純正律と平均律

◆ピタゴラス音律

ピタゴラス先生が発見したもっとも心地よく響く5度の響き。
今日の科学でとらえる音の周波数で言うと、ある音と完全5度の音との比率は2:3。真ん中の「A(ラ)=440Hz」から完全5度上は「E(ミ)=660Hz」です。

真ん中の「ラ」から5度上の音、そこからまた5度上の音…
「ある音の周波数÷2×3」と電卓をたたいて、2:3の関係で5度上の音の周波数を求めながら12音を重ねてみました。

ピタゴラス音律計算表ペイント

5度上・5度上…と書いていくとすぐに五線を飛び出しますし、音もどんどん高くなってやがて高周波になって聞こえなくなってしまうので(笑)、ある程度高くなったところで2オクターブ下げ、そこからまた上に5度…と並べました。
オクターブは1:2の比率ですから、2オクターブ下の同じ音は4分の1の周波数として計算してあります。

すると、12回目に出てくる「高いラ」は…

オクターブならば本来1:2の関係、つまり「真ん中のラ=440」なら「上のラ=880」にならなくてはいけませんが「892.01」、かなり高めの「ラ」になってしまっています。

ピタゴラス音律では、オクターブが1:2にピタ~っとはならないのです!


◆5度時計は 12音誕生の図 だが…

これまで何度となく紹介してきた「5度時計」
もっともシンプルな見方は、ある音から 5度上の音、そのまた5度上の音…と取っていくと「12回目で元の音に戻ってくる」ということでした。つまり12音誕生の図です。


5度時計(改右回り)


転生輪廻のように12回目で元の音に戻ることを示していて、調性として#や♭がついていく関係を説明するのに用いたり、ある音を中心に左(=5度下)がサブドミナント・右(=5度上)がドミナント・真ん中がトニック…という関係が見えたり、対角線にあるのは代理コードだったり…、いろいろな見方ができて面白いのですが、厳密な「音律」まではこの図で表せません。

噓をついてだますつもりはなかったのですが、完全5度の積み重ねで12回目に戻ってくる音は、厳密には「元の音」ではなかったのです。


ここで、現代の平均律の音律表と比較してさっさと終わってもよいのですが…(笑)

オクターブの響きはきっちり取りつつ5度の関係も美しく合わせるにはどうしたらよいのだろうか?…長いジレンマの歴史がはじまるのです。人々はどうやって音を並べてきたのでしょうか?
いにしえの「純正律」の音にちょっと思いをはせたいと思います。


◆純正律とは?

純正律については難しく、音楽学者など専門的な方の書かれた文章はとても難解です。誤解を恐れたら何も書けません。でもそれでは一般の方にはますます分からない世界のままでしょう。
例によって私流に分かりやすく…

純正律とは、理想的な5度だけを基準にするのではなく、3和音を使ってある調(しらべ)の7音を取っていく方法、とごく大雑把にとらえておきましょう。

たとえば、「ドミソ」というとても有名な明るい3和音がありますね。
下のド(=根音)から長3度上に「ミ」、その上に完全5度の「ソ」が重なった和音です。
長3度は4:5の比率、完全5度は2:3の比率、つまり4:5:6の関係で団子3兄弟が重なっているのが明るい長3和音なのです。

1.「ド」を基準に3度上の「ミ」と5度上の「ソ」を決めます(=ドミソ)。
2.次に「ソ」を基準に「シ」「レ」を決めます(=ソシレ)。
3.そして「ド」の5度下の「ファ」、3度上の「ラ」を決めます(=ファラド)。

これでハ長調の7音が決まります。
ここでも「ドミソ」、「ソシレ」、「ファラド」という3つの明るい3和音がいかに重要かが分かりますね。

5度の関係だけで12回やらなくても、3和音を基準にすると少ない回数である調の基本7音は決まるのです。重ねる回数が少ない方が、歪みも出にくいはずです。

5度だけでなく長3度の関係も見ながら、ある調(しらべ)で用いる7音を取っていく調律方法、それを「純正律」と言っておきましょう(←純正律の厳密な定義としてではなく、あくまでとらえ方・イメージとして)。

ただし、「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」に関しては美しい響きですが、ハ長調の2番目のコードである「レファラ」、あるいは平行調であるイ短調の「ラドミ」といった短3和音(マイナーコード)はとても汚い響きになってしまいます。「レファラ」の「レ」は「ソシレ」の「レ」ではない、「ファラド」の「ラ」は「ラドミ」の「ラ」ではない…こういうことが起きてくるのです。

要は、ある部分は理想的な3度・5度でも、違う部分では歪みが出てしまう、それが純正律です。「純正=美しく響きあう理想の関係の音程」という一面だけでは語れないのです。



この「音についてアラカルト」というカテゴリーで、ひとつ前に「調性」について書きましたが、中世においては、まだ「調性」よりも「モード」が中心でした。

中世の6つの教会旋法(チャーチモード)の話もこれまでに何度となく触れてますが、7つの音を音階として並べると、半音の関係が途中2か所に入ります。それがどの位置に来るかによって、調(しらべ)全体の雰囲気(=モード)が変わります。

「モード」で音楽を奏でていた中世においては、いま奏でたい7音の調(しらべ)がもっとも美しく聞こえるように音を並べていたはずです。


◆弦楽器に純正律のルーツをみる

今日オーケストラで使われるヴァイオリン、ビオラ、チェロといった弦楽器は、4本の弦を完全5度で調弦します。ヴァイオリンは「ソレラミ」、ビオラは「ドソレラ」、チェロはその1オクターブ下の「ドソレラ」。

コントラバスだけは4度上(=5度下)に向かって「ミラレソ」と調弦します。チェロの1オクターブ下に合わせることもあるようですが、一般的には「ミラレソ」。ヴァイオリンとは逆、だから「コントラ~(=反対の)」なんですね。 
(→ 「コントラ~」重低音はお好き? )

いずれにしても弦楽器は今でもピタゴラス音律を基本に調弦する楽器なんです。

それら弦楽器の黒く伸びた指板(しばん)という部分には、ギターやマンドリンのようなフレットがありません。奏者の感覚だけで指板上の弦を押さえて、振動する弦の長さを決めて音を取ります。

ヴァイオリン指板

指の微妙な位置や押さえ方で音を微妙に高めに取ったり低めに取ったりできる楽器。自ら音を作る楽器=作音楽器です。

4本の解放弦はピタゴラス音律で合わせ、それ以外の音は、いま奏でている調(しらべ)にもっとも美しく鳴る音を作っていく…そういう楽器なんです。

ここに純正律の音楽のルーツを見るような気がします。


◆鍵盤楽器の誕生

シンプルな竪琴や弦楽器の仲間から、やがて鍵盤楽器が誕生します。
竪琴を横に寝かせて、竹などのバチでたたいて演奏する楽器の仲間がその原型です。
地中海周辺のハンマーダルシマ、サントゥール、ハンガリーのツィンバロン(チェンバロ)などです。

ハンマーダルシマ
ハンマーダルシマ

ツィンバロン
ツィンバロン

やがてそこに、弦をはじく爪と鍵盤装置を備えたものが誕生します。フランス語ではハープシコード、イタリア語では「clavicembalo(クラヴィチェンバロ)=鍵盤のついたチェンバロ(=チェンバロに鍵盤をつけたもの)」。

クラヴィーチェンバロ
クラヴィチェンバロ、ハープシコード

そして、弦をはじくのではなく、ハンマーでたたく楽器が誕生したのが、今からおよそ300年前です。「ハンマークラビーア」と呼ばれるもので、これが今日のピアノの原型ですね。「ピアノフォルテ」、鍵盤を打つ強さによって弱い音から強い音まで出せる楽器…これが「ピアノ」の語源ですね。
(→ 鍵盤楽器とは?


これらの鍵盤楽器では、1オクターブ内に12音、白鍵と黒鍵(ハープシコードは今日とは色が逆でしたが)の配置ができていました。すべて並列ではなく、下段に並ぶのは7音、その間に5つの音、という形になったのも基本は7音階だったからだと思います。

さて、鍵盤楽器では奏でる調(しらべ)によってヴァイオリンのように理想的な音を取りながら演奏することはできません。あらかじめ12音を並べておかなくてはいけません。
その12音をどう調律しておいたら良いのか…?

ここからはとても複雑な話になりますが、いま奏でたい楽曲にもっとも理想的な形で調律する方法(=不均等調律法)があり、その中にもいくつもの種類があったようです。


◆さまざまな不均等調律法

これは調律師さんの研究資料からコピーをいただいたものですが、いま奏でようとする音楽(調)にとって重要な場所でなるべく純正な5度・3度を保つために、ある部分を優先した(=ほかを犠牲にして歪みを押しやった)調律方法がいくつかあった…私はそんな風に理解しています。

ヴェルクマイスター20170215
キルンベルガーー ゾルゲ

円の外側は5度の音との関係、内側の円は3度の関係を示し、黒く三角形に飛び出している箇所が「歪み」を表しているそうです。「歪み」というより、ピタゴラス音律(=理想的な5度)との差、と言った方が良いかもしれません。

ある場所を理想的な関係で合わせると、どこかに歪みが行く…という風に理解してください。私もそれ以上のことは正直分かりません。

ある調(しらべ)にちょうどよく調律し、そのまま別の調(しらべ)を演奏したら歪みを感じる箇所が生じてくるので、演奏ごとに調律を変えなくてはいけなかったはずです。曲の途中で転調するなどということは、それこそ「想定外」だったのでしょう。

この中に図はありませんが、「ミートーン」という調律方法があります。
それは、3度の関係を重視して、5度はすべてちょっと狭めに合わせる方法。5度を絶対視するのではなく、全体のバランスの中で5度を少しずつ犠牲にして歪みを分配…これが「平均律」の発想の原点ではないかと私は思います。


◆「平均律」の誕生

さて、長い時代を経て「平均律」というものが誕生します。
先ほどの調律師さんからいただいたコピーで「平均律」を見ると…

平均律

すべての5度にちょっとずつ歪みを分散させていることが判りますね。オクターブをきっちり1:2で合わせ、あとはすべての5度を少しずつ狭く取っていく…「歪み」をみんなで仲良く分かち合った、ある意味「妥協」の音律。

さてお待ちかね、その平均律の各音の周波数一覧です。
この記事の冒頭の「ピタゴラス音律」と比較してみてください。

平均律音律表


真中の「ラ」を「440」Hz(←442,443など色々ありますが、ここでは標準のきっちりした数字の440を基準)とすると、下の「ラ」はその半分の「220」、上の「ラ」は倍の「880」です。オクターブは1:2です。

そして、真ん中の「ラ」から5度上の「ミ」を見ると…

理想とする純正の5度では3:2で「660」なんですが、ここでは「659.26」、わずかに低い(狭い)ことが判ります。下の「ラ」から5度上の「ミ」もそうです。「ラ=220」に対して「ミ=330」になるはずですが、ここでは「329.63」、やはりちょっと低めです。
あまりカラーリングするとかえって煩雑になって見づらくなるので1か所だけ青でマーキングしましたが、他の箇所すべての音についてそうなのです。

よかったら「ある音の数値÷2×3」と電卓をたたいて、この表で5度上の音の数値と見比べてみてください。すべてにおいて、電卓の数値よりわずかに小さい値になっているはずです。
5度だけでなく3度の関係においても、どこかに歪みが偏ることなく全体に均等に分かち合われています。これが「平均律」なのです。


平均律はいつごろから?

さきほど、鍵盤楽器で「ハンマークラビーア」という今日のピアノの原型が誕生したのが今からおよそ300年前と書きました。まさにバロック時代、音楽の父・バッハの時代です。

中学生の終り頃だったでしょうか、こんなバッハの曲集を与えられました。

バッハ平均律120170215

「バッハ 平均率曲集」 平均「」ではなく「」となっていますね。

このバッハの時代に平均律も生まれ、バッハはその平均律で音楽を書いていった…と教えられ、私もずっとそう信じてきました。

ところが最近、どうもこの「平均律」というのは誤訳だという説があるようです。
私もこの記事を書いてからある音楽グループの方からご指摘を受けて知ったのですが…

バッハのこのピアノ曲集のタイトルは…
「Das Wohltemperierte Klavier (The Well-tempered Keyboard / 良音律鍵盤楽器) 曲集」

「良音律」という言葉はちょっと耳慣れませんが、平均律のことではなく、ある調(しらべ)を奏でるのに良い音、つまり先ほどの不均等調律だというのです。なにをもって「良音」とするのかによって、解釈は大きく変わってくるように思います。

さらに、バッハの時代はおろか、のちのベートーヴェンの時代でも、不均等調律が主流で、平均律が普及するのはもっと時代が下って19世紀ごろだと…

たしかにそういわれてみれば、ベートーヴェンのピアノ曲や交響曲が、どの調で書かれているかが重要だと言われます。
今日の平均律では、2度上げたり下げたりしてもさほど違和感は感じませんが、不均等調律(=ある調にもっともふさわしい音律)に慣れていた人たちの耳には、調(高さ)に対してより敏感だったのだろうと納得できます。


一方、私の手元にこんな古い文献があります。

バッハ平均律研究20170215

バッハの曲について解説したものですが、前書きからしてバッハが平均律の利点を使って作曲していたことを前提として書かれています。

たとえば、フーガ形式というのは、同じ旋律をさまざまな違う高さで登場させて重ねていく手法ですが、もしある調にとっては都合が良いが、違う高さでは歪みが生じてしまうような音律では、フーガ形式の曲を楽しむのは難しいと思われます。
また、ある主旋律に別の旋律を重ねていく「対位法」も、旋律の音と何度の関係にあるかを緻密に組み立てていく手法です。やはり平均律の方が何かと都合はよいはず。

なので、バッハの時代に平均律ができたことで、一気にバロック音楽が花開き、それが後々の音楽の発展のベースになったという、これまで私も信じてきた通説も捨てがたいのです。

より専門的に研究されている方からは反論もあるでしょうし、諸説あって、正確なところは正直分らないというのが今の私の結論です。



ただ、私はここで時代考証して音楽史を編纂しようなどと大それたことは考えていません(笑)。
ふだん何気なく聞いている「音」「音楽」について、つくづく奥深さを感じるのです。

ここまでの話の流れを整理しておきましょう。

5度の関係で音をとっていくと12回目で同じ音に戻る(=12音の誕生
5度だけを基準とするピタゴラス音律では1オクターブが広くなってしまう
3和音を基準にその音階内で用いる7音を決めていくのが「純正律」
鍵盤楽器の出現、奏でたい部分を中心に合わせる不均等調律法ができた
1オクターブ内をすべて均等に割り振る「平均律」が生まれた

5度の響きを美しいと感じ、12の音を発見した…しかし、そこから長い長い歪との葛藤の時代を経て、今日の音楽ができてきた…ということです。



「純正律」と「平均律」、どちらが優れているか?、という話でもありません。

よく、理想的には「純正律」なんだけど、調律をいちいち変えなくても済むように、歪みをみんなで分かち合った、妥協の音律、無難な音律が「平均律」なんだ、という印象を持たれる方もいるかもしれません。
実際、オーケストラの音こそ本当に美しい響きで、ピアノの音は純粋な音じゃない…などとおっしゃる方もいらっしゃいます。きっと素晴らしい耳をお持ちなのでしょうね。

でも、私はそうは思いません。

平均律ができたおかげで、曲の途中で臨時記号が出てきたり、転調したりするような音楽ができて発展していったことは確かでしょう。
もし平均律が生まれていなかったら、ここまで音楽が普遍的に発展してこられなかったでしょうし、楽器もここまで発展・完成してこなかったでしょう。それだけ楽曲も高度で複雑になり、高い演奏技術を求められるようになったとも言えるかもしれませんが…

平均律の素晴らしさは素直に享受する一方で、まだ平均律もなかった「いにしえの調(しらべ)」を純正律の響きで味わう機会もあったらいいと私は思います。贅沢でしょうか?


おわりに 純正律と平均律との共演

純正律と平均律が共演する場面があります。それは弦楽器とピアノが共演する「ピアノカルテット」、さらにオーケストラとピアノが共演する「ピアノ協奏曲」です。
どんなに高級なスタインウェイのフルコンサートピアノでも「平均律」、一方のオーケストラは「純正律」で音楽を奏でています。

ヴァイオリンなどの弦楽器は「作音楽器」で、その曲の場面ごとにもっとも調和する音を作りながら演奏すると先ほど書きました。純正律で理想的な音を奏でることもできますが、ピアノ伴奏での場面によっては平均律のピアノの音程とももっとも響き合う音を奏でることもできるのです。それが作音楽器の強みともいえるでしょう。
弦楽器以外の楽器でも、ピアノソロの奏でる音程にもちょっと意識を向けながら演奏することは大切だと思います。

私の大好きなラフマニノフのピアノ協奏曲2番の3楽章では、ピアノソロが静かに奏でているバックでティンパニがppでトレモロを続けるシーンが2回ほど出てきます。そこでやはりppでリズムを刻むシンバルも大変ですが、ティンパニが気を遣うのは「音程」です。

オーケストラだけでffで演奏してた時の音と必ずしも同じ音でピアノと調和するとは限りません。チューニングメーターに頼って「この音はここ」と絶対的に決められるものではなく、いま鳴っている音、とくに平均律のピアノソロともっとも響き合う音(=オーケストラだけでffで出していた音よりわずかに低め)で響きが溶け合えたら理想ですね。

(完)

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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