ニュースの中の「気になることば」

“ことばおじさん”ではありませんが、ニュースの中で当たり前のように使われている言葉の中にも、私はここ十数年ずっと気になっている言葉があります。その中から3つほど。


1. 昨夜10時ごろ

かつて私が中学生だった1970年代までは、午前0時で「君が代」が流れて放送終了でした。それが1980年代になって放送時間がしだいに延長され、午前0時をまわって日付が変わってからもニュースが流れるようになりました。

深夜に帰宅してラジオから「昨夜10時ごろ…」とニュースが流れてくると、「ん?」と違和感を感じたものです。「あ、そうか~、もう午前0時を回って日付が変わったんだな」と納得しようと心がけてきましたが、それから20年以上たった今でもまだ私の中には違和感があります。

夜が明けたら「昨夜」で構わないけど、少なくとも夜が明けないうちは「この夜=今夜」でしょう? 
日付が変わったことを問題にして、厳密に日時を指す必要があるのであれば「きのうの午後10時(あるいは22時)ごろ」という表現があるはずです。


 ♪ 「今夜=きょうの夜」なんですが…

きょうの夜=「今夜」だから、きのうの夜=「昨夜」だという見解もあるでしょう。おそらくアナウンス室もそういう見解なのではないでしょうか?

たしかに、「今夜は月食だね」「今夜のパーティ楽しみだね」など、これからやってくる「きょうの夜」のことを「今夜」と表現します。そういう使い方ならまったく問題ありません。

でも深夜、まさに夜の真っただ中にあって、午前0時より前のことを「昨夜」と言われるのはどうでしょうか?
私の身の回りでも何人かの友人に機会あるごとに尋ねてみましたが、皆さんあらためて考えてみて、同じように違和感を感じるとおっしゃいます。

楽しく過ごしているうちに午前0時を回って日付が変わった場合、「明日も頑張ろうね」と言ってから、「あ、もう日付が変わったから『今日』だね」などと言い直したりします。
「きのう」「今日」・「明日」といった表現は日付とともに変化する言葉ですから、午前0時を1分でも過ぎたら変わります。でも「今夜」とか「昨夜」という表現はそれとは明らかに性質の違う言葉だと思うのです。

人間は太古の昔から太陽の動きとともに生活してきました。日没から翌朝の日の出までがひとつの夜=この夜、つまり「今夜」なのです。
日付が変わっても「今夜は楽しいね」、夜通し流星の観測をしていて「今夜はたくさん流星が見られたね」といった表現がごく自然なのです。もし夜のうちに「昨夜」と言われたら、ひとつ前の夜のことかと思ってしまいます。

日付が変わったとたんに、つい2時間前のことを「昨夜10時ごろ」と言われるのには違和感を感じるのは当然で、とくに海外の話題を取り上げたニュースで「日本時間の昨夜」などと言われるのは非常に紛らわしいのです。
むしろ「さきほど」という表現でもいいでしょうし、どうしても厳密に日時を表したい、日付が変わったことを明確に示したいのであれば、「昨夜10時ごろ」ではなく「きのうの午後10時ごろ(あるいは22時ごろ)」と表現すべきではないでしょうか?

そして「昨夜」という表現は夜が明けてからにしていただきたいのです。朝のニュースで「昨夜10時ごろ」と言われるのならまったく違和感ありません。「昨日」「昨年」などと同様、「昨」という字は「ひとつ前に過ぎ去った」という意味。夜が明けたら「ひとつ前の夜」、つまり「昨夜」となるのです。


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日没から翌朝までを「ひとつの夜」ととらえ、その中の時間帯ごとに呼ふ名称があります。

まず浮かぶのが「宵(よい)」。太陽が沈んだあと西の空に輝く金星を「宵の明星」と呼びます。太陽が沈んで夜になったけれど、まだ皆さんが起きているぐらいの早い時間帯を「宵の口」といいますね。

やがて夜も更けて「深夜」となります。「真夜中」、まさに夜の真っただ中ですね。
気象で使われた言葉に「夜半(やはん)」というのがありました。季節によって日の入り・日の出の時刻は異なりますが、日付の変わる深夜0時の前後1時間ずつ、つまり夜11時ごろから午前1時ごろまでが「夜半」。「夜半にかけて」「夜半から明日朝にかけて」など、風雨の強まるのが夜の前半なのか後半なのかを示すのによい言葉でした。

しかし残念なことに「宵」「宵の口」も「夜半」も、2010年度から気象情報で使ってもよい言葉から外されてしまいました。ふだん使わない言葉で一般的でないから、というのがその理由らしいのですが、ひとつの夜を時間帯で区分した分かりやすい表現だったのに残念です。

また、深夜0時を過ぎて、夜が明けるまでの時間帯をさす言葉に「未明」というのがあり、これは今でもよく使われます。これは「宵」とか「深夜」とはちょっと異なり、「きょう未明」「明日未明」「〇日の未明」、つまりある「1日」の「まだ明けやらぬうち」という意味です。午前0時を1分でも過ぎて日付が変わったら「未明」となります。

このように、ひとつの夜の中で時間帯によって色々な呼び方があり、「真夜中」というのはまさに「夜の真っただ中」を意味します。午前0時を回ったとたんに「昨夜10時ごろ」というのは、あらためておかしな表現だと思いませんか?



2. 遺体発見されました

これも実に違和感のある表現です。

・行方不明となっていた〇〇さんが、けさ遺体で発見されました
×
→行方不明となっていた〇〇さんの遺体が発見されました…〇

同様に

・きょう午後成田に着く便で、〇〇さんが遺体で帰国しました…×
→     〃         、〇〇さんが変わり果てた姿で帰国しました…
→〇〇さんの遺体が、きょう午後成田に帰国しました…


「遺体」は、この世に遺された身体、「(〇〇さんの)なきがら」という意味です。
「~が・~の・~に・~を」といった格助詞が後ろについて、「~~すがって泣き崩れる」「~~手厚く弔う」などは正しい用例です。
しかし、「状態」を表す言葉ではないので、「~~で」はおかしいのです。 いったいなぜこのような表現が定着してしまったのでしょうか?


 ♪ 「水死体で」「焼死体で」…の代用から?

これも私が小中学生だった1970年代以前にさかのぼりますが、事件や事故のニュースでよく「水死体で」「焼死体で」「変死体で」「腐乱死体で」…といった捜査機関や消防が使うような生々しい用語がそのままニュース報道にも使われていました。

ただ、食事をしながら聞くニュースにはあまりにも生々しくて不適切との判断もあったのでしょう。そうした表現は次第に避けられるようになっていったように記憶しています。

しかし、たとえ表現が生々し過ぎるとは言え、犯罪捜査や法医学の面から見て「どういう原因死亡し、どういう状態発見されたのか」、つまり「状態」を表す言葉としては文法的にも意味の上でも正しい表現だったと思うのです。

それをそのまま「遺体で」に置き換えてしまったためにおかしくなった…つまりテレビ・ラジオのニュースが誤って生み出してしまったおかしな表現のひとつではないかと私は見ています。


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他にも「遺」という字のつく言葉として「遺書」「遺品」「遺族」といった言葉があります。どれもみな「故人がこの世に遺した書物、品、家族・親族」という意味ですね。

枕元に書き綴られた便箋を「遺書発見されました」なんて言いますか?家族や親族のことを「遺族対面しました」なんて言いますか? そう考えると「遺体で」は極めておかしな言葉だと気付きませんか?

繰り返しますが、「遺体」はあくまで亡くなった人がこの世に遺した身体=「なきがら」という意味です。「〇〇さんの遺体発見された」、「〇〇さんの遺体すがりついて」、「遺体安置する」などは正しい用例ですが、「遺体(遺体となった状態で)」という表現は明らかにおかしな言葉と言わざるを得ません。



3.鈍器のようなもの


これも警察など捜査機関で使われる用語がそのまま報道にも使われはじめたように思います。でもちょっと考えてみて下さい。

「拳銃のようなもの」「バールのようなもの」「日本刀のようなもの」など、何か具体的なものをあげ、本当にそれが凶器として使われたのかどうかは不明だから「~のようなもの」がつくのです。それならば分かります。

でも「鈍器」はどうでしょう?具体的なものの名称と言えるでしょうか?
漬物石も「鈍器」です。灰皿でも花瓶でもレンガブロックでも…etc. 鋭くとがっていないものはすべて「鈍器」ですね。
数学で「鋭角」に対して「鈍角」という場合、90度よりも大きな角度のものを「鈍角」といいますが、「鈍器」にはそんな厳密な角度による定義すらないと思います。

ですから、日常われわれの身の回りにあるもののうち、鋭く尖ったものや鋭利な刃物以外のあらゆるものが、犯罪に使われればすべて「鈍器」なのです。これほどまでに広範囲なものを指す言葉に、なんでわざわざ「~のようなもの」をつけるのでしょうか?それこそ意味不明になってしまいます。

「ドンキのような百円ショップ」ならば分かりますが…(笑)


  ♪  手で持てるものかどうか?

ついでながら、鈍器は「器」という字からも分かるように、手で持てるもの に限られます。車のフロントガラスやボンネット、コンクリート塀、建物の壁などは、いくら鋭くとがってなくても「鈍器」とは言いません。
ですから、犯人がレンガブロックで被害者の頭部を殴りつけたのか、コンクリート塀などに被害者の頭部を打ちつけたのか、そのあたりが不明ということならば、「鈍器で殴られたような痕」というべきでしょう。
いずれにしても「鈍器のようなもの」は意味不明、あり得ない表現なのです。


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どんなものでも「鈍器」になり得るわけですが、犯罪の凶器として使われてはじめて「鈍器」と呼ばれます

ためしに金物屋さんに入っていって「すみません、何か鈍器はありませんか?」って言ったらどう反応されるでしょうね(笑)。ジョークの通じる店員さんなら、「相手の身長は?男性?女性?、どんな殴り方をお考えですか?…まあみなさんよくお使いになるのはこちらのバールとか…」(笑)
あるいは模型工作をしていて、ちょっと押さえておきたい、材料を打って折曲げたい時に…「ちょっと誰か、その辺になんか鈍器ない~?」とか?
 
冗談のような話ですが、ここからもお察しのとおり、鈍器というものはもともと特定のものをさす言葉ではないのです。
これほどまでに広範囲なものを漠然と指す言葉にさらに「~のようなもの」をつけられたら、まったく意味不明になってしまいます。



以上3点について、皆さんはどう思われますか?

1~3についてそれぞれ「なるほどそう思う」と賛成なら、「そう思わない(=今のニュースの表現のままで良い)」なら、コメント欄にお寄せ頂けたら幸いです。

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No title

なんとなく聞き流していた言葉も、こうして理論的な説明を受けると「なるほど~その通りだ」と思います。
ですので、大賛成ということでAAA(トリプルA)を差し上げたいと思います。
ところで、話はちょっとそれますが、「地域のお祭り」、あるいは「新しい道路の開通」などで、和太鼓の演奏が行なわれることがありますよね。それがニュースで取り上げられた場合に、必ずといっていいほど「勇壮な太鼓の音に、集まった人たちは云々」と伝えられます。和太鼓=勇壮というカップリングが定着し過ぎている感があります。知り合いの和太鼓奏者が「いつもこつも‘勇壮’でくくられるのもね~」とこぼしていました。繊細な演奏というのはさすがにないかも知れませんが、もうちょっと芸はないものかな?と思います。

Re: No title

ジャッキーさん

深夜にアップした記事にさっそくの1番コメント、ありがとうございます!
まさに私の言いたいツボに入ってきてくださっていますね!

そう、「和太鼓=勇壮」もまさに私の気になっている言葉のひとつです。
たいていそういう行事が行われる時って…
「大型連休初日のきょう、関東地方は雲ひとつない晴天に恵まれ、行楽地はどこも若者や家族連れでにぎわいました」なんですよね(笑)若者や家族連れでない人は、行楽地に行っちゃいけないみたいな…(笑)
「何かの火が引火して突然爆発」したり、避難所ではみなさん「不安な一夜」を過ごし…
とにかく“お決まりの言葉”をまったく疑いもせずに使い古しているような報道独特の言い回しってありますね。
せめて一般人としては、新鮮な目で、自分なりの表現をめざすことこそ、私=魚雷マンのすすめなのであります。

No title

「日付変わって、昨晩10時」と、その前に注釈をつけるニュースもありますね。これだと分かりますが・・・。「遺体で」は確かにおかしいですね。

「鈍器のようなもの」は、ニュースを見ながら「鈍器だろ」と突っ込んでいました(笑)

昔の新聞は漢字すべてに仮名がふってあったようです(私が生まれる前)。仮名がふってあるから簡単に読める、読むと漢字を覚えて使う効果があったと思います。同じようにニュースでも「宵、夜半、未明」などを使えば、教育的効果もあると思うのですが・・・
世の中で使う頻度が少なくなったから、使うのを止めるのではなく、使い続けるから、世の中に浸透していく言葉もたくさんあって、良い表現は、使い続けていくことがマスコミならではの使命でもありますよね。

Re: No title

コメントありがとうございます。
「日付変わって、昨晩10時」だったらたしかに分かりますね。「昨夜」「昨晩」という言い方に違和感を覚える点に変わりはありませんが…

「未明」は今でも健在、使っていいはずです。「使う頻度が少なくなったから、使うのを止めるのではなく、使い続けるから、世の中に浸透していく」…まさにそういうことですね。漢字検定などという難しいものがあってけっこう楽しみで受ける方もいらっしゃる一方、当用漢字で使っていい漢字を出したり引っこめたり…文部科学省は余計なことをしてくれなくていいんです!

私は全てにおいて納得したのでAです!

No title

私もAですね。・・・実は向こうに住んでいたおかげ?で、大分私の日本語もおかしくなってしまいましたので、とやかく言う資格は私にはないのですが、姉が日本語教師の資格を持っていますので、高木さんの記事を姉に知らせてみますね。(ちなみに私のBlogも家族のメールも、み~んな姉に時々指摘を受けております・・(苦笑))

気になる日本語の表現って沢山ありますが、最近は特にそれが増えているような気がします。個人的に非常にムズムズするのは
・身内に対して敬語を平気で使う大人がいる事
・「全然」の後に否定語がこない表現を、全く違和感なく当然の様に使う事が普通になりつつある今の日本
でしょうか。・・・そんな私も正しく日本語が話せていないですが・・・

ありがとうございます

みどりさん

コメント返信遅くなりました。はい、身内の社員のことを「まだいらしてません」なんて電話応対してても「全然平気」、「全然大丈夫」…まったく困ったもんですね(笑)

お姉さまは日本語教師の資格をもってらっしゃるんですか?とくに職業とされてなくても、身近にいらっしゃる外国人などには正しい日本語を教えてあげてくださいね。また人に教えるだけじゃなく、われわれが母国語として使っている日本語の奥深さ、美しさ、面白さを大切にする上で、言葉に関心をもってくれる人が増えてくれたらいいですね。お姉さまにもぜひよろしくお伝えください。

その他コメントをいただいた石川さんほか皆さま、ありがとうございます。

放送局の人たち、ことにニュースを読んでいるアナウンサーたちの中には「自分たちの言葉は絶対正しい」という自負を持っている方も多いんです。でも人間だから間違いは当然あります。人(=他のアナウンサー)も使っているからいいはずだという思いこみで疑いもなく使ってしまっている例もあるでしょう。
やはり常に「あれ?ちょっとおかしいんじゃない?」と思える感覚を持ち合わせて、言葉について常に謙虚に敏感であってほしいと思います。



じつは、私の父は08年に他界しましたが、もとアナウンサーだったんです。
ですから転勤族で、私も小中学校時代は関西・名古屋・広島など転校を繰り返しました。学校ではその地方の言葉で遊び、家に帰ると標準語でした。小学校時代後半を過ごした名古屋などでは、父の同僚や後輩のアナウンサーが家に来て一緒に食事をしたり遊んでもらったこともあるんですよ。だから自然と言葉に対する関心も知らず知らずのうちに身についたようですね。

この記事に書いた「ニュースの中の気になる言葉」については、今はもうOBとなられたアナウンサーをはじめ、今の仕事とは直接関係のない知り合いのアナウンサー数名にはお伝えしたことがあるんです。
そのアナウンサーたちも個別には「なるほど、うん、考えてみりゃそうだよな~」とおっしゃってくださるんですが、いまだに「昨夜10時ごろ」「遺体で見つかりました」「鈍器のようなもの」は健在なんです(なんでだろう?…笑)

私自身ももちろん変な日本語を使ってしまうことはありますし、知らないこと・間違いもたくさんありますが、「表現やことばを大切にしたい」という隠しテーマもあるこのブログに思い切って記事を書いてみた次第です。
皆さんからいただいたコメントを“だし”に使うつもりはありませんが、ごくごく常識的な頭でお考えになっても、やはり私が抱いてきた素朴な疑問と同様、やはり「おかしい」とお感じになることが分かって安心しました。
アナウンス室の方、あるいは放送用語に携わる部署の方、もしこのブログをご覧になったら、ぜひ今後の参考にしていただけたら幸いです。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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