり、効率化が図られたのであれば、各地区(=かつての町・村)の歴史を編さんしたり、それぞれの歴史・伝統・物産・シンボル・誇り…といったものをきちんと受けついで後世に伝えていることも忘れてはいけないと思います。



2012年4月には、九州の熊本市が政令指定都市になろうとしています。また大阪も「大阪都」を目指しているようですね。

でも、くれぐれも行政が「大きくなること」と「効率化」だけを目指すのではなく、本当の意味での豊かさを考え、良き伝統・文化など地域色豊かなものはきちんと継承して残していただきたいですね。

何が「無駄」で何が「大切」なことか? 
それらの答えが出るのは、もっと時間が経ってからになるのかもしれませんが…

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No title

合併によって名前が消えていくのがとても寂しいです。
読みにくいからとひらがなにされるのも、本来持っていた名前の意味が消えていくような気がします。

Re: No title

ト音記号先生

そうですよね。地名にはそれぞれ由来・歴史があるんですから。当用漢字になくて書けなくてもいいけど、読めればいい。本来の字で残してほしいと思いますね。

前に江ノ電の旅をアップした中で、信号機に「小動」と書かれている地名があったと思いますが、あれで「こゆるぎ」と読むんですね。「動かない」ことを「ゆるぎなく」といいますね。

あと、最近「埼玉地裁」と書かれている原稿を見て、これは間違いだと指摘しました。
地裁(地方裁判所)は各県ごとにありますが、横浜地裁・名古屋地裁・仙台地裁…など、県名ではなく県庁所在地のある都市名がついています。
埼玉の県庁所在地は現在「さいたま市」です。かつては「浦和地裁」でしたが、今は「さいたま地裁」とひらがなで書かなくてはいけないはずです、と。

でも、埼玉は大宮・与野・浦和…と東京に直結したエリアだけを重視しますが、本来は奥秩父なども含めた「彩の国」で「埼玉」なんですよね。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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