「ジョハリの窓」

心理学で「ジョハリの窓」というのがあります。

ウィキペディアなどで検索すると解説されている通り、「自分から見える(人に見えない)自分」、「他人から見た(自分では見えない)自分」、「自他ともに認める自分」、「自分からも他人からも見えない潜在的な自分」という4つのカテゴリーに分けた概念です。

ただ、その説明だけだと、どうして「窓」なのかが分かりませんね。

私が学生時代に一般教養の心理学で習った記憶をもとに簡単に作図したのが下図です。

ジョハリの窓

「田」の字に仕切られた4つの部屋があり、図のように建物の2面に窓が4つあります。
ここに左側から朝日が差し込むと、明るくなる部屋は「A」「C」ですね。
そして太陽が動いて午後になると、明るくなる部屋は「A」「B」ですね。
午前中も午後も明るい部屋は「A」。
「C」
は午前中だけ明るい部屋、「B」は午後だけ明るい部屋です。

この午前中の光を「自分の目」、午後の光を「他人の目」と考え、A~Dの4つの部屋をそれぞれ「自他ともに認める自分」、「他人から見える(自分では見えない)自分」、「自分だけが見える(他人からは見えない)自分」、「他人からも自分からも見えない潜在的な自分」と置き換えてみよう、というのです。

アメリカのJosepLuftとHarryInghamという二人の心理学者が共同で考え出した理論で、二人の名前をとって「The Johari Window(ジョハリの窓)」 と呼ばれています。

でもそこまで知らなくても、大学の一般教養の単位を取るためだけだったら、

「Q.上の図のような4つの部屋の例えを使って、自分から見える自分・他人から見た自分を分析した理論を何というか?」
という設問に、「    の窓」 の空欄に「ジョハリ」とちゃんと書ければ一般教養のテストでは〇がもらえておしまいです。 でもそれだけじゃ全然面白くないでしょう?(笑)

この例え話をちょっとでも「面白い!」と思われ、いろいろ応用できるんじゃないかな?…と興味を持たれた方は、どうぞこの先をお読みください。



◆人それぞれ、どこに重きをおくか

まず、「A」の部屋は自分からも他人からも見える自分、自他ともに認める自分、いわば自分も他人も共有しているオープンな空間といえますね。

そして「C」は、他人から見られない自分だけの自分、寝室などのプライベート空間といったところでしょうか。
 
「B」は、他人に見える・見せる自分、部屋で例えるなら応接間や店舗のような空間でしょうか。

そして最後の「D」は、他人から見えないばかりか、自分でも見えない「潜在的な自己」。
部屋に例えるなら納戸か押入れみたいな空間かもしれませんね。


自分のありのままをさらけ出し、だれとでもオープンにすることの多い性格の人は、気持ちの中で「A」の部分に大きなウエイトを占めているでしょう。

役者やタレントのように、常に人から見られている人、あるいは自分のお店を持っている人などは、人に見られる 「B」 の部分を大切に磨かれていることでしょう。
あるいは逆に、ほかの誰にも見せない、本当の自分だけの世界・プライベートな「C」を大切にされているかもしれませんね。


◆実際の居住空間にも


昔の日本の農家も、玄関を入るとそのまま土間(靴を履いたまま入る)のスペースがけっこう広く、奥には台所もありました。また広縁も外に開かれた空間です。
近所の人たちが農作業の合間に立ち寄ってお茶を飲んだり、皆で一緒にくつろげるオープンな空間が広いのです。

そして靴を脱いで座敷に上がるとそこが応接兼居間。その奥にご先祖をまつった仏壇があり、風邪をひいた子供が寝てたりします。そして家族の寝室は2階か離れに…。

私は残念ながらまだスペインには行ったことがありませんが、フラメンコの舞台となっているスペースを見ると、やはり1階にかなり広いスペースがあって、そこで踊ったり歌ったり、テーブルを囲んで飲んだり食べたりできる空間が広いようですね。
そして吹き抜けの上にある回廊から各部屋に入ると、そこがそれぞれのプライベートルーム。「カルメン」の第二幕にもそんな構造のセットが組まれることが多いようです。

洋の東西・歴史を超えて、人々は「集う場所・オープンなスペース」&「人に見せるステージ・招き入れる部屋」&「自分だけのプライベートな部屋」…をそれぞれバランスよく取り入れた家を作って住んできました。

空間だけの問題ではなくおそらく人の心の中にも、オープンにさらけ出して友達と楽しく共有したい部分、ある程度自分を隠し飾ってお客様ときちんと向き合う部分、人に見せない自分だけの部分を持ち、それぞれ場面ごとに上手に使い分けているのではないでしょうか。


◆自分に合った空間バランス

今はワンルームマンションのような形式の住居も多くなりましたが、いざ自分の家を設計して建てようとする場合、無意識のうちに「その人なりの空間のバランス」を考えるはずです。
それは単に、空間(形)のための設計ではなく、その人の生き方、他人とのかかわり方、自分の世界のつくり方…といったバランス感覚が形になって表れるのではないかと思います。

自分を常にオープンにし、いつでも友達が呼べるように、ホームパーティが大好き…という人は、おそらく「A」のスペースをたっぷり広く取るでしょう。

一方、仕事で多くの人と接するので自分の家ではプライベート空間を充実させたいという人は、家族のリビングや寝室、あるいはお風呂にこだわった設計をするでしょう。

自分の家だけではありません。
もし旅行に行って長期滞在する場合、どういう所に泊まりたいか?

ある人はユースホステルのように、その宿の主人や宿泊客とコミュニケーションできる団らんのスペースがゆったりしていて、寝るための部屋は最小限でいい、というでしょう。
ユースホステルなどは、まさに「A」の空間が広く、プライベートな「C」は小さくてよいのです。

またある人は、個室で誰に干渉されることもなくテレビを見たり、裸同然でくつろいで好きなものを飲んで気ままに過ごすのが最高のリフレッシュ、と考えるでしょう。そういう方には、自分だけの個室「C」が贅沢なグランドホテルがいいでしょう。 ホテル側の従業員やほかの宿泊客と顔を合わせるのはフロントだけで充分なのです。


◆グループカウンセリングから発見する“本当の自分”

最後に、自分自身を観察する話に戻しましょう。

「他人から見える(自分では気づかない)自分」と「自分から見える自分」…。
自己啓発のグループカウンセリング(集団面接)でも応用できるかと思います。

たとえば新人研修などで、10人が1グループとなって研修をやるとします。
初対面ですから、まずはお互いの自己紹介、何を考えてここに来たのか、これから自分はどうありたいのか…などをディスカッション。

1日、あるいは一泊2日と時間がたつにつれ、お互いがどういう人間かが少しずつ見えてきたところで、2人一組になって3分間ずつ自己アピールを相互にやります。
自分以外の残る9人全員を相手にやっていきますが、相手がどんな人物だったか記憶だけではあいまいでしょう。

そこで、水色のカードを各自が持ち、いま自己紹介し合った相手の印象・その人の性格などをカードに書いて相手に渡します。

無記名で、相手をよほど罵倒することでなければ、良い面でも悪い面でも構いません。
たとえば「(あなたは)とても誠実な方ですね」「あなたは人を大切にする方です」「あなたは正義感が強く、自分の信念をしっかり持った方です」「頑張り屋さん」など、良い面ももちろんいいですし、「あなたはややおせっかいなところがある」「完璧でないと気が済まない」「もしかして八方美人では?」…といったマイナスの印象でも正直に出せたらいいですね。

なるべく具体的に相手の第一印象を簡潔に書きます。1枚のカードにあれこれたくさん書かないで、何枚カードを使っても良いのでひとつのことを1枚のカードに書いて渡します。


全員との面接が終わったら、自分の手元には9人の方からもらった水色のカードがたくさん集まります。
そのカードを1枚ずつ読みながら、「うん、たしかに自分でもそう思う」と思うカードは「A」のボックスに入れます。つまり「自他ともに認める自分」ですね。

そして、自分ではそうは思わないけど、人はそう見たんだな、というカードは「B」のボックスに入れます。とかくマイナス評価や自分に都合の悪い評価を受けると「誤解だ」と言いがちですが、ここは「他人からはそう見えるんだ」と素直に認めて「B」のボックスへ。

そして自分自身が思う自分の性格・行動パターン、あるいは「こうありたい」と思っている自分について、今度は白いカードに書いて「C」の箱に入れていきます。
他人がどう見たかに惑わされることなく、「自分はこうなんだ」「こうありたい」と思うことはどんどん入れていいのです。 もし他人から評価されたことと共通することがあったら「A」の箱に入れます。

これをさらに家に持ち帰って分析してみると面白い発見があるかもしれません。
人には言えないような、「じつは私は…」みたいな潜在的な欲望のようなことも正直に出せるとより面白い発見があります。

たとえば…

「自分は失敗するのが怖い」「人に借りをつくりたくない」「負けず嫌いである」「弱いところを見せたくない」…といった正直な自分があるかもしれません。

それが自他ともに認める「A」の中では、「誠実」「頑張り屋さん」という形になって表れているのかもしれません。
また他人から寄せられたややマイナス評価としての「ややおせっかい」「完璧でないと気が済まない」「もしかして八方美人?」といったこととも密接に関係しているかもしれません。

そしてさらに…

「人に認められたい」→「本当はモテたい」という欲求が強く、背後には「じつはとってもスケベである」などという潜在的な「D」の自分を発見するかも…(笑)

自分を発見することって、ちょっと怖い面もありますが、無意識のうちに無理して頑張りすぎてしまう自分や偽っている自分を発見することで、余計な力が抜けて“ありのままの自分”に戻れるような気がしませんか? 自分が見えてない・見ようとしないと怖いですが、見てしまえば力が抜けて楽になります。興味があったら仲間同士でもやってみては?



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お部屋の話

ワタクシ、Aのお部屋が広いの好きだけれど・・・
Cのお部屋も広くてセクシーにしたいわ~v-415
現実は・・・色気なしv-399

実は..

人は私のことをどんな風に思っているのでしょう。。
正直に言ってくれる人はなかなかいないと思うので気になりますが、
本当のことを知るのも怖いですね。。

でも..
私が多くの人に見せている自分と
私だけが知っている自分の部分は大分違うと思います。
もも姫は実はこんな人なんだって知ったら、
え~~!!..ってびっくりすると思います(笑)

自分のことは自分が一番よく知っているようですけど、意外と
他の人が私を見て思っていることのほうが
本当なのかもしれないと思うときがあります☆









Re: 実は..

>もとワル姫様

そうそう、ですよね(笑)

深夜にアップした記事にさっそく朝コメをいただいたんで、姫様のコメントをヒントに家のつくりの話題の中で「カルメン」第二幕のシーンを思い出し、出勤前に急いでひと言書き加えたんですよ。
もも姫様のブログもよろしかったらご訪問あそばせ! 案外ちょっぴりエッチな姫様トークでお互い燃えられたりして…??


>もも姫様

体調はその後いかがですか?

そうなんです。自分のことは自分が一番よく知ってる(はず)…と思ってますが、客観的な姿は案外わからないもの。見せている自分とまるっきり正反対だったりして…(笑)
「弱い犬ほどよく吠える」じゃありませんが、自分を隠そうとすることが表に出てたりってこともありますしね…

この話、私が学生時代に初めて聞いたときは、本文にも書いた通り、建物などの「空間」の話と絡めて「見たり見られたりする面」のたとえとして受け取りました。
でも、「意識・無意識」「主観・客観」ということに例えてみても面白いかもしれませんね。

この話題フェイスブックにもリンクさせてるんですが、いまいち反応がないな~。皆さんあまり興味ないのかな~? でもこういう話題もたまにはまた書いてみようかな?(笑)

面白い話ですね。

私の感覚では、Dはきっと一番触れられたくない部分であり一番人間的に弱い部分なんじゃないかなーっとも思います。
それが人にさらされた時に人間の心理がどうなるか私にはわかります(苦笑)
こういう類の話を心理学的に考えて楽しむ趣味があるので、自分でこれについて深く考えたいと思います!
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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