特殊楽器 「和大砲」

チャイコフスキー作曲、荘厳序曲「1812年」では打楽器に大砲の音が出てきます。
ふつうはバスドラム(大太鼓)もしくはシンセサイザーによる擬音で16発の大砲の音を演じますが、わが「コバケンとその仲間たちオーケストラ」で演奏するときは、なぜか和太鼓が大砲役を演じ、最後の1発を加えて17発の大砲が鳴り響きます。

特殊楽器「和大砲」

べつに和太鼓そのものは“特殊楽器”ではありません。ごく普通の、ちょっと大きめの平胴太鼓です。ただ世界広しといえども、それを“大砲の音”として使っているのはおそらくこのオケをおいて他にないと思います。名づけて「和大砲」!

では、なぜそれが定着して今日に至っているのか…?

2010年のNHK「こころコンサート」にご一緒したメンバーはご存じでしょうが、それ以降加わられたメンバーの方や、最近のコンサートをお聴きになった方は、この“世界初の試み”が誕生したいきさつはご存じないと思いますので、あらためてご紹介させていただきたいと思います。

まずはその前に…


チャイコフスキー作曲 荘厳序曲「1812年」

1812年といえば、ナポレオン率いるフランス軍がロシアに攻め込んだあの有名な「ナポレオン戦争」のあった年。チャイコフスキーはロシアを称える式典向きの作曲を依頼され、戦いから70年後の1882年にこの曲を作曲・初演しました。

冒頭、低弦によるロシアの平和な祈りから始まり、ティンパニの一撃で戦いへの不穏な予感へ。やがて小太鼓の刻む軽快なリズムにのって、フランス軍を迎え撃つべくロシア軍が蜂起します。
そして現在フランス国歌になっている「ラ・マルセイズ」(=当時フランス国歌だったかどうかはともかく…)がフランス軍のテーマとして登場します。途中美しいロシアの自然や平和な踊りの場面もはさみながら、ふたたび戦火の渦中へ…
クライマックスにさしかかる少し前に「♪ラ・マルセイズ」が鳴り響く中、まず5発の大砲が浴びせられ、フランス軍は散り散りに退散していきます。
やがて勝利の鐘が鳴り響き、帝政ロシアのテーマが低弦・ファゴット・トロンボーン・チューバに現れると、今度は祝砲でしょうか、11発の大砲が鳴り響きます。

この「1812年」はロシアが攻められる側ですが、立場を変えてシベリウス作曲の交響詩「フィンランディア」は、ロシアによって制圧されていたフィンランドを描いた曲。
苦悩の時代を経て、祖国フィンランドの美しい自然をたたえ、人々の平和への祈りが美しいコラールとなってうたわれます。

日本ではあまり経験のないことですが、ヨーロッパでは他国にたびたび攻め込まれながら、自由を勝ち取り、祖国の美しい自然と平和をたたえ、平和を祈り…というモチーフが曲になっているのですね。

「コバケンとその仲間たちオーケストラ」では、障がいのある方たちとも「ともに生きる社会」をめざし、また震災復興に向けたボランティア演奏を通じて、“苦しい時を乗りこえて平和への祈りを” というメッセージを込めて、「フィンランディア」と「1812年」が演奏されます。

★「1812年」および「フィンランディア」については、もうだいぶ前にやはりこのブログでもご紹介しています。今回書いたこととも重複しますが、一応楽譜も貼り付けて解説しているのご参照ください。
 ♪「1812年」→ http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-124.html
 ♪「フィンランディア」→ http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-122.html


スペシャルメンバーを加えての「こころコンサート」

~当初はバスドラムで演じていただく予定で~

2010年3月に行われた「こころコンサート」(=NHK厚生文化事業団50周年記念行事)では、さまざまな障がいをもつ31人のメンバーがオーケストラに加わり、一緒に力を合わせて音楽を作り上げました。

打楽器に加わった和太鼓奏者の友野龍士くんもそのひとりです。彼はプロの和太鼓奏者ですが、もうひとりの和太鼓奏者・片岡亮太さんとともに「オーケストラの打楽器としても何かやってみたい」ということをある食事会で打ち明けてくださいました。

そこで、まずはオーケストラの一番後ろの打楽器セクションでリハーサルを聞いていただくことをご提案し、和太鼓とはちょっと要領は違うでしょうけど、同じ太鼓の仲間であるバスドラムで参加していただこうということになりました。2009年12月のことです。

そしてマエストロや他の打楽器メンバーもご了解のもと、片岡さんには「アイーダ」を、友野君には「1812年」の大砲役をお願いしてみようかな、と。
つまりその時点では「1812年」の大砲は常識的にバスドラムで演じていただく予定だったのです。

友野君に「1812年」の曲を覚えていただくために、打楽器全員分をまとめたパート譜をコピーして、そこに大砲の入る場所を色鉛筆でマーキングし、1拍目に出るところは「1」、3拍目で出るところは「3」といった数字を小節内に書き込んだ“特性の楽譜”を郵送したのです。

友野君はそれを使って見事なまでに完璧にこの曲を頭に入れてくださいました。
これは、新幹線の中でイヤホンで曲を聴きながら楽しそうに譜読みしている龍士くんの様子を、隣でお母様が撮ってわざわざ高木に送ってくださった写メです。いい顔してるでしょ?

新幹線で譜読み1 新幹線で譜読み2


◆「そうだ!和太鼓を使おう!」

そしていよいよ「こころコンサート」の本番を翌日に控えた2010年3月、本番前日のNHKホールでは「のど自慢全国チャンピオン大会」が行われていたため、われわれは高輪にあるN響の練習場でゲネプロ(通し練習)を行いました。

その時、指揮者を志してこのオケにオブザーバー的に参加しているH氏に、コバケン先生から「そこの大砲、二人で一緒にやりなさいよ!」と指示が出たのです。

H氏は某国立大学の宇宙工学を専攻していたんですが、中退して東京芸術大学へ再入学。
この仲間オケでは通称「ウニ丸」と呼ばれて親しまれ、友野君が加わる前までは「1812年」の大砲役を思いっきり髪を振り乱して演じてきた人物です。コバケン先生からも、「この曲の大砲役に限り、彼を打楽器奏者として認める」とまで言わしめた実績(?)があります。

3700人のキャパをもつNHKホールで、この大砲役はぜひ二人で、ということになったわけですが、困ったことに、NHKホールにはバスドラムは2台しかありません(=ステージ上で本来のバスドラムとして使う1台と、大砲として使用する1台の計2台のみ)!

高輪の練習場にある楽器を翌日も借りられないか事務局に聞いてみましたが、持ち出しは禁止とのこと。今から有料のレンタル楽器を手配するか…?さてどうしたものか…?

でもすぐに素晴らしいアイディアが魚雷のごとく頭に浮かびました!

ザ・リハーサル 
NHK509スタジオにて


プログラムに入っている「夏祭り」では大小さまざまな和太鼓が活躍します。その中から大きめの平胴太鼓を1台持ってきて、バスドラムと一緒に舞台袖の反響板の近くで叩いたら、おそらく大砲に近いイメージの音になるんじゃないか…? 
それをひらめくのにほとんど時間は要しませんでした。

チャイコフスキーのお墓まで行って了解をいただいてくるだけの時間的余裕はありませんでしたが、当日舞台下手に和太鼓とバスドラムを並べて実際に叩いてみたところ、世界初演のこの試みは見事に成功! 全国放送にもばっちり二人の後ろ姿が流れたのであります。

オケデビューを果たした友野君
念願のオケデビューを果たした友野君!

以来、「コバケンとその仲間たち」では和太鼓による大砲の音が定番となったという次第です。

ちなみにこのエピソードは、コンサートから2か月後の2010年5月に行われた友野龍士君のリサイタルでも紹介されました。それについては以前このブログでもご紹介させていただきました。→ http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-73.html

意外な状況を逆手にとって生まれたこの勃発的なアイディア。
もしどこか他のオケでも和太鼓による大砲を勃発させてみたいと思われる方は、友野さんも働いている浅草の「太鼓センター」までぜひともご相談くださいますように!

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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