「日韓」をあらためて…

近くて仲良くしたい国・韓国。
でも、今までの日本(←政治家も教育も)は、日本に都合の悪い部分に蓋をして封印してきました。
正しく歴史を伝え、反省すべき点は反省し、謝るべきことはきちんと謝り、同じ過ちを繰り返さないように…という「人」として大切な部分を日本はあまりにも軽んじてきたのではないでしょうか?

戦争の悲惨さを“被害者”として語るだけでなく、「戦争に至るまでの道のりはどうだったのか」「戦争とはどんなことなのか」、そして「あの戦争はいったい何だったのか」を見つめてみる必要があります。 韓国だけでなく、中国も、南の島も、沖縄も…

みな、今の日本人が「知らない」「学校で習わなかった」で済ませてきたことをちゃんと覚えていて、教育の場でも語り継いできています。
そういうアジアの人たちと少しでも理解し合い、仲良くしていきたいと思うなら、「知らないことは罪だ」と私は思っています。



昨年2010年は、日韓併合からちょうど100年目にあたる年でした。
NHKスペシャル(プロジェクトJapan)「日本と朝鮮半島」という5回シリーズの番組をすべて観ました。
日露戦争後、日本はどのようにして大韓帝国を併合したのか?
その後35年にもおよぶ植民地支配、戦時下の人員動員の実態はどのようなものだったのか?
さらに戦後の保障、関係改善は本当に充分なされたといえるのか…?

<5回シリーズ>
第1回…韓国併合への道 伊藤博文とアン・ジュングン(4月放送)
第2回…三・一運動と“親日派”
第3回…戦場に動員された人々
第4回…冷戦に引き裂かれた在日コリアン
第5回…日韓関係はこうして築かれた

5回の放送を観て思うところ、考えさせられることはあまりにも大きかったですが、あえて一言で表現するならば「日本は本当にひどいことをしてきた」ということです。
しかも、戦後それをきちんと謝罪したと言えるのか…?



そんな思いでこの8月15日に「終戦の日に思う」という記事をブログに書きました。
→ http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-327.html

それを、もう15年以上家族ぐるみの付き合いをしてきた韓国の友人がちょうど仕事の関係で日本に来てわが家に泊まっていたので、見せたんです。
「私もあらためて日韓関係について思うことがある」「日本の過ちを日本の若い世代にも伝えていきたいと思って…」と嬉しい報告をするような軽い気持ちで。

ただ、私の書き方はあまりにも日本にとって都合の良い「言い訳」のように映ってしまったようです。


「竹島問題」という表現ひとつとっても日本寄りであって、書くとすれば「独島/竹島」と併記しなければおかしい、という指摘ももっともでした。
また後日追記で出した「植民地政策=必ずしも侵略ではない」という論法の追記も、彼らの気持ちにしてみれば耐えられないものだったでしょう。100のうち「99」が侵略行為で、ごく「1」が善意の交流であったとしても、それは侵略した側の論理でしかない。やられた方はいかなる理由があるにせよ「侵略は侵略」なのだと。

日本がかつて教科書検定を巡って「侵略」のことを「侵出」などという造語(「進出」ではない)に置き換えたとき、韓国の人たちは大変憤りを感じたといいます。



彼は留学で日本に来てから15年以上、日本にもお世話になったと感謝してくださっていますし、お互いの結婚式も祝い合っています。
かみさんも奥様のことを本当に尊敬し、本当に仲良くさせていただいていると感謝しています。今は韓国に帰ってしまっているので、こちらが韓国を訪ねるか、彼らが日本に来るか、いずれかの機会にたまにしか会えず、別れ際には次はいつ会えるのかつらくなってしまうのです。

そんな彼がせっかく一晩だけ泊まりに来てくれて、外で食事をすませて家に戻ったのが夜10時過ぎ。娘たちも寝る前のわずかな時間、もっと楽しい時間を彼と過ごしたかったはずです。

彼も仕事で疲れていて翌朝早いのに、私が浅はかに出したこの話題に深夜まで付き合わせる結果になってしまい、本当に申し訳なかったと思っています。



ただ、私の記事をよくお読みいただければお分かりいただけるはずなんですが…

「日本もたしかに悪いことをした →でも日本にもいろいろ事情があったんだ、いいこともしたんだ」、つまり日本のやったことを正当化するようなトーンでは決して書いてないつもりなんです。

「京福宮の瓦礫の山に見る日本の愚かな統治の歴史」→「たしかに明治以降の日本には、外国との関係の中で外に勢力を広げるに至る道のりがあった(それなりの事情もあった)けど」  →「相手国を踏みにじった加害者としての日本について もっと知るべきだ」、ということをお伝えしたかったんです。



15年以上も家族ぐるみで親しくしてきた彼と、このような日韓関係の歴史については今まであまり話したことがなかったんです。 私のワガママの延長で言わせていただくなら、彼とこういう話をする機会がもてたことはとても光栄でしたし、これからもできたらいいなと思っています。

彼も深夜まで話し、ある程度こちらの言いたかった趣旨は分かってくれたようです。
そして彼ら韓国の人たちは、どうしてもこういうテーマになるとひとつひとつの単語にさえ反発を感じてしまい、感情が許さなくなってしまう面がある、と言ってくれました。私はある意味とても嬉しかったんです。

単純かもしれないけど、国民同士がもっとこういう話を交わし、お互いが国としての立場や言い訳を超えて、人間として共感しあう必要があると。戦争を知らない世代で、15年以上の“友だち”であっても、やはり両国の認識には相当な隔たりがあるということ。いかなる統治であっても統治であり、傷はいえないんだ、それが戦争というものなんだ、ということをあらためて認識した次第です。



歴史的な事実や過去の人物については、その当時言われていたことと、後の研究で明らかになってくることの間にはしばしばズレもあります。
まして国や立場が違えば、色んな見方も出てくるでしょう。ですから私がたまたま本やテレビで得た情報を組み立て文章にすることによって、必ずしも事実でないことが事実であるかのように伝わることは厳に慎まなくてはいけません。

私が記事の終わりの方で書いたアンジュングンに関しても、彼が本当に「日本に好意的」だったのかどうかは分かりません。ロシアからの支配に代わって日本の力を借りて民族独立を狙っていた当時の朝鮮(←朝鮮半島全体をさします)にとって、若い行動家である彼は、日本の力を借りるべく日本に近づいたとも充分考えられます。
日本の統治が進むと抗日(=日本に対抗する)運動が起き、ついに三・一運動(独立運動)が起きます。そういう中では、アンジュングンのような人物は独立を叫ぶ朝鮮内の人々の目からは「日本と親しいんじゃないか」という目で見られるのですが、「親日派」という表現は番組のタイトルにも登場していましたが、今日の韓国ではほとんど耳にしない言葉だと言います。


このようにちょっとした表現ひとつをとっても、本当にその人が当時どうだったのか、胸の内では何を考えていたのか、後の研究によって「実はこうだった」と出てくることも本当に「事実」なのかどうか…?
ましてそれが国という立場のもとでベールに包まれて国民に知らされた情報に基づいているならば…?

こと国対国、あるいは組織(国)対個人(国民)という関係において、それは決して過去の戦争だけではなく、今日の原発についてもいろいろと重なるところがあるように思うのです。

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No title

第一楽章さんの気持ちはよく分かります。「終戦の日に思う」も読ませていただきましたが、決して日本の正当性を主張してるようには受け取れませんでした。
その韓国のお友達にも、本当のところを分かってもらえたらいいですね。もしかしてその記事だけを、お話ししながらザッと目を通すように読まれて、目につく単語だけでなにか拒絶反応のようなものが出たのではないでしょうか?(想像ですみません)

鉄道の記事のほか、日本社会について色々と語られている第一楽章さんの記事は時々拝見してますが、今日の原発問題問題などでも、責任のなすりあい・国に都合の悪い情報は隠ぺいするといった日本の悪い体質についてよく書いてらっしゃいますよね。
そういう流れで私なんかは素直に「日本の過ちをもっとみんな知るべきだ」という風に読みましたよ。

Re: No title

昭和大好き様

私の意図するところをご理解いただけて嬉しいです。まさにその通り、今日の原発事故にも通じる日本の悪い面を感じつつ書いています。

結びの部分、アンジュングンのことをどれほど正確に理解しているかは自信ありませんが…
日本に統治されていた屈辱的な時代に、独立を目指して活動した青年がいたということ。その彼がたどった人生、信念をもって決断してとった行動(=伊藤博文の暗殺)、そして韓国では今も英雄として祀られているということ…。
私も12年前に向こうの学生さんにアンジュングンの碑を案内されるまで知らなかったように、日本ではあまりにも近代の歴史を学んでいない。日本が行ってきたことを知らない(知らされていない)人がいかに多いかということ。
もっと日本人は過去の歴史について知り、考えてみる必要があるでしょう?、ということをお伝えしたかったのです!

私も日本を正当化しているようには思えませんでした。以前コメントに書かせて頂きましたが、今のように知らないままではなく学校の勉強から正しく日本の歴史を教え、変えていくことが必要だと思います。

No title

ネットつながりました
長くなってしまい申し訳ありません

画像たくさんでてきて素敵なブログですね

私も教科書に書かれていないことを一生忘れず周りにも語り続けたいと思っています
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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