続・発想の転換へ!

弱い者にやさしくない「平等」

以前「豊かさとは…?」の中で、強い者はますます優遇され、弱い者からはさらにむしり取られる、まるでトランプゲームの「大貧民」のような構造、と書きました。

今の消費税もまさにそういう性質を秘めていると思います。

消費税は一見、モノを買う・サービスを受ける者が平等に負担している税のように見えますが、「納税義務者」は消費者ひとりひとりではなく、あくまで「事業主」(一定以上の年商のある事業主)なのです。
ただその消費税分を商品の代金に上乗せして、モノやサービスを受ける人(=消費者)にも負担をしてもらってもよい、いわゆる「間接税」なのです。

かつて「大型間接税の導入はしません」と公約していた自民党が、竹下内閣の時に復活させ、反対する野党を締め出した中で強行採決をやって強引に通し、89年4月から導入したのです。

その当初から、生活必需品には税率を低く抑えるかかけないなどの配慮をしてはどうか、納税義務のある事業主とそうでない事業主をどう判別するか、実質的な便乗値上げにならないように…など、細やかな見直しは今後必要だと“約束”されていたはずです。

なのに、それら問題点の見直しは置き去りのまま、税率を上げる議論ばかりが顔を出してきます。しかも自民党政権の時には消費税値上げに猛反対していた民主党の方たちの口から平然と…



消費税が導入される前は「物品税」というものがありました。車やお酒などいわゆる“ぜいたく品”とみなされるものには今の消費税率よりも高い10%という税がかけられていたのです。
また劇場に入るには「入場税」、温泉に入るには「入湯税」などもありました。それらはいわば生活に必要不可欠なものではない“贅沢なもの”とみなされ、それに対して課税されていたのです。

ただ、たとえばグランドピアノを銀座の高級クラブが購入するような場合は、当然ながら“ぜいたく品”として物品税の対象となりますが、音楽を勉強している学生さんにとっては“ぜいたく品”ではなく“必需品”として「免税価格」で買うことができたのです。

ところが消費税が導入されてからは、一律にすべての人から取られるようになりました。
ピアノに限らず、伝統工芸を守ろうと努力されている方が染料などの材料を買う場合にも一律に消費税がかかるのです。

“経済的弱者”という言い方は好きではありませんが、弱い立場の人にとって決して優しくないですね。

また消費税の仕組みは、事業主に本当に一定以上の年商があって消費税を国に納めているかどうかを一般の消費者から確かめることはなかなかできません。
「消費税分は払いません」などと言ったらおそらく商品を売ってくれないでしょう。
ある商店から買い物をしたレシートを1年間とっておいて、年度終わりにその商店主に「消費税を納めたんですか?納税証明書を見せてください」と言うこともできるでしょうが、その店との仲は険悪になるでしょうね(笑)。

それにどの事業主も、仮に一定の年商に至っていなくても(消費税の納税義務がなくても)「仕入れにも消費税がかかっているから」を理由に当然のごとく消費税分を上乗せしてきます。「消費税」という表示を表には出さないで実質的に値上げしてでも、決して損をしない料金を設定するはずです。

つまり個人の消費者(=弱い立場)は言われるままでどうすることもできず、事業主(=強い立場)にとって有利な制度なのです。

さらにその事業主も、大きな企業ほど1年間に「預かって」おける消費税も大きくなります。仮に年商(単純に売上と見て)10億円の会社だったら、年間に納める消費税は5000万円になります。1つ1つの商品の代金に上乗せされて入って来る消費税分を1年間「預かって」おけるのです。
「その預かってるお金を他の目的に使ってはいけない」などという規制はありませんから、預金して利子を受け取ってもよし、設備投資に回してもいいのです。いわば無利子・無担保で5000万円を国から融資されているのと同じことではないでしょうか? 個人や小さな事業主さんだったら無利子・無担保でそんな高額の融資を受けられるでしょうか?

一見「平等」に見える消費税ですが、個々の消費者よりも事業主、その中でも売上の大きい事業主ほど…と強い立場ほど有利な仕組みなのです。

カナダなどもそれなりに税金は複合的にかけられていて高いですが、旅行者が買い物をして払った税金分については、出国する時にレシートを提出すれば還付されました。今の日本の消費税にはそのようなきめ細やかなやさしさ・配慮はありますか?

弱い者に配慮しないで、ただ一律に取るだけの大ざっぱな制度をつくり、結果的に弱い立場は不利になっている…これでは本当の意味での「平等」とはいえないでしょう。
税率を上げることだけを議論をする前に、竹下内閣が強引に通した消費税の矛盾点・弱い者にやさしくない部分をもっときめ細かく見直す必要があるはずです。


◆何がなんでも使い切る…「特別会計」の莫大な無駄遣い

さて、国に納めた税金の一部は地方へもまわっていきます。道路をつくる・ダムをつくる・学校をつくる…でも地方では予算が足りない…といった陳情を競って出して国からの補助金をもらいます。

でもそれらのお金のほとんどは「特別会計」。申請した目的以外に回すことはできず、余らせたら翌年以降お金がもらえなくなるので、何がなんでも使い切るしかありません。
たとえその計画がもう時代にそぐわないものであっても、あるいは予定していたより安く上がることが分かっても、とにかく使い切る。

われわれが家計の中で、何か必要なものを買う心づもりで1万円札を封筒に入れておいたとして、もしそれが必要でなくなってもその1万円をなんとか使い切ろうとしますか?
あるいは残さず使い切らないと次のお小遣いがもらえないからと、とお釣りをすべて使い切ってくるでしょうか?
そういうバカな仕組みを国はやっているのです。だから年度末になるとなんでもない場所で道路を掘り返す“工事”が増えるのです。



さて、地方が行う大規模な土木・建設の予算の多くは、大手のゼネコン(東京や大阪に本社をもつ企業)のふところに入り、地元にどれだけ還元されるでしょう?
それでも「道路ができて便利になれば都会から人が来てくれるだろう」と期待したはずが、実際にできてみたら若者が都会に出て行ってしまうのに便利になった、なんていう皮肉な結果にも…

消費税を強引に導入した竹下内閣は「ふるさと創生」と称してすべての自治体に1億円ずつ配りましたね。
でもあれもいわば「特別会計」のようなもの。他の予算に組み入れて使ったり、一部を次年度に残して他のことに使うことは認められませんでした。
記念館のようなものを造るには1億円では足りない。かといってイベントや記念品購入には余ってしまう。1千万の予算でイベントを10年間続ける、という使い方もだめ…。
なんとも使いように困る一方的な“ばらまき”にも思えました。絵画を購入したり金塊を買った自治体もあったようですが、その後どうなってるんでしょうね(笑)。


税金の納め方・使われ方への関心を!

われわれ国民も、税金についてもっと関心をもってもいいと思います。

でも今のような政治や社会の構造では「怒ってもどうしようもない」、「自分の目先のことだけでいっぱいいっぱいで社会全体のことを考える余裕などない」のでしょうか…?

政治家が不正なことをやったり公約を破れば皆さん一応怒りますが、それがきちんとした発言・行動となって反映されるまでにはなかなか至りません。
政治家にとってこんなに甘くて都合のよい国はないと言ってもいいかもしれませんね(笑)。

ここでも発想の転換が必要のようです。それは、「否応なく取られる税金から、自分の意思で納める税金へ!」ということです。



われわれが働いて稼いだお金から年金や保険料などを引いた額(課税対象額=所得)に対して、まず10%の所得税を取られます。これは国に納めるものです。その他に地方税(住民税)を納めていますが、これは1年前の所得に応じて計算されます。

自由業の人などにギャラを支払う場合、あらかじめ国に納める「所得税」の1割分を差し引いて(=源泉徴収して)支払います。ですから仮に手取りで5万円のギャラで交渉していたら「5ならび」、つまり55555円支払うようにすると源泉徴収後の手取りがちょうど5万円になるのです。

サラリーマンでも給与明細を見れば、所得の1割が所得税として引かれていることが分かりますが、あまりまじまじと見たくないでしょうね(笑)。サラリーマンの場合は手取りの額で契約してませんから、決められた給与の額から“税金が引かれる”という感覚がどうしても強いと思います。
明細をよくよく見てしまうと「本当はこんなにもらってるはずなのに…」とみじめな気持になってきます。その上、税金の無駄遣いに関する話や不正事件などをニュースで見ると腹が立ってきます。
だから「明細は見ないことにしている」と…私自身もそうですから(苦笑)


地方のための新しい税金のしくみを!

かつて小泉首相は「改革」という美しい言葉を盛んに発しておられた中で、「地方交付税を大幅に見直す」とも力説されていましたが、具体的にどんな構想をお持ちだったんでしょうか…?

じつは私に、ちょっと大胆な提案があります!

それは、“否応なく取られている所得税”をたとえば10口に分け、仮に7口(=所得の7%)は今まで通り国に納めるとしても、残る3口(=所得の3%)は自分の好きな自治体に納める、という制度です。

自治体と言っても、市区町村単位で考えたら事務的にも大変でしょうから、とりあえず都道府県単位でいいと思います。

「私は北海道が好きでよく旅行に行くから、働いたお金から北海道に1口税金を払いましょう」、あるいは「私は○○県出身で、今はもうそこには住民票がないけど、働いて納める税金の一部を“故郷”に役立ててもらいたい」、「なにかと頑張ってる宮崎県に私は納めたい!」…etc.

3口まとめて一か所に納めてもよし、1口ずつ3か所に納めてもいい。ひとりひとりの意志で年度ごとにどこに納めるかを決めて払えるようにするのです。とくにそういう希望がない人は、自分の住んでいる自治体に(住民税に上乗せして)払ってもよし、今まで通り10口すべてを国に納めてもいい。

僅かながらもそういう“選択肢”ができることによって、地方の行政も、税金を納める個人の意識も変わっていくはずです。

地方が補助金の獲得・税金の無駄使いに奔走したり、学校や企業を誘致して人を増やそう・税収を増やそうと躍起にならなくても、それぞれの地方が東京や大阪などの大都市にはない自然・歴史・文化を生かした魅力ある地域づくりをすすめていけば、都会で働く人が振り向いてくれて、税金を納めてくれる…まさに「自分にかえった地域づくり」をして都会の人にスポンサーになっていただく、という構造ができていくでしょう。

そうして集まったお金は、道路やダムを造るような特定の目的にしか使えない「特別会計」ではなく、「一般会計」としてその自治体の判断で自由に使えるように。もちろん福祉・文化・教育などに使ってもいいのです。

自然環境を守るために、あるいは文化芸術を育てるために、地元で地道なボランティア活動をしている人たちが、必ずしもすべて身銭を切って頑張らなくても、必要最低限の生活保証ぐらいはしてもらえる、というお金の使い方があってもいいと思います。



税金を納める側にとっては、1年間その地方に税金を払うことで、自分が納めた税金がその地方でどういう使われ方をしているかにも当然ながら関心が出てくるはずです。

「いいことをやっているな、もっと応援しよう!」という気持になれば翌年も、さらに1口増やしてもいい。ダメだったら他の自治体に目を向ける。
少なくとも1年間は、一喜一憂のマネーゲームではなく、本当の意味で地方に「投資」する感覚が生まれてくるのではないでしょうか?

都道府県ごとに“ふるさと通信”のようなものが定期的に発行され、地域のイベントやニュースも織り交ぜながら、年度内の会計報告をしていくのです。
毎年税金を納めてくれている都会の納税者には、ふるさとの産品をプレゼントしたり、旅行で訪ねてくれたら割引で宿泊できるクーポンなどを発行したり…
都道府県ごとにユニークな企画を考えて、都会で働く人たちにアピールするようになるでしょう。

それによって、これまではとかく<東京→地方>に偏りがちだった情報の流れも変わり、<地方→全国へ>という情報の流れができてくるでしょう。結果として地域間の情報交流も盛んになっていくはずです。
これこそまさに地方からの情報発信であり、「地方の時代」の本来あるべき姿ではないでしょうか?

個人も地方都市も“自分自身”に立ち返り、魅力を発見して磨いていく…本当の「豊かさ」にも通じる発想へと変わっていくのではないでしょうか?

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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