原発事故に思う(2)

自然エネルギーによる発電

水力発電・風力発電・太陽光発電は、安全な自然エネルギーを有効に使った発電です。
水力はいうまでもなくダムですから個人単位ではできませんが、風力や太陽光による発電なら各家庭・地域・施設ごとにある程度の電力を自給自足でまかなうことも可能です。

どこかで大規模に発電した電気は、消費地(都市)へ送電しなくてはなりません。
しかし家庭・施設・地域といった限られた場所で使う照明程度の電力なら、太陽光や風力などである程度までは自給自足でまかなえるのではないでしょうか?

数年前に紹介された横浜港などでは、昼間のうちに太陽光で発電し、その電力を使って夜間の照明に利用するシステムが試作・実用化されていると聞きます。
他にも公共施設内や地区ごとに、同様に昼間の太陽光で発電し、それを使って夜間の電力を確保する試みは既になされています。


<ダムの知恵>

都会で消費する電力は、朝夕のラッシュ時に電車をたくさん走らせなくてはならない時や、工場などがフル稼働している時間帯などのピーク時がある一方で、休日や夜間にはあまり電力消費のないオフピークの時間帯があります。

しかしオフピーク時に余った電気(=余剰電力)を電気という形のまま貯めておくには巨大な電池のような装置が必要です。
揚水式のダムでは2槽ないし3槽の構造になっていて、深夜の余剰電力でポンプを回し、下の槽にたまった水を上の槽へとくみ上げておきます。保存しておけない電気エネルギーを使って水をくみ上げるという仕事をさせ、水を高いところに溜めて“位置のエネルギー”として保存しておくわけです。それを電気の需要が高まるピーク時に放水させてふたたび発電するのです。

私が高校生の時に自由研究で調べた揚水式ダムの基本的なしくみです。ひと昔前のものながら、揚水式ダムはなかなかの英知の賜物だと思いませんか?
 
日本の地形は山から海までが近く、川は流れてすぐに海に注いでしまいます。治山・治水、あるいは飲み水の確保も含めて、今あらためてダムの有効性を見直しても良いようにも思います。

<太陽光発電>

私も今の自宅を建てる時に一応ソーラーパネルについても考えました。
でも屋根全面にソーラーパネルを設置して電気設備を整えるには、およそ300万円かかると試算されてしまいました!
一般家庭で使う電気料金の20年分にも匹敵し、さらに何年かごとにかかるメンテナンス費用も考えるととてもペイしません。しかも発電効率にもまだまだ技術的な限界があるようです。

でも、もしこれまで国が原発の開発・建設に当ててきた莫大な予算の一部でも、風力発電や太陽光発電の技術開発にまわして真剣に取り組んできていたら…?

すべての電力を自給自足でまかなえなくても、せめて一般家庭で使う電力の何割か、あるいは街や公共施設で使う照明程度は充分にまかなえる安全な電力供給のしくみが今以上に普及していたのではないでしょうか?


◆私は日本には大きく2つの選択肢があったのではないかと思うのです。

ひとつは、太陽光や風力などを使って家庭・施設・地区内の電力はある程度まで自給自足で確保しつつ、鉄道輸送や工業など大量に必要になる電力は電力会社からの供給を受ける、という2元的な考え方です。

そしてもうひとつは、石油燃料よりも安価で(もし安全が絶対に確保できるのなら)安定した電力を大量に生み出すことのできる原発を推進して、電力会社が独占して供給するシステム。

現在、北海道電力・東北電力・東京電力…日本各地をブロック化し、それぞれの電力会社がほぼ独占して電力を供給しています。
各家庭・施設・地域などで自給自足型の発電システムを普及させることよりも、莫大な予算を投入してでも原発を推進させる道を選ぶ方が、国と電力会社の利益関係にもかなっていたのではないか、との思惑も見え隠れするのですが…


原発反対? それとも推進?

さて、これからの日本を考えた場合、原発を縮小または撤廃すべきなのでしょうか?
それとも、より安全な未来の原発を目指して、最新の科学技術を投入してさらに推進すべきなのでしょうか?

これはとても難しい問題です。感情論だけで賛成・反対を言うことはとても危険です。私はあえて両方の立場から書いてみたいと思います。

まずはじめは、反対・撤廃論から…

<原発反対・撤廃論>

1986年のチェルノブイリ原発事故は世界を大きく揺るがせました。しかしチェルノブイリ事故が起こる前から、ヨーロッパ各国の中には「原子力撤廃」をすすめてきた国もあります。
スウェーデン(1980年)、イタリア(1987年)、ベルギー(1999年)、そしてドイツ(2000年)などがそうです。

日本も、戦後のアメリカ寄りの政策から始まった原発を根本的に見直し、国民の命と安全を第一に考える政策へと転換を図るべきです。

まして日本は地震列島。アメリカも先般、地震の多い国における原発の開発は今後見直すべきだとの姿勢を示したとおり、いくら安全基準を高く設定しても、起こるべき地震、起こるべき事故はかならず起きてしまうのです。
今回たった一か所の原発の事故だけでもこれだけの被害が広がるのです。しかもそれは大震災の被害と同時に起きるので、本来ならもっと被災地の救援に当たれるはずの多くの人手とエネルギーを原発に割かれることになるのです。

今回の震災と事故を教訓に、原発は縮小または撤廃に向けて動き出すべきです。
少なくともいずれ来ると言われている駿河湾の大地震・大津波に備えて浜岡原発を、また地震の多い三陸~茨城にある女川・東海などの原発を、今すぐに稼働停止させて国民の安全を第一に確保すべきです。

そして、国民ひとりひとりレベルでは節電!
ご飯は土鍋で炊ける(=その方がおいしい!)のに電気炊飯器が常識となり、都会の鉄道のほとんどは電化され、車を出すにも車庫のシャッターは電動…etc. あまりにも何から何まで電気に依存しすぎた現代生活をちょっと見直すのに良い機会かもしれません。

そして今からでも太陽光や風力などの自然エネルギーを利用した発電技術の一層の開発・普及に取り組み、原発は必要最小限に減らすべきです。



さて一方、原発を推進する考えに立ってみると…

<原発賛成・推進論>

科学技術の進歩の歴史を見ると、どんな時代のどんな最新技術も失敗なくして発展はありえなかったのです。

江戸の大火のとき、発明家でもあった平賀源内は「燃えない火、熱くない火があればいいのに…」と言ったといいます。「そんなばかな夢みたいなことが…」と人々は笑いました。でもその後電球や蛍光灯が生まれ、炎ではない熱くない灯りが実現しました。
飛行船もツェッペリンが発明した当初は水素ガスで浮かぶもので、爆発して大事故を起こしましたが、後に水素よりも安全なヘリウムガスによって安全な飛行船ができました。
アメリカのアポロ計画も、莫大な予算を投じでロケットを作り、数々の失敗を経てついに人類を月へと送り込むことに成功しました。

このように、科学技術は幾多の失敗・犠牲・困難を乗り越えてより安全なものへと発展していくのです。今回の福島原発の事故はもちろん深刻ですが、むしろこれを教訓に、より安全な原発を目指せばいいのです。

今は“あり得ない夢物語”のようでも、将来もしかすると放射性物質を一切外に出すことなく核融合反応を起こし、エネルギーだけを取り出す技術が誕生する日が訪れるかもしれません。「昔の原発は危険だったよね」と言われる日が。

今ここで「ほら見ろ、やっぱり原発なんて危険じゃないか!」とやめてしまったら、それこそ今まで50年以上にわたって莫大な予算をつぎ込んで開発してきた人類の英知・技術が全て無駄になってしまいます。科学技術や時代は逆行できないのです。

無駄な電力消費をおさえる節電はたしかに大切です。でも、電気はクリーンでエコなエネルギーとして推奨されてきた面もあり、電気に頼った社会をそうそう簡単に止めることはできません。

より安全な原発を目指して、安定した電力を24時間確保する道はあきらめることなく歩み続けることが、人類に与えられた使命なのです。



さて、あなたは原発反対派?、それとも推進派?…どちらに一票を投じますか?
よかったらコメントに入れていただけたら嬉しいです。

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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