「プレミアムフライデー」に想う

2017.2月24日(金)

「プレミアムフライデー」がスタートしました。
働くみなさんはどう受け止めてますか?

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過労死=KAROUSHIが国際語になるなんて情けない…
ブラック企業の犠牲になって若い命を絶つ…なんと悲しいことでしょうか。
そんな中、ようやく国も重い腰を上げて「働き方改革」に乗り出しました。あまりにも遅いとも言えますが「なんとかしよう」と。少なくともその大前提は評価します。

しかし、具体的なルールを国(政府)と経団連が相談して一律に決め、決まったから「さあ、やりましょう」ということなのでしょうか…?
サービス業、医療関係、交通関係、放送関係…いくら国に旗を振られても、「はい、今日はプレミアムフライデーです、15時で上がります」なんてできませんよね(笑)。

公務員や大企業など、仕事面でもお金の面でも余裕のある人は、金曜日はさっさと仕事を切り上げて、お金をどんどん使いましょう…という「消費拡大のキャンペーン」のように見えなくもありません。

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ワークバランスということ

私は大学を出て社会人となった20代のころからずっと思っていたことが大きく2つあります。

(1)「5時です、はいさようなら」で終わる仕事なんてつまらない

民間の小さな研究所で「まちづくり」の仕事をしていたころ、その後、放送関係の裏方の仕事に転じてからも、仕事にはそれなりに使命感・責任・やりがいがあってしかるべき。5時ぴったりになったらスイッチOFFなんてありえない、と。

しかしその一方で…

(2)会社だけがすべての人生なんて冗談じゃない!

仕事以外の自分の世界、文化活動、さまざまな世界に触れて見識を深めること、大いに遊んで発想力を養うこと…「会社の仕事」だけに閉じこもっていてはいけない、人生にとって大切なことは他にあるでしょう、と。
『仕事だからしょうがない』というセリフが多すぎませんか?」という記事を以前つづったこともありました。


この(1)と(2)は矛盾するように見えるかもしれませんが、仕事はしっかりやるときはやる、でも休む時はしっかり休む、要はメリハリなんですね。

翌日までに企画書をまとめなくてはいけないときは終電まで頑張る、徹夜もある。そういう時もある。
しかし、優先的な仕事が一段落して余裕のある時は外に出る。昼休みをゆっくり取ったり、まだ空の明るいうちに退勤してコンサート会場へ、平日に休みが取れたら特急列車にのって小さな旅へ…ほんのちょっといつもと違う行動をするだけで、とっても豊かな気持ちになれます。

それは、各自の仕事の段取りによって自己管理でやるべきことであって、一律に会社・組織、ましてや国から「はい、この日は休みましょう」なんて言われてやることではありません!


決められて与えられることが多すぎるニッポン

ところで、有給休暇に関する国際比較をデータで検索してみました。
このようなデータはこれまでにもいろいろと見たことがあります。


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日本では、有給休暇として与えられているのは10日ちょっと、しかもそれを半分も取得していない…そこだけを見ると、まさに日本は「働きすぎ」「休まない国民」ということになりますね。

しかし私はこの手の比較表を見るたびに思うのですが、日本にはカレンダーの赤い数字の日=「国民の祝日」が多いということです。それがこの表には反映していないのです。


1月…成人の日、2月…建国記念日、3月…春分の日、4月…昭和の日(旧天皇誕生日)、 5月…憲法記念日・みどりの日・こどもの日、6月…海の日、8月…山の日、9月…敬老の日・秋分の日、10月…体育の日、11月…文化の日・勤労感謝の日、12月…天皇誕生日。

2017年度のカレンダーで確認してみると年間の「国民の祝日」15日もあります。
さらに「年末年始」がだいたい5日、8月の「お盆」3日も加えると、年間で23日にもなります!

正社員の場合、タイムカード上にも「国民の祝日」は赤くマーキングされ、その日に出勤しなくても「欠勤」とはならず、月の給与も変わりません。いわば「強制的に与えられた有給休暇」と言えるでしょう。

お盆や年末年始は赤くマーキングされていなくても、たいていの会社・組織では「夏休み」と「年末年始」は通常の有給休暇とは別枠で設けられていますから、実質「有給」ですね。

ですから、上の表では日本がもっとも低いとされる「有給=10日ちょっと」の他に、「国民の祝日」「年末年始」「お盆休み」の23日を加えると、なんと35日になります!通常の土日とは別にです。
逆にこんなに「休む権利」だけは与えられている国は日本をおいて他にないでしょう。



そもそも、「〇〇の日」と称する「国民の祝日」がこんなに多くある国は他にあるでしょうか?
国にもよりますが、たいていは新年(ニューイヤー)とクリスマス、あとは「独立記念日」のようにその国にとって特別の祝いの日があるぐらい。

諸外国ではみな、プライベートな予定を各自で立てて、仕事をやりくりし、働く仲間とも休みをいつ取るかを調整しながら、しっかり自主的に休みを取っているのです。

とくに最近ドイツなどでは、定時に縛られることのない働き方や、職場内の調整によって男性でも育児のために堂々と休んだり、長期バカンスに出かけたり…ということがよりスムーズにできる社会になっている、という羨ましい限りの実態がテレビで紹介されていました。

それに対して日本は、年次ごとにいつでも各自が自由に取れる「有給休暇」は10日ちょっとで、「国民の祝日」として「みんな休みましょう」と決められている有給休暇がその倍以上ある、ということなんです。

*信号機が増えすぎると、赤信号を掲げられないと止まらない車が増える。状況判断や危険予測による自主的な徐行・停止をしなくなる…「命令されたことしかやらない・できない」…そんな心理とも重なってしまいます。


みんなと一緒じゃなく

私も長年、世間が祝日だからといって必ずしも休めるわけではない職種に携わってきましたから、祝日でも出勤しなくてはならないのはいわば当たり前。

それに、大型連休はどこに行っても混んでますから、そんなときにわざわざ一緒に動かず、混雑する新幹線や成田空港の様子をニュースで傍観してきた側です。

その代わり、祝日に出勤せざるを得ない場合は、しっかり振休(前後1週間)または代休(2か月以内)を取るよう、自己管理でやってきました。とくに私の場合、音楽活動を続けていたので、とくに予定のない休日出勤は拒みませんが、本番当日は確実に休めるように前もってあの手この手を使ってきました。

ただ、家族とともにどこかへ出かけるとなると、パートナーとも休みを合わせる、さらに子どもが学校に通うようになると、子どもの夏・冬・春の休みの間で休みを取る…という調整は必要になりますね。


<反論をふまえて>

「とはいっても、お盆の時期に帰省しないと、法事もできないし、離れ離れの親戚とも会えないし…」

はい、日本らしいごもっともなご意見ですね。
しかし、たとえば大晦日の除夜の鐘みたいに全国一斉にやるような法事が8月のお盆にありますか?むしろ各地のお寺さんもその時期に集中して大変(=少し分散してくれたら楽)というのが正直な声。
それに、帰省するのは法事のためというよりも、おじいちゃん・おばあちゃんと孫たちの再会、実家でのんびり過ごす、子どもたちはカブトムシを捕まえたり海で遊んだり、自然と触れ合う…という人が大半ではないでしょうか?

だったら、ご先祖様の命日に合わせて親戚の人たちが示し合わせて一緒の時期に休みを取って帰省し、みなで顔を合わせることも可能ですよね。なにも8月の第2週に通勤ラッシュ並みの新幹線や大渋滞の高速道路に集中して大移動しなくても…

後述のこととも関連しますが、むしろ会社・組織が「その時期でないと休めない」ところに問題があるのではないでしょうか?


◆休みを増やす=「商売=経済効果」?

大型連休・お盆・年末年始の時期は、新幹線も飛行機もふだんより高い値段になりますね。
これ、私も長年納得できないシステムです。ふだんよりも混雑していて、同じ自由席特急券を買っても座れない可能性だってあるんですよ。ただでさえ混雑して儲かってるときに、ふだんより高い値段にするんでしょう!?

一事が万事、みんなが休む=みんながどこかへ出かけてお金を使ってくれる…さあ商売だ、という図式が色濃くあるのです。

観光地も、滝や湖の美しい風景を眺めるのに、ちょっと車を駐めたい…そのたびに何百円かずつ取られますね。
自然のままの美しい湖を眺めてしばしたたずみたいのに、そこには白鳥の観光船が行き来し、土産物屋さんからのスピーカーの音声が…
どっちを向いても「商売」なんです。

以前旅したカナダの国立公園などでは、景観のすばらしいポイントには案内表示があり、車を止めるにもお金は取られません。国立公園内の高速道路も無料です。
ステンレスのレリーフ板に、その地域で見られる動植物の姿や名前を刻んだもの、山の標高を示すものなどのサインはありますが、余計なものは一切ありません。ゴミはみんなが持ち帰るのが常識ですから、くずかごもありません。
何か食べものを提供してくれるお店とトイレは必要ですが、商魂たくましいごちゃごちゃしたものはいらないんです。

日本列島津々浦々、すべての自治体が「観光地」になって人がたくさん来てくれることを望んでいます。
どこかを掘ったら温泉がわき出した、ドラマの舞台になった…となると大騒ぎして「観光客の誘致」「地域の活性化」という言葉で沸きかえります。

今回の「プレミアムフライデー」も、すでに「商売のチャンス」として色めきだつ業界も続々と現れているようです。この構想を進めてきたのは「政府」「経団連」ですから、妙に納得してしまいます(笑)。

とにかく、すべてが「商売=経済効果」という価値観なんですね、ニッポンって。


◆本当の意味での「働き方の見直し」を!

プレミアムフライデーとならんで、残業時間に上限を設け、違反した企業には罰則を与える、ということも検討されています。

いくら言ってもなくならないブラック企業、過労死、自殺…etc.
これを国としても放置しておけないことはよくわかります。

しかし、刑法で定める「犯罪」のように、国が一律に決めてできる性質のものではありません。あくまで個々の職場のしくみの問題だと私は思います。



以前からあった「ノー残業デイ」もそうですが、たまたま「その日」にどうしても対応しなくてはいけない仕事がある人はどうするんですか!? 

私のかつていた職場でも「ノー残業デイ」制度はできましたが、各人が担当する仕事(番組)の収録などスケジュールを見て「私は何曜日をノー残業デイにします」と定め、それでもその曜日にどうしても外せない仕事が入ったときは、週のうちで代わりにどこかをノー残業にする、という対応をしてきました。

私もかつて組合の執行部を経験しましたが、労使で「残業を減らそう」といくら協議しても、働く個人が本当に効率よく仕事を終えて、本気で休みたいと思うかどうか、にかかってるんだと実感しました。

冒頭の「仕事だからしょうがない」というセリフが多すぎるんです。会社は会社で、仕事熱心な社員に甘えている。働く側も「仕事なんだから(=残業代もつくし)」という甘えがあるんです。その甘えの相互依存を断ち切らないかぎり、本当に残業を減らすことはできません。

要は、働く現場をどう管理するか、という問題なのです。キャンペーンのように「ノー残業デイ」「プレミアムフライデイ」を一律に定めたり、守れなかったら罰則規定を設ける…といったことを国が決める前に、もっと根本的に見直すべきことがあると思うのです。

最後に私なりに思いつく範囲で、大原則を3点ほどまとめておきましょう。


(1)企業・組織の「効率主義」を見直す

5人でやってきた仕事を3人で、2人でやってきた仕事を1人で…と「効率化」を企業・組織はすすめてきました。企業の論理、経営の論理、ひいては経済最優先の論理です。

その結果、「休めない環境」を作ってきて、身体的・精神的な負担を増加させてきました。観光バスの運転手のいねむり事故の背景にも、そうした企業の効率主義があったことは否定できません。
多少効率は落ちても、安全第一、ゆとりある働き方を第一に、という方向へと修正しなくてはいけません。

(2)要員の確保でワークシェアリング

人の命にかかわる仕事をはじめ24時間待ったなしの職種もあります。救急外来を受け付ける病院などがその代表ですが、医師や看護師も3交代勤務で無理なく働ける環境ばかりではないようです。
働く一人一人に負担がかからないように余裕ある要員を確保し、無理のないシフトを組む。ちゃんと人を雇って仕事を分かち合う(=ワークシェアリング)発想が必要です。

だれも病気で倒れない、欠員が出ないことを前提に、最小限の人件費で回すことを追求してきた結果、いくら制度としての「休む権利」はあっても、実際なかなか休めない環境をつくってきたのです。
働きたくても仕事がない人、休みたくても休めない人…その格差をなくすためにも、企業は効率よりも「人」を重視すべきです。

(3)過剰なサービスの見直し

24時間対応のコンビニや、宅配業など、いつでもどんなことでも対応してくれるのが当たり前、というサービス業の過度な競争も問題ではないでしょうか?
役所のように「はい、5時になりました、さようなら、がらがらがら…」とはいかない仕事もあるでしょうが、あまりにも時間外に無理な要求をされても「ご無理ごもっとも」で対応するのが当たり前、やれば売り上げにつながるし、そうしなければ他との競争に勝ち残れないから…と、あまりにもサービス労働に対して過度な期待が寄せられ、企業の寡頭競争を激化させてきた結果ではないでしょうか?

(4)仕事から解放された時間をどう使うか?

仕事を早く終わる=会社から追い出される=行き場所・やることがない…で、結局飲みに行く…という人もけっこう多いんじゃないでしょうかね? あとは買い物、ちょっとリッチにナイトクルージング、金曜夕方~土日に旅行…etc.?
まあ、経団連が旗振り役ですから、そういった「消費拡大」が狙いなんでしょうけど…。

同じお金を使うのでも、コンサート・観劇・スポーツなど自分の好きな世界のある人、セミナーなどへの参加で何かを学んで自己研鑽を…と考える人、あるいはお金を使わない時間の過ごし方、たとえば自然とふれあう・子どもとの時間を大切にしている人は、逆にこんな「プレミアム〇〇」なんてなくても、今でも時間を上手にやりくりしてすでに何かやってると思います。
要は、「会社」以外の時間の使い方=「生き方」の問題でしょう。



いずれにしても、この「キャンペーン」をひとつのきっかけに、働く側も、組織・企業も、サービスを受ける側(=客)も、「人としての原点」→「豊かさとは何か?」をあらためて見つめ直せたらいいな、と私は思います。

<参考>

以前のblog記事 → 「仕事だからしょうがない」が多すぎませんか?(2013年6月)


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No title

やはり記事が長くなりすぎるのでここには書かなかったことの一つに「半日休暇制度」があります。
かつて、私のいた職場で「フレックス制」が導入されました。必ずしも毎日「定時」に出勤して「定時」までいなくてもよく、コアタイムは最低限いなくてはいけないが、出勤・退勤の時間は各自に任せ、月ごとにトータル労働時間で計算する、というやつです。


経営側も組合員も、このフレックスタイム制度ができたのだから、以前から要求してきた「半日休暇制度」なんて不要でしょう、という意識しかありませんでした。
実際の現場の状況をちゃんと考えてないとそうなるのです。

たとえば、家族の入院とか区役所への用事で、どうしても午前中にプライベート時間を確保したいときに、フレックスタイム制度だと、1日の就労時間に満たないので2時間とか3時間が「マイナス」計算になってしまうんです。

一方、もしその日を丸ごと「有給」扱いにして休んでしまえばマイナスはつきません。有給を1日消化したことになるのです。

仕事は仕事でやらなくてはいけないから、病院や区役所に寄った後、お昼もろくに食べずに出勤して半日一生懸命働いた人が「マイナス」で、丸1日休んだ人には「マイナス」がつかない…不条理だと思いませんか?


そこにもし「半日休暇制度」があれば、本来の出勤時刻から退勤時刻までを半分で割って、その時間までは「休暇」となるのです。

ただでさえなかなか消化しきれない有給休暇。1日丸ごとは休めないけど、個人的な都合に応じて半日ずつでも取得できれば、有給の消化を促すうえでも、仕事とプライベートを両立させるうえでも有効なんです。

私が組合の執行部の時に2年越しでこれを主張し、その2年後にようやく実現したのですが、こういう現場の事情、働き方を分かった上で、それに即した制度にしていかないと意味がないのです。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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