カルメン探訪 <1>女性・カルメン

あらためて、カルメンとはどんな女性なのか…?

妖しい魅力の溢れる女、おてんば、あばずれ、自由奔放、束縛されるのが嫌い、マイペース、気まぐれ、わがまま、その時その時を情熱的に生きる、いつも人気の頂点、目立ちたがり、恋の達人、恋に生きる女、一途、自分の気持ちに正直、強い女…etc.

私はそこにもう一つ、絶対に外せないキイワードがあるように思う。それは、どこか内に秘められた、とてつもなく重い「暗さ」である。
 
単に考え方が暗いとか、性格がネクラだとか、そんなレベルの暗さではない、もっと奥深くに秘められた“運命的な暗さ”である。


悲劇の暗示 & カルメン

「前奏曲」後半の「悲劇のテーマ」のところでもちょっとさわり程度に書いたが、あの「♪レード♯シ♭ド♯ラー」という悲劇のテーマの旋律。

<前奏曲(後半)の弦楽器>
悲劇のテーマ(前奏曲後半・弦楽器部分)


それがカルメンが登場するたびに、2倍速・3倍速の速いテンポになって出るのはなぜか?

<第1幕 カルメンが初めて登場するタバコ工場の昼休み>
カルメン登場


ストーリー全体が最終的には悲劇であることを表しているのなら、たとえば第一幕で「ハバネラ」を歌い終えたカルメンが、ホセに花をぶつけに近づいていく、最初の出会いのシーンなどに静かに流れるのは理解できる。

<第1幕 ハバネラの後 ホセに近づき花を投げる>
悲劇の暗示(ハバネラのあと)

しかし、カルメンが登場するたびに、あるいはちょっとした動作をするたびに、まるで香水の香りを周囲に放つように、あの悲劇のテーマのエッセンスが常に放たれるのは、いったいなぜだろう?

組曲版だけではそこに気づく由もなかったが、劇版で何回か演奏する機会に恵まれるうちに疑問に感じたのである。
そしてしばらくひっかかっていたその疑問を解く重要なカギは、「第3幕」の中に出てくる「トランプ占い」のシーンにあるのではないか!…と。

先ほどのストーリー展開の中では書かなかったが、第3幕の前半部分でジプシー一行が山で休憩している時に、フラスキータとメルセデスの2人が楽しげにトランプ占いをするシーンがある。


♪ Trio(カルタのトリオ)~カルタ・カルテ・カード…すべて同じ語源である~

ジプシーの女性二人(フラスキータとメルセデス)が、楽しそうにトランプ占いをやっている。「どんな恋が生まれるか、だれが好きなのか、カードよ教えて」と、明るくたわいなく楽しげに歌っている。

そこへカルメンがやってきて「私もやってみる」とカードをめくる。
カードをめくる動作にも、やはりあの「悲劇のテーマ」が速いテンポで重なっている。

<カルメンがカードをめくる>
トランプ占い(第3幕)

めくったカードは「ダイヤ!スペード!」。弦楽器が下降形で不穏な響きを奏で「死の暗示だわ!」と。
それが2回続いた後、ティンパニが静かにリズムを刻んでいくと、カルメンは独り言のように、実に悲しみに満ちた旋律を歌いはじめる。

「♪カードは正直。幸せな人のもとではカードも楽しそうに並ぶ。どんなに切り混ぜても何度やっても幸せな人は大丈夫。でも私にはいつも死が…」と。

<カルメンに潜む死の暗示>
トランプ占い


このカルメンが独り言のように歌う旋律は、全幕を通して他の曲とはまったく異質な印象を受ける。美しいが不気味で恐ろしささえ感じる。そしてこの曲の中にこそ、カルメンの本質を知る何か重大なヒントが隠されているように思う。

(第4幕で、闘牛場にやってきたホセが最後にカルメンを説得しようとするシーンで、この旋律に似た不安定な上昇系の音をヴァイオリンが静かに重ねている。)


カルメン…死の運命を背負った存在

ではカルメンが「死」を意識し、その逃れられない「運命」を感じはじめたのは、いったいいつ頃からなのだろうか?

ジプシーの旅生活の中でホセとしっくりいかず、しかしホセの性格から、このままだと私はいつか彼に殺されるのではないか、という危機感を抱くようになった…という解釈ももちろんできるだろう。

しかし私は、このトランプ占いの場面でカルメンが独り言のように歌う歌詞は謎めいていて、もっと以前からカルメンに忍び寄る「運命」のようなものを感じるのである。物語の原作者にはもはやたしかめるすべもないが…。

カルメンがいったいどんな星のもとに生まれ、どういう育ち方をしたのか、カルメンの両親は?…といったことは、劇中にははっきりとは描かれていない。

ただ、たった一か所、第一幕で調書を作っているホセに話しかけ「あなたはどこの生まれ?私はエッチャラールの生まれよ。幼い頃ジプシーにさらわれたの」と歌うところがある(=「セギディリア」のひとつ前の曲)。

いずれにしても第一幕にカルメンが登場するよりもはるか以前の幼少の頃から(もしかすると前世からの因縁も含めて)、持って生まれた「死の運命」のようなものがあるように思えてならないのである。そして、カルメン自身もそのことには気づいて生きてきた。

だからその裏返しとして、生きている今この瞬間を自由奔放に、楽しく、情熱的に恋をして…という生き方を身につけ、そういうキャラクターを形成してきたのではないかと…。そう考えると、すべてつじつまが合い、すべての謎が解けるのである。


そういえば「ハバネラ」にも…

カルメンが登場して最初に歌う「ハバネラ」にいま一度目を向けてみると…

カルメンがソロで歌い始める部分は悲劇のテーマと同じ短調だが、それを追いかけるように女工さんたちの歌が入ってくるところからは、タンブリンも加わって明るい長調に変わっている。
やはりカルメンには他の女性たちとは根本的に異なる運命的な暗さが伴って独特の妖艶さを醸し出しているように思えてくる。

ちなみに、調(=音の高さ)を見てみると…、
「ハバネラ」の前半(=カルメンがソロで歌う部分)はDモール(ニ短調)。そして、前奏曲の後半で最初に呈示される「悲劇のテーマ」も、♯や♭の数で調が特定されるような記譜にはなっていないものの、出だしの部分は明らかにDモール(ニ短調)の響きである。

…これは単なる偶然なのだろうか?

ふと明け方近くの夢でそんなことを閃いて、起き出してスコアをめくってそのことを確かめた時、全身になにか寒いものが走った。
私はよく風邪で寝込んでいて熱が下がりかけたころに、音楽に関して何かひっかかっていたことに関する大切なヒントを夢から頂くことがある(笑)。

そこで得た私なりの結論は…

カルメンが初めてホセに近づいて花を投げつけるシーンのように、「悲劇のテーマ」がゆったりしたテンポで忍び寄るように流れるときは、物語としての“悲劇の暗示”で、カルメンの登場や動作に合わせて速いテンポで現れるときは、死の運命を背負って生きる“カルメン自身のモチーフ”なのではないか…と。


運命の足音

私が担当した楽器の話で恐縮だが、トランプ占いでカードをめくって死の暗示が出てから、独り言のようにカルメンが歌い始める前に数小節ほど、ティンパニが「鼓動」のようにリズムを刻むところが出てくる。
「鼓動」と書いたが、それは下振りの若い指揮者がそう表現されたのである。

その若い指揮者には申し訳ないが(笑)、私としてはあれは「鼓動」ではなく、むしろ「運命が近づいてくる足音」として捕えた方がいいと思っている。

実はティンパニが似たような役割で静かにリズムを刻む場面がもう一か所、「第4幕」にもあるのだ。
闘牛場でホセがカルメンに最後の説得を試みるものの、カルメンには戻る意思が全くないと知り、絶望の淵に立たされる、あの場面である。
リズムの形は違うものの、静かに刻まれるティンパニが劇中に果たしている役割としては非常に近いのではないかと思っている。

私は幸いまだ人を殺したことはないが、これから人を、それも自分の愛している大切な人を他人の手に渡すことができない究極の選択として殺そうという時に、あのように落ち着いた「鼓動」が刻まれるものだろうか?

第3幕のトランプ占いの中間部も、第4幕のホセの最後の説得のシーンでも、私は「運命が近づいてくる足音」をイメージして叩いた方がしっくりといき、説得力のある音が出せるような気がするのだが…

では次に、「カルメン」の意外な「脇役」にスポットを当ててみると…

( ↓「カルメン探訪(2)」へつづく 

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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